ハヤテのごとく! SideStory
男の戦い、女の覚悟
初出 2005年07月31日
written by
双剣士
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「キャーッ!!!」
「お嬢さま! 大丈夫ですか!」
あっというまに駆けつけた少年執事の胸に少女は勢いよく飛び込んだ。小刻みに震えながら必死にしがみつく少女の頭を左手で優しくなでながら、右手にマシンガンを構えた少年は険しい瞳で周りを見渡した。
「ハヤテ、ハヤテ、ハヤテ!」
「お嬢さま、お怪我はありませんか……もう大丈夫です。僕がいますから、命を懸けてお守りしますから」
「う、うん……」
お嬢さまには誰にも触れさせない。裂帛の気合をこめたオーラを周囲に放ちつつ、少年は少女を抱く腕に力を込めた。少年の胸に頬を押し付けられた金髪の少女は、少年の鼓動を聞いているうちに身体のこわばりが徐々に取れ、細い腕をゆっくりと少年の背中に回しながら安心したようにそっとまぶたを閉じるのであった。
**
話の発端はその日の朝にさかのぼる。
「少年よ、昼前には我々は出発せねばならんが……留守中しっかりとお嬢さまをお守りするのだぞ」
「だ〜ぃじょうぶですよぉ〜、一晩くらい留守番できますって、子供じゃないんだから」
「甘く見るでない! 私とマリアが屋敷を離れるということが、どういうことだか分かっているのか?」
避けられない用事のために一晩だけ屋敷を離れるクラウスとマリア。その出発に先立って言付けを残すためハヤテを自室に呼びつけた執事長クラウスは、気楽な笑顔を浮かべる少年を大きな声で叱り飛ばした。
「この屋敷は霊脈・気脈の交点に位置し、地勢的防御と霊的守護とを兼ねた天然の要塞なのだ。私とマリアの使命はその自然の力をお嬢さまを守護する力へと導くこと、執事とメイドなどとは仮の姿に過ぎん」
「れ、霊脈ですか? オカルト映画じゃあるまいし……そんな馬鹿な」
「貴様の貧相な頭では理解できなかろうが、知っておいてもらわねば困る。そもそも三千院家の次期当主たるお嬢さまが、所有する中でも一番小さいこの屋敷にたった4人で住んでいるのはなぜだと思う?」
「なんでって……」
「くれぐれも気を緩めるでないぞ。今夜に限り、その霊的守護力を利用することが出来ぬのだからな……お嬢さまの財産を狙う輩にとっては、絶好の好機に見えるであろうよ」
真剣な表情で嘘八百を並べる老執事長。2人きりの夜を過ごすことになった若い2人が浮つかぬよう、しっかりと釘を刺しておく……そのつもりであった。だがこのとき老執事長は不覚にも失念していた……目の前の少年がひ弱な小心者ではなく、類まれなる戦闘術に通じた和製ガンダムとも呼ぶべき存在であることを。
「ハヤテ〜♥ 一緒に遊ぼう♪」
「すみませんお嬢さま、いま忙しいので」
学校から帰った三千院ナギは上機嫌だった。ハヤテと2人きり、今夜は何をして遊ぼうか……授業の最中から期待に胸を膨らませていた金髪の少女は、待ちに待った放課後が来るなり屋敷に飛び帰って着替えを済ませると、さっそく少年執事の携帯に電話をかけた。ところが少年からの返答は意外につれないものだった。
「えっ……?」
「暗くなる前に庭にトラップを仕掛けないといけないんです。お屋敷中の窓にアラームも必要だし、監視カメラも用意しなきゃならないし……申し訳ありませんが」
「そ、そんなのいいからさ、一緒に遊ぼうよ。トランプもゲーム機もあるぞ、なんならムシキングだって……」
「すみません、今はお嬢さまと遊んでる暇、無いんです(ピッ)」
一方的に切られてしまった電話を、ナギはほっぺたを膨らませながら睨みつけた。あまりといえばあまりな言い草、しかし怒りをぶつける相手は周りには誰もいない。
「……ふんっ」
憤慨した少女は1人でマンガを読み始めたが、5秒で飽きた。なまじ期待が大きかっただけに、普段どおりの時間つぶしをするのがアホらしくて仕方ない。少女はそろりそろりと部屋を抜け出し、少年執事が奮闘しているであろう屋敷の庭先へと足を向けた。
「…………こ、これは…………!!」
屋敷の塀には高圧電線と爆竹。庭の木々の間には細い糸が張り巡らされ、樹木の頂上には吊り下げられた槍が、根元には落とし穴と振子ハンマーが見える。三千院家の誇る美しい庭の光景は、見る影もないほどの変貌を遂げていた。だがそれを目の当たりにした引きこもり少女の感想は、
「面白そうじゃないか!」
表情をパッと輝かせた少女は、ゲームでもするような感覚で庭土へと足を踏み出した。1歩、2歩……注意深く前に進むが、別に何事も起こらない。
「ん? ただのハッタリか?」
その場で小さくジャンプ。ちょっと小走り。いずれも何の反応もなかった。拍子抜けしたナギは辺りをきょろきょろと見渡して……庭の隅にある樹に登って作業をしている少年を見かけるや、大声を上げながらそちらに駆け出した。
「ハヤテ〜♥」
「お嬢さま、危ない!」
ハヤテの慌てた声に構わず、元気に手を振りながら笑顔で駆け寄る三千院ナギ。その手が彼女の頭の高さを越えた瞬間……空気が凍った。
ドザッと草を掻き分ける音とともに、ナギの前方に立ちふさがる丸太と鉄条網の柵。
ゴオォッと唸りをあげながら、少女を両脇からサンドイッチするように飛び迫ってくる刺つき金属板の壁。
シュッという風切り音とともに頭上から降ってくる竹槍の雨。
そして駆ける少女の退路をふさぐように、踏み抜けた後方の地面で炸裂する地雷、そして彼女を追いかける爆風と金属片の嵐。
脱出不能な5方向からの罠が、明らかな殺意を持って少女の身に迫ってきた。まずい、と思いつつも自由に身体が動かない。周囲の音やざわめきが消えた静寂の中、水の中にいるように空気が重く、腹立たしいほどに身体の動きが鈍い。前へと振った脚はなかなか地面に届かないのに、竹槍や金属壁ばかりが別の生き物のようにスルスルと彼女に向かって飛んでくる。声を上げるにも手で防ぐにも反応が間に合わない。
ひっ!
金髪の少女にできたのは、固く目をつぶることだけだった。そしてゆっくりと閉じていくまぶたの隙間から見えた最後の光景は……両手を広げながら前方の柵を飛び越えてくる、愛しい少年の姿であった。
「お嬢さま、お嬢さま! 大丈夫ですか、もう安全ですよ!」
「う、うん……え、あ、あぁ、わあぁっ!!」
閉じたまぶたを恐る恐る開くと、すぐ目の前に少年の心配げな表情がある。懐かしい顔を見てほっとした途端、さきほどの恐怖が津波のように押し寄せてきた。ナギは奇声を上げながら両手で顔を覆い両足をじたばたと暴れさせた。お姫様抱っこをしている少年執事は巧みにバランスを取りながら、錯乱する少女が落ち着きを取り戻すのを辛抱強く待った。
「大丈夫、もう大丈夫です。お嬢さま」
「あ、あぁ……あ、あぁ」
「深呼吸してください。さぁ、大きく吸って、吐いて」
「はぁ、はぁ……はぁ〜ぁ、すぅ〜」
空気を吸う度ごとに身体の熱が引き、胸の鼓動が収まってゆく。ハヤテはそっと少女を、玄関の安全な場所へと降ろした。まだ足元がふらついたままの少女の肩を支え、申し訳なさそうに事情を説明する。
「申し訳ありません。お嬢さまに危害を加えるつもりは無かったのですが」
「あ、あれって、一体……」
「侵入者を撃退するためのトラップです。念のため、身長140センチ以下の人には反応しないようセットしたつもりだったんですが……」
「……あ、あぁ、私が手を上げたから」
ちっちゃいって言うな、と腹を立てる余裕は今のナギには無い。もう少しで死ぬとこだった、という悪寒が背筋を貫き指先を震えさせた。いつになく弱気になった少女は、普段の彼女なら考えられないような態度をみせて少年に甘えかかった。
「な、なぁ、ハヤテ……私のこと、守ってくれたんだよな? ずっと一緒にいてくれるんだよな?」
「もちろんです、お嬢さま」
「離れたくない。今夜はずっと側にいてくれ、お願いだから」
ナギは少年の服のすそをぎゅっとつかんだ。しかし少年の返答はつれないものだった。
「すみません、まだ仕掛けが終わってないんです。陽が暮れる前に済ませないと」
「そんなのいいよ! お前がいてくれたら、それでいいから……な、部屋に戻ってトランプしよう、一緒に」
「すみません、我慢してください……マリアさんが帰ってきたら、いくらでも遊んで差し上げますから」
なんでここでマリアが出てくる?!
信じられない言葉に、ナギの顔から血の気が引いた。あれほど静かだった世界に喧騒が戻り、少年のほかは灰色に見えた周囲の光景に色彩が帰ってくる。少女はハヤテの服から手を離して一歩後ろに下がった。力の戻った脚で地面を踏みしめると、その足元から新たな熱情が駆け上がってくる。青ざめた表情はみるみるうちに真っ赤に染まり、少女の頭頂から湯気が上がった。さきほどのしおらしさはどこへやら、金髪の少女は噛み付くような勢いで命の恩人・兼・恩知らずの少年に向かって吐き捨てるように叫んだ。
「だったら勝手にしろ!」
**
「まったく……人の気も知らないで」
独りぼっちのダイニングで、ナギは冷め切ったビーフシチューを淡々とぱくついていた。食べる前に暖め直してください、と言い残して行ったマリアの言葉などに従う気は毛頭なかった。だいいち熱かろうが冷たかろうが、ハヤテ抜きで食べる食事が美味しい訳がなかったのだ。
「だいたい、私は死にかけたんだぞ? それもこれもハヤテのせいじゃないか。もうちょっと優しくしてくれたって……」
ぶちぶちと愚痴をこぼすが、聞かせてやりたい相手はこの部屋に居ない。庭の完全武装を終えた少年は、引き留める少女の声を振り切って屋敷中の窓と警報装置の点検をしに出かけて行ってしまった。護衛役として、少女の側に育ち過ぎた猫1匹を残して。
「なぁ、お前もそう思うだろ?」
「にゃあ」
「……分かるわけないか」
少女に話しかけられたホワイトタイガー猫のタマは、甘えるように一声鳴いた。その瞳の奥に潜んだ複雑な光に気づくことなく、ナギは小さな溜め息をつくと残りのシチューをタマのほうに押しやった。
「あんな薄情者に、シチューなんか残しておいてやるもんか。全部平らげていいぞ、タマ」
「にゃあ、にゃあ」
歓喜の声を上げるタマを食堂に残して、荒々しい足音を立てながらナギは自室へと戻って行った。そんな彼女が食堂の扉を閉めるや否や、シチューをなめていたタマは後ろ足ですくっと立ち上がると台所の食器棚に向かい、すたすたとプラスチックの容器を取ってきてシチューの一部をそこに注ぎ移すのであった。
そして夜。煌々と明かりの灯った寝室のベッドの上で、枕を抱き抱えた三千院ナギは途方に暮れていた。
「どうしよう……」
すっかり夜も更けたというのに、とうとうリビングに戻ってこなかったハヤテ。面白くも無いマンガを読み流し、対戦するはずだったテレビゲームでCOM相手に完勝し……やることの無くなったナギは膨れっ面のまま寝室へと引き上げてきたのだが、そこでハタと気がついたのだった。いつも隣で寝てくれるマリアが、今夜は側にいないのだということに。
「う…………」
1人の身体には広すぎる豪華ベッドの上で座り込みながら、白いシーツをさらさらと撫でる。ここ数年、独りぼっちで寝るなど無かったことだった。いつだって側にはマリアがいて、そうでないときは伊澄や他の子が代わりにいて……とにかく人の温もりがすぐ手の届くところにあったからこそ、暗い部屋の中でも目をつぶることが出来たのだ。普段は当たり前のように意識すらしていなかったことだが、こうして失ってみると何気ない日常の重大さが痛いほど分かる。
「マリアが言ってたの、こういうことだったのか……」
寂しかったら伊澄さんに来てもらいましょうか。出発前にマリアが残していった言葉が思い起こされる。あのときはハヤテと険悪になるなんて思わなかったし、子ども扱いされたと思ってその場で断った。もしあのとき寝るときのことを心配してくれてると気づいてたら別の返事をしたかもしれないのに……だけど、もう遅い。
「ふ、ふん、何とかなるさ……ひとりだって」
勝手にしろと言った手前、ハヤテに頼るわけには行かない。先に謝るのはあっちだ、という小さな意地が少女自身の行動を縛っていた。側にいてくれと頼んで冷たく断られた夕方の記憶も彼女の頑なさに一役買っていた。
《どうせ、頼んだってハヤテは来てくれないんだから》
意地っ張りの少女は自分にそう言い聞かせながら、白いシーツをかぶるとベッドサイドのリモコンで部屋の明かりを消した。
しかし、負けず嫌いな少女の築いた楼閣が夜の暗さに押しつぶされるのに、時間はかからなかった。
**
「ハヤテ、ハヤテ、ハヤテ!」
「お嬢さま、お怪我はありませんか……もう大丈夫です。僕がいますから、命を懸けてお守りしますから」
「う、うん……」
来てくれた、ハヤテが来てくれた!
暗闇の重さに思わず悲鳴を上げてしまった少女の
許
(
もと
)
に、間髪いれずに飛んできた少年執事。少年の胸にしがみつきながら三千院ナギは時間が経つのを忘れた。心の奥に根を張っていた意地や寂しさが煙のように消えうせ、暖かい安らぎの気持ちがそれに取って代わっていく。どうしてもっと早く、自分はこうしていなかったんだろう。つまらない意地なんか張るより、この方がずっといい。
「それにしても、あれだけの警備をくぐりぬけてお嬢さまを狙うとは……ここも安全じゃありませんね。僕から離れないでください」
少女が悲鳴を上げた理由を勝手に敵襲だと解釈し、少女を抱く腕に力を込める綾崎ハヤテ。ナギは少年の誤りをあえて訂正しようとはしなかった。何でもいい、こうして一緒にいられるなら。独りぼっちが寂しくて怖かったのは事実なんだし。
「お嬢さま、落ち着きましたか?」
「ん……もう少しだけ」
「申し訳ありません、あまりぐずぐずしていられないんです。早くここから動かないと」
右手に構えたマシンガンと懐中電灯を使って周囲を警戒しながら、ハヤテはそっと少女の背中を叩いた。ナギはなおもしばらくは少年の胸にしがみついていたが、やがてしぶしぶと身体を離し、代わりに少年の左腕を両手で抱きしめる体勢に移った。見慣れてるはずの三千院家の廊下が、こんなに広く心細く思えたことなど、無い。
「行きましょう……」
「ど、どこへ?」
「もっと安全で守りやすいところ……そうですね、金庫室とか」
少女の全身が硬直した。ハヤテは自分のためを思って言ってくれてる、それは分かる……分かるけど、もう暗いところで独りぼっちになるのは嫌だ。少年の胸の温もりを知ってしまった今ではなおさら。
「行きたくない!」
「そんな、無茶をおっしゃらないでください。油断ならない敵です、相手は」
「敵なんて……」
敵なんていない。そう言いかけたナギの言葉は、少年の横顔を仰ぎ見た瞬間にあっけなく途切れてしまった。何が何でもお嬢さまを守るという決意のこもった容貌。公園で初めて出会ったときのような、真剣そのものの表情。それは彼女が好きになった、本気の男の子の眼の色をしていた。こんな表情のハヤテを見るのは久しぶりだし……こうなったら誰にも止められない、いや止まって欲しくない。
ハヤテと一緒にいたい。だけど、ハヤテの決意を無駄にしたくない。
ナギの脳細胞は2秒で答えをはじき出した。
「……武器」
「……は、はい?」
「私も一緒に戦う。武器をくれ」
慌てふためく少年に向かって、覚悟を決めた少女はにっこりと笑いかけた。
「考えてみれば、ハヤテが倒されれば私はクソジジイの財産を継げなくなるんだもんな。だったら私とハヤテは一蓮托生だ、私がお前の背中を守ってやる」
「危険です、お嬢さま!」
「どこに隠れてたって逃げ切れない相手なんだろ? だったらお前の側にいるのが一番安全だ。守ってくれるって言ってくれたもんな、ハヤテ?」
覚悟を決めた女は強い。安全な場所に隠れるようハヤテは必死で説得したが、所詮は女主人の意向に逆らうなど出来ない相談であった。丁々発止の末に説得を断念したハヤテは、せめてもの妥協策として、自分の側からナギが離れることがないように1つの提案をするのだった。
**
そして夜もとっぷりとふけた午前3時頃。心配したマリアに頼まれて三千院家に向かっていた鷺ノ宮伊澄は、迷いに迷った末にようやくナギの屋敷にたどり着いた。
「私のナギが寂しがってると聞いて、慰めに来たのですけど……」
月明かりに照らされた庭の中央では、ナギとハヤテが背中合わせに互いの身体を縛り付けた格好で、マシンガンを抱えたままぺたんと地面に座り込んでいた。しんと静まり返った豪邸の庭木に囲まれた2人は、夢の中で外敵と熾烈な戦いを繰り広げつつも、どこか楽しそうに口元を緩めながらスースーと小さな寝息を立てていた。
「……必要なかったみたいですね」
いとおしそうに微笑んだ伊澄は、2人を起こさないようにしながら静かに三千院家を後にした。伊澄という侵入者に対して撃退どころか気づくことすら出来ない執事とその女主人は、敵だらけの世界で戦う夢の中とは裏腹に、いたって平和な夜のひと時を屋外で存分に満喫していた。
Fin.
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