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妹はスナイパー

初出 2006年10月10日
written by 双剣士 (WebSite)

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 74話の小ネタ……のつもりがオリジナルキャラ満載の本宅ネタになってしまった、愛沢家の姉妹物語Part4です。連載からは半年も遅れてしまいましたが、連載の中身を覚えてなくても全然問題ないのでご安心ください。
 ちなみに愛沢咲夜に妹たちがいること自体は単行本2巻プロフィールに書かれている公式設定ですが、本編に登場したことは一度もありません。ですので互いの呼び方については、こちらで勝手に決めさせていただきました。

咲夜日向朝斗夕華葉織性格
咲夜(13♀) ウチ 日向 朝斗 夕華 葉織 ご存知のとおり
日向(10♀) おねぇ ウチ あーちゃん ゆーちゃん はーちゃん 早熟な策謀家
朝斗(10♂) サク姉 日向 オレ ゆーゆ はー坊 プチ反抗期、でも妹には優しい
夕華( 8♀) サク姉ちゃん ひー姉ちゃん 兄ちゃん ウチ はーちゃん まだまだ甘えんぼ
葉織( 4♀) おねーたん ねーね にーに ゆーゆ ウチ いつも夕華と一緒

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「サク姉が病気やて?」
「そうやねん、兄ちゃん」
 ある日の夕方。週末の大会に向けて自宅の庭で自主練習にいそしんでいた愛沢朝斗(あさと、10歳)は、不安を訴えてきた妹たちの方を面倒くさそうに振り返った。
「サク姉ちゃんな、帰ってくるなり物凄い勢いで部屋に閉じこもって、布団かぶって起きて来えへんねん」
「遊ぼぉ遊ぼぉてウチらが言うても起きてくれへんねん。おねーたん大丈夫なんかなぁ、お腹が痛かったりするんかなぁ」
 ちょっと不満そうに口を尖らせる夕華(ゆうか、8歳)と、今にも泣き出しそうな瞳で見上げてくる葉織(はおり、4歳)。そんなん俺には関係ないやろ、とプチ反抗期に入った朝斗は反射的に思ったが、それを口には出さなかった。なんだかんだ言っても愛沢家の血筋は年少者に甘いのだ。
「それやったら、日向に言うてみたらどないや?」
「ひー姉ちゃんにも聞いてみたんやけどな、ニタニタするばっかりで何も教えてくれへんねん」
「コイはツライ、って何のことやろ、にーに?」
「……なんやて?」
 意外な言葉に耳を疑う朝斗。サク姉にも虫の居所の悪いときくらいあるやろ、と軽く考えていたがそうでもないらしい。ドリブルしていたボールを手に持つと、少年は妹たちの視線の高さまでしゃがみこんだ。
「サク姉ちゃん、こないだ伊澄姉ちゃんと一緒に鯉の妖怪と戦った言うてたやろ? あんときの呪いが今ごろ効いてきたんやろか、コイはツライって」
「おねーたん大丈夫なんかなぁ。ねーねは任しときって笑ってたけど、やっぱり伊澄ねーたんに来てもろぉた方がええんかなぁ」
「ウチら心配やねん。あんだけ元気やったサク姉ちゃんが寝込むなんてよっぽどのことや。何かしてあげられることないんかなぁと思ぅて」
「ウチ、おねーたんが痛い思いするなんて嫌や! なぁにーに、どないしたらええんかなぁ。どないしたらおねーたん、また元気になってくれるんかなぁ?」
 頼みの綱とばかりに兄の手をしっかり握りしめる夕華と、話しているうちに泣き出してしまった葉織。姉が遊んでくれなかったという不満が発端ではあるにしても、彼女らなりに大好きな長女の身を案じてはいるのだろう。しかし妹たちの話を良く聞くにつれ、朝斗の脳味噌は次第に冷めていった。
《“恋わずらい”やな、日向が言いたかったんは》
 あの勝気な姉が恋の悩みで寝込む。激しい違和感とともに猛烈な好奇心が頭をもたげた。本来なら姉の日向と一緒に、好き放題にからかい冷やかしに行きたいところ。しかし下の妹たちに不安そうにしがみつかれていては、嬉々として冷やかしに行くわけにもいかない……そこまで考えて、ふと朝斗は双子の姉の真意を悟った。

《日向のやつ、こいつらを俺に押し付けて1人でサク姉のとこへ行く気やな!》

 策士の日向ならやりかねない。妹たちには分からないキーワードを漏らしたのは、大事おおごとにせず妹たちをなだめていろという日向からのメッセージだろう。いつもいつも美味しいとこばっか持って行きよって……思わず表情をゆがめた朝斗のことを、夕華と葉織は心配そうに見上げた。
「どないしたん? 兄ちゃん」
「……あ、いや、なんでもあらへん。ま、日向がそない言うんなら大丈夫やろ。お前らは心配せんとき」
「ほんま?」
 腹は立つが仕方ない。自分に選択権などないことに気づいた朝斗は、しぶしぶ姉にあてがわれた『妹の面倒をみる優しい兄』のポジションを受け入れた。確かに年少の妹たちに聞かせる話題ではないだろうし、実際問題、姉の恋愛話などを男の自分に振られても困るわけだし。
「ええか、よぉ聞きや。呪いとか病気とか言うんはな、元気一杯にしてる者には近寄られへんねん。そやから周りの者が元気にしてることが、一番の特効薬なんやで」
「そうかなぁ? 伊澄姉ちゃんみたいにお祈りとかした方が……」
「伊澄姉は専門家や。俺ら素人が同じことしてもあかんさかい、人数分の元気で病気を追い払うんや」
「ほんま? ほんまにほんま?」
「はー坊、そんな不安そうな顔してたら病気に負けてまうで。ほら」
 手に持ったボールを葉織に投げつけ、思わず尻餅をついた妹に手を差し伸べる。乱暴だが人懐こい普段どおりの長兄の姿を見て、葉織の表情は安心したようにほころんだ。そして手をつないで駆けてゆく兄と妹の背中を追って、夕華もあわてて走り出したのだった。
「ちょ、待ってーな、兄ちゃん、はーちゃん!」


                 ***


 ちょうどそのころ。騒動の発端になった少女、愛沢咲夜(さくや、13歳)が閉じこもる一室の扉を、無遠慮な侵入者がノックしていた。
「コンコ〜ン、入るで、おねぇ」
 ノックの音より声の方が近い。部屋に入ってからぬけぬけとノックしよったな、と咲夜は音だけで敏感に察知した。じゅうたんのきしむ僅かな音がそれに続き、どすんと咲夜のベッドが跳ね上がる。妹の日向(ひなた、10歳)がベッドに腰を降ろした衝撃に違いない。
「どないした〜ん、おねぇ? アホは風邪引いたらあかんねんで」
「…………」
 布団に包まって全身を貝にしながら、咲夜は沈黙を保った。妹が自分を怒らせようとしていることは分かっている。その手になんぞ乗るもんか。
「ゆーちゃんとはーちゃんから聞いたで。帰るなりテレビも見やんとベッドに閉じこもってるそうやんか。今やってる吉本の漫才番組、ビデオに録画してへんのとちゃうかったん?」
「…………」
「あらら、こりゃ重症やねぇ、おねぇが吉本見るより寝る方を選ぶやて。明日は雪でも降るんちゃうやろか」
「…………」
 とても病人を気遣う態度ではない妹の言葉に、布団の中の咲夜は眉をひそめた。無理にでも怒らせて元気付けようとしているのかと思ったが、どうやらいつものからかい口調の延長らしい。しかしそれなら却って好都合、次女の日向がこれなら妹たちの心配をやわらげてくれるやろう……そう考えたのもつかの間。
「(むにゅっ)☆※◆▽√@◎$!!!」
「……あらま、また1センチ育っとるわ」
 いきなりの感触に全身の血を逆流させた咲夜は、飛び起きて同性の痴漢現行犯をにらみつけた。
「な、何しくさりよんねん、日向!」
「あぁごめんごめん、熱測ったろと思うて手を突っ込んだだけや。腋の下を狙ったつもりやってんけどな」
「お前が測っとんのは熱やのぉて胸のサイズやろが!」
「ほらほら、そんなに興奮したら熱あがるで、ほんまに」
 愛沢日向。同年代の友人や同級生から親しまれ頼られている姉御肌の咲夜にとって、この3つ下の妹は掴みようのない天敵である。一見おとなしげな京風美人でありながら、会話しているうちに蜘蛛の糸に絡めとられるように主導権を奪われてしまう。どつき突っ込み役を自任している姉の性格を意識してか、天然めいたボケ属性の少女として周囲には振舞っている日向。しかしその行動全てが計算ずくであることを、生まれたときから傍にいる家族だけは知っている。


「で、おねぇ、何があったんや?」
「……何て、別になんにもない。ウチかて1人になりたい時くらいあるんや。放っといてんか」
 強硬手段ながら布団から起き出さざるを得なくなった咲夜は、ぶっきらぼうな口調で日向からの質問に答える。対する日向は身体をなよなよとくねらせながら、身の不運を哀れむように両手で顔を覆った。
「あららぁ、年頃の乙女にガキの突っ込みは要らんてか? おねぇばっかり先に大人になってくみたいで、ウチら寂しいわぁ」
「見え透いた嘘泣きやめんかい! とにかく大したことやないんや。心配せんよう夕華らに伝えといてんか」
「ほな言わせてもらうわ。今のおねぇはどっから見ても普通やない。こんだけ何遍もからかっとんのにハリセンの1発も飛んでこんようなヘタレ女を、ウチは姉に持った覚えはあらしまへん」
「……ぐっ……」
 まずい。話せば話すほど妹のペースになっていく。口を固く結んだ咲夜は再び布団を頭からかぶって防御の体勢をとった。だがその姿勢は十秒と続かなかった。
「言いとぅないんやったら当てたろか。ナギねぇのとこ行って借金執事とやらに会うて、けんもほろろに子ども扱いされて傷ついた。そんなとこやろ」
「……なんで分かんねん!」
 ほとんど反射的に小脇のハリセンチョップを掴むと、跳ね上がる布団でカモフラージュしながら大上段にハリセンを振り下ろす咲夜。だが本能任せの反撃ごときで妹の牙城は突き崩せなかった。舞い降りた布団の向こうに見えたのは、渾身のハリセンチョップを指先1本で受け止めながら、驚いたように目を丸くする日向の表情であった。
「……まさか、1発目でビンゴとは」


                 ***


 ここまで言い当てられてしまっては、沈黙は却って厄介な憶測を呼ぶ。咲夜は狸寝入りをあきらめ、ベッドの上で胡坐をかきながら宿敵と対峙した。
「なんでそう思ったんや。帰ってから何も漏らしたつもりはないんやけど、ウチ」
「単純な消去法やな。おねぇがナギねぇのお屋敷に行ってきたんは巻田らに聞いたから分かる。ナギねぇに泣かされて帰ってくるおねぇやないし、マリアさんがそんなことするタイプとも思われへん。としたら相手は決まりやろ」
「しゃ、借金執事のことはええとして、子ども扱いうんぬんはどっから来たんや!」
「禁則事項です♪」
 ……言い忘れていたが、愛沢日向(10歳)も立派な『ハヤテのごとく!』ワールドの住人なのである。
「ま、確信はあらへんかった。帰ってきてブルーになるほど思いつめてるとは知らんかったよってな、おねぇが」
「思いつめてなんか……ない。あいつはナギんとこの執事で、ウチとは単なる知り合いや」
 ここに及んでも悪あがきを続ける咲夜。彼女自身も自分の気持ちが分からないのだから無理もない。だが往々にして、こういう事柄は傍観者の意見のほうが核心を突いていたりする。
「おねぇらしいな。ハヤテさんやったっけ? ナギねぇの熱烈ラブコールと伊澄ねぇのバレバレな惻隠の情を浴び続けとんのに全然気づかん鈍感執事。おねぇがあれこれ世話焼いてるうちに、ナギねぇの気持ちに入り込みすぎてしまうんも無理ないで」
「ちゃう! ウチはナギを応援しとるんや、今日かてあいつらが倦怠期やって言うから、ちょっとだけアドバイスを……」

「主と執事は夫婦みたいなとこがあるからな。お互い慣れると飽きてくるっちゅーか……」
「で……では、どうすればよいのだ?」
「んなもん決まっとるがな。新しい刺激を与えるんや!! 今まで見せた事のない表情で、こう……」
「そうですよ。一応女の子なんですから、そういう はしたない格好はいけませんよ」
「!!! うお! 借金執事!! いつの間に後ろに!!!」
「執事には神出鬼没のライセンスがデフォルトで備わっているんですよ」
「もぉ!! またウチをそんなふうにバカにしおって!! このアホタレ執事──────!!」

「……で、とっておきの技をハヤテさんに見られて、あまつさえ冷静にスルーされたと」
「そや!! 別にウチの気持ちがどうとかやない、女のプライドの問題や! 分かるやろ日向!」
 色恋に無関係な突破口をようやく見つけて、息せき切って妹を説き伏せにかかる咲夜。だがその程度の詭弁で『サトリの日向』を納得させるのは不可能だった。
「そやな、その場でハヤテさんにハリセンビンタ食らわして、怒りに震えて帰って来たんやったらおねぇの言い分も分かるわ。そやけどおねぇはツッコミもよう入れんと泣いて帰ってきて、うじうじと部屋に閉じこもってブルーしとったんやろ?」
「…………」
「相手をカボチャか何かやと思てたんやったら、誘惑ポーズが通じんで傷ついたりせんわな」
「……い、いや、ちゃうで。そんな単純な話と違うねん。これには伏線があってな、あの猛吹雪のときかて……」
「……ふぅん、そんな前からモーション掛けとったんかいな。確信犯やな」
「う、うるさいうるさいうるさい!!! ガキのくせに余計な口出しすな!」
 言い訳をすればするほどドツボにはまる。狼狽した咲夜は反論の余地のない『年齢の壁』まで持ち出して最終防衛陣を敷いたが、そうすること自体、彼女の悩みがシャレで済まないレベルに達していることを暴露しているようなものだった。口を閉じた日向に余裕たっぷりの目で見られた咲夜は、がっくりと肩を落としながら弱々しくつぶやいた。
「日向お前、そんなに姉ちゃんをいじめて楽しいんか……?」
「…………」
「お前の言うとおりかも知らんけど……ウチにどないせぇゆぅねん。ナギや伊澄さんの気持ち知っとって、いまさらどんな顔してあいつらに会うたらええねん……」
「そんなんウチに聞かれても困るがな。ウチ、まだ子供やし」
 ぬけぬけと言い放つ妹を怒鳴りつけようと反射的に顔を上げた咲夜は……そこに浮かんでいたのが生意気盛りの策謀家の顔ではなく、不安そうな子供の表情だったことに気づいて毒気を抜かれてしまった。
「ゆーちゃんとはーちゃんに約束したんや、元気で優しい普段のおねぇに戻したるから任しときってな。ウチの望みかて、あの子らと一緒や」
「…………」
「おねぇは周りに気ぃ使って、損なことばっかりするタイプやからな。いままで溜めとったストレスが限界に来たんかと思ぅて、1回ぜんぶ吐き出さした方がええかと思うてん。迷惑やった?」
「……あぁ、大迷惑もええとこや」
「ほんなら叩いて。おねぇの気が済むまで叩いて。ウチ、今度は避けたりせぇへんから」
 ベッドの上に正座して固く目を瞑りながら、震える手でハリセンチョップを姉の方に差し出してくる日向。ハリセンを受け取って高々と振り上げた咲夜は……しばらくした後にふっと表情を緩めると、そっとハリセンの先で生意気な妹のおでこを突っついた。
「アホやな……叩けるわけないやろ、こんな生意気で、家族思いの妹のことを」
「おねぇ……?」
「お前のいうとおりや、これはウチ自身で片付けなあかん問題やもんな。みんなに心配かけて悪かった、お姉ちゃん失格やな」
 日向は涙を一杯浮かべた目でふるふると首を振ると、そのまま姉の胸へと飛び込んだ。小学生の顔に戻った3歳下の妹の頭を、咲夜は両腕で優しく包み抱いたのだった。


                 ***


 だが、そんな麗しい姉妹愛の光景は長くは続かなかった。扉のノブが小さな音を立てたのを合図に、咲夜は妹を突き放すと猛烈な勢いでハリセンチョップを振り回し始めた。
「……こんなベタなエンディングで受けが取れると思うてるんか、アホ! 鳥肌が立ったやないか!」
「それはこっちの台詞や! おねぇが深刻そうに悩んで見せるからシリアスやったったら調子に乗ってからに! おねぇにツッコミ手加減されるなんてウチのプライドが許せへんわ!」
 竜巻のような勢いで右に左に上段にとハリセンチョップを振り回す咲夜と、デンプシーロールばりのボディーワークでその全てをかわしまくる日向。世界広しと言えども本気の咲夜の突っ込みを避けきれるのはただ2人、日向と朝斗の双子姉弟だけである。もっとも朝斗の回避能力が類まれな反射神経の賜物であるのに対し、日向は攻撃者の性格と筋肉の動きを見て軌道を読みきっているという違いはあるが。
 ……そしてベッドの上で繰り広げられる達人技の応酬を、扉からちょこんと顔をのぞかせた夕華と葉織は目を真ん丸にして見つめていた。
「姉ちゃん、すっかり元気になっとるわぁ……」
「ほんまやなぁ」
「な、言うた通りやったやろ。日向に任せといたら大丈夫やって」
 背後から声をかけてくれる頼もしい兄の言葉に、小さな姉妹は全身でうなずいた。そして渡された枕と新聞紙で武装を固めると、嬌声をあげながら達人たちの戦いの場へと身を躍らせて行ったのだった。


Fin.

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