ハヤテのごとく! SideStory
これが私のフィアンセ様
初出 2006年03月26日
written by
双剣士
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ナギに一目惚れする西沢弟が登場するハヤテ第72話の小ネタSSです。一樹の想いが成就するかは来週の展開を待つとして、ここでは西沢弟と橘ワタルが交わしたであろう1年前の会話を想像してみました。
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「はぁ? お前、眼科か脳外科に行った方がいーんでねーの?」
今からおよそ1年前、西沢一樹が桜の木の下で金髪の少女に一目惚れをした、その数日後。お客のいないビデオ・タチバナの店内で親友から惚気話を聞かされていた橘ワタルは、一樹の相手が自分の旧知と気づくや、心底呆れた様子で親友の話の腰を折った。
「ふっ、信じられないのも無理ないよな、オレだって未だに、夢の中の出来事じゃないかって思うくらいなんだから」
「いや、だから、マジで病院行ったほうがいいって。アイツのことそんなふうに思えるってのは病状も末期だから、お前」
「言うに事欠いてアイツ呼ばわりか、そうやって自分の目線まで彼女を引きずり下ろしたい気持ちは分かるけど、無駄だね。本物の天使は何人にも触れられないのさ」
対する西沢一樹のほうは初恋をしたもの特有の超美化スパイラルに首までとっぷりと浸かっている。妄想なら美しいままで留めておいてやろう、という配慮など欠片も持たぬ12歳のワタルは、友人の目を覚まさせるべく衝撃の事実を告げた。
「いいかよく聞け、そいつ俺の知り合い。名前は三千院ナギ、マンガとアニメに魂を捧げた不登校癖のある偏屈女だよ。天使どころか究極の悪魔だって、アイツの本性は」
「またまた、オレが羨ましいからって見てきたような嘘ついて」
「嘘じゃねーって! アイツのことはよく知ってんだ、会うたんびに喧嘩してる仲だからな!」
衝撃の事実にひるんだ一樹に対して、ここぞとばかりにナギの悪口を吐き続けるワタル。惚れたハレたと冷やかされるのを何よりも恐れる年代なだけに、その攻撃ぶりは辛辣を極めていた。
「だからさ、アイツはでっかい屋敷に閉じこもって電波満載のマンガ描いて、雑誌に投稿しては落ちまくってる重度のオタク女なんだって! しかもその腹いせに俺んとこのビデオを持ち出しては下らんとかつまらんとかクサしまくりやがるんだ! あんな性悪が2人といてたまるもんか!」
「…………」
「こないだだって、うちの店のレジに勝手に座ったかと思うとエンジェルハート借りてくお客さんを怒鳴りつけてZガンダムのDVDを押し付けやがるし! アイツなんでも自分の思い通りになると思ってやがるんだ! 傍若無人が服を着て歩いてるようなもんだぜ、アイツときたら!」
「……ずいぶん親しくしてるんだね、ワタル」
目を細めて指摘する一樹の言葉に横槍を入れられたワタルは、ぐっと口ごもった。
「さっきから悪口ばっかり言ってるけど、その割には親密な付き合いをしてるみたいじゃないか。他の女の子のことでワタルからそんな話、聞いたことないぜ」
「い……いやその、俺がくるなって言っても来ちまうんだよ! アイツ、その、ここのビデオが気に入ってるみたいでさ!」
親が決めた許嫁だから、と漏らすわけに行かないワタルは苦笑いをしながら誤魔化そうとしたが、一樹の突っ込みは鋭かった。
「そういや奥の棚にあるテレビ放映版アニメのビデオ、ナギさんがときどき見にくるって言ってたけど……ああいうの貸し出すのって違法だよね? ひょっとしてあれ、ナギさんのために集めた分?」
「そ……そんな、そんなことないない。あれは俺の個人的な趣味。たまたまナギのやつに目を付けられてるだけでさ」
「共通の趣味か……羨ましいな」
一瞬だけ視線を宙に泳がせる一樹。脳内でどんなお花畑が展開されているか想像に難くない。ワタルはあわてて悪口のグレードアップを計ろうとしたが、今度は一樹の突っ込みの方が早かった。
「そんなに仲良くしてるナギさんのことを、オレに悪く言うってことは……嫉妬?」
「ちが〜う! 断じて違う! あんなやつと関わったら人生終わりなんだって!」
「あんな綺麗な人と一緒なら、地獄に落ちたって悔いはないね」
「だーっ、目を覚ませ一樹! 死ぬぞお前、ストレスで衰弱死させられるぞ!」
顔を真っ赤にしながら大声を張り上げるワタル。対照的に冷静さを取り戻した西沢一樹は、意地の悪い笑みを浮かべながら切り返した。
「ずいぶんムキになるんだな、本当に嫌いな相手ならオレと付き合ったってお前の知ったことじゃないだろ? やっぱりなんだかんだ言っても、お前、ナギさんのこと……」
「いい加減にしろ、俺の好みはあんな、ひきこもりで軟弱で漫画バカで根性なしな乱暴女なんかじゃねぇ! もっとその、女らしくておしとやかで、立ち振る舞い一つ一つに梅の芳香が漂うような子のほうが……」
「……ほう? どうやら本命の子がいるみたいな口ぶりだね。詳しく聞かせてもらおうか」
しまった、と思ったときには遅かった。
攻守ところを替え、自身の女性観について根掘り葉掘り聞かれる羽目になってしまった橘ワタル。こんな話をさせられるなど屈辱以外の何者でもないのだが、誤魔化そうとすると
『なんだ、やっぱり作り話か。結局はオレをナギさんから引き離すための……』
と疑惑の瞳を向けられてしまうため、話は次第に具体的にならざるをえない。
「だから言ったろ? おとなしくて女らしくて、黒髪をなびかせながら静々と歩く女性で、間違っても口喧嘩なんかしそうにない穏やかなオーラを全身にかもし出してる、そんなのが俺のタイプなの! ギャーギャーうるさいナギなんかとは正反対の」
「ふ〜ん、結構贅沢な好みをお持ちなんだね、ワタル坊ちゃんは……サキさんみたいな可愛いメイドさんに世話してもらってると、絶滅危惧種の大和撫子タイプを夢に見たりしちゃう訳なのかな?」
「サ……サキのことなんか関係ないだろ、今は! それに勝手に夢みてる訳じゃねーって! ちゃーんと知り合いの中に、そういう女の子がいるわけで……」
「嘘つけ。ナギさんみたいな天使と知り合いってだけでも果報者だってのに、天然記念物まで傍にいてたまるもんか」
「嘘なんかじゃねーって!」
こうして少年たちの口論が佳境に達した頃、突然ビデオ・タチバナの入り口の自動ドアがすっと開いた。反射的にそちらに目を向けた橘ワタルは表情を輝かせた。
「あっ、伊澄! ほら見ろ一樹、嘘じゃなかっただろ?」
「えっ?」
友人に促されて一樹が振り向いた先には、和服を着こなした黒髪の少女が立っていた。つぶらな瞳にすべすべの肌、日本人形のような様式美を備えた身のこなし……それは美術館の絵画から抜け出してきたかのよう。一樹が唖然として見つめる中、少年たちの注目を浴びた和装の少女……鷺ノ宮伊澄はワタルに対してぺこりと一礼すると、恥ずかしそうに頬を染めながら鈴の鳴るような声で用件を切り出した。
「あの、ワタル君、こないだのビデオの続き……
『今夜はハーレムだ喋るぜ踊るぜチェキラベイベー、
変身ヒロイン勢ぞろいでお仕置きよトゥナイト』
の第2巻、ある?」
少年たちの体温は氷点下まで下がった。
Fin.
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