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鳳翼天翔

初出 2006年02月27日
written by 双剣士 (WebSite)
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 長らくお待たせいたしました、ハヤテ67話「(通称)バレンタイン三千院家編」の小ネタSSです。マリアさんをネタキャラにするのは悲しいと某所では書いておきながら……すみません、今回のSSではマリアさんに転落人生を歩かせてしまいました。

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 バレンタインのチョコ作り対決で年下の少年に惨敗し、落ち込んだところをその少年に慰められるという2重の屈辱を味わわされた敏腕メイド・マリア。1人で庭にしゃがみこんで頭を冷やしているうちにようやく心の平静を取り戻し、普段の自分らしくもない取り乱し様を深く深く恥じ入った彼女であったが……そんな自分をあざ笑うかのようなオブジェがキッチンに残っていることを思い出したのは、その日の夕食直前になってからだった。
「これ……どうしましょう?」
 思わずムキになって作ってしまった、鳳凰をかたどった豪華なチョコレートの彫像。年上の威厳を見せ付けるためにハヤテに食べさせようと思って作った代物。しかし『なんだやっぱり自分用か!』とまで言われた今となっては、ハヤテやナギにあげられる訳もない。
『心を込めて作ったチョコを受け取ってもらえるって、嬉しいですね〜♥』
『女の子ですかハヤテ君は……』
『え?!』
 さきほど池のほとりで少年と交わした会話が不意に頭に浮かんできた。そう、いくら調子に乗りすぎたとはいっても、紛れもなく誰かにあげるために精魂込めて作ったチョコの彫像である。そのことに気づいてしまった瞬間、もはやマリアにはチョコを壊したり自分で食べたりすることは出来なくなってしまっていた。これ以上自分を惨めにしたくない、いくら灰色の青春しか自分には無かったといっても。
「誰に……あげたらいいのかしら?」
 真っ先にクラウスとタマの顔が浮かんできて、あわてて首を振るマリア。いくらなんでも安直過ぎるし、チョコを壊す以上に自分を惨めにするような気がする。他に誰か……と記憶をたどっていくうち、美人メイドは自分の知る世間があまりにも狭いことに愕然とした。思えばナギの行動範囲でしか社会と接したことのない自分。綾崎ハヤテという存在を除外した途端、同年代の男性が1人も残らなくなってしまう悲しい限りの17年の人生。
「ハヤテ君の言うとおり……私、男の人に縁が無いのかも……」
「僕の言ったことがなんですって?」
「あっ、わわわっ、ハヤテ君?!」
 不意に話しかけられて、キッチンで呆然としていたマリアはあたふたと振り返った。無意識のうちに鳳凰のオブジェを背中に隠し、引きつった笑顔を年下の少年に向ける。
「あ、あのぉ……ハヤテ君、何か?」
「あ、いえ、その……こ、これからもよろしくお願いしますね、マリアさん」
「???」
「いえ、そのですね、男の僕が女性のマリアさんにチョコ渡すのって逆みたいですけど……別にその、変な意味はありませんから! マリアさんを男性扱いしてるとかじゃないですから!」
「……そんなことを気にしていたんですか?」
「マリアさんにはいつもお世話になっていますし……こういう感謝の気持ちを伝える機会って、男も女も関係ないと思うんですよ。ですから気にしないでくださいね」
「は、はぁ……」
 爽やかに去っていく少年の後姿をぼんやりと眺めながら、押されまくりのマリアはしばし思考停止し……やがてひとつの結論に達して、背後の鳳凰の像を振り返った。もう彼女の表情に迷いは残っていなかった。
《そうですよね、大切なのは感謝の気持ち……いつもお世話になっている人に渡せばいいんですよ》

                ****

「あれ、珍しーじゃん、あんたが1人で来るなんて」
「ごめんなさいワタル君、あの、いつもナギがお世話になってますから、これ、ほんの感謝の気持ちです」
「別にナギの世話なんて……おっ、これチョコレート? すげーじゃん、さすが有能なメイドさんは違うよな〜」
 がっしゃーーん!!
「若……あは、あははは、そうですよね、私のチョコなんてマリアさんの足元にも及びませんよね」
「げげっ、サキ! いや別にお前のと比較なんかしてねーって、落ち着け!」
「いいんです、マリアさんに敵わないのは分かっていますし……若がその方がいいんなら、私なんかがでしゃばらなくても……」
「わーっ、違う、違うって! 待てってサキ!……悪い、これ受け取れなくなった、今すぐ持って帰ってくれねーか?」

                ****

「あの、咲夜さん、日頃の感謝の気持ちなんですけど、いかがでしょう? 妹さんたちに喜んでいただけたらと思って……」
「ひいっ、堪忍したってやマリアさん、こんなツララみたいなチョコ見るのんも嫌や! 先々週ウチらがどんな目にあったか、知らんわけや無いやろ!」

                ****

「マリアよ……これは何かの嫌がらせか?」
「えっ、あの、おじい様、なにか気に障ることでも……」
「甘い物好きのワシが毎年虫歯に悩まされておること、知らぬお前でもなかろう? これは何か、総入れ歯にしてしまえというお前なりの嫌味か?」
「いえ、いいえ、私、そんなつもりじゃ……」

                ****

「……はぁっ」
 間の悪いときとは続くもの。狭い交友関係とはいえ誰からも嫌われずにやってきたはずのマリアだったが、今回ばかりは呪われたように拒絶の返答ばかりが続いていた。いくら廃品処理とは言っても、渡す相手全員に迷惑がられ続けてはさすがに気分も沈まざるをえない。
『心を込めて作ったチョコを受け取ってもらえるって、嬉しいですね〜♥』
 一度は癒してくれた少年の言葉が、今では氷の刃となって美人メイドの胸をえぐる。チョコを受け取ってもらうのがこんなに難しいことだったなんて……どん底まで落ち込んだマリアの脳裏に、とある人物の顔が浮かんだ。
「そうだわ、あの人ならきっと喜んで受け取ってくれるでしょう!」

                ****

「あの、どうでしょうか……」
「すごい、きっと心のこもったチョコレートですよね、喜んで受け取らせていただきます」
 マリアの願いが天に通じた瞬間。自我の崩壊を防いでくれた恩人に向かって、彼女は何度も何度も頭を下げた。
「ありがとう、本当にありがとうございます! 持ってきて良かったです、喜んでいただけて!」
「そ、そんなに恐縮しないでください、マリアさんのチョコをいただけるなんて、私にとっても光栄なことなんですから」
「そんな、もったいないお言葉……」
 感極まったマリアは何度も何度も頭を下げた。そのおかげで彼女は、目の前でチョコの山に囲まれている白皇生徒会の後輩・桂ヒナギクが溜息混じりにつぶやいた一言を耳にせずに済んだのだった。
「それに……女の子からのチョコがいまさら1つや2つ増えたって、同じことですしね……」


Fin.

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