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眠り姫

初出 2005年07月04日
written by 双剣士 (WebSite)
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(この物語は、原作37話『僕らは昔、宇宙刑事に若さとは振り向かないことだと教わった。』のラストシーンから始まります)


「はい♥ アドレス帳の1番に私を登録しておいたぞ♥」
 綾崎ハヤテが真新しい携帯電話を買ってきた夜。彼が帰るなり部屋から飛び出してきた三千院ナギは、携帯電話をハヤテに返しながら輝くような笑顔を見せた。昼間の出来事でいささか傷心気味だったハヤテは、テンションの高い彼女の振る舞いを見てどこか救われたような気分になった。
「あは。ありがとうございます、お嬢さま♥」
「うむ!! メールでも電話でも好きなだけするがよい!!」

                 **

 翌朝の5時半。隣で眠る少女を起こさないよう静かにベッドから抜け出したマリアは、小さく伸びをしながらキッチンに向かうための身づくろいをはじめた。
「すーっ、すーっ」
 可愛らしい寝息を立てながら無邪気に眠る金髪少女。こうして眠ってるうちは静かなんですけどね、と失礼なことを考えながらマリアは妹のように思っている女主人の寝顔に視線を向けた。幸せそうに眠る少女の右手には、愛用の携帯電話がしっかりと握り締められていた。
《よっぽど嬉しかったのね……》
 同じお屋敷にいるのに、わざわざ携帯電話越しで夜遅くまで楽しそうにお喋りをしていた昨夜の彼女。ハヤテとのつながりが出来た、という事実が少女を上機嫌にしていたのは想像に難くない。少年執事との電話が終わった後には、伊澄やヒナギクといった友人たちにも電話で事の次第を報告し、その彼女たちの反応をネタにしてまたハヤテに電話をかける。そんな無限ループを繰り返していたナギがようやく眠りについたのは、結局夜の1時を回った頃であった。
《今朝は、遅刻ぎりぎりまで寝かせておいてあげましょう》
 困った子ねと思いつつも愛おしさが込み上げてくるのを抑えきれない。優しく微笑みながら、マリアはナギの頬にかかるほつれ毛を指先で直してあげた。そして静かに立ち上がると、朝食の支度をするべくキッチンへと向かうのだった。

 そして寝室のドアが閉じられた途端、タヌキ寝入りをしていたナギは目をパチッと開けると、握り締めた携帯電話をじぃーっと睨みつけた。

                 **

「おはようございます、お嬢さま」
 もはや恒例になっている朝の行事。朝から元気な借金執事・綾崎ハヤテが主人であるナギを起こしに寝室に飛び込んできたのは、朝7時を少し回った頃であった。ベッドの上には白いシーツにくるまれた小さな山が出来ていた。
「お嬢さま〜、朝ですよ、起きてくださーい」
 最初はささやき声、続いて普通の声、ついにはシーツの山をゆさゆさと揺さぶって少女を起こしにかかる。もともと寝付きも寝起きも悪くはない三千院ナギは、いつもならこれくらいで目を覚ますはずだったが……今朝は一向に起き出そうとしなかった。
「どうしましたか、お嬢さま? どこかお身体の具合でも……」
 白いシーツを頭から被ったまま、少女は動こうとしない。心配げな呼びかけにも返事はない。途方に暮れた表情でハヤテは白いシーツの山を見下ろした。こうなったらシーツをひっぺがして……と思わないでもなかったが、女の子相手にそれは躊躇われる。
《シーツをがばっ、しどけない美少女の寝姿があらわに……これって少年誌でやったらマズイような、でも人気を上げる常套手段という噂も……あ、でもどうせSSなら姿見えないんだし、いいのかな……いいや待て待て、これを機に15禁指定を受ける覚悟があるのか、どうなんだ作者?》
 意味不明な葛藤に心を揺さぶられ、しばし逡巡する少年執事。しばらくして覚悟を決めた少年は、意を決して白いシーツの端をがしっと掴んだ。ピクッと震える小さなシーツの塊の反応を横目に、彼が次に取った行動は……。
《こちょこちょこちょっ》
「☆▲◎※@!!!」
 少女の足の裏に標準を絞った必殺のくすぐり攻撃。じたばたと暴れながら足を引っ込める少女に対し、ハヤテは逆側の足首をシーツ越しにがっちりと押さえ付ける。もはや逃げる術もない陶器のような白い足先が微妙に震えるなか、シーツの下にもぐりこませた少年の右腕はさわさわと周囲を探りながら徐々にそちらに向かって……その指先が白い素足に触れようとする、まさに寸前。
「ガウッ!」
「げふっ!」
 突如として横から飛びかかってきた衝撃を受け、ハヤテは部屋の片隅へと吹き飛ばされた。身を起こして振り返ると、かつてハヤテのいたベッド脇には彼に代わって4足歩行の巨大哺乳動物が陣取り、小さな主人を守るかのように立ち塞がっていた。ナギのペットにして人語を解するホワイトタイガー、タマである。
「ま、待てよタマ、僕は別にやましいことをしてたわけじゃ……」
「グウゥウゥ……」
 タマは女性のいる場所では猫を被って(そう、文字通り猫のごとく!)しゃべろうとしない。しかし何度となく言葉と拳を交わしているハヤテには、目の色と首の動きだけでタマの言いたいことが分かってしまうのだった。
『ハヤテ、てめぇやっちゃならねぇことやってくれたな……お嬢に手を出すとは』
「いや、違うって誤解だから!」
『ちっとでも気を許した俺が甘かったぜ。こうなりゃ格の違いって奴を、もう1度その身体に覚え込ませてやらねぇとな』
「いや、お嬢さまを起こしに来ただけだから! お前と決着つける気なんて全然ないから!」
『表へ出な……』
 もちろんこのやり取り、シーツにくるまってるナギにはハヤテ側の言葉しか聞こえない。
《さっきから何を言っているのだ、ハヤテは……?》
 シーツから顔を出す訳にも行かず、ひたすら聞き耳を立てる金髪の少女。だが次の言葉が飛び込んできた瞬間、彼女の我慢はあっさりと臨界線を越えた。
「勘違いするなって、僕が子供に手を出す訳ないだろ!」
「(プチッ)やれ、タマ!」
 シーツの山から聞こえてきた女主人の鋭い命令にタマは瞬時に反応した。体重300キロの巨獣に飛びかかられた少年執事は窓ガラスを突き破り、そのままタマと一緒に庭へと転落して行った。そして寝室に1人残された少女は、白いシーツの下で携帯電話をしっかりとにらみつけたまま、小さな声でぶつぶつと文句をこぼしたのだった。
「…………ハヤテのバカ…………」

                 **

 15分後。タマとの戦いにかろうじて勝利を収めた綾崎ハヤテは、ふたたびナギの寝室を訪れた。今度は両手に沢山の目覚まし時計を抱えて。
「お嬢さま、起きてくださ〜い。起きないと……こうですからね〜」
 そうつぶやきながらハヤテはナギのベッドを取り囲むように目覚まし時計を並べ、自分の耳に固く栓をした。そして7時20分を時計の針がさした途端、目覚ましベルの大音響が一斉に白いシーツの山を包み込んだ。
 ジリリリリィィリリリィィィリリリィィィ!!!!
「…………!!」
 たまりかねて飛び起きる……ようなタイプの少女であればハヤテもこんな苦労はしない。案の定、白いシーツを縮こませながらもベッドの上の眠り姫は頑なに防御の体勢をとった。耳栓をしたハヤテは余裕の笑みを浮かべながらベッドに近づくと、けたたましく鳴り続ける目覚まし時計を1つ1つ床から拾い上げ、ベッドの上に並べ始めた。耳までの距離がさらに縮まり、少女に集中する音量も倍加する。
 ところが……。
「え〜い、うるさい! いい加減にせんか!」
「し、執事長?! なんでそこから?!」
 少女が根負けするより前に、ナギのベッドの下に隠れていた三千院家執事長のほうが飛び出してきてしまった。呆れて口をパクパクさせるハヤテに対し、執事長のクラウスは落ち着いた口調で自らの正当化を始めたが……周囲の大音響に負けないよう、説明も怒号調にならざるを得ない。
「ふっ、読みが甘いな綾崎ハヤテ。三千院家の執事たるもの、主人の健康に気を配るのは当然のことだろうが!」
「女の子のベッドの下に忍び込む言い訳になるんですか、それが!」
「そこが凡人の浅はかさ! これは私のように長年お嬢さまに付き添ったものだけに許される特権なのだ!」
 得意げに言い放つ壮年執事の後頭部に、少女が投げつけた目覚まし時計が命中する。痛そうにクラウスが頭を抱える中、シーツから手を出しただけの少女が見せた驚くべきコントロールにハヤテは素直に感心していた。
「と、とにかく、時計を止めろ話ができん! こんなものでお嬢さまは起きはせぬわ!」
「……ま、まぁ確かにそうみたいですけど」
 効果が無いのは事実に違いないので、しぶしぶ少年は執事長の命令に従った。
「でも、執事長。お嬢さまを起こさないと、僕クビになっちゃうし……」
「全く……実に情けないぞ綾崎ハヤテ! うら若き乙女の気持ちをまるで理解しておらんとは、その首に乗っているのはカボチャか何かか?」
「えっ、じゃ何か他の方法が?」
「決まっておろうが! 眠れる少女を目覚めさせる術は、王子様のキスと昔から決まっておるわ!」
 ベッドの下から這い出した変態執事長は、調子に乗ってとんでも無いことを言い出した。白いシーツはピクリと緊張したが……それだけ。今度は執事長に向かって時計を投げつけようとはしない。
「キ、キスですか? それは、その、さすがにまずいのでは……」
「怖いか、臆したか少年よ! 主人のために身を粉に出来ずして何が執事か! 見ておれ、年季の差を見せてくれるわ!」
「ずいぶん今日は強気ですね、執事長?」
「久しぶりの出番だからな! ここらで目立っておかんとファンに忘れられてしまうわい!」
 苦笑いを浮かべながら逡巡する少年の目の前で、クラウスはベッド脇にしゃがみこんで顔を白いシーツに近づけた。そして少女の頭を覆っているシーツの端に指先を掛け……その体勢のまま、しばし固まる。
「……あの、執事長?」
「黙っておれ若造……こういうものはムードとタイミングが重要なのだ、相手が年下なら特にな」
「なにマジになってんです、いい歳こいて」
 少年の突っ込みに顔を赤らめる58歳の変態執事長。しかし気を取り直して、再び顔を少女の方へと向ける……その瞬間、彼の顔面に目覚まし時計の固い角が命中した!
「ぶ、はっ……」
 たじろいだクラウスに時計が次々と飛来する。両手両足を使って投げつけられる集中攻撃に、ひとたまりもなくクラウスは破れた窓の外へと弾き飛ばされた。嵐が過ぎ去った寝室には唖然とした少年執事と、再びシーツを深く深くかぶりなおした屋敷の主人とが残された。
「お、お嬢さま……起きてるんでしょう? 起きてくださいよ〜」
「…………」
 少年の弱々しい呼びかけに対する答えは、鋼のような沈黙。途方にくれた少年は周囲を見渡したが、もはや目覚まし時計はひとつも残っていなかった。仕方なくベッドの脇に座り込んで、少女の顔に口元を近づける。
「お嬢さま……起きてください……」
「…………」
 こんな大胆なことをしたら執事長のように反撃を食らうかもしれない。だが今度は、時計が飛ぶことも無ければ逃げ出そうとするそぶりも見受けられなかった。少年は恐怖に、少女は期待に胸を高鳴らせながら、両者の顔と顔がどんどん距離を縮めていく。鼓動の音が耳の後ろでドキドキと鳴り、口の中がカラカラに乾いていく。
「お嬢さま……」
「…………」
 いまや2人の間をさえぎるものは薄いシーツ1枚のみ。そのシーツすら、ハヤテが手を触れてもいないのにスルスルと少女の首の下へとずり下がっていく。瑞々しい頬の肌色が少年の視線をわしづかみにしたまま、磁力に吸い寄せられたかのように少年の上体が前へと傾き……。
「やっぱり止めとこう。タマに殺されちゃうよ、こんなことしたら」
「この意気地なし!」
 残念さなど微塵も無い、ほっとしたような少年のつぶやきを聞いて少女の感情が爆発した。反射的に蹴り上げた少女の右足に股間を直撃されたハヤテは、悶絶しながらふらふらとベッドから遠ざかり……勢いあまって破れた窓から、本日2度目の庭への転落を敢行した。
《ハヤテのバカ! バカ! バカ!》

                 **

 そして朝の7時半。いまにも倒れそうな足取りで綾崎ハヤテはダイニングルームにたどりついた。2度にわたる窓からの転落で執事服はボロボロ、髪はボサボサ。朝食の支度を済ませて待っていたマリアは、爽快な朝向きとはお世辞にも言えない少年の姿に美しい眉をひそめた。
「まぁ……どうしたんですハヤテ君、その格好?」
「すみませんマリアさん、ちょっと色々あって……あの、お嬢さまはまだ、いらしてないんですか?」
「ハヤテ君が起こしてくれるものと思って、待ってたんですけれど」
「そうですか……」
 ハヤテはダイニングの入り口でがっくりと肩を落とすと、泣きそうな顔をしながら美人メイドに愚痴をこぼし始めた。
「……僕、お嬢さまに嫌われちゃったんですかね……」
「えっ、ええっ? どうしたんです、いったい何があったんですか?」
「お嬢さま、どうしても起きてきてくれないんですよ……何か気に障るようなこと言ったかなぁ、ゆうべはあんなに機嫌よかったのに」
「……そんなはずありませんよ」
 ナギがハヤテを嫌うなんてありえない。少女の本心を知るマリアは婉曲な表現を駆使して借金執事を励ましたが、少年の無力感は深かった。少女の引きこもり癖が新学期以降ようやく沈静化したと思っていた矢先だけに、自分が地雷を踏んでしまったんだろうかとの自責の念もある。簡単に気休めを受け入れられる気分にはなれないのだった。
「思いつきで生きてるあの子のいうことを真に受けてたら、身が持ちませんよ?」
「そうですけど……僕、もうどうしたらいいのか……あの、マリアさん代わりに行ってきてくれませんか?」
「いえ、それは」
 すっかり自信を失ったハヤテ。少年の弱気な提案を、マリアは優しく拒絶した。もし自分が寝室に行って、あっさりナギが起きてきたら……傷つきやすい少年のハートにとどめを刺すことになる。そんな残酷なことが出来る彼女ではなかったのだ。
「それじゃあ……」
 とても楽しそうに電話で話していた昨夜のナギの姿が、このとき不意にマリアの脳裏に浮かんだ。ナギが何を考えてるかはわからないけれど、きっかけのひとつにはなるかもしれない。
「ハヤテ君、昨日買った携帯は持ってます?」
「え、えぇ……」
「じゃあ、それでナギに電話してみてくださいな」
「……それって失礼なんじゃ? お嬢さまは僕の恩人なのに、電話で呼びだすなんて」
「いいから♥」
 マリアにしても確信があるわけではなかった。この時点では。

                 **

《きたきたっ!》
 愛用の携帯電話が軽やかな着信音を鳴らしたわずか2秒後、三千院ナギはベッドから飛び起きて携帯を耳に当てていた。誰からの電話であるかは背面ディスプレイで確認済み。彼女にしてみれば、待ちに待って待ちくたびれてようやく掛かってきた電話なのだ。
「おはようハヤテ!」
『あ、おはようございますお嬢さま……あの、すみませんそろそろ起きないと、学校に遅れて……』
「わかってる、今行く!」
 ほんの二言三言の短い電話。だがそれで十分だった。アドレス帳の1番に登録した自分に、朝1番に電話してきてほしい、そんな少女のささやかな拘りがようやく満たされた瞬間。不機嫌は一瞬にして吹っ飛び、頬が勝手に緩んでいく。やっと呼んでくれた、ハヤテの方から私に掛けてきてくれた! その喜びだけで頭をいっぱいにしたまま、寝室を飛び出した少女は食堂へと駆け込んだ。
「お待たせっ! 早かっただろっ!」
 にぱっ、と崩れるような笑顔を浮かべながらダイニングに現れた三千院ナギ。しかしそれを見た2人の表情は……一方は口をまん丸に空けた驚き顔、もう一方はまぶたを伏せた呆れ顔。ナギの予想とは違い、喜んで迎えてくれる者は皆無だった。
「どうした? ハヤテ」
「ナギ……あなた、その格好……」
「へ?」
 言われて自分の姿を省みたナギは……学校の制服に着替えもせず、寝巻きのまま部屋を飛び出してきたことに今更ながら気づいて、小さなほっぺたを林檎のように赤くした。
「ば、ばか、じろじろ見るな! これは、そのぉ……そうだ、ハヤテのせいだ! ハヤテがなかなか起こしてくれないから、着替えてる暇がなくなったのだ!」
「僕のせい、なんですか……」
 苦し紛れの言い訳。それが落ち込んでいた借金執事の心を一層沈める結果をもたらしたことを、もちろん当人は気づいていない。
「と、とにかく、着替えてくるから待ってろ! 行くぞマリア!」
「はい、はい♥」
 少女の動転振りから大体の事情を察した美人メイドは、うっすらと笑みを浮かべながら席から立ち上がった。そして、
「後はまかせてください」
と少年の肩に手を置いてから、寝室へと戻っていく少女のあとを追って食堂を去っていったのであった。


「ナギ、謝ってとは言いませんが……ハヤテ君に会ったら、優しくしてあげてくださいね」
「……うん、わかってる、そのくらい……」
 やつあたりを自覚してはいるらしい。制服に着替えながら少女は素直にうなずいた。だが借金執事に降りかかる本日の不幸は、まだ始まったばかりであった。


Fin.

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