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思い出なんか要らない

初出 2006年02月27日/一部訂正 2006年02月27日
written by 双剣士 (WebSite)
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 ハヤテ68話は久しぶりのナギメイン。ともすれば我侭なだけのお嬢さまキャラと思われがちですが、『ハヤテのごとく!』の雰囲気を支えているのは良くも悪くも彼女のヲタク属性なんですよね。彼女がいるから常識人のマリアさんが映えるし、完璧超人なハヤテをもってしてもトラブルや不幸が底をつかない、まさしく天性のトラブルメーカー……え、一応は正ヒロインなんでしたっけ彼女? そりゃまた失礼しました……。
 なお、今回の小ネタタイトルはトリノ五輪で『ここに来れたことが幸せ』などと試合後にほざいている情けない某代表選手に向けたつもりです。貴様らそれでもジオンの軍人か!

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「ハヤテ〜!!」
 マンガ新人賞落選に伴う三千院ナギのお手伝い事件(と言う名のカタストロフ暴走特急)が終わった数日後。いつものようにお屋敷の掃除をしていた綾崎ハヤテのもとに、声を弾ませた彼の雇い主が駆け寄ってきた。
「はい、なんでしょうお嬢さま?」
「ハヤテ、私のマンガはレベルが高すぎると言っていたな? もう少しレベルを落とせば読者にも伝わると?」
「は、はぁ……」
「あれから考えたのだ! レベルの低い日本マンガ界に媚びを売るより、私のような高レベルな漫画家の卵たちを発掘することこそが三千院家の使命ではないかとな!」
 微妙に嫌な予感がする。嬉々としてしゃべり続ける少女とは裏腹に、ハヤテの背中には冷たい汗が滝のように流れ落ちた。そして不幸に関する限り、彼の直感は外れたことなどないのだった。
「だから、三千院マンガ大賞を新設する! その初代審査委員長はハヤテ、お前だ!」

                ****

 クラウスやマリアの制止など、決意を固めたナギの前では微風にも及ばない。三千院マンガ大賞の広告は一夜にして日本中の文芸誌の紙面を飾り、審査委員も大御所クラスの漫画家が続々と手を上げていった。順風満帆に見える脈々とした準備と共に、腕自慢のアマチュア漫画家たちの作品も山のように集まりつつあったのだが……そのエントリーNo.1に三千院ナギの『高レベルな絵日記』があることが、内情を知る関係者たちの頭痛の種になっていた。
「これ、平たく言ったら買収ですよね……相場の100倍のギャラをもらってる審査委員たちが、他ならぬスポンサーの描いた作品を落選させられるわけないし」
「まったく、あの子ったら……お金さえあれば賞だって買えるなんて、そんなこと覚えたら将来が心配だわ」
「まぁ、ある意味で世間の現実には違いないんですけどね……」
 はあぁ、と頭を抱えるハヤテとマリア。当の本人は『高いレベルで切磋琢磨、それに痺れる、憧れるぅ!』と空に向かって吠えまくっているが、競争になどなろうはずもない。初代マンガ大賞は疑問の余地なく三千院ナギの頭上に輝き、受賞の結果と優秀作品は全国の文芸誌に配給され……そして審査委員たちとナギ自身の世間評価はマリアナ海溝の底まで転落する。ナギが恥をかくのは実力の結果だから仕方ないとしても、これを機にHIKIKOMORIに拍車がかかるのは確実だし、何より巻き込まれた関係者から大顰蹙を食うのは必定、そうなれば将来ナギの画力が人並みに追いつけたとしてもデビューの道は永遠に閉ざされてしまう。
「ハヤテ君、審査委員長でしたよね」
「は、はい」
「だったらこういうのはどうでしょう? 要は審査するあいだ、ナギのマンガがどれだか分からなければいいわけですから」
 マリアの提案は以下のようなものだった。

  1. 応募者はマンガページ内には署名せず、封筒にのみ署名して事務局に送る。
  2. 事務局は投稿マンガを審査委員会に渡す際、番号を作品に添えておく。投稿者の名前は審査委員会に伝えない。
  3. 審査委員会は投稿マンガを審査し、大賞や個人賞にふさわしい『番号』を選出する。
  4. 審査委員会の選出した番号から投稿者を発表するのは、事務局の仕事とする。
  5. 事務局が握っている【投稿者⇔封筒番号】の対応表は、審査終了まで極秘とする。

 要するに作品と投稿者名を切り離せば、審査委員会は特定の投稿者をえこひいき出来なくなる、というものである。作者の個性も含めてマンガの魅力だろう、と当初ナギは不服顔だったが、首を縦に振らせるのは簡単だった。『あら、怖いんですか?』と挑発するだけでいいのだから。

                ****

 しかし審査委員も曲者ぞろい。破格のギャラを提示されていた委員たちにとって、次回以降も委員として呼ばれるためにスポンサーにゴマをするのは暗黙の合意事項であった。封筒番号対応表の原本が美しきハウスメイドに徹底ガードされていることを知った彼らは、ひそひそと口を寄せ合いながらスポンサーに関する情報を交換した。
「三千院家の令嬢は過去何度もマンガを雑誌社に投稿して、箸にも棒にもかからなかったらしいぞ」
「それで腹を立てて、審査員のほうを自分に合わせようと今回のマンガ大賞を作ったそうだ」
「そうか、なら相当な下手糞と考えてよさそうだな」
「ああ、おそらく反省も成長もしていまい。独りよがりの電波マンガと考えてよかろう」
「よし、なら集まったマンガのうちから、一番下手糞なのを大賞に選ぼう」
「そうだな、外部の投稿者たちはこんな審査基準だとはまさか思うまいし」

                ****

 そして、三千院マンガ大賞の授賞式会場。別室で行われていた最終審査会場から届けられたメモに記入されていたのは無味乾燥な2桁の数字だけであった。もちろんこれだけでは会場は沸きかえらない。
「はい、栄えある第1回大賞受賞者の番号が届きました。ではこれより、受賞者の名前を発表します……」
 満場の観客が注目する中、壇上にあがったマリアの持つ番号対応表の封がおごそかにカットされる。これと照合して、初めて大賞受賞者が決まるのだ。ごくりと息を飲む大賞候補者たちに注視されたマリアは、相変わらず涼やかな表情で2枚のメモを見比べて……目を飛び出させて絶句した。
「えっ……」
「どうした、大賞は誰だ?」
「マリアさん、しっかり!」
「……あ、えぇ、あの、ごめんなさい。でもこれ……まさか」
 有能をもってなる彼女にしては珍しい、1分以上にも渡る公共の場での狼狽。何度もメモを読み返し、何度も何度もこめかみを押さえて……目の前で起こっているのが逃げられない現実であることを再認識したマリアは、覚悟を決めるとマイクに向かって震える声を絞り出した。
「それでは発表します……初の大賞受賞者は……三千院……」
「……え、ほ、本当か?」
「やりましたね、お嬢さま!!」
「三千院……タマ。タマです……」
 会場最前列で沸きあがりかけた歓喜の声が一瞬にして凍りついた。聞いたことのない名前、見たことのない受賞者の姿に会場の誰もが視線をうろうろさせる。そんななか、ふつふつと怒りの炎をたぎらせた巨大財閥令嬢は両目に大粒の涙をためながら、声も枯れんばかりに絶叫した。
「……私のマンガは猫にも劣るのかぁっ!!!」

                ****

 後日。三千院家ペットであるホワイトタイガー猫と2人きりになった綾崎ハヤテは、包帯だらけの全身を痛々しく引きずりながら事の次第を説明した。
「ふ〜ん、そんなことがあったのか。オレっちはまた通信教育のひとつかと思って、気軽に申し込んだだけなんだが」
「おかげでひどい目にあったよ、あの後のお嬢さまの荒れっぷりといったら……」
 三千院マンガ大賞が初回のみで打ち切られたのは、言うまでもない。


Fin.


△1.以下の理由により、内容の一部を修正しました。

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