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revenge

初出 2008年12月15日
written by 双剣士 (WebSite)
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「ん……うん……」
 可愛らしい息遣いとともに、金髪の少女……天王州アテネはまぶたをしばたかせた。朝の陽光に照らされた純白のベッドで身を起こし、座り込んだまま小さく背伸びをする。朝に弱い少女にとって目覚めは半分夢の中、周囲の光景に焦点が合ってくるのもしばし先……のはずなのだが。
「アーたん♪」
「きゃっ!!」
 いきなり正面から名前を呼ばれた少女は文字通り飛び上がった。シーツを身体に巻きつけて目を凝らすと、正面にいたのは椅子の背もたれにしがみつく形で座る同年代の少年。無邪気そうにニコニコと笑顔を向けてくる、この世界でただ1人の執事。
「ハッ……ハヤテ、も、もう起きてましたの?」
「うん、歯磨きも朝ご飯の用意もちゃんとやったよ」
「そ、それだったら、どうして私を起こしてくれなかったんですの?!」
「だってアーたんの寝顔を見てるのが楽しくて」
「なっ!!」
 アテネは顔を真っ赤に染めた。寝起きといえば髪はボサボサ、目ヤニは付きまくり、口元からはだらしなく涎まで……自分自身の寝顔を見たことはなくとも、そんなのをじっと注視されたと聞いて平気でいられるわけがない。
「あ、あ、悪趣味ですわ! 女の子の寝顔を眺めて楽しむなんて!」
「でも可愛かったよ、アーたん」
「えーい、うるさいうるさいっ」
 頭からシーツを引っかぶったアテネは手の先だけで少年にあっち行けと指示を出す。ところが少年は部屋から出て行くどころか、逆にベッドの脇に歩み寄って何度も何度も頭をベッドの端に叩きつけた。
「ご、ごめんねアーたん、怒っちゃった? ごめんなさい無神経で、これから気をつけるから、朝の仕度ができたらすぐに起こしに来るようにするから、だから……僕のこと嫌いにならないでよ、ね、アーたんお願いだから……」
「……だあぁぁっ、いいからさっさと出て行きなさい、レディーの着替えを邪魔するつもりですの?」


 ここ、ロイヤルガーデンには彼女ら2人のほかに人は居ない。
 季節の移り変わりもなく、王城を取り囲む花園の風景もいつまでも変わることはない。
 永遠に続く時間の牢獄の中で、機械的に食事と睡眠を取り続けるだけの生活……。
 そう信じて諦めきっていたアテネの世界は、ハヤテ少年が迷い込んできたことで変わりつつあった。
 つい最近まで下界で暮らしていた好奇心旺盛な少年によって。


「大掃除?」
 それから30分後。すっかり料理にも手馴れた少年の作ってくれたスープをすすりながら、アテネは怪訝そうに向かいに座る少年へと視線を向けた。
「うん、もうすぐ年末でしょ? だから今年のうちに大掃除をして、新しい年を迎える準備をしなくっちゃ」
「新しい年って……ロイヤルガーデンにはお正月なんてありませんわよ」
 誰かが訪ねてくるわけでもなく、誰かに合わせて動く必要もない天空の古城。お正月がないというより意識する意味すらないと言ったほうが正しい。しかし普通に幼稚園に通っていた少年にとっては、季節とともにイベントが巡ってくるのは当たり前のことであった。
「ほら、天球の鏡とか見てたらみんな年越しの準備してるじゃない? 僕たちもやろうよ、アーたん」
「……まぁ、お掃除を念入りにやりたいというなら反対はしませんわ。頑張ってちょうだいね、執事さん」
「違うよ」
 ところが、ここから話はアテネにとって思いがけない方向へと転がりだす。
「大掃除は家族みんなでやるって幼稚園の先生が言ってたよ? アーたんも手伝ってよ」
「なんですって? いいことハヤテ、あなたは執事で、私は主人ですのよ。どうして私が……」
「だってアーたん、僕が掃除してるときずっと傍についててくれてるじゃない」
 そう、掃除の仕方をハヤテに教えるという名目でアテネはいつでも掃除中のハヤテの傍にいる。経験を積んで成長したハヤテにはもう教えることなどほとんどないのだけれど、他にすることなど無いアテネは今でも彼の傍にいる。彼が掃除している間、ずっと。
「何でも出来るアーたんが一緒に手伝ってくれたら、きっと早く終わると思うけどな〜」
「そ、そりゃこのお城すごく広いから、1人では大変でしょうけど……」
「お掃除が早く済んだら、その分だけ一緒に遊べる時間が増えるよ?」
「あ、遊ぶ時間なんていつだって有り余ってるじゃ……」
「僕、アーたんが一生懸命掃除してるとこ見たいな〜、見たいな〜」
「…………」
 これじゃどっちが主人だかわかりゃしない。そう溜め息をついた時点で、この勝負は決まっていた。


 普段の黄色いドレスのままでは掃除なんて出来やしない。アテネは朝食を終えて部屋に戻ると、誰が用意してくれたか分からないクローゼットからメイド服とエプロンドレスを引っ張り出して身に付けた。だがそれが間違いの元だった。
「うわあ〜、すごいすごい、可愛いよ似合ってるよアーたん、ねっ、ねっ、そこでクルッて回ってみて?」
「こ、こうですの?」
 小さくてもアテネだって女の子、お洋服を褒められて悪い気はしない。少年におだてられるままアテネは1回転したり髪を掻き揚げたり腰に手を当てたりと、艶やかにファッションショーの真似事をしてみせた。ニコニコと笑いながら拍手をするハヤテはあくまで無邪気……そう見えていたのだけれど。
「ねーねー、アーたん、もっと別の服とかもあるの?」
「そ……それは、まぁ、いろいろとね。今まで見せる相手もいなかったから、着る機会なんてなかったけど」
「それも見たいな! ほらウェディングドレスとか、振袖とか!」
 さすがに幼稚園児、セーラー服やスクール水着といった発想はない。あ、いや、突っ込むのはそこじゃなくて。
「調子に乗らないっ! 今日は大掃除をするんじゃありませんでしたの?」
「う〜ん、でもそんな可愛い服を汚すの勿体ないし、それに綺麗なアーたんを見てるほうが僕も楽しいって言うか」
《……こ、この天然ジゴロッ!!》
 恨めしげな視線を向けるもハヤテの笑顔は崩れない。今朝の喧嘩とは少し様子が違う。ひょっとしたらそれは、私が心底嫌がってるような素振りを見せないからかも。褒められて嬉しいって気持ちが態度の端々から洩れてしまっているせいかも……そう思い至ったとき、アテネの中の反骨心がSモードのアクセルを踏み込んだ。
「……いいですわ、ただし」
 アテネの言葉にブラックな響きを感じ取って、ハヤテの笑顔が凍りつく。アテネは腰に手を当ててハヤテの眼前5センチのところに顔を寄せると、ぐいぐいと押し込みながら反撃の狼煙を上げた。
「そういうことなら、ハヤテにも着替えてもらいますわよ……私が言うとおりの格好に」
「い、言うとおりの格好? そ、それってどんな……」
「そうですわね〜、まずはハヤテにもメイドさんの格好をしてもらいましょうか、あなたの部屋にもあるはずだから」
 なんで執事服と同じ場所にメイド服があるのかと突っ込んではいけない。このロイヤルガーデンにおいて、アテネに不可能はないのだ。


 そして、それから。
 ネコミミ尻尾つきメイド服を着せられたハヤテのことをアテネが指差して笑ったり。
 振袖を着てきたアテネに対してハヤテが「良いではないか、良いではないか」と帯を引っ張ったり。
 お馬さんの着ぐるみを着たハヤテを四つん這いにさせて、背中に乗ったアテネがお尻を叩いたり。
 吸血鬼のコスプレをしてきたアテネにハヤテが水鉄砲をかけまくったり。
 もう大掃除などどこへやら、服やら帯やら靴下やらを部屋中に散乱させながら、少女と少年は陽が暮れるまで遊びまくったのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 そして夕方。遊び疲れたアテネとハヤテは布切れの散乱する絨毯のうえで、仰向けになって荒い息をついていた。
「ま、まったくもぉ……掃除するどころか、かえって散らかってしまったじゃありませんの」
「でも、面白かったよね、アーたん」
「えっ?」
 アテネにとっては意外な感覚だった。手のかかる子ども、いろいろと教えなきゃならない未熟な男の子……そんなふうに見てきた少年に、気がついたら振り回されてしまった1日。誰にも見せたことのない服を着て、何の役に立つかも分からなかった服の着せっこをして、そして互いに褒めたり笑ったりからかったり。これが……この息苦しくもワクワクするような感覚が、面白いってことなんだ。
 1人の頃にはこんなことなかった。王城の主人として自活の術や剣の腕を磨くことはあっても、こんな感覚は必要とされなかった。今まで誰もこんなこと教えてくれなかった。
「……お、面白くなんかありませんでしたわ。まったく、ハヤテのせいで今日は散々……」
「……(すーっ)……」
「……? ハヤテ?」
 遊び疲れたハヤテは隣で小さな寝息を立てていた。少女の小さな手をしっかりと握ったまま夢の世界に旅立った少年の顔を、身を起こしたアテネは口元をほころばせながら穏やかに眺めた。
《……もうっ》
 小さいくせに一生懸命で、器用なくせに臆病で。優しいけれど浮気者で、泣き虫だけど悪戯好きで。
 そんな少年がくれた楽しいひと時。王城の掃除はアテネ1人だって出来る。でもこんな1日は、彼がいなければ決して訪れなかっただろう。
「いいわ、今日は許してあげる」
 アテネは小さな声でつぶやいた。遊び疲れた少年を起こさないよう、細心の注意を払いながら。


 陽光が沈み、ロウソクの炎が太陽に代わって王城を照らし始めた頃。
 がばっと跳ね起きたハヤテは、部屋中に散らかる服の山と隣で頬杖をつく少女をみて瞬時に状況を把握した。
「あ、ごめん、アーたん。僕ついウトウトとしちゃって……すぐに片付けるから。それに晩ご飯の仕度も」
「いいのよ」
 いつもなら不機嫌そうに怒鳴りつけてくるはずの王城の主人は、薄暗い部屋の中で優しく微笑んだ。
「目が覚めたら誰かが隣にいるって、素敵ね」
「え? アーたん、何を……」
「ハヤテ……あなたの寝顔、すごく可愛かったですわよ」
 半日遅れの“おはようのキス”の響きが、薄闇に包まれつつあるロイヤルガーデンを温かく包み込んだ。


Fin.

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