ハヤテのごとく! SideStory
Pray
初出 2009年10月06日
written by
双剣士
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「ニュースニュース、大ニュースだよっ!」
ゴールデンウィークを間近に控えた、心地よい春の夕方。動画研の部室でまったりとくつろいでいた私たちの元へ喜色満面の泉が駆け込んできた。
「どうした、泉?」
「あのねあのね、昨日優勝した歩ちゃんのことだけど……」
「歩君?」
聞き慣れない呼び名に眉をひそめた私に、泉と理沙が説明してくれる。なんでもハヤ太君がらみで以前に1度だけ商店街で顔を合わせた他校の女の子が、理沙の実家で昨日催されたお祭りのクイズ大会に出場して見事に優勝を飾ったんだそうだ。あぁそういやヒナの誕生日プレゼントを買いに行った時にそんな子がいたっけ、と私がぼんやりと記憶を辿っていると、
「優勝特典のエーゲ海旅行、ヒナちゃんと一緒に行くことにしたんだって!」
「ブーーッッ!!」
思わず紅茶を吹き出してしまった私には目もくれず、楽しそうに言葉を交わす泉と理沙。
「おぉそうか。さすが歩君、あの難攻不落のヒナを落とすとは」
「なんでも噂によると、ヒナちゃんがバイトに通ってる喫茶店で歩ちゃんも春からバイトすることになって、それで仲良くなったんだって! 昨日の優勝インタビューでは『もっと仲良くなりたい人』って言葉を濁してたけど、あれってヒナちゃんのことだったんだね」
「ペアチケットでエーゲ海かぁ。さしずめ歩君にとってのヒナは友人兼通訳ってとこかな。ツアーみたいにガイドさんの付いてるチケットじゃなかったし」
「……ありえない」
きゃっきゃっと盛り上がる2人が、私のつぶやきにぎょっと驚いて振り返った。
「ど、どうしたの美希ちゃん?」
「だってそうだろ? エーゲ海と言ったら外国だぞ、海外だぞ? あの飛行機嫌いのヒナがうんと言うわけ無いじゃないか」
「いやその、だから凄いなぁって、歩君がさ」
「何かの間違いじゃないのか?」
「ないない。だってこの話、ヒナちゃんから聞いたんだもん。もう下校途中だったけど」
目の前で手のひらを左右に振る泉の仕草に、私のいらだちは頂点に達した。なんでそんな脳天気に喜んでいられるんだ? 子供の頃から何度誘っても頑として飛行機を拒み続けてたあのヒナが、なんでバイト先の子の誘いにホイホイ乗るんだ? いったいあの子との間に何があったって言うんだ?
「そんなのどうでもいいじゃない、あの出不精なヒナちゃんが旅行する気になってくれたんだから」
「そもそもハヤ太君が行くと聞いて手を挙げたエーゲ海行きだったみたいだしな。こうなったら私たちも行かないか? どうせ暇だし」
「いいねいいね、ヒナちゃんと歩ちゃん、ハヤ太君にナギちゃんも行くんでしょ? きっと楽しいよ♪」
何の疑問もなく盛り上がる2人を動画研に残して、私は不機嫌なまま席を立った。ヒナに直接聞いてくる、と言葉を残して。
十数分後。私は商店街近くの公園のベンチでヒナを待っていた。あの子の生活リズムは逐一暗記している。この時間帯のヒナはランニング中で、まもなくこの辺を通るはずなんだ。
「あら、美希? こんなところで会うなんて珍しいわね」
予定通り予想通り、ジャージ姿のヒナが通りかかるのを待って私はベンチから立ち上がった。
「あなたもランニングする気になった? 歓迎するわよ、やっぱり少しは体力つけないと……」
「話を聞いた。海外旅行に行くことにしたんだって? バイト先の子と一緒に」
「え?……あ、ああ、そのこと、ね……」
バツが悪そうに頬を掻くヒナ。長い付き合いだ、私がここに来た理由を何となく察してくれたらしい。
「いやその別に、飛行機に乗るの平気になった訳じゃないのよ? ただその、せっかくのペアチケットを無駄にしちゃうの可哀想だなって言うか……」
「私たちからの誘いは10年間ずっと断ってきたくせに、バイト先の歩君の誘いには二つ返事でOKなんだな」
「み、美希?」
私の言い方に不穏なものを感じたんだろう、ヒナの表情から照れ笑いが消えた。いけないいけない、これじゃヒナに嫌みを言いに来たみたいじゃないか……私は伏せていた顔を上げると、まっすぐヒナの目を見つめながら言葉を継いだ。
「なぁ、ヒナ……私たちに何か、言うこと無いか?」
「……あの……ごめんなさい」
「じゃなくて! あの子に何か弱みを握られて、どうしても断れない状況にされたんだろ? 私たち友達じゃないか、隠し事なんて水くさいこと……」
「弱み……隠し事……そ、そんなんじゃないわよ」
ヒナの瞳が不安げに揺れたのを私は見逃さなかった。やっぱりそうだ、そうでもなきゃヒナが他人の言いなりになるわけがない。
「わかった、言いたくないなら無理には聞かない……とにかくエーゲ海行きは、ヒナの本意じゃないんだな?」
「……う、うん、まぁ……」
「よし、じゃ私が代わりに断ってきてあげる」
「ちょ、ちょっと待ってよ、美希!」
ヒナに背を向けて喫茶店どんぐりへと歩き出そうとする私の肩をヒナがあわてて止める。これは重傷だ、と私は思った。私のヒナをここまで
雁字搦め
(
がんじがらめ
)
にするなんて、可愛い顔してやるもんじゃないか、歩君。
「勝手に早とちりしないで! 歩とは、その、なんていうか、そういう関係じゃないのよ!」
「わかったわかった、この件は私に任せておけ。ヒナのことは私が守ってやるから」
「そーじゃないんだってば!」
夕暮れの公園でヒナとの押し問答が続いた。そしてついにヒナの口から、私の知らないヒナと歩君の関係がポツポツと語られたのだった。
公園でヒナの話を聞いてから20分後。私は1人で喫茶店どんぐりに向かい、新しいヒナの相方の目の前に座っていた。
「いらっしゃいませ〜、ご注文はお決まりですか?」
「ダージリン」
「かしこまりました〜」
いつも閑散としてる喫茶店に歩君の元気な声が木霊する。私と以前に会ったことを覚えてる様子はない。勝手なもんだ、私の方は歩君のことを言われるまで思い出しもしなかったくせに、歩君がこっちを覚えてないとなると腹が立つんだから。それもこれも、ヒナと歩君が交わした“約束”のことをヒナの口から聞いたばかりだからかも知れない。
《歩とハヤテ君のことを応援するって約束したのよ、私は》
ヒナの話は要約するとそれだけのことだった。男の子みたいな性格のヒナが他の子の恋愛ごとに首を突っ込むなんて本当に珍しい。驚きと嫉妬とでヒナの前ではたいした反論も出来なかったんだけど……冷静に考えてみると、ヒナがなぜ海外旅行に行く気になったのかという疑問には全然答えてもらってない気がする。まさかエーゲ海で顔を合わせるハヤ太君の前で、歩君に逐一アドバイスをするつもりでもあるまいし。
「お待たせしました〜」
「ん……あれ、ホットケーキなんて頼んだ覚えは……」
「サービスです♪ だって花菱さんですよね、ヒナさんのお友達の」
あっさりとこちらの名前を告げられて、虚をつかれた私は口をぽかんと開けた。
「朝風さんや瀬川さんに昨日会ったばっかりだもの、花菱さんとも近いうちに会うんじゃないかって思ってました。わざわざバイト先に来てくれるとは思いませんでしたけどね」
「……分かってるなら話は早い。歩君に聞きたいことがあって来たんだ」
先手を取られた悔しさを包み隠すように、仏頂面を浮かべながら用件を切り出す私。きょろきょろと店内を見渡して他にお客の居ないことを確認した歩君は、そのまま私の向かいの席へと腰を下ろした。
「……とまぁ、そんなわけでハヤテ君との仲を応援してくれるってヒナさんが言ってくれて、それからはもうお世話になりっぱなしなんですよ。勉強を教えてもらったり下田に行くときも気を利かせてもらったり、バイト先でもいろいろ教えてもらったりとか。だからこっちも、ヒナさんに何かしてあげたいなぁって思ったんです」
「…………」
「それにこないだ、水族館に一緒に行ったときにもですね……」
まるで別の子の話を聞いてるみたいだった。私の知らないヒナがそこにいた。クールで頼り甲斐があって怒りんぼの女の子ではなく、ハヤ太君を追いかける歩君の行動に引きずり込まれてドタバタしまくってるヒナの姿がそこにはあった。公園でヒナから話を聞いたときに想像したのとはまるで違う。主体的に物事に関わってると言うより、歩君に手を引かれて知らないところを連れ回されてるイメージというか。公園でヒナ自身から話を聞いてなければ到底信じられなかっただろう。
「……なんでなんだ?」
「え?」
「ヒナは格好良くて完璧で、いつだって道の中央を堂々と歩くようなタイプなんだぞ? それがなんで、歩君の前だとそんなに」
「う〜ん、私もヒナさんと初めて会ったときにはそんなイメージだったんですけど、でも知り合っていくうちに別の面が見えてきたというか。でもそんなヒナさんが最近は“可愛い”と思えるようにもなってきてたりして」
ありえない。ヒナは実質男の子みたいな性格の女の子だったはずだ。それがどうして歩君の前では子供じみた意地っ張りな行動ばかり取る? 初恋に浮かれてドジばかり踏む年頃の女の子みたいな振る舞いをどうして見せる?
……そしてそれに気づいたのが、どうして歩君なんだ? どうして私じゃないんだ? ヒナと付き合ってきた10年間、私は何をしてきたんだ?
「だから今度の旅行、すごく楽しみなんですよ。初めて行くエーゲ海のこともそうだけど、ヒナさんのまた新しい面が見られるんじゃないかって。日本と違う場所で会うナギちゃんやハヤテ君と、今まで以上に仲良くなれるんじゃないかって。きっかけをくれた朝風さんや瀬川さんにも感謝です!」
「歩君がうらやましい」
「え?」
本心からのつぶやきに不思議そうに小首をかしげる歩君。このころの私には、もう歩君を詰問する気持ちは無くなっていた。ヒナにどうやって取り入ったんだと嫌みのひとつも言おうと思ってたけど、歩君の話を聞いてるうちにそんな気も失せていた。この子は私より器が上なんだ。憧れの目でしかヒナのことを見てこなかった私とは違って、私が知らなかったヒナの姿をどんどん引き出せる子なんだ。
……そうと分かれば。ヒナの親友として、そんなヒナの姿を見届けずには居られない!
「歩君」
「はい?」
「私も自分のお金で、歩君たちと一緒にエーゲ海に行くことにする。もちろん理沙や泉も一緒にだ……迷惑かな?」
せっかく思い出作りをしようとしてる歩君たちにとって、無粋な申し出であることは分かってる。でも歩君の話を聞いた今の私には、彼女は断らないって自信があった。そして嬉しいことに、歩君は思ったとおりの返事をしてくれた。
「もちろん! 大歓迎ですよ!」
……そして時は流れて、エーゲ海旅行の終盤。
「ちょっと! 美希! なんであなたがこんな所にいるのよ!!」
「なんでって……ほら、もうすぐこの旅行も終わりだろ? なのにヒナと歩君はホテルにも戻らずナギ君の家に泊まっちゃっているからさ。なんていうか、こう……スキンシップが足りないなぁと思って」
入浴するヒナの元に突撃した私は、ヒナの身体をさんざんにくすぐって遊んだ後、真面目な顔で浴槽から身を起こした。
「まぁいいじゃないか。無理矢理でも多少は笑顔になっただろ?」
私はヒナの全てを知ってる訳じゃない。今夜のディナーで何があったかも知らない。きっと他にも、ヒナはいろんな顔を隠してるんだろう。
「もうすぐ旅も終わり……」
だけど、私はヒナの友達だから。自分勝手でもなんでも、ヒナには笑っていて欲しいから。
「だったら最後は……笑顔でいこう」
Fin.
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