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シスターの野望

初出 2005年11月27日
written by 双剣士 (WebSite)
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 いつしか恒例になりつつある、『ハヤテのごとく!』第57話に関連した小ネタSSです。今回の連載ではシスター・フォルテシアの性格については描かれたものの、生い立ちや立場については不明なままなのでSS肉付けが大変でした。

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「あ、あのぉ……シスターさん」
「……なんでしょう」
 出会い方が出会い方だったせいか、シスター・フォルテシアの態度はどこかそっけない。なんとか会話に持ち込もうと、綾崎ハヤテは電車の中での彼女の勇姿を話題に載せた。
「あの、日本の風習をご存じないとおっしゃってましたけど……日本に来られてまだ日が浅いんですよね? ご出身はどちらですか? それとあの格闘術、ひょっとしてそこで……」
「……よくぞ聞いてくれました」
 シスター・フォルテシアは先に立って歩くのをやめ、低い声でつぶやいた。そんな彼女の小さな背中から一瞬にしてどす黒いオーラが立ち上ったような気がして、ハヤテの背中に冷たい汗が流れ落ちた。
「シスターとは世を忍ぶ仮の姿……この国に来たのも、秘めたる真の目的あってのこと……」
「あ、あのぉ、差支えがあるようでしたら無理にとは……」
「そう、敬虔なるシスターを装っているのも日本語を覚えたのも、すべてはそのため……どんな場末の教会でも構わない、この国に降り立つことさえできれば……それも遠大なるわが宿命の一環とあらば」
 自分に酔っているシスター・フォルテシアは、聞かれてもいないのに仰々しく意味深な言葉を並べ立てた。虎の尾を踏んでしまったことをハヤテは後悔したが、すでに後の祭り。丸い眼鏡越しに視線で射すくめられ、逃げることすらかなわない。
「聞きたいですか?」
「い、いえ……」
「聞きたいですよね?」
 金縛りにあっているハヤテに、コクコクと頷く以外の何が出来よう。何を言い出す気なんだろう、吸血鬼を狩りに来たとでも言うんだろうか……不安と恐怖が少年の表情を引きつらせる。
「いいでしょう、そこまで聞きたがるのであれば特別に教えてあげます……私の真の目的は」
 シスター・フォルテシアは唇の脇を吊り上げ、静かにハヤテの両肩に手を置いた。氷のように冷たい手の重みにハヤテの奥歯がガチガチと震えだす。動きの取れない少年の耳元にそっと唇を寄せる彼女。その開いた口から飛び出してきた言葉は……。







「お金持ちにスカウトしてもらうことです」
「は、はい?」



 シスターの口から飛び出してきた意外な言葉に、少年の呪縛は一瞬にして解けた。ハヤテの両肩に体重を預けていたシスター・フォルテシアは少年に脱力されて数歩よろめくと、きっと眼鏡を持ち上げながら駄々っ子のように言葉を重ねた。
「だだ、だって、女の子なら一度は夢見ることじゃないですか、玉の輿って! 身寄りもない、男性との接点もない修道院暮らしの私にとっては、人生の成功ってそのパターンしかないと思うんです!」
 清楚な外見とは裏腹に、俗っぽく小銭や見返りを求めるシスターの姿が、ハヤテの脳裏に鮮やかに想い起こされた。なるほど、あれがこの人の“地”なんだ。
「シスターの世界には伝説があるんです! 赤ん坊の頃に教会に捨てられた女の子が幼くして頭角を現し、世界でも指折りのお金持ちに拾われて、今では年若い次期当主のメイドとしてお屋敷の全権を握ってるって!」
「……す、すごい人ですね、それ」
「そう思うでしょう? それも運がいいだけじゃありません、名門高校にわずか10歳にして入学し、学年主席や生徒会長を歴任して13歳で卒業、今では警護のSPを指先ひとつで操りながら年下の男の子まで侍らせてるというじゃありませんか! しかも最近では変身能力まで身に着けたって噂まで! あぁ神様、こんな不公平なことが世の中にあっていいのですか?」
 どこかで聞いたような、それでいて違和感のあるシスターの怨嗟の声。ハヤテも十分すぎるほど不幸な人生を送ってきただけに、彼女の気持ちは分からないでもない。無益と知りつつも慰めの言葉をかけてみる。
「ま、まぁそれでも、シスターさんだって可能性はあるんじゃないですか? それだけ具体的な目標があるんだもの、努力して技能や資格を積み重ねればきっと……」
「やりましたとも! 料理も掃除も会計も、洗濯も話術も暗殺拳も!」
 ……なんか物騒な技能が混じってる気がしたのはハヤテの気のせいだろうか。
「それなのに気がつけばこの齢で、モノになったのは暗殺拳だけ……ぐすん」
「あぁ、電車の中で僕を助けてくれた、あの……」
「笑い事じゃありません! 私が助けたかったのはお金持ちの御曹司であって、あなたみたいな貧相な人じゃ……」
 なにげにひどいことを口走ったシスター・フォルテシアは、我に返ったようにハヤテの全身を見渡した。
「……そういえば、執事の修行に来られたんでしたよね?」
「は、はい」
「ふむ……顔はともかく、服装はそれなりに上等なもののようで……ひょっとしてあなた、お金持ちのお屋敷にお勤めで?」
「ま、まぁ、一応は執事ですから」
「あぁ、これぞ神のお導き! 無理いって日本に派遣してもらった甲斐がありました!」
 さっきまでのそっけなさはどこへやら、シスター・フォルテシアは猛禽類の瞳で少年を見渡した。
「ねぇ、あなたのところで雇ってくれるよう推薦していただけません?(すりすり)」
「は、はぁ……でもお嬢さまがイエスと言ってくれるかどうか」
「……なんだ、女当主か」
 玉の輿狙いのシスター・フォルテシア、瞬時にしてハヤテに興味を失う。
「仕方ありません、また別の機会を待つことにしましょう……あ、あなたを追い出したりはしませんから、ご心配なく」
「あ、ありがとうございます……と、ところでその凄いメイドさんの勤めているお屋敷、どこだか分からないんですか? そこまで思いつめてるのなら、直接そこに行った方が早そうですけど」
「それが良く分からないのです。サン……そう確か、サン・ピエ……なんとかと言うお屋敷だったと思うのですけど」



 そのころ、三千院家に勤めるメイドのマリアは季節外れのくしゃみをしていた。


Fin.

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