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ピュア

初出 2008年06月02日
written by 双剣士 (WebSite)

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 ぶらーん、ぶらーん。
「ニャン♪」
 くるくるくるくる。
「ニャウ♪」
「うにゃー、可愛いいなぁ」
 釣り下げられて左右に揺れる携帯電話と、それにじゃれつこうとする黒い子猫。そんな平和そのものな光景を、携帯電話をぶら下げた女の子……瀬川泉は緩みきった笑顔で楽しそうに見つめていた。
「ニャウ、ニャン、ニャン♪」
「はぅー、ケータイが好きなんて、変わった猫さんだね〜」
 自宅で暇をもてあましていた泉の前にひょっこりと現れた子猫。あまりの愛らしさに思わず抱いて自室に連れ帰り、ミルクを取りに台所に行って戻ってきたところ……子猫は携帯電話を小さな手足で抱きかかえて遊んでいたところだった。ひょいと携帯のストラップを持ち上げると、おもちゃを取り上げられた子供のように泉の後を付いてくる漆黒の子猫。そんなところを見せられると意地悪したくなって、子猫の届くギリギリの高さに携帯を釣り上げてみたくもなるもの。
「そういえば以前にケータイを持ってっちゃった、ハヤ太君とこの猫さんと似てるかも、この子」
「ニャーン♪」
 飛び上がって泉の手から携帯を奪い取った子猫は、毬のように携帯を抱きかかえるとゴロゴロと絨毯の上を転がった。愛らしいその仕草が楽しそうで気持ちよさそうで、釣られて自分までゴロゴロと寝転がってみる。自分が猫さんになったみたいで、幸せが胸いっぱいに広がる。こんな風にのんびりと暮らしていけたら楽しいだろうな、勉強とかテストとかもないし……そんなことを彼女が思い浮かべたとき、ふと目を離した携帯電話から聞きなれた男の子の声が聞こえてきた。
「プッ、プッ……はい、綾崎です。僕に何か(ニャーン)……ちょ、え、シラヌイ? 何でお前が僕に電話を、って言うかどこにいるんだ?(ニャッ?)いや返事は無理か、タマじゃあるまいし……でもそれじゃ、この電話どこから……」
「にゃ、にゃあぁ! ハヤ太君?!」
 あわてて携帯に飛びつく泉。予想もしない偶然とはいえ気になる男の子が電話の向こうにいるのだ、訳の分からないまま切られちゃうのは困る!
「あ、あの……にゃはは、ごめんね、ハヤ太君」
「にゃははって……あの、ひょっとして瀬川さんですか?」
「う、うん、そうだよ♪」
 声だけで自分だと分かってもらえたのが嬉しくて、思わず声が弾んでしまう。
「やっぱりそうですか、いきなり猫の声が聞こえて来たから何事かと」
「あ、あれね、拾ってきた猫さんと一緒に遊んでたら、なんかの偶然でハヤ太君に電話がかかっちゃって」
「それって凄い偶然ですね。僕、ケータイの番号を瀬川さんに教えたことありましたっけ?」
「え、え、えっと……あったと思うよ」
 泉はしどろもどろに誤魔化した。ヒナギクから番号を聞きだして短縮番号に登録してるだなんて言えるわけがない。もちろん親友の美希や理沙よりは下の番号だけど、猫にとっては1番も9番も関係ないし。
「それより、さっき猫を拾ったって聞きましたけど。ひょっとしてうちのシラヌイだったりしませんか?」
「シラヌイ……っていうの? なんか神話に出てくる狼さんみたいな名前だね」
「すみません、お嬢さまが趣味でつけた名前で……額に白い十字の紋があるんですけど」
「十字の紋?……あぁ、あるよあるよ。それじゃこの子、ナギちゃんとこの猫さんだったんだね」
「良かった、いなくなったんで探してたんですよ。それじゃ今から迎えに行きますんで」
「あぁ、ちょっと待ってハヤ太君。もうちょっとこの子と遊びた(ブチッ、ツー、ツー、ツー)……」
 唐突に切られてしまった電話。飼い主が見つかったのは嬉しいけど、そんなすぐに引き取りに来なくたって……泉はちょっぴり寂しそうに携帯を見つめた。


 しかし落ち込んでなんかいられない。何はともあれハヤ太君がこれから家に来てくれるのだ。せいいっぱい可愛い服を着ておもてなしをしよう、いろんなお菓子とかも食べてもらおう……残り少ない時間を惜しむように子猫を抱いたままお屋敷を歩き回り始めた泉の前に、黒服のイケメン執事が現れた。
「あ、虎鉄君」
「お嬢、どうした? そんなにはしゃいで」
「うん、これからハヤ太君がうちに来るんだって♪ この猫さんを引き取りにくるんだよ」
「綾崎がここへ?」
 嬉しさのあまりオブラートなしで説明した泉の言葉を聞いて、虎鉄はピンク色の妄想を浮かべた。愛しの綾崎ハヤテがここに来る、この子猫を引き取りに……それじゃ子猫を俺が抱いていれば、あいつは俺に頭を下げて近づいてくるわけだ。日頃はツンデレぶりを発揮して肘鉄ばかり放ってくるあの綾崎が、俺の言いなりに……。

    「虎鉄様、お願いします。その猫を返してください、そのためだったら僕は何でもします」
    「ふっ、そんなに脅えることはない、スイートハニー。返してやるとも、お前が素直になってくれればな」
    「あぁっ、お優しい虎鉄様。どうか後生です、その猫がいないと僕は主人に虐められてしまうんです」
    「そうか、お前も苦労してるんだな……どうだ綾崎、いっそ俺のネコにならないか?」
    「ありがとうございます虎鉄様、こんな僕を拾ってくださるなんて、なんて男気のあるお方……」

「こ……虎鉄君?」
 虎鉄の肩が震え、背後からどす黒いオーラが立ち昇る。さすがの泉もその眼光に押され数歩引き下がった。そして顔を上げた虎鉄の血走った眼光は、泉の胸に抱かれた黒い子猫へと向けられていた。
「ねこ……ねこ……」
「ニャッ?」
「ねこねこねこねこねこねこねこぉ……」
「シャ――――ッ!!」
 シラヌイが毛を逆立て、泉の胸から抜け出して肩へと登る。しかしそんなことでは虎鉄の執念は微動だにしない。あの猫を手に入れれば綾崎を自由に……そのことだけで頭をいっぱいにした虎鉄は、超人執事の全力を挙げてシラヌイへと飛び掛かった!
「ねこー!! ねこー!!」
「ニャウン!」
 だがシラヌイも超人執事と完璧メイドとホワイトタイガー猫の住むお屋敷に飼われているペットである。瞬時に少女の肩を蹴り、長い廊下を一目散に駆け出した。そのまま必死に逃げ出す子猫とそれを追う虎鉄の姿を呆然と眺めた泉は……しばらくして我に返ると、素っ頓狂な声をあげた。
「あぁっ、どうしよ、あの猫さんが逃げちゃったらハヤ太君に返せないよ! 早く見つけてあげないと!」


 そのままお屋敷を抜け出し、広い庭へと逃げ込んだシラヌイ。ジグザグに逃げるシラヌイの背後では、地雷原の爆発のように轟音と叫び声が飛び交っている。あいつに捕まったらおしまいだ、と野性の本能が告げている。
 だが生後数ヶ月の飼い猫の身では、瀬川家の庭を熟知している超人執事を振り切るのは不可能だった。次第次第に距離がつまり、シラヌイに向けて伸ばされる指先の風切り音が背中や尻尾に突き刺さる。
 マズイ、マズイ、マズイ!!
 もはやフェイントなど混ぜる余裕もなく、全力でシラヌイは駆け続けた。それでも背後からの殺気はどんどん近づいてくる。捕食されるモノとしての原始からの恐怖が背筋を走り、足をもつれさせる。頭から地面に転がり込んだシラヌイに、黒い影が頭上から襲い掛かった。
「もらったぁっ!!」
「ニャン!!」
 痛みをこらえて後ろ足に力を込める。勝利を確信して大振りになった虎鉄の攻撃を、跳躍したシラヌイは間一髪でかわした。宙に浮いた子猫の目に、前方に広がる緑色の金網が映った。必死で駆け続けていたさっきまでは気づかなかった地上のオアシス。あの金網を潜り抜ければ、狩猟者の攻撃を振り切れるかも。
「ニャーーッ!」
 着地したシラヌイは再び駆け出した。一生分とも思えるほどの体力を前借りして金網に肉薄し、小さな身体を使って格子をくぐり抜ける。格子をくぐってゴロゴロと転がった子猫の数センチ後方で、格子越しに手を伸ばした虎鉄の右手が虚しく宙をかく。ギリギリで逃げ切った……そう息をついたシラヌイだったが、顔を上げた途端に飛び込んできた背後の光景に全身の毛を逆立てた。
「ねこー、ねこー、ねこぉぉーーーっ(ブチブチブチブチッ)!!!」
 なんと、狩猟者は金網を素手で引きちぎっている! その眼は金色に輝き、身体はヒグマのように膨れ上がって熱く猛々しい息を吐いているように子猫の目には映った。まだ終わってない、早く逃げないと……背後に眼を釘付けにしたまま気ばかりが急いて地面を蹴った、その直後。
「ニャアアーーン!!」
 そこに金網があった意味を、シラヌイは全身で思い知らされることになるのだった。


「猫ちゃーん、どこなのぉ〜?」
 瀬川泉は声をあげながら子猫の行方を捜していた。子猫がどこを逃げているかは、そのルートを追うように虎鉄が巻き起こしている轟音と砂煙によってだいたい把握できる。もちろん虎鉄を追ったところで追いつけるわけもないけれど、自分の家の庭のこと、どこを通ればどこに行き着くかは予想がつく。子猫が虎鉄に捕まらずに駆け抜けるのを信じて行きそうな場所に先回りする、それしか彼女に出来ることはないのだった。
「ニャアアーーン!!」
「猫ちゃん?」
 そんな泉の耳に届いた子猫の悲鳴。あわてて駆け寄った先には緑色の金網と、その先に流れる小川、そして小川に浮かぶ黒い小動物の姿があった。自宅の庭という一般人には無縁な場所でありながら、あえて危険だからと金網を張ってある区域。子猫はよりによってその中に入ってしまったらしい。
「猫ちゃん! 待ってて、すぐ行くから!」
 女の子である泉には金網をよじ登るという発想はない。小さい頃に冒険してて、こっそり空けた通り穴があったはず……そんなかすかな記憶を頼りに泉は川下へと走った。やがて草むらに隠された思い出の場所にたどり着き、金網の穴に身体を差し込む。しかし子供の頃には簡単にくぐれたはずの穴なのに、今の泉にとっては勝手が違った。どうやっても狭すぎて身体のあちこちが引っかかってしまう。とくに胸やお尻の辺りが。
「ニャァァ……」
「猫ちゃん!」
 次第に弱まっていく子猫の鳴き声。もう迷ってなんかいられない、泉は痛みをこらえて身体を強引にねじ込んだ。服がビリビリと引き裂かれ身体中に血がにじむ。それにも構わず顔をしかめながら前進して……ようやく穴を抜け出した泉の目の前を、小さな子猫が浮き沈みしながら流されていく。
「猫ちゃあぁん!」
 もう泉の頭には子猫を助けることしかなかった。ためらうことなく小川へと身を投じ、水をかき分けて子猫へと近づく。しかし横から歩いていく少女より川下へと流されていく子猫のスピードのほうが速い。迷ってる暇などなかった。少女は川底を歩くのをあきらめ、自分も川に流されながら必死で川下へと泳ぎ始めた。
「ニャ……」
「待ってて、もうすぐだから、今行くから!」
 何度も水を飲み込みながら泉は叫んだ。子猫との距離はあと3メートル、1メートル、30センチ……そしてようやく小さな尻尾が泉の指にかかる! 必死で手繰り寄せた泉の胸元に、息絶え絶えの子猫の身体がすっぽりと収まった。
「良かった、もう大丈夫だよ猫ちゃん……って、えぇっ!!!」
 ようやく子猫を取り戻して笑顔を浮かべる少女だが……既に背が立たない場所まで流されてることに気づいて、ようやく子供の頃に聞いた父親の言葉を思い出した。お屋敷の中の小川にもかかわらず金網まで張って侵入を防いでいるのには理由がある。子供が溺れるからなどという生易しい理由ではない、なにせここは○ニー創業者のお屋敷なのだ。庭の中には湖があり、川があり、沼があり……そして流れの速い川の行き着く先には当然、滝があって……。
「にゃあああーーーっ!!」
 後悔したときにはもう遅かった。子猫を抱いたまま滝の上から投げ出され、滝つぼへと転落する泉。
 ……思わず眼を閉じた少女の頬に一陣の風が吹き、落下する浮遊感がいきなり消失する。がっしりした腕が彼女の腰を抱く。泉が恐る恐る瞳を開いた先にいたのは、ヒーローと呼ぶには優しすぎる少年の顔だった。
「大丈夫ですか、瀬川さん」
「……ハヤ太君!」


「にゃはは、ありがとハヤ太君。助けてもらっちゃって」
「お礼を言うのは僕のほうです。シラヌイを助けてくれて、ありがとうございます」
「いやぁ、私もう必死で……」
 川辺に戻って互いの無事を確認する泉とハヤテ。危機一髪のところを助けてもらって、泉は上気した顔でハヤテのほうを見上げていた。そんな彼女のほっぺたを小さな舌がぺろぺろとなめた。
「にゃっ、くすぐったいよぉ」
「あはは、シラヌイには分かってるんですよ、自分を助けてくれたのが誰だか」
「うふふ、無事でよかったね、猫ちゃん」
 泉の肩によじ登り、顔を一生懸命になめ、のどに毛皮を擦り付けるシラヌイ。誰の眼から見ても子猫なりの親愛表現に違いなかった。泉はそんな子猫の仕草を優しい瞳で見つめて……しばらくすると子猫を両手に抱えて、極上の笑顔を浮かべながらハヤテのほうへと差し出した。
「はい、ハヤ太君。猫ちゃんを返すね」
「ありがとうござ……」
 ところがその瞬間、穏やかな空気が一瞬にして緊張した。さすがのハヤテですら反応が遅れるほどの速度で、背後から伸びた太い腕が子猫へと襲い掛かる。
「ねこぉ――――!!」
「ニャン!」
 シラヌイは身をよじって泉の手から抜け出すと、頼れる避難先として少女の胸元へと飛び込んだ。それを追って虎鉄の右腕が泉の腕の間を抜けて、子猫の感触とは違う、丸い膨らみの頂へと……。


「きゃーーっ!!」
「い、いや違うんだお嬢、俺はそんなつもりじゃ……」
「虎鉄君のえっち! 妹の胸に手を出すなんてサイテー!!」
 刺すような緊張感が消えうせたあとには喜劇が待っていた。子猫ごと胸を押さえて後じさる泉、とっさに腕を引いたままの姿勢で狼狽する虎鉄、そしてその有様をジト目で見つめる綾崎ハヤテ。
「違うんだ、これは単なる弾みで……見てただろ綾崎、俺は決してやましい意図なんか……」
「人間としてはともかく、執事としては貴方に一目置いていたんですが……主人に手を出すなんて最低ですね」
「うおぉぉ〜〜!!」
 自分のしでかした過ちに心を削られ、よろよろと立ちすくむ虎鉄。そこへ泉の一言が止めを刺した。
「虎鉄君のばかーっ!」
 その瞬間、どこからともなく現れた黒服の男たちが虎鉄を押さえつけ、虎鉄の頭を地面にこすり付けた。その黒服たちの頭上から、このお屋敷の主人の声がスピーカー越しに響いた。
「貴様、ワシの可愛い泉に手を出すとは不届きな奴! 灼熱地獄でも飽きたらぬわ、楽に死ねると思うな!」
「そ、そんな殺生なぁ〜」
 黒服たちに引き立てられていく虎鉄をみて、その場に残された泉とハヤテは顔を見合わせた。そんな少女のほっぺたを、今度こそ危険から脱した子猫がニャアと鳴きながら可愛らしくなめたのだった。


 こうして一件落着かと思われたシラヌイ奪還騒動だったが、最後の山場はこの後に訪れた。ハヤテとシラヌイを客間に案内した後、ボロボロでびしょ濡れになった服を着替えに戻った泉の前に、瀬川父が立ちふさがったのだ。
「なんだその格好は! 高校2年生にもなって水遊びしたうえに服をボロボロにするとは、なんてはしたない! もっとおしとやかさを身に着けなさい、罰として今日から一週間、メイド服でご奉仕の修行をすること!」
「えぇーっ、またなの〜っ?」


Fin.

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