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奇人たちの夏

初出 2009年08月30日/修正版公開 2009年10月05日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この物語には、畑健二郎先生の前作「海の勇者ライフセイバーズ」とデビュー作「神様にRocket Punch!!」のキャラが登場します。
 しかし前作を読んでいなくてもなんの問題もありません。



 夏休み。それは学生たちにとって思う存分に羽を伸ばせる貴重なお休みである。学業や学校行事、クラスメートたちとの人間関係といった様々な煩わしさから解き放たれる1ヶ月余の期間。遊びに旅行に買い物にお喋りにと、若さみなぎるエネルギッシュな夏の日々が少年少女たちを待ち受けている。夏の自由を満喫する子供たちの笑顔が、なんと輝いて見えることよ!
 ……と言うのは、あくまでステレオグラム的な学生群像の1つに過ぎない。
「ハヤテ、今日はこのゲームをやるからな」
「またですか、お嬢さま……毎日毎日テレビゲームばかりしてないで、たまには外に遊びに行っても……」
「何を言う、毎日増え続けるアニメとネトゲを消化するので私は忙しいんだ。ちょっとした息抜きに付き合ってくれたっていいじゃないか」
「はぁ……息抜き、ですか……」
 日頃から不登校の常連であり出歩くこと自体に強烈なトラウマを持つお嬢さまにとっては、夏休みといえども単なるダラダラしたHIKIKOMORIライフの連続に過ぎない。17歳の美人メイドと16歳の借金執事は少女の頑固さにほとほと手を焼いていたが、だからといって主人の傍を離れるわけにも行かなかった。練馬区の大半を占める広いお屋敷の中で、陽が昇ってから沈むまで、掃除と洗濯と食事とゲームとを機械的にこなしていくだけの日々。1ヶ月以上にも渡って繰り返される真夏の日々の無駄遣い。
 代わり映えのない日々の連続は時間の進み具合を忘れさせる。いつからこういうルーチンワークを続けているのか、いつになれば終わるのか実感として分からなくなってくる。このまま夏休みが終わらなければいいのに、と言う主人の暴言も借金執事たちの徒労感に拍車を掛けた。もう何万回も同じ生活を続けているような、いつまで経っても8月の終わりが来ないような……三千院家の3人は、そんなエンドレスエイトの中にいた。


 そんなある日。少年たちの“親友”を自称する某神社の娘から1本の電話があった。電話の応対を済ませて戻ってくるハヤテに、ナギはマンガを読む手を止めないまま声を掛けた。
「ハヤテ、誰からの電話だった?」
「朝風さんからです。動画研の夏合宿をやるから、一緒に海に行かないかって」
「……当然、断ったんだよな?」
「いえ、お受けしてきました。お嬢さまとマリアさんも一緒でいいって言ってくれたので」
「なんだって?!」
 引きこもりクイーンは金切り声を上げた。なに勝手な約束をしているんだ、お前は髪の毛1本まで私のものなんだぞ……ソファから跳ね起きて吐き出そうとした言葉が、無邪気なハヤテの笑顔を目の当たりにして喉の奥で止まる。主人を裏切った後ろめたさなど微塵もない、むしろ主人に良かれと思って海水浴の約束をしてきた……ハヤテの瞳はそう物語っていたから。
「朝風さんの話だと、瀬川さんや花菱さんも、伊澄さんもヒナギクさんも、部長のワタル君とサキさんも、それに西沢さんまで一緒に来るって話でしたよ? 僕と一緒に海に行きましょう、お嬢さま」
「な……なんだそのメンバーは! なんで関係ないヒナギクやハムスターまで呼んでるんだ?!」
「なんでも、夏休みの宿題の見せ合いっこをするんですって。お嬢さまは宿題なんて楽勝でしょうけど、朝風さんたちやワタル君にとっては死活問題ですからね。僕もすごく助かるなぁって、話を聞いて思ったんですよ」
「ま、待てぇっ!! 勝手に決めるんじゃない!」
 三千院ナギは憤怒の表情を浮かべてソファから立ち上がると、人差し指を伸ばしてハヤテの顔面に突きつけた。宿題なんて単なる名目に過ぎないことは分かってる。ハヤテは時々こういう、余計なお節介をするやつなんだ……そうと分かっていても、素直に承服するなどプライドが許さない。
「お前の主人は私だぞ! そういうときはまず私の意見を伺うもんだろ! 夏の予定を勝手に決めるのは、重大なルール違反だぞ!」
 ビシビシと指先を少年執事の胸に突き立てつつグイグイと部屋の壁まで彼を追い詰めたナギは、憤懣やるかたないという感じで頬を膨らませた。そして精一杯の怒気を込めてハヤテの顔をしばし睨み付けて数秒後……彼女は肺に溜めた空気を一気に吐き出した。
「私も行くからな!」

    ****

 そして翌日。ナギたちが自家用ヘリで海水浴場へと向かった後の三千院家に、大空から珍客が訪れた。
「ういぃ〜、地球に降りるの久しぶり。ナギは元気でいるかな〜」
 小さな体と大きな瞳、そして側頭部から生えた2つの丸い膨らみと黒い翼。その珍客は大きな翼をはためかせて減速しながら三千院家の庭へと降り立った。宇宙船から飛び降りてきた客人の名はマヤ、5ヶ月前の下田温泉郷でナギと一緒にUFO探しをした宇宙人である。
「この星の原生知的生命体に見つかるの、本当はいけないんだけど……ナギだったらもう知り合いだから平気だし」
 きょろきょろと周囲を見渡したマヤの視界に、白く巨大な動物が映った。警備用の番犬、いや番猫だろうか。どっちにしろ知的生命体じゃないし……とスルーし掛けた宇宙人に対し、背後から野太い声が脅しを掛ける。
「なんだ、てめぇ」
「ひゃっ!! あれ、なんで? なんで猫がしゃべってる?」
「しゃべったら悪いかよ。こちとらナギのお嬢の一番弟子だ、シカトしやがったら容赦しねぇぜ」
「うい、やっぱりここナギの家? マヤ、ナギに会いに来た」
「なんだ、お嬢の客人かよ」
 アフリカ産のホワイトタイガー猫・タマは警戒を解いて庭に寝そべった。なんか変な動物に見つかっちゃった、長居は無用……そう考えたマヤは一度立ち去ろうとするものの、すぐにトコトコとタマの元に駆け戻ってきた。
「ねぇ、ナギどこ? 君、ナギの居場所、知ってる?」
「残念だったな。お嬢だったら今朝から旅行に行っちまったよ。当分帰ってこないんじゃねーか」
「え?! そ、それ困る、ナギどこに行った? どこに行ったら会える?」
「知らねーよ。今朝早くに自家用ヘリに乗ってさっさと行っちまったからな。行き先も言わずに」
「そんな……」
「泣きたいのはオレのほうさ。いきなり1匹ぽっちで残されたオレっちの身になってみろっての、全く」
 三千院家の留守番役として残っている老執事長の存在は、気持ちよく無視されていた。


 ナギと行き違いになったことを悟ったマヤは、さっそく宇宙船でナギの後を追おうとしたが……地球の裏側に行くことは容易でも、人間1人を追いかけるのは宇宙船では無理だと分かって愕然とした。なんとか手がかりを得たいが地球の知的生命体と触れ合うわけにはいかない……マヤは悩んだ末に、ナギの行き先を知ってそうな人間以外の存在に助けを求めることにした。
「はぁ〜い、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン!!」
「うい、ネタ古すぎ……」
 呼び出されて早々にツッコミを入れられ頬を膨らませたのは、通称カバー下の女神、オルムズト・ナジャである。
「なんて失礼な! 有名人の私は忙しいんですよ、なんたって単行本やDVD版にフル出場ですからね! 12巻にしか出番のない貴女とは違うんです!」
「そういう台詞はアニメのオープニングに出るくらいの活躍してから言って欲しい、うい」
「きぃーっ、よくも気にしてることを!」
 愉快だが不毛なやりとりの後。異邦からの客人の願いを聞いたタートルネックの女神は、子供を諭すようにちっちっちっと指先を左右に振った。
「お気の毒ですね、出来ません」
「うい、なんで? 初めてのSS登場なんだから気前いいとこ見せて欲しい、女神なんでしょ」
「私に出来るのは、50年分の寿命と引き替えにロケットパンチを授けることです。人捜しは専門じゃありません」
「……なんだ、使えねーやつ……」
「なんですって? ふ〜んだ、バカって言う方がバカなんだもん、バ〜カ!」
 マイナーキャラ同士の不毛な喧嘩が、再び始まった。


 ナギたちは海にいるらしいと聞いて、オルムズト・ナジャを背中に乗せたマヤは翼をはためかせて夏の海へと飛び立った。ナジャに言わせると、ナギたちがどこで何をやっているかは勘で把握できるが地理的にどこかという問いには答えられないそうだ。携帯電話で話すとき雰囲気は察知できても場所なんて意識しないでしょ、と彼女は無い胸を張るのだが、そんな曖昧な情報では宇宙船の航路を設定できない。
「う〜ん、もうちょい右の方かなぁ……」
「うい……さっきから行ったり来たりしてない?」
 宇宙人の背中に乗って飛ぶという珍しい体験をできたナジャは喜色満面。少し飛ぶごとに勘を働かせて進路を指示してくるのだが、右往左往した挙句に元のお屋敷に戻ってくることも珍しくなかった。マヤとしては不安でならない。
「気のせい気のせい、って……あっ、ちょっとタンマ!」
 方向音痴に加えて困った点がもうひとつ。オルムズト・ナジャは飛んでる途中で見かけたトラブルに首を突っ込むのが大好きな、好奇心旺盛な女神様だった。地球人に見つかるわけに行かないマヤは、仕方なくナジャを降ろしてから用事が終わるまで上空を飛びながら待つことになる。そんな宇宙人の気苦労も知らず、通りすがりのバスジャック犯を見つけたナジャは元気いっぱいでバスに乗り込むのだった。
「お待ちなさーい、そこの悪い人! いますぐ投降するのです、でないと正義の鉄拳をお見舞いしますよ!」
「鉄拳だぁ? なに訳のわかんないこと言ってんだ、お前さんが相手になるってのか、お嬢ちゃん?」
「とんでもない。正義の鉄拳をふるうのは……そこのヤクザさんです! ほら、どうぞ♪」
「はぁ? なんでオレが……って、ウオォ、なんだよこの腕、光ったと思ったら金属の腕になっちまいやがった!」
「なんだ柏木、格好いいじゃねぇか」
「でしょでしょ? それが私の授けた、正義の味方専用のロケットパンチです。寿命50年と引き替えにね♪」
「ご、50年って! そんなに取られたらオレの老後真っ暗じゃねーか! 返せよ、オレの寿命!」
「大丈夫ですよ、大相撲の秋場所は見られますから」
「あと1ヶ月しか保証できねーのかよ! ロケットパンチなんか要らねーって、戻せ戻せ」
「う〜ん、でも取り消すには追加で50年の寿命が……あ、そうだ、あなたの寿命はもう余分ないけど、バスジャックさんとヤクザのお仲間さんから代わりに頂いてもいいですよ。お2人から25年ずつ分割払いってことで」
「柏木、俺はお前のこと忘れないぜ。思う存分に正義を貫いてくれ。後のことは引き受けた」
「投降します、投降します! 寿命を25年も削られるくらいなら、刑務所に入った方がマシですぅ!」
「畜生、みんなして俺を見捨てる気かよ! バスジャックを解決する振りしてオレたちの仲間割れを誘うとは、鬼、悪魔!」
「な、なんて失礼な! 女神の私に向かって!」


「ふぅ、疲れたぁ……」
 オルムズト・ナジャにあちこち振り回されたマヤは、気がつくと海水浴とはまるで無縁そうな山奥の山裾へと行き着いていた。まるで山の中に秘密基地でもありそうな、こんもりと盛り上がった小山のふもとで翼を休める。ちなみに足手まといの女神様はとっくに街中に置き去りにしてある。
「うい、これからどうしよう……」
「どうかなさいましたか?」
 途方に暮れるマヤに誰何の声が掛かる。人間に見つかった、と思ったマヤは反射的に隠れようとしたが、やがて相手が人間でないことに気づいて安堵の溜息をついた。端正な執事服に身を包んだマヤの救い主はメカ執事13号と名乗った。力無く肩を落としたマヤはかくかくしかじかと事情を述べる。
「ナギお嬢さまの居場所ですか……」
「うい、知ってるの?」
「いえ、ナギお嬢さまのは存じませんが、マリアさまの居場所なら分かります。おそらく同じところにいらっしゃるでしょう」
「マリアさまって?」
 下田でマリアと顔を合わせていないマヤは小首をかしげる。メカ執事13号は得意の話術で、ナギの姉代わりに等しい美人メイドのことを説明した。
「ナギお嬢さまとマリアさまは一心同体、いつでも一緒におられます。『マリアさまが見てる』という名言まであるくらいでして」
「だ、だったらすごく助かるけど……どうして君にマリアさまの居場所が分かるの?」
「私のマスターは、マリアさまの居場所探知機能といじりまわし機能だけは、製作した全てのロボットにデフォルトで組み込む方でして」
「……なんか、嫌な感じのマスターだね」
 やがてメカ執事13号はGPSと通信し、マリアのいる海岸の座標をマヤに伝えた。座標さえ分かれば宇宙船で一気に飛んでいける。マヤは何度も繰り返しお礼を言うと、上空で待機している宇宙船に向かって急上昇をしたのだった。

    ****

 さて、こうして夏の海へとやってきて友人たちと合流したナギ一行であったが。
「うわぁ〜、すっごく海が綺麗ですよ、お嬢さま」
「私のノートパソコンのクリアブラック液晶も綺麗だからいい」
「……ね、ねぇお嬢さま、ハウスの外に行きませんか? 青空の下ならテンションも上がりますって」
「暑いじゃん」
 ……まぁ予想通りというか何というか。三千院ナギは水着に着替えはしたものの、一向に海へは入ろうとせずノートパソコンにかじりついたままだった。彼女にしてみれば引きこもりを返上してここまで来ただけでも大変な譲歩なのだ。なんでわざわざ、泳げない自分が海なんかに入らなきゃならないのか。
「でも……」
「おーい、ナギちゃ〜ん、ハヤ太く〜ん。一緒に遊ぼ〜ぅよぉ〜」
 青空の下のビーチから2人を呼ぶ瀬川泉の声が聞こえる。浜辺では泉たち3人衆に加えて桂姉妹、西沢歩、ワタルつながりで誘われたサキと咲夜と伊澄までが楽しそうに水遊びをしていた。彼女ら以外の一般客は入ってこない、お金持ち専用の貸し切りビーチである。少女たちが太陽の下で元気に駆け回って色とりどりの水着が躍動する様子は……ちょうどTVアニメ 2nd Seasonの第2期オープニング映像を見ているかのよう。
「私に遠慮なんかしなくて良いんだぞ、ハヤテ。たまには羽を伸ばしてこい」
「え、いえでも、僕はお嬢さまの執事ですし……」
 シッシッと手を振るナギに促されても、ハヤテは彼女の傍を動かなかった。ここでお嬢さまを1人にしたら海まで一緒に来た甲斐がない。なんとかお嬢さまが海に興味を向けてくれるようにしないと……苦笑いを浮かべながらハヤテはきょろきょろとあたりを見渡した。遠くにある一般客向けビーチから高らかなスピーカー音が鳴り響いてきたのは、ちょうどそんなタイミングだった。


『さぁ、いよいよ対決の時……おだやかな海はまさにライフセービング日和……』
 遠くの一般向けビーチから聞こえてくるスピーカーの音に、三千院ナギはぼんやりと頭を上げた。ビーチを囲む人だかりの中央には海に向けて人間を撃ち出す大砲と、その筒の中で瞳を輝かせる少女の姿。そして海に向かって駆け出す姿勢を取る2人の男性が喧嘩しながらも少女の行方を見守っていた。おそらく海へと打ち出される少女のことを、どちらの男性が先に助けるかで勝負しようという趣向なのだろう。
『打ち出されますのは瀬戸美海、助けられ歴10年のベテランかなづち少女であります。これを助けるべく雌雄を決するは、かたや霊長類最速のスイマー南野宗谷、そして霊長類最強のライフセイバー戦部大和……』
「……瀬戸さんと宗谷が?」
「なんだハヤテ、知り合いか?」
 思わず声を上げたハヤテに対してナギは鋭く反応した。自分の知らない少女の名前がハヤテの口から出てきて面白かろうはずがない。だがそんな少女の心の機微に気づかないハヤテは、主人の興味を引けたことを単純に喜びつつ事情を説明した。
「えぇ、前の学校のクラスメイトですよ。宗谷ってのは瀬戸さんの幼なじみでしてね、小さい頃に海で溺れかけた瀬戸さんを今度こそ助けられる男になるんだって、一心不乱に泳ぎの腕を鍛え上げたやつなんです。なんでも高校の自由形では敵なしだそうで」
「なんか暑苦しそうなやつだな……競争したらハヤテとどっちが速い?」
「さぁ、僕は放課後はバイトに明け暮れてたんで宗谷と勝負したことはないんですけど」
『では始める前に、プリンセス役の美海さん、一言どうぞ』
『宗谷くぅ〜ん、頑張ってね。大和さんの足手まといにならないように』
 スピーカー越しに伝わる爆笑の渦とは対照的に、ハヤテとナギの表情に黒い陰が降りた。
「……なんか猛烈に空回りしてるっぽいな、そのスイマーとやらの情熱」
「まぁ、あの2人はいつもあんな感じでしたし……でも凄いですよね。好きな女の子を賭けて、恋敵と真っ向勝負できるんですから」
「そうだな……」
 三千院ナギは少年執事の顔をちらりと仰ぎ見た。お前はどうなんだハヤテ? 私のために誰かと必死で戦ってくれるのか? お前のこと疑ってる訳じゃないけど、ずっと傍にいるだけだと時々不安になるんだぞ……そんな憂いの表情を浮かべたお嬢さまの耳に、大砲発射の轟音が木霊する。
『さぁスタート! 大砲に打ち出された美海さんが海面に落ちるまで20秒、周辺はサメやロボット兵器が待ちかまえる恐怖スポットだ! 霊長類最速スイマーと最強ライフセイバー、乙女のピンチを救うのは果たしてどっちだ?!』
《……よしっ》
 ナギの脳裏で何かが光った。これなら泳げない自分でもハヤテと海の思い出を作れる。三千院ナギは携帯電話を取り出すと、唐突にわがままで傍若無人な命令を下したのだった。


 そして数分後。お金持ち専用ビーチに運び込まれた巨大な大砲に浜辺で遊ぶ少女たちは唖然とし、続いてそれに乗り込もうとするナギの姿に金切り声を上げた。
「な……なんだよそれ。打ち上げ花火するにはまだ早いぞ」
「貧困な発想だなワタル。これは花火じゃない、人間を打ち出すために作らせた特殊な大砲だ」
「人間って……まさかナギお嬢さま、これに乗って空を飛ぶ気じゃ?! 危険です!」
「心配ないって。ハヤテがちゃんと受け止めてくれるさ、なぁハヤテ?」
 ハヤテに全幅の信頼を置くナギはワタルやサキの心配をあっさりと払いのけたが、それを聞いた友人一同は当然ながら必死で引き留めた。制止役の筆頭は桂ヒナギク生徒会長である。
「なに考えてんのよ、ナギ! どれだけわがまま言ったら気が済むの? 虚弱体質のあなたに事故でもあったらどうするの!」
「うるさいヒナギク、胸板の装甲は似たようなもんじゃないか、偉そうに言うな」
「胸板の……って、なぁんですってぇ!」
「ま、まぁ、ヒナちゃん抑えて抑えて……」
 またマリアやハヤテも制止役に回る。ひとつ間違えれば命がないのだ。ナギ自身はハヤテが助けてくれると微塵も疑ってないようだが、そんな面で信頼を寄せられても困る。海に落ちる時点で首を折ったりしたら元も子もないのだから。
「危ないからお止めなさい、ナギ」
「そうですよ! いくら僕でも、海面に落ちてくる前にノーバウンドキャッチする自信なんて無いですし」
 そしてナギの親友を自負する少女もまた、今回の暴挙には反対であった。
「ハヤテさまの言うとおりよ、ナギ。前に咲夜の船であなたがサメに食べられそうになったとき、生きた心地がしなかったもの、私」
「ちょー待て、ウチの知らんうちにそんな美味しいシチュエーションがあったんか? そう言うときにはツッコミ役のウチを呼んでくれな!」
「咲夜、怖い目に遭いたいんだったらお手伝いしましょうか?」
「あ、いや……ごめん、伊澄さん」
 誰もが反対反対で、自分の肩を持ってくれる人は誰もいない。ナギは途中から反論を止めて顔を伏せていたが、やがて昂然と顔を上げると目に涙を浮かべながら大声で胸の内を吐き出した。

「うるさいうるさいうるさい! なんで邪魔ばっかりするんだ! ハヤテに守って欲しいって望むのがそんなに贅沢か?!」

 少女の金切り声に貸し切りビーチはシーンとなった。手段はともかく気持ちはよく分かる、そんな少女がこのビーチにはたくさんいるのだ。そして全員がしばし黙った後……大砲を使うなどという発想がそもそも無い普通少女が、彼女らしい妥協案を持ち出した。
「あ、あのさナギちゃん、こうしたらどうかな。これならナギちゃんも危なくないし、ハヤテ君もちゃんとキャッチできると思うんだけど」

    ****

「やっと着いたぁ〜」
 ビーチ上空にやってきたマヤは歓声を上げた。UFOの飛んでいた時間はごくわずかだったが、それまでの時間が長すぎる。天空から見下ろすビーチにうごめく有象無象の海水浴客の中から金髪の少女を探すマヤ。その偵察スコープの視界に飛び込んできたのは……。
「うい、大変、ナギが苛められてる!」
 なんと、数千光年の彼方から会いに来た愛しい少女は、大勢いる少女たちの集団に両腕を、もう一方の集団に両足を抱えられてブランコのように振り回されていた。輝くツーテールをなびかせつつ少女の身体の揺れは徐々に大きくなり、やがて半円を描くような大きな振り子に変わる。あんなに振り回したらナギの手足がちぎれちゃう、そうマヤが危惧しかけたその瞬間、一斉に手を離された三千院ナギの小さな身体は空中に高々と放り上げられてしまった。
「危ない、ナギ!」
 UFOの座標を入力してる時間など無い。マヤはあわてて宇宙船から飛び降りナギの元へと降下した。そして数秒後……海水浴客でにぎわうビーチの海原に、ひときわ高い水しぶきが舞い上がった。


「ハヤ太君、ナイスキャッチィ!」
「ふぅっ」
 落下するナギを海面直前で受け止めた綾崎ハヤテは安堵の溜息をついた。友人たちの手で空中高く放り投げられ、堅く目をつぶって身を縮こまらせていたナギが恐る恐る目を開く。そんな少女にハヤテは優しい笑顔を向けた。つかの間の恐怖から解き放たれたナギはそれに笑顔で答えて……すぐに不満そうな表情へと変わった。
「なんか違う気がする、これ……ハヤテの居るところにわざわざ放り投げてもらうんじゃ、その、なんて言うか……」
「そ、そうですか?」
「わがまま言わないの、ナギちゃん」
 頬を膨らませるお嬢さまを叱責したのは、このゲームの発案者であるハムスターこと西沢歩。
「私たちだって、狙ったところに投げてあげられる訳じゃないんだよ? ナギちゃんが落ちてくるまでにハヤテ君、野球の外野手みたいに走り回ってたんだから! それも海の中を」
「そうなのか、ハヤテ?」
「いやぁ、別にたいしたことは……」
 照れたようにそっぽを向くハヤテ。そうだった、こいつはいつだって全力で私のことを守ってくれてたんだっけ……瞳を潤ませたナギはお姫様だっこをされたまま、力一杯ハヤテに抱きつく。そんな2人の様子を見た砂浜から歓声が上がった。
「あーっ、ナギちゃんいーないーな! ね、今度は私を放り投げて、ねっ、ねっ?」
「ここが正念場だぞ泉。この際だから受け止めてもらったら、ハヤ太君にチューっと行っちゃえよ」
「え、えっ、ええっ?」
「いいからいいから……って、ヒナ、何さりげなく投げられる側の列に並んでるんだ? ヒナは投げる側だろ、どう考えても」
「あ、いや、その……わ、分かったわよ。分かったから人を筋肉バカみたいに言わないでくれる?」


「……良かった、ナギ、みんなと仲良く遊んでる……」
 そのころ。ナギたちとは遠く離れた一般人向けの海面に落ちたマヤは、戦部大和たちに追い払われ外洋へと逃げる巨大魚の背中に乗りながら少女たちの様子を観察していた。どうやらナギのことを苛めているわけではなく、交代しながら友達を海へと放り投げる遊びをしているらしい。ハヤテの肩越しに目を細めるナギの笑顔がマヤの目にはまぶしく映った。小難しいことばかり口にして、つまらない意地ばかり張って……友達も作れず寂しい思いをしてるのかと心配して会いに来てみたものの、どうやら取り越し苦労だったようである。
「良かった、本当に良かった……」
 はるばる宇宙を越えてやってきたマヤの心から、ナギと直接お話ししたい気持ちは既に失せていた。どうかこれからも、あの子が笑って過ごせますように……そう願いながらマヤは目を閉じた。そしてマヤの姿は徐々に透明になり、一条の光となって宇宙船へと駆け上っていったのだった。


「……えっ?」
 ナギたちの遊ぶさまを微笑みながら見守っていたマリアが、はっと首だけを左に向ける。そこには誰もいない、夏の日差しを浴びた大海原が広がっていた。急に遠くの海へと視線を移した彼女をいぶかしんだ咲夜が声を掛ける。
「どないしたん、マリアさん?」
「……あ、いえ、さっき紫子さんの気配がしたもので」
「ゆっきゅんの?……ああ、ナギのこと心配して見に来たんかも知れへんな」
 8年前に亡くなったナギの母親、三千院紫子。マリアにとっても咲夜にとっても思い出の深い女性であった。お盆を放り出して遊びに来てるせいで怒ってるのかしら? マリアはそう一瞬だけ考えたが、すぐ自分でその思いを打ち消した。
「許してくれますよね、紫子さん……ナギがああやってお日様の下で遊んでるのを見たら、きっと喜んでくれるでしょう。貴女は賑やかなのが大好きでしたもの」


Fin.

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