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浪人メイデン

初出 2006年10月19日
written by 双剣士 (WebSite)
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「ご心配なく。イイ男には十分相手にされてるはずですから」

 居酒屋でうっかり漏らした発言に噛み付かれ、高校時代の友人たちに根掘り葉掘り聞き出されそうになった貴嶋サキ。あたふたと言葉を濁そうとするものの悪友たちの追及は止まらない。若に迷惑をかけるわけには、と危惧したサキは空想上の恋人をでっち上げて酒席の場を乗り切ろうと考えたが……男性に免疫のないサキのこと、詳細を語っていくうちに空想の恋人の姿は、彼女の数少ない知人である少年執事の姿に徐々に近づいてくるのだった。
「だからぁ、運動神経抜群な人なんですって! もういいじゃないですか、私のことより……」
「うんうん、いいからいいから。それでサキ、どんな風に知り合ったの? 会うのは週何回?」
「そ、それは、お知り合いのお屋敷で働いてる方で……うちのビデオ屋のお客さんでもあるんですけど、別に私に会いに来てるわけじゃないし……」
「へえぇ、脈ありじゃない。じゃサキが店番してるときにエッチなビデオとか借りに来てたりして! 真っ赤な顔して目を伏せながらさ」
「そんなことしませんって! あの人はとってもナイーブな人なんですから!」
「あー、はいはい御馳走さま。それで、どこまで行ったの、彼とは?」
「ど……どこまでって何ですか?」
「なにってそりゃあ……ねぇ?」
 まったく遠慮のない女友達の追及は続く。ニート2人が相手とあっては話題をそらすのも難しく、そもそもサキはそんな器用なタイプではない。終始押され気味に展開した女同士の酒席は夜遅くまで続いたのだった。


 ところがサキが不用意に漏らした一言で、ふざけ気味だった女友達の瞳がマジになる。
「借金執事ですって?!」
「やめときなさい、そんな奴!」
「は、はぁ?」
 女同士で男の話をすれば、当然“彼氏の収入”の話も出る。情けない限りだが紛れもない現実である。どうせ空想上の人物なのだから青年実業家だの弁護士だのとホラを吹いておけばいいのに、不器用なサキはごく自然にモデルになった少年の身の上を語ってしまい……その予想以上の反響に戸惑った。
「あったり前じゃない! 何が悲しくて人生マイナスの負け組と一緒になるわけ?」
「華の命は短いのよ、若さと美貌はイイ男とっ捕まえるためにあるのよ?」
「あ、あの、秋さん静子さん、そんな身もフタもない……」
「奇麗ごと言ってる場合じゃないんだってば!」
 世間知らずのニートでありながらプライドと理想だけはマッターホルンより高い2人は、サキの肩をガクガクと揺さぶりながら目を血走らせて力説した。
「あんた本当に分かってる? 財閥の御曹司のとこに勤めてるんでしょ、玉の輿が目の前にぶら下がってるんでしょう? どっちを取るか、考えるまでもないじゃない」
「そ、そんな、私は別に……」
「あーもう、社会を知らない天然バカはこれだから!」
「……秋さんだけには言われたくないです」
 サキに冷静に突っ込みを入れられて、深酒で頭が茹で上がってる2人はブチ切れた。
「うるさい! 静子、こうなったら実力行使よ、サキを正道に引き戻すの!」
「ラジャーッ!」
 悪友の1人がサキを羽交い絞めにして動きを封じ、もう1人がハンドバッグを手繰って中に手を突っ込む。あまりの手際のよさに怒るより前に感心してしまったサキの目の前で、携帯電話を取り出した酒乱女は発信履歴を呼び出し……“橘ワタル”以外の男性の名前がひとつしかないことを確認してニンマリと笑った。
「あなたのためだからね、サキ。何年かしたら、あたしたちの厚い友情に感謝するようになるわよ」
「な、何をするつもりなんですか?!」
「決まってるじゃない、この“綾崎ハヤテ”って貧乏人との仲をぶち壊してやるのよ!」


 所変わって、夜の三千院家。いつものようにナギの漫画談義に付き合っていたハヤテのもとに、受話器を抱えたマリアが怪訝そうな表情で現れた。
「ハヤテ君、あなたに電話ですって……女性の方から」
「えっ、誰からですか?」
「さぁ、聞いたことのない声でしたけど……けっこう若い方みたいで」
「誰だろう、僕なんかに電話してくるなんて……とにかく出てみます」
「ちょっと待てっ!!!」
 戸惑いつつも受話器を受け取ろうとしたハヤテを、目尻を激しく吊り上げたツインテール少女が制止する。
「待つんだハヤテ、私が良いと言うまで電話に出るなっ!」
「えっ、お嬢さま?」
 受話器を持ったまま立ち尽くすハヤテを残して、ナギは肩を怒らせながら部屋を飛び出していく。残されたハヤテとマリアは顔を見合わせた。
「どうしちゃったんでしょう、お嬢さまは?」
「……本当に分からないんですか?」
 恋する少女の焼き餅とそれに気づかない少年の鈍感さに、マリアは深々と溜め息をついた。ナギの気持ちが分かるマリアには、彼女の行き先も見当がつく……飛び出していった先には盗聴用(本来は警備用)の管制室があるのだ。

「……あ、お待たせしました、綾崎ですが……」
「何よ、いつまで待たせる気? ふざけんじゃないわよ、ウーィッ」
「あ、あの、どなたですか?」
「誰だっていいでしょ! いい、貧乏人のくせに夢なんか見るんじゃないわよ、あの子はあんたのことなんか、なんとも思ってないんだからね?」
「あの子って?」
「知らん振りしたって無駄よ! あの子はお金持ちになるんだからね、あんたとは住む世界が違うんだから! ちょっと甘い顔してもらってるからっていい気にならないでよ、あんたとあの子じゃ釣り合うわけないんだから!」
「……あ、あの、誰かと勘違いされてませんか? 僕はそんな……」
「とぼけるんじゃないわよ、あんた綾崎ハヤテでしょ! ヒィーック、とにかくね、金輪際あの子とは縁を切りなさい、いいわね?!(プチッ)」

 あまりと言えばあまりに一方的に、言いたいことだけ言って切られてしまった謎の電話。ハヤテの浮気相手からだと邪推して盗聴用ヘッドホンをかぶっていた三千院ナギは……電話を聞き終えた後、打ちひしがれたように肩を落としていた。
「ど、どうしたんです、ナギ?」
「私の……私のせいだ、私を愛したためにハヤテが辛い目に……」
 気遣って駆け寄ってきたメイドのマリアに対し、小さな大富豪は両目に一杯の涙を溜めながら大声で訴えてきた。
「私のせいだ! きっと私の遺産を狙う奴らが、ハヤテを標的にして……ハヤテを遠ざけようとしてるんだ! 可哀相なハヤテ、私を愛したばっかりに!」
「……えー、あー、いや、そのぉ……」
 小さな主人の大きな勘違いを知るメイドさんとしては、ただただ苦笑せざるをえない。泣きじゃくりながら抱きついてくる少女を目の前にして、なんといって慰めようか途方にくれていると……やがて少女の泣き声を聞きつけたか、渦中の少年執事がひょっこりと顔をのぞかせた。
「あ、お嬢さま、こちらでしたか。電話終わりました、ありがとうございます」
「ハ……ハヤテ!」
 愛しい少年の声を聞いたナギは顔を上げると、少年の側に駆け寄って彼の手を固く握った。
「気にしなくていいからなハヤテ! 誰がなんと言おうと私はお前の味方だから!」
「あ、ありがとうございますお嬢さま。でもどうしたんです、いきなり?」
「いや、さっきの電話が……」
 途端に口ごもってしまったナギ。しかし今さら隠したところで管制室の機材を見れば、何が行われていたかはハヤテにも想像がつく。慌てて取り繕おうとするマリアに、少年は曇りのない笑顔を見せた。
「大丈夫です、怒ってません。お嬢さまは僕のこと、心配してくれたんですよね?」
「ハヤテ……」
「平気です。いろいろひどいことも言われたけど、全然気になんてしてませんよ。最初から分かってたことですし」
「えっ……ハヤテ君?」
 不思議そうな表情を見せる2人の女性に対し、綾崎ハヤテは晴れ晴れとした表情で答えた。

「だってヒナギクさんが僕のこと、好きになるわけないじゃないですか!」
「……ハヤテのバカーーッ!!!」

 その直後、少年執事の頭上から1tonハンマーが振り下ろされた。


Fin.

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