ハヤテのごとく! SideStory  RSS2.0

疑惑の女

初出 2006年03月05日
written by 双剣士 (WebSite)
ハヤテのごとく!の広場へ

 牧村志織さん3度目の登場にして出場コマ数記録を大幅に更新した、ハヤテ69話の小ネタSSです。今回の笑いどころは若干分かりにくいかもしれませんが、現在民主党を揺るがしている『堀江送金指示メール騒動』に登場する某代議士のセリフを思い出しながら御覧ください。

------------------------------------------------------------

 ぽっと出の天然メカオタク女にクラス担任の地位と給料を奪われた、白皇学院の薄給教師・桂雪路。ささやかな飲酒ライフ存亡の危機を感じた彼女は、新入生の男子生徒を利用して不純異性交遊のスキャンダルをメカオタク女になすり付けるという、少年誌のキャラにあるまじき意地の悪い計画を立てる。
 いろいろと紆余曲折はあったものの、最終的に雪路は『花壇脇で男子生徒に押し倒される女教師の図』をカメラに収め、当人から「もうお嫁に行けない……」との言質まで取り付けたのだった。この直後、突然現れた巨大ロボが男子生徒に襲いかかる場面を身を挺して防いだ雪路は、陥れたはずの新任教師から全幅の信頼を得ることになるのだが……このSSに登場する桂雪路は、もう少し自分の欲望に忠実である。

           ****

《やったっ、男子生徒といけない行為にふける女教師、そして彼女にかかわる全てを排除する謎の巨大ロボ! スクープだわスキャンダルだわ、これを公表すればアイツに魔性の女との風評が立つのは確実、削られた私のお給料も戻ってくるってものよ!》

 巨大ロボに全身を握り締められて苦鳴をあげる綾崎ハヤテに向かって、カメラのシャッターを素早く連打すると足早にその場を離れる副担任教師・桂雪路。彼女の頭には教え子のことも不審な巨大ロボのことも既になく、フォーカスされた写真で騒然とする翌朝の学院風景、そして天国から地獄に転落した新任教師のうなだれる姿と元の厚みを取り戻した自分の給料袋のことで頭が一杯になっていた。冷血非情というなかれ、新任教師追い出しのために教え子を犠牲にする彼女のメンタリティからすれば、むしろこの方が本編より自然な行動と言えるのだから。
《うふふふ、正義は勝つのよ、私のお給料を減らす女狐には容赦しないわ!》
「せ、先生……」
 妄想の世界へと旅立ってしまった冷酷な恩師の背中を、血の涙を流しながら見送る綾崎ハヤテ。両腕ごと機械の腕で締め付けられ両足が地から浮いてしまっている今の体勢では、覚えたばかりの必殺技も使えない。これまで幾多の生命の危機に晒されてきた彼ではあったが、こんどこそ駄目かも……そんな弱気な気分が胸に忍び込んでくる。これで僕が死んだらおじいさんの遺産は桂先生のものになるのかな、そうしたら先生きっと喜んで受け取るんだろうな……そんな不吉だがありがちな未来図が脳裏に浮かんできた正にそのとき、救世主が現れた。
「待って、お願い、その子を放してあげて!」
「……グウッ……」
「違うの、誤解なの! ねぇ私の言うことを聞いて、あなたはそんな悪い子じゃなかったはずよ!」
「ウッ……オ、オレは……オレは……」
 両手を広げた牧村志織の説得に、巨大ロボ……エイトの電子頭脳は徐々に冷却されていった。手の中にいるのは何度も煮え湯を飲まされた憎いヤツ、借金執事の分際で自分の恋人に手を出そうとした八つ裂きにしても飽き足らぬ人間のクズである。しかし……しかし彼女を悲しませることなど、オレには出来ない。
「ウウウ……グググ……」
 渋々、嫌々、断腸の思いでエイトは腕の力を緩めた。せめてもの腹いせに借金執事を放り投げてやろうと空に向かって振りかぶってみたが……両手を胸の前に組んでお願いポーズをする、愛しい牧村主任の眼鏡越しの視線に射すくめられてしまうと全身の力が抜けてしまう。エイトは腕を震わせながら、そっと膝をついて少年の身体を地上に降ろした。
「ありがとう!」
 だが少年を降ろした直後、エイトの怒りは雪のように溶け消えてしまった。自分の胸に飛び込んできてくれた牧村主任の体温が彼の電子頭脳を甘やかに包み込み、オーバーヒート寸前だった全身の駆動機構を優しく冷却してくれる。エイトの瞳の攻撃色が薄れ、小刻みな腕の震えが止まった……その途端、彼らの周囲から拍手が沸き起こった。
「すごい、あの凶暴なロボットをてなずけるなんて!」
「自分の身を挺して生徒を助けるなんて、さすが先生だわ!」
「教師の鑑だ! 現代の小美人だ!」
「牧村先生、私たち一生ついていきます!」
 白皇の生徒たちは牧村志織とエイトの関係を知らない。口々に駆け寄ってきて握手を求めてくる生徒たちに新任教師の志織は困惑気味だったが……まもなく生来のノリの良さを発揮して、愛想よく笑顔を浮かべながら生徒たちに手を振り始めたのだった。

           ****

 そして、翌日の午前。桂雪路は理事長室に1人で呼び出されていた。
「これ、君が貼った記事かね?」
「私じゃありません、ありませんけど……これは事実です、牧村さんの責任を問うべきです!」
 雪路と理事長の間の机には、新任教師・牧村志織のスキャンダラスな振る舞いをこれでもかとばかりに煽り立てた告発記事と写真が並べられている。今朝になって学院の連絡用掲示板に貼り出されていた代物である。言うまでもなくこれは、前日の深夜に宿直室から抜け出した雪路が貼り付けた記事であったが……そんなことを口にするわけにはいかない。
「そうは言ってもね、あの牧村先生がこんなことをするわけないって意見が圧倒的なんだよ」
「それは皆だまされているんです! 現に証拠の写真があるじゃありませんか!」
「写真は捏造かもしれない。客観的な証拠がないとね」
 雪路にとっては意外な展開だった。新任教師の面目丸つぶれになるかと思いきや、記事を読んだ生徒や職員たちは全員が牧村志織に同情し、誰一人として記事の内容を信じようとはしなかったのだ。むしろ声高にスキャンダルを騒ぎ立てる桂雪路のほうが周囲から浮いてしまうという奇妙な空気が学院を支配しており、その延長として現在、志織ではなく雪路のほうが理事長に呼び出されるという事態につながっている。
「客観的もなにも、こうして写真があることが動かぬ証拠じゃありませんか! あの女が生徒に手を出す瞬間を目撃した人がいるってことなんですよ!」
「誰かね、それは? 君はその人を知っているのか?」
「ぐっ……誰かは申し上げられません、ネタ元はおびえているんです。最大限に守ってあげたい」
 まさか全員が自分の敵に回るとは思わなかった雪路としては、苦しい返答をせざるをえない。
「守るといっても、これは牧村先生や生徒たちの尊厳に関わることだからねぇ。写真を撮った人はきちんと名乗り出て証言してもらわないと」
「このネタ元の人の気持ちをおもんぱかると、どうでしょう。この激しい攻撃、一方的な先入観、理事長でさえガセだと決めつける。そんな場所で冷静な議論はできません。これは言論封殺です。もっとも恥ずべき行為です」
「しかしそれでは、こんなガセネタを信用するわけには行かないねぇ」
「ガセネタでも何でも、こういう噂が出ること自体が問題ではないでしょうか。まずは当事者の周辺を調査すべきです、学院調査権の発動を要請します!」
「告発して他人の名誉を貶めるからには、告発した側に立証責任がある。証拠を出せば済むことだよ、君か、君の知ってる告発者がね」
 理事長の瞳は、君自身が告発者なんじゃないかと暗に言っている。意地でも認めるわけにいかない桂雪路としては、どうにかして矛先をかわすしかないのだが……真性アホキャラな彼女は言葉を発するごとに泥沼に入っていくのだった。
「あぁ嘆かわしい、私の言葉を信じていただけないとは! どのような条件をクリアすればこの記事を真性なモノと認める事ができるのか、理事長、ぜひ知恵を貸してください」
「だから、証拠を出せと」
「我々が今相手にしているのは本当に大きな闇なんです、証拠を出そうとしたらハッキングして前日のうちに証拠を消してしまえるほどの。ネタ元は身の危険を感じながら今もおびえているんです!」
「大きな闇、ねぇ……」
 半目になって首をかしげる理事長に対し、雪路はなおも熱弁を振るった。ハヤテや志織に事情を聞かれれば自分の関与がばれてしまうのだから、なんとかその前に『牧村=悪』の先入観を理事長に植え付けるしかない。とうとう彼女は涙まで流しながら訴えかけた。
「私を信じてください、理事長! 私は白皇学院を愛しているんです!」
 対する理事長の返答は冷たいものだった。
「せつないねぇ、片思いというのは」


Fin.

ハヤテのごとく!の広場へ


 お時間がありましたら、感想などをお聞かせください。
 全ての項目を埋める必要はなく、お好きな枠のみ記入してくだされば結構です。
(お名前やメールアドレスを省略された場合は、返信不要と理解させていただきます)
お名前

メールアドレス

対象作品名
疑惑の女
作者および当Webサイトに対するご意見・応援・要望・ご批判などをお書きください。

この物語の好きなところ・印象に残ったところは何ですか?

この物語の気になったところ・残念に思ったところは何ですか?