ハヤテのごとく! SideStory
それにつけても金の欲しさよ
初出 2006年01月21日
written by
双剣士
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今週のハヤテ63話『そして伝説にならない』は綾崎ハヤテの必殺技開眼という王道的決着を迎えましたが、ラスボスがシスターでなく桂姉になるのなら、もっと別の解決方法もあったと思うのです。今回はその辺を題材にした小ネタ。
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出番のないまま地下ダンジョンで朽ち果てようとしていた桂雪路から百万円で身体を借り受け、偽シスターに代わる巨大ロボットの主人としてハヤテたちの前に立ち塞がったダンジョンの悪霊。電撃を受けて動けなくなったヒナギクたちをワタルに任せ、果敢にも2人きりで強敵と対峙したナギとハヤテであったが、その連携はあっさりと破られた。
「ぐはっ、ハヤテ!」
「お嬢さま!」
巨大ロボットの手に身体を握られた三千院ナギが苦悶の声を上げる(どーでもいいけど、『きゃーっ』って悲鳴をそろそろ覚えて良いころだと思う)。毒に身体をやられている少年は戦える身体ではない。少女の骨のきしむ音が頭上から聞こえる中、ハヤテは自分の無力さに歯がみした。
「こんな時、必殺技でもあればいいのに……そしたらお嬢さまを、こんな危険な目にあわせることもないのに……」
《ならばイメージするんだ》
「え?」
そのときふいに背後から、これまで何かと見守ってくれていた悪霊神父の低く深い声が響いた。ハヤテはそっと眼を閉じて、静かにその声に心の波長を合わせた。
《君の心が主を守る力になるから……後はイメージだけ……それを具現化する力を、君はすでに持っているだろ?》
「そうか……よぉし!」
きっと眼を開いて顔を上げ、そびえ立つ巨大ロボットとその手に捕らわれた少女とを睨みつける。足元に落ちていたある物を素早く拾い上げたハヤテは、胸一杯に息を吸ってから、全身の力と気迫を込めて手にしていたアイテムをかざした。
「これで勘弁してくださいっ!」
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「な……なんのつもりだ、それは?」
「ハヤテ……お前」
わずか数秒ながら永遠にも思えるような、長く深く冷たい静寂。先にそれを破ったのは悪霊に操られた女教師のほうだった。少年は薄汚れた金色のメダルを手のひらに乗せたまま、腰を90度に折りたたんだ姿勢で一心不乱に頭を下げ続けていた。
「どういうつもりかと聞いておるのだ!」
「お願いします! この金貨をあげますから、お嬢さまを……」
「愚かな! 主人の命を金づくで買い戻そうというのか!」
「たとえ奇妙に思われても、これが三千院クオリティ! ネクタイの君もこの技で倒せたと聞きました、これで勘弁してください!」
「ふざけ……
その話乗ったぁっ!」
主人を守れず黄泉へと旅立った悪霊としては到底認められぬ、少年執事の振る舞い。怒りと憎しみを込めた嘲弄を返そうとした悪霊の言葉がふいに途絶え……身体の本来の持ち主である、お金大好きな世界史教師の声が同じ口から飛び出した。
「ば、馬鹿を言うな、お前は黙っていろ! この身体は百万円で借り受けたのだぞ!」
「口約束の百万円より、目の前の十万円よっ! 私はそのことを、こないだのマラソン自由形で痛感したんだから!」
うろたえる右半身とは対照的に、雪路の左半身……感情をつかさどる右脳に支配された部位が爛々と輝く瞳でハヤテの提案に賛意を示す。こうして雪路の身体の支配権をめぐり、女ドワーフと悪霊との熾烈な戦いが同じ口を通じて始まった。
「それに見なさい、あのメダル! あれは昭和天皇在位60年記念の十万円金貨よ、20年以上前の代物なのよ!」
「な、何を言うか、そんなものでこの恨み……」
「えっ、えっ、これ、そんな価値のあるものだったんですか? 僕はただ、足元から拾っただけなのに……」
「あぁ嘆かわしい、これだから平成生まれの若造は!」
桂雪路28歳。記念硬貨発行の騒動は子供心に記憶があるが、当然そんなものを買ってもらえる年齢でも家柄でもない。ちなみに筆者は持ってるが(笑)。
「うるさい黙れ! 積年の恨みを晴らすチャンスに邪魔をするなぁ!」
「あんたこそ黙りなさい! ドンペリの芳醇な香りが私を呼んでいるのよ!」
こんな大詰めに来て、サブヒロイン未満のネタキャラに倒されたのでは浮かばれない。ダンジョンの悪霊は必死で抵抗したが……しょせん死者の残留思念が、物欲に凝り固まった生者の燃え盛るエネルギーに敵うはずなどないのである。悪霊の抵抗の声は徐々に小さくなり、金貨を注視する右目の輝きが次第に左目にも波及し……そしてやがて、雪路の全身を包むオーラが単一の色に塗りつぶされた。
「先生! 本当に桂先生なんですか?」
「おいおい嘘だろ? こんな終わり方……」
信じられないという表情をハヤテとナギが作る中、身体を取り戻した桂雪路はにっこりと微笑み……巨大ロボットの肩に乗り移ると、空いたロボットの手をハヤテの前に差し出した。
「さぁ、綾崎君、金貨を渡しなさい!」
「…………」
「……え?」
唖然とする2人。もう戦いは終わったと思ってたのに……それになぜ、悪霊が去り電源ケーブルが抜けたままのロボットが、桂先生の言いなりに動けるんだ?
「さぁ早く! ナギちゃんを助けたいんでしょ?」
「は、はぁ……でも先生、もう戦いは終わったんですからお嬢さまを先に放してくれても……」
「ダメよ! ナギちゃんを放したら金貨を持ち逃げされるかもしれないじゃない! 借金まみれの綾崎君のことだもの!」
仮にも教え子に向かって、信じられない言葉を口走る金欠女教師。心に消しがたい傷を負った少年執事は滝のような涙を両目から流しながら、しぶしぶ金貨をロボットの手に乗せた。
「わーいわーい金貨だ金貨だ〜、これで思う存分お酒が飲めるわよ〜♪」
「はしゃいでないで、早くお嬢さまを解放してください、桂先生!」
「……え?」
金貨を手にした途端に物欲が消え、巨大ロボットを操るどころか自分が降りることすらできなくなった不良女教師。結局ナギが開放されたのは、三千院家の誇るSP部隊が駆けつけてからのことであった。
「おいハヤテ、このSSオチが無いぞ?」
「いやだなぁ♥、今までだってたいしたオチはありませんよ♥」
なお最後に、昭和天皇の在位60周年記念に発行された十万円金貨は金の含有量が4万円分しかなく、偽造通貨が大流行したために古銭市場ではカス同然の扱いになっていることを付け加えておく。もちろんダンジョンに落ちていたのが本物だとは限らない。
Fin.
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