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オチる大捜査線

初出 2008年03月14日
written by 双剣士 (WebSite)
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 それは3月14日、いわゆるホワイトデーの夜。日頃から敏腕で知られる三千院家のハウスメイドは、小さな箱を手にしながら美しい眉を額に寄せていた。
「う゛〜ん……これ、どうしましょうかね〜〜」
 同じお屋敷で働く1つ年下の少年、綾崎ハヤテ。彼からは1ヶ月前のバレンタインデーに手作りチョコをもらい、この日の夕方にも公園でクッキーを手渡されている。常識と礼節を自身の要としているマリアにしてみれば彼へのお返しを用意するのは当然、そう思って手作りのクッキーを箱詰めしてリボン掛けしてみたのだが……なにかが豪快に間違ってるような気がする。そもそもホワイトデーって、男の子が女の子にプレゼントする日だったような。
「でもまぁ、せっかく作りましたし……ムダに感謝されるのも悪くないですわね」
 あくまでお礼、お礼。そう割り切ったマリアはハヤテを探すべくお屋敷の廊下を歩き始めた。
《でも一応はホワイトデーのプレゼントなんですし、あまり事務的に渡すのも……かといって意識して渡すとなると少しテレますし……》
 歩いているうちに芽生えた小さな不安。迷ったマリアは近くにいたシラヌイを相手に、クッキーを手渡す練習をし始めた。あれやこれやと試行錯誤を繰り返してみるが、意識すまいとすればするほどドツボにはまっていく気がする。ここは基本に立ち返り、普通一般の人がやる感じをまず練習してから考えてみますか……そう思い直して。
「ハヤテ君! 好きです!」
「は?」
「…………☆◆$※!!!」
 ところがここでラブコメの定番【意中の相手が偶然目の前にいる】イベントが発動する。目をまん丸に開けたマリアは顔を真っ赤に染めると、しどろもどろになってハヤテに言い訳をし始めた。
「ち……違いますよ!! ハヤテ君が……じゃなくて、シ……シラヌイに話しかけてただけですからね!!」
「あ、あ――!! そうですよね!! ビックリしたなぁ〜もぉ!!」
「と……当然ですよ!! ハヤテ君なんか、このシラヌイにあげる予定だったクッキーを食べちゃえばいいじゃないですか!!」
「え? それはまさかツンデレ?」
「違いますよ――!!」
 こうして3月14日の夜は更けていったのだった。


 ……とまぁ、ここまでが単行本14巻の巻末おまけに描かれた出来事。物語はここから急転する。
 憧れの美人メイドさんからクッキーを受け取ったハヤテは、本来ならもっと陽気に振舞ってもいいはずだった。勢いとはいえ面と向かって『好きです』と言ってもらえたのだから、これってフラグだよねとベッドの上でニタニタしながら悶絶してもいい立場のはずである。しかしそこは少年漫画の主人公、そういう単純な行動は取らない。
《マリアさんはシラヌイにあげる予定だって言ってたけど、嘘だよなやっぱり……いったい誰にあげるつもりだったんだろう?》
 超人的能力と引き換えに超不幸な人生を送ってきたハヤテにとって、マリアの意中の相手が自分自身だというのは想像の範疇にない。あのマリアさんの意中の相手って誰だろ、まさかクラウスさんじゃないよなぁ……と想像をめぐらせたところで、少年はふと気づいた。自分が『お屋敷の中のマリアさん』しか知らないということに。
《そういえばマリアさんがお屋敷の外で誰と会ってるか、僕は全然知らないぞ……ひょっとしたら外に恋人がいて、あのクッキーはその人へのプレゼントだったのかも。僕やお嬢さまの前ではそんなこと素振りにも見せないけど……ありそうなことだよな、お嬢さまが寂しがり屋なのをマリアさんはよく知ってるわけだし》
 マリアは世間知らずなところもあるけど、ときどき買い物をしに外に出ることはある。ナギの代わりにビデオを返しにいったり、ファミレスにお金を届けに来てくれたり、白皇学院やその時計台にふと姿を現したこともあった。外の世界と交流があるなら男の人に声を掛けられたって不思議じゃない。あれだけの美人が完全スルーされるほうがおかしいのだ。
《よし、明日からマリアさんが外出する先を回って、街の噂を聞いてみよう。ひょっとしたら何か手がかりがつかめるかも》
 こうして翌日からハヤテの尾行と聞き込みが始まった。


 聞き込みをしていることがマリア本人にバレては元も子もない。ハヤテは慎重に間隔を取り、マリアの行動パターンと重ならないようにしながら調査を開始したのだが……そんな彼の姿を興味深げに見守る6つの瞳があった。
「ハヤ太君、何してるんだろう?」
「なんか聞き込みをしてるみたいだな。それも人目につかないよう気を配りつつ、さりげなく広範囲に……誰かを探してるみたいだ」
「探し人だって? やっぱ女か?」
 面白そうなことが大好きな3人組、泉と美希と理沙。日頃ナギの傍につき従ってる少年執事がこっそりと別行動を取り始めたことを、目ざとい彼女らが見逃すはずもない。しかし動画研のカメラでは彼を追う事はできても、会話を盗み聞きすることはできなかった。それがいっそう彼女らの想像力を刺激する。
「ハヤ太君が探してる女の子って言うと、やっぱりヒナちゃんとか歩ちゃんかな?」
「いや、クラスやバイト先で普通に会える相手なら聞き込みなんかしないだろ」
「するとあれか? 以前にハヤ太君が話してた、幼稚園時代の彼女とか?」
 幼少時のハヤテに強烈なトラウマを植えつけた、男に甲斐性を求める暴君“アーたん”。なんだかんだ言っても今のハヤテの性格を形作った少女、その姿を偶然見かけたとしたら……3人はそのストーリーに飛びついた。
「ありえる、それは大いにあり得る! よりを戻すとか言うつもりはなくても、近くにいるなら会わずには居られないよな、どんなことをしてでも!」
「彼女さんのほうも今のハヤ太君を見たら惚れ直すかもしれないよね、お金以外のことはなんだって出来るんだから!」
「よぉし、こうなったらスクランブル体制だ! ハヤ太君の一挙手一投足を抜け目なく監視して、なにがなんでも彼女さんの正体を突き止めるぞ!」
「おーっ!!」


 ハヤテの調査と、それを追う美希たちのストーカー行為は新学期になっても収まらなかった。
 かくして放課後になるとすぐにハヤテを追って教室を飛び出していくようになった仲良し3人組。それと引き換えに生徒会役員としての時間は激減する。元々ろくすっぽ生徒会の仕事など手伝わない3人ではあったが、生徒会室に顔すら出さなくなるというのは異常事態といえた。
「あの3人、いったいどうしたんでしょうね?」
「さぁ? いろいろあるんじゃない、あの子たちも年頃の女の子なんだし」
 サボってる3人の尻拭いを淡々と進める春風千桜の疑問に対し、体調不良を口実に生徒会室のソファでくつろいでいる副会長・霞愛歌は年上じみた余裕の返答を口にした。ちなみに会長のヒナギクは剣道部の練習中である。
「愛歌さん、何かご存知なんですか?」
「いいえ別に? でも秘密の1つや2つ、誰にだってあるわよね千桜さん」
「うぐ……」
 なんでこの人はこう弱点をつくのが上手いのか。学院に内緒でメイドさんのバイトをしている千桜は息を呑んだが、それと同時に愛歌から何かを聞きだすのは無理だと悟った。仮に3人組の事情を知ってたとしてもこの人は絶対にそれを漏らさない。ジャプニカ弱点帳にしっかりメモしたイジメネタを無償で他人に話すほど、この人は親切でも天然でもないのだ。もちろん最初から何も知らない可能性だってあるわけだけど。
「千桜さん? どうしたの急に黙っちゃって」
「……いいえ、なんでも」
「あの3人のことが気になるんでしょう?」
 これはどういう意図の問いかけなんだろう……千桜は最大限に警戒アンテナを張りながら返事をした。
「なりませんよ。私には関係のないことですし」
「嘘ばっかり。あなたの方からこの話を始めたんじゃない」
「いいんです、愛歌さんなら何か聞いてるかもと思っただけですから」
 にべもない拒絶に黙り込む愛歌。ちょっと言い方がきつかったかな……と千桜は後悔したのだが、愛歌はすぐに体勢を立て直して別の人物の名を挙げた。
「そうね、気になるんだったら……ワタル君に聞いてみたら?」
「ワタルって……クラスメイトの、橘ワタル君ですか?」
「そうよ、知らなかった? あの子、動画研究部の部長さんだから」
 さりげなく爆弾を落としてから、愛歌はゆっくりとソファから立ち上がったのだった。


「知らねーよ」
 その日の夕方。借りてたビデオを返却するついでに3人組の話題を切り出した千桜に対し、ビデオ・タチバナの店番をしていた橘ワタルの返答は取り付く島もなかった。
「俺だって勝手に部長にされただけだし、あいつらと特に親しくしてるわけでもねーし」
「でも……」
「それに見ての通り、俺は俺で放課後にやることあるしな」
 別に千桜のほうも確信あって聞いたわけではない、あの3人と生徒会以外のつながりがある彼ならひょっとして知ってるかもと思っただけだった。だからゼロ回答でも落胆はしなかったのだが……なんというか、こういうきっぱりした拒絶をされると少し凹む。
「気になるんだったら、本人たちに直接聞いたらいいんじゃねーの?」
「……そうなんだけど」
 それができたら苦労はしないと千桜は思った。女の子同士の交友において、グループ外の人間がグループ内部の事情に首を突っ込むのは容易なことではない。異性とか全然知らない仲とかならまだしも、生徒会というゆるい関係で立ち位置が決まってしまっている千桜にとっては3人衆の固い防壁を乗り越えるのは危険極まりない行為なのだ。ましてやその話題が、思春期の女の子らしい微妙な内容を含む可能性が高いとあっては。
「おい、千桜ねーちゃん……大丈夫か?」
 ……気がついてみると、うつむいて立ち尽くす自分のことを下から見上げるワタルの顔が目の前にあった。心配そうに見あげてくる少年の表情は、さっきの冷たい態度とは打って変わった年下らしい純真さに満ちあふれていた。
「悪い、ちょっと言いすぎた……泣かないでくれよ、な? そういう顔されたら俺、どうしていいかわかんねーんだ」


《あのワタル君が……師匠と……》
 ビデオ屋の店先で立ち尽くす千桜と、それを慰めようとするワタル。フラフラとさまよっているうちに意外な光景に出くわした鷺ノ宮伊澄は、着物の袖で口元を押さえながら幼馴染の心変わりを嘆いた。
《ワタル君はあんなにナギのことが好きだったのに、サキさんに振袖をプレゼントしたり……咲夜の誕生日の時には咲夜を押し倒してたし……あまつさえ師匠まで……》
 ちなみに師匠というのは、伊澄にメイド魂を伝授してくれたハルさんのことである。学校ではバイト先の姿のことを隠しているようだけど、霊力の見える伊澄にとっては正体はバレバレ。
「やっぱりワタル君、マニアックだから……メイドさんのことが大好きなのね……」
「メイドさんって誰? あのドジでメガネのグリーン髪ポンコツ女のこと?」
「いえ、サキさんとは別の……って、あなた誰ですか?」
 思わず口から漏れていた独り言に背後から突っ込んでくる声に気づいた伊澄が振り返った先には、怒りのオーラを立ち昇らせた丸眼鏡のシスターが立っていた。執事とらのあな騒動のときには敵味方に分かれた伊澄とソニアであったが現在は休戦中である。しかしソニアのつりあがった目尻は当時のそれをはるかに上回る勢いだった。
「ワタル君にちょっかいをかけるメイドって誰? あのドジメイドとは別に、またワタル君を惑わすやつが現れたって言うの?!」
「い、いえそんな、まだワタル君が浮気したと決まったわけでは……」
 伊澄はフォローしてるつもりなのだが、今のソニアにとっては火に油を注ぐ発言に他ならない。
「さぁ教えなさい、どこに居るの悪魔のメイドは? 神に代わって天罰を下してあげます!」
「あ、あそこに……」
 勢いに押されて指差したビデオ屋の店先には既に千桜の姿はなかった。ほっと胸をなでおろす伊澄とは対照的に、逆襲のシスターことソニア・シャフルナーズは燃える思いで決意を固めた。
《覚悟しなさい、ワタル君を惑わす悪魔のメイドめ……今度見かけたら、ズタズタのギッチョンギッチョンにしてあげますから!》


 そして翌日。小さな主人に代わって借りていたビデオを返却しに来たマリアは、ビデオ・タチバナに入店しようとする直前、いきなり背後から鋭い殺気を浴びせかけられた。
「死ね悪魔! 地獄の業火に焼き尽くされるがいい!」
「えっ……?」
 マリアが肩越しに振り返った先には、怒りに燃える戦闘シスターのスネークバイトの爪先が顔まで数センチのところに迫っていた。考えるより前にマリアの身体が反転する。襲い掛かる右腕に自身の左手を添え、力の流れを一気に逆流させた。シスターは自分にかかる重力がいきなり逆方向に切り替わるのを感じた。
 グシャアッ!!! ドカバキ、グバァッッ!!!
 ……………………………………………………………………
「そ、そんな、バカ、な……」
「もう、いきなり後ろから襲い掛かるなんて……肝が縮む思いですわ♪」
 十数秒後、そこには渾身の一撃をかわされてアスファルトの地面へとガマガエルのようにねじ伏せられた修道服姿の女と、汗ひとつ掻かずに背後からの奇襲を返り討ちにした弱冠じゅうななさいの完璧メイドさんの姿があった。
「すげぇ……」
「なんだよ、いまの?」
「ただの形意拳ですわ。護身術程度の浅学で、不意打ちくらいにしか使えません」
 にっこり微笑みながら周囲からの問いかけに答えたマリアは、丁寧にメイド服のスカートの裾をはたきながらしゃがみこんだ。そして足元に横たわる暗殺者の胸倉をつかんで片手で持ち上げると、創造主ですら冷や汗を流しそうな極上の笑顔をもって語りかけた。
「さぁ、いったい私に何のご用でしょうか……とっととしゃべりやがらないと手が滑りますよ?」
「ひぃいいぃぃっ……」
 顔が引きつり前歯の砕けたシスターから事情を聞きだすには結構な時間を要した。そしてようやく『ワタルにちょっかいを出すメイドが居ると伊澄から聞いた』という理由を聞きだしたマリアは、さっそくSP部隊を呼び寄せて鷺ノ宮家へと車を回したのだった。


 そこから先はドミノ倒しの要領である。
伊澄いわく、「ワタル君が師匠に目移りしたかと思って」
ワタルいわく、「千桜ねーちゃんが相談があるって言うから」
千桜いわく、「愛歌さんが、ワタル君なら事情を知ってるかもしれないと」
愛歌いわく、「瀬川さんたちのことを千桜さんが気にしてたみたいだったから」
泉たちいわく、「ハヤ太君が誰を探してるのか気になって」
 そして…………。


 巡り巡って舞台は三千院家のお屋敷へ。自分の発言が全ての発端であることを知ったマリアはぎこちなく苦笑いをしたのだが、事態はそこでは終わらなかった。
「マリアがハヤテに告白したって? どういうことだ、私はどうすればいいんだ、ハヤテはなんて返事をするつもりなんだ?!」
 小さなお嬢さまの誤解が解けて不機嫌と困惑が収まるまでには、さらに1週間を要したという。


Fin.

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