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恋せよ乙女

初出 2006年02月13日
written by 双剣士 (WebSite)
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 ハヤテ66話、通称『バレンタインイベント学園編』にまつわる小ネタです。今回はサブキャラ人気で一二を争う2人の競演ということで、いじる余地があまりありませんでした。

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 女の子の一大決戦の日、バレンタインデー。勇気を振り絞って白皇学院に赴き意中の少年にチョコレートを渡し終えた西沢歩のハートは、雲の上でも歩けそうなくらいに浮き立っていた。
《やったっ、ハヤテ君に本命チョコを渡せたよっ! 義理チョコでないと受け取ってもらえないかと一時は思ったけど、校門を出た後でハヤテ君が追いかけてきてくれて良かった!》
 校門の外で取った大胆な行動については、夢の中の出来事のようで記憶が定かでない。思い出すと顔から火が出そうになるクライマックスシーンを無意識に飛ばして、歩の回想はその先、親切な生徒会長にお礼を言う場面へと移った。
《桂ヒナギクさん、かぁ……1年生だって言ってたけど、すごく綺麗でカッコいい女性だったよね。名門高校の生徒会長ともなると、やっぱり人種が違うのかな》
 一度別の人にあげた義理チョコを渡すだなんて、思い返すと自分が恥ずかしくなる。それなのに女の子からのチョコレートを快く受け取ってくれて、さわやかに目の前から消えていった同い年の少女。不器用な自分とは何もかも対照的な、美貌と凛々しさと思いやりを兼ね備えたパーフェクトな存在。カッコ良かったな、自分もあんな風になれたらな……堂々巡りのようにそんなことを考えていた西沢歩は、ふとあることに気づいて激しく頭を振った。
《なに、なに、どうして? せっかくハヤテ君にチョコ渡せた記念日なのに、どうしてさっきからヒナギクさんのことばっかり頭に浮かんでくるかな、私?!》


「それは恋だな」
 不意に外部からかけられた声に横槍を入れられ、はっと立ち止まる。目の前には見覚えのあるホワイトタイガーの姿があった。2本足で立つトラに街中で話しかけられるというシュールな光景に現実感を喪失してしまった西沢歩は、逃げるのも忘れて大声を上げながら目の前の猛獣を指差した。
「あーっ、夢の中で私のファーストキスを奪ったヤツ!」
「夢じゃねーって……ま、そういうことにしといてもいいけどな。それより見る目あるじゃねーか、あんな借金執事より将来有望な女生徒に乗り換えるとは」
「な、な、なにを言い出すかな? ひとをアブノーマルみたいに言わないでよね! 私はノーマル、正常、普通なんだから! 作者自身がそういってる折り紙つきなんだから!」
「ノーマルなヤツは女同士でチョコ手渡したりしねーって」
 客観的事実を人外のケダモノから指摘され、歩の背後に『ガーン、ガーン』というゴシック体の文字が躍る。ショックで全身硬直してしまった歩に対して、人語を話すホワイトタイガー猫は腕組みをしながら語りかけた。
「勘違いするなよ、責めてるわけじゃねーんだ。こんな濃い連中ばっかりのマンガで【普通】を売りにできるほど世の中は甘くねえ。これでお前にも熱烈なファンがついて妄想同人誌で主役が張れるぜ、めでたいことじゃねぇか」
「ちがう、そんな、私は……」
「普通であり続けるってことは、人より秀でるための努力を何もしねーってことだ。今日からはニュー西沢歩を目指して、他の奴らに消されちまわねーように頑張るこったな。なんならオレっちが協力してやってもいいぜ」
「きょ、協力って、なんなのかな?」
「性別の壁を乗り越えたお前だ、種族の違いだって大したもんじゃあるまい。オレっちと熱いヴェーゼを交わせば人気急上昇間違いなしだぜ。うまくいきゃ虎人混血っていう、新しい種族の母、新世代のイヴになれるしな」
「……い、いやぁぁああぁぁ!!!」
 身の毛もよだつ提案を聞いて、西沢歩は一目散に駆け出した。まさしく貞操の危機、魂のピンチ。ゴチャゴチャ考えてる暇などない。必死で走って逃げて駆け抜けて……無事に商店街の人ごみに紛れ込んだ歩は、荒い息をつきながら天を見上げた。
《はぁっ、はぁっ、こんなところで、諦めるわけには行かないもん。ヒナギクさんみたいになるって決めたんだから……ヒナギクさん、わたし頑張ります、見ていてくださいね》
 主人公のことをけろっと忘れていることに彼女が気づいたのは、翌朝になってからだった。

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 そして同時刻。意図せぬうちに他校の女生徒まで魅惑の罠にかけてしまった人気者の生徒会長は、誰もいない生徒会室で積み上げられたチョコレートと格闘しながらぶつぶつと文句を言っていた。
「なによ、なんでこうなっちゃうのよ……私、こんなに女の子らしくしているのに」
 小さい頃から男勝りの勝気な性格で同性から憧れの視線を向けられていた桂ヒナギク。周囲の友人たちから『ヒナはカッコ良くなくちゃいけないんだから』と期待を向けられ、それに応えることで自分自身を納得させてきた15年の人生。これまでは疑問にも思わず、むしろ誇りにも感じてきた自分の生き方であったが……しかしその帰結が女の子からどっさりと寄せられるチョコレートの山と、用意したものの誰にも渡せなかったポケットのチョコレートというのでは、お年頃の少女として少なからず忸怩たるものを感じざるを得ない。
『そんな風に男らしいところを見せるから、年々チョコが増えるのよ?』
 ついさっき美希に言われた言葉が頭の中に響き渡っていた。これまでの自分を無かったことにはできないが、でも未来ならこれからでも変えられる。男らしい自分を直さなくてはならないとヒナギクは思った。でないとこの先、女子高生らしい青春を何ひとつ知らないままで歳を取ることになってしまう。


《……恋をしなくっちゃ》
 不意にヒナギクはそう思った。喧嘩っ早い性格を剣道部で昇華し、お節介なところを生徒会活動でカバーしてきたつもりだったが、もはや欠点を埋めるだけでは限界がある。不得手でも何でも、年頃の女の子らしいことに挑戦しなくてはならない。
《……でも、恋するには相手がいるのよね……》
 恋をすると決めてから相手を探すのは順序が逆な気もするが、そんなのは人それぞれのはず。某スペースオペラのような台詞を自分自身にささやきながら、ヒナギクは固く眼を閉じて知り合いの男性たちを思い浮かべた。真っ先に浮かんで来るのは貧相な青年執事の笑顔。ささいな感情のもつれで現在は冷戦状態にある少年の、照れたような困ったような顔。
《なんでハヤテ君……ううん、綾崎君なんかどうでもいいのよ、別の人別の人》
 だがページをめくってもめくっても、しつこく浮かんでくるのはその少年の顔ばかり。たまに別の男子の顔も浮かんではくるが、恋愛の相手としてはどうしても納得がいかない。何度も何度も借金執事の顔をスルーし続けているうち、さすがのヒナギクも理性で押さえ込むのは無理だと悟らざるを得なかった。
《ならばイメージするんだ。君の心が主を守る力になるから……後はイメージだけ……それを具現化する力を、君はすでに持っているだろ?》
 おりよく心に響いてくるのは、執事クエストで出会った幽霊神父の声。ヒナギクは覚悟を決めた。
《いいわ、もう迷うのは止めにするの……あや、いいえハヤテ君。あなたにしといてあげる》


 一度決めてしまえば、旧校舎で自分を守ってくれた彼の姿が鮮明に思い起こされる。いつだって一生懸命で、何かに付けて自分を訪ねてきてくれる少年の話し声が昨日のことのように頭に浮かんでくる。
《ハヤテ君、ハヤテ君、ハヤテ君……》
 心の中で連呼するたび、気分が高まってくる。何故もっと早くこうしていなかったんだろう、そんな風にすら感じられてくる。恋する乙女へと脱皮するべく、ヒナギクは意識的に自分の思考を操作した。
《恋をするのよ、ヒナ……いい、男の子に勝つことを考えるんじゃなくて、頼り頼られ支えあうことを目指すの。キーワードは“ウィン”じゃなくて、“ラブ”よ……忘れちゃ駄目、今日からあなたの生きる道標は“ラブ”なのよ、ヒナ……》
 思い高ぶればイメージは現実になる。ゆっくりと眼を開けた彼女の目の前には、いつのまにか困ったように立ち尽くす思い人の姿があった。
「あ、あの……ヒナギクさん」
「ハヤテ君……」
 熱い気持ちを小さな胸に感じながら、潤んだ瞳を少年に向ける。その視界に飛び込んできたのは……大きなハート型のど本命チョコを胸に抱いた、鈍感この上ない同級生の姿だった。極限まで高まっていたヒナギクの感情は瞬間的に大噴火を起こした。
「この、エロガッパーー!!!」
 究極奥義【成瀬川のごとく】。生徒会長の強烈無比なアッパーカットを浴びた綾崎ハヤテは、時計台よりも高く天空を舞い上がった。


Fin.

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