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愛歌のドSは寂しがりのS

前半初出 2013年09月03日/後半初出 2013年09月05日
written by 双剣士 (WebSite)
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 今日は待ちに待った、タヒチ旅行の出発の日。
 余計なしがらみは全部忘れて、思いっきり真夏の海を満喫するの。
 ここ数ヶ月は帝おじいさまのお使いとか小さくなった理事長の面倒見とかで、学校でも旅行先でものんびりなんて出来なかったんですものね。
 私にだって少しくらい羽を伸ばす期間があってもいいはず。
 タヒチ旅行の話をしたとき帝おじいさまには延期できないかって言われたけど、そうそう振り回されてたまるもんですか。
 だって今日からは……誰にも邪魔されず彼と2人っきりで居られる、とっても大切な1週間のリゾートなんだもの。


 今回は両親や使用人たちの付き添いは一切なし。彼と私だけのタヒチ旅行。なので当然、タヒチに向かう自家用ジェットの操縦桿は彼が握ることになるわけだけど……。
「……遅いわ」
 ジェット機後部のリラックスルームで紅茶をすすりながら壁掛け時計をにらみつける私。もう離陸してからずいぶん経ってて、そろそろ自動操縦に切り替わってもおかしくない頃合いのはず。
 なのに彼はまだ私の側にきてくれない。せっかく楽しみにしていたリゾートの始まりなのに、私は独りぼっちで豪奢な牢獄に閉じこめられたまま。
「あの……紅茶のお代わり、いただけるかしら?」
 がちゃっ。
 瞬時に扉を開けて、新しいティーポットを携えた彼が現れる。そう、呼べばすぐに来てくれるのよね、完璧な立ち居振る舞いで……それにしても来るのが早すぎない? お屋敷にいるときと変わらないタイミング、これじゃまるで……。
「あなた、コクピットに居るんじゃなかったの?」
「お嬢さまの状況は常に把握しております、執事ですから」
 聞けば彼ったら、コクピットに座りながらもリラックスルームの映像と音声はチェックしていて、頃合いを見計らって代えの紅茶も用意しておいたんですって。そんなことしなくても一緒にここにいればいいじゃない、という当然の要求は聞いてもらえなかった。調理中にコンロの火から離れられないように、自動操縦中といえどもコクピットから長時間離れることはできない、自分はお嬢さまの命をお預かりしている身ですから……ですって。
「……そう」
「失礼します」
 彼の言うことは正しい。一分の隙もなく正しい。でもそうと分かっていてもモヤモヤが止まらない。せっかくの2人っきりの旅行なのに、そんな杓子定規な態度を取らなくてもいいんじゃない? 長い付き合いなんだから私が今どんな気持ちか分かるでしょう? 生真面目なのはあなたの長所だけれど、いま必要なのはそれじゃないのよ?
 ……そんな駄々っ子のような不満を表に出せたら、私ももう少し違った生き方ができるんでしょうけどね。霞家令嬢として過ごしてきた日々が恨めしいわ。2人っきりになっても仮面を外せないなんて、しょせん彼と私は似たもの同士なのかも。


 とはいえ、タヒチ到着までずっと紅茶を飲み続けるわけにも行かなくて。1人で音楽を聴くのも飽きた私は、部屋を抜け出して前方のコクピットへと足を運んだ。
「ふ〜ん、こんなふうになってるのねぇ」
「……」
 こっそり忍び込んだつもりだったのに、前を向いたままの彼は知らん顔。そりゃ私の様子を監視カメラで見てたんだから驚きはしないんでしょうけど、せっかく彼女が会いに来たんだから少しは喜んでくれたっていいじゃない……なんだかムカっときた私は、椅子の後ろから彼の首にしがみついた。
「……ちょっ……」
「彼女が隣にいるのに目も向けないなんて……青空ってそんなに素敵なの? なんだか灼けちゃうわ」
 まるで恋愛映画のヒロインみたいな、ちょっと詩的な誘い文句を口にしてみる。少しくらいは大胆になってみたっていいわよね……そう思ったとたん、彼の指が私のアゴに添えられた。
「えっ……!!!」
 とっさに息をのんだ唇を彼にふさがれる。完全な不意打ち。まるで魂を吸い出されるような強引で濃厚なキス……一瞬にして全身の力が抜け、甘い吐息が頭の中に広がってしまう。私はそのままあっさりと意識を手放した。


 気がつくと私は彼の隣にいた。もっともそこはロマンス的展開とはまるで対極な、無骨なコクピットのシートの上。彼の隣にある副操縦士用のシートに座らされた私は、身動きできないように複数のシートベルトでぐるぐる巻きに縛られていたのだった。
「……ごめんなさい」
 それが忘我から覚めた私が口にした最初の言葉だった。レディーにこんな扱いをするなんて、という怒りは不思議と沸いてこなかった。手段はともかく、彼にここまでさせてしまったのは私のせい。おとなしく部屋で待っているようにと言う彼の言葉を聞かず、操縦中の彼に背後からしがみついてしまったワガママな私……いくら1人に飽きたからといって、これじゃ小学生の女の子みたいじゃないの。
「ごめんなさい、邪魔をする気はなかったの……あなたの顔が見たかったから、少しでも側にいたかったから……それにあなた、せっかくの旅行なのに態度がぜんぜん変わらないから、私、不安で……」
 ぽつりぽつりと呟いたあとで私は激しく首を振った。謝らなきゃって思ってたのに、思わず彼に責任転嫁をしてしまった。これじゃ彼に嫌われてしまう、情けない女だって思われてしまう……そう後悔した刹那。
「我慢しろ」
 いきなり分厚い手が頬に添えられ、無骨な声が私の意識を引き戻した。それは2人きりのときだけに彼が発する、敬語も遠慮もない彼本来の声だった。この旅行が始まって以来ずっと彼が隠していた、上品ではないが愛しくてたまらない彼の声だった……思わず涙を浮かべかけた私が顔を上げると、彼はしっかりと前を向いたまま、私とは視線を合わせずに呟いた。

「無事に着くまで我慢しろ……俺だって耐えてる」

 きゅんっ!!
 あぁもう、やっとこの一言を言ってくれたのね!
 2人きりになりたかったのは私だけじゃなかったんだわ。彼だって想いは同じで、それでも私の身の安全のために必死で我慢してくれていたんだわ。
 ええ、ええ。そうと分かれば待てるわよ。想いが通じてるって分かれば、タヒチまでの数時間なんて寂しくも何ともない。もう紅茶も何もいらない、あなたの横顔を信じて見つめているだけで私は何時間だって辛抱できる。

 その代わり……タヒチに着いたら、思いっきり甘えさせてもらいますからね!

    * *

 というわけで、タヒチに到着した私たちは予約したホテルの部屋に無事にたどり着けた。これでもう事故の心配はないし、人目に付くこともない。私たちの間に立ちはだかる障害はすべて無くなったはず……だったのに。
「お嬢さま、一息つきましたらお召し替えを。私は別室で控えておりますので」
「……(つーん)……」
 なんなの、その態度? あなたが執事の仮面を外さないのに、私だけ盛り上がっちゃったらバカみたいじゃない。考えてみればここまで私、負けっぱなしなのよね。何に負けたのかは知らないけど、このまま負けてて良いわけはないのよ。
 プルルルル……
「お嬢さま、お電話ですけど」
「2人っきりなのにお嬢さまとか言っちゃう人の電話には出ませーん」
 私がこんな態度なのはあなたのせいなのよ、と言外に込めながら突き返してみても彼ったら知らん顔。さっき心が通じたと思ったのは何だったわけ? あれは私をおとなしくさせるための演技だったとでも言うの?
 冗談じゃないわ。そんな扱いやすい女と思われたんじゃ私だって心外よ。白皇学院の小悪魔を自負する私をなんだと思っているの? こうなったらもう、彼が頭を下げてくるまで絶対に許してなんてあげないんですからね!!


 ……とはいえ、ホテルのスイートルームで意地の張り合いをしたって決着なんか着かなくて。手持ち無沙汰になった私たちは、夕暮れ前なのも構わずにホテルの傍にあるビーチへと繰り出すことにした。
「きゃっ、冷たーい」
「あっ、お嬢さま、危ない……」
 靴を脱いで波打ち際を歩く私と、それを砂浜から見守る彼。私が運動の得意なタイプでないことを彼は嫌と言うほど知っている。ハラハラしながら見守ってくれる彼の視線を背中で感じていると、少しだけ仕返しができたようで心地良い。
「あ、ほら、危ないですから、さぁもう上がってきてください」
「このくらい平気よ、子供じゃないんだから」
 夕暮れとはいえ観光地のビーチは人影も多く、ワンピースのまま浜辺を歩く私に口笛を吹いてくる男性も幾人かはいる。私が転ぶことだけじゃなく、そういった方面についても彼は心配しなければいけない。もちろんそうやって彼をやきもきさせることも私の作戦のうちなのだけど。
『やぁ、可愛い彼女、1人かい?……い、いや、何でもない』
『うふふふ』
 私に声をかけてくる男性が、謎の殺気に怯えて次々と身を引いていく。うふふ、悪い気分じゃないわね。さしずめ忠実な騎士に守られたお姫様になった気分ってところかしら?
「お嬢さま、本当に危ないですからもう帰りましょう。ほら、もう気が済んだでしょう?」
「まだまだ、よ」
 お小言を言われるのは好きじゃないけど、不安げな表情をした彼が子犬みたいに私のあとを着いてくるのは悪い気分じゃない。まだまだ、期待を裏切られて傷ついた私の気持ちはこんなもんじゃなかったんだから……そう思いながら徐々に脚を早め、浸かる深さも足首から脛の中間へと高まりつつあった、その刹那。
「……!! 逃げろ、バカ!!」
「え? なんですって……!!」
 心配げな彼の声がいきなり荒々しさを増し、振り向いた私の背後からは今まで聞いたことのない轟音が迫る。見なくたって分かる、とてつもない大波が襲いかかってくる直前だってことは……すくんで動けなくなってしまった私の頭上にその大波が降り注いでくるかと思ったその瞬間、私の視界と全身は万華鏡のように急回転したのだった。


 気がつくと私は彼の腕の中にいた。海水は顔にも服にも一滴もかかってない。その代わり彼の荒い息としたたり落ちる汗が、私の頬を濡らしていた。
「まったく、身の程知らずに危ないことばっかりしやがって! そんなに俺を試すのが面白いか、ギリギリのスリルを味わうのが楽しいのか?!」
 ええ、と頷きかけた仕草は途中で止まった。間近に迫る彼の表情と声色が、とても茶化した返事を許してくれるものには見えなかったから。それに怖さと悲壮さを備えた彼の瞳は、タヒチに来て初めて私に見せてくれた、混じりっけなしの彼の本心を映す鏡だと思ったから……ここで素直になれないんだったら、女でいる意味なんてない。
「……だったら、もっとしっかり捕まえていてよ。不安に思う暇もないくらい傍にいてよ」
「……ばかやろ」
 彼の腕の力が強まり、私たちの顔の距離が縮まる。その距離がゼロになった瞬間、私の中の不安や不満は角砂糖のように溶けて消え去ってしまったのだった。


 その晩。部屋に戻ってようやく気持ちを落ち着けた私は、さっき無視をした携帯電話の着信に目をやった。綾崎君からの着信はどうせ帝おじいさまの話だろうから当面無視していいとして……もう1件はナギさんから。ゴールデンウイークの頃は恋愛相談を何度か受け付けていた間柄だけれど、今の時期に電話してくるのは珍しい。ちょっと興味を引かれた私はさっそく電話をかけ返した。
「ラブ師匠! 大変だ、ハヤテがルカに取られちゃう! なんとかしてくれ!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて、ナギさん」
 話を聞いてみると、綾崎君にルカという子が告白をして、綾崎君をどっちが取るかでナギさんに勝負を挑んできたらしい。なにもそんな勝負を受けなくたって、と諭したのだが『恋敵から堂々と勝負を挑まれたんだ、いつ受ける? 今でしょ!』とナギさんは力説。でもいざとなると不安になってきて私に相談したくなったんですって。いかにもナギさんらしい行き当たりばったりぶりに、私は電話の向こうでほくそ笑んだ。
「とにかくこの勝負、絶対負けるわけには行かないんだ! ラブ師匠、必勝の秘訣をぜひ!」
「そう言われても、ねぇ……」
 同人誌勝負で確実に勝つ方法なんて、私に相談されても困ると言うもの。ただ今まで彼女に吹き込んだ『綾崎君の気を引く手練手管』が目立つ効果を持たなかったからこそ、ルカという子の入り込む余地を与えてしまったのは確かなようだった。私は自分の経験に照らし合わせながら、ナギさんに新たなアドバイスを授けた。
「そうねぇ……彼との仲がマンネリ気味だったのも一因だろうし、どうしても勝負に勝ちたいのなら甘えや怠惰が許される環境をどうにかする必要もありそうよね。綾崎君って優しい分、こういう状況では結構甘いところがあるし」
「そ……そうかな?」
「ねぇ、いっそ勝負が終わるまで、綾崎君の傍から離れてみるというのはどう? 今回はルカさんの味方をしてあげなさいって綾崎君を突き放してあげるとか、ね。今回の件を乗り越えて彼と再会した後は、きっと固い絆ができるはずだから」


Fin.

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