ハヤテのごとく! SideStory
アイドル包囲網
初出 2012年07月23日
written by
双剣士
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「ルカって……ハヤテ君のことが好きなの?」
ヒナギクにそう問いかけられた当初、水蓮寺ルカはあまり難しく考えては居なかった。コミックサンデーで怪我したところを助けてくれて、ライブ会場でも献身的に支えてくれて、不規則なアイドル生活の体調管理までしてくれて……そしてなにより、マンガ好きな友人たちとのつながりを作ってくれたハヤテ君。ルカの気持ちはとうの昔に決まっていたのだ。だから自分の気持ちを口にするのに躊躇はなかった。
「うん♥ 大好き♥」
「……それは……ハンバーグとは違う感じ?」
「え?」
しかし妙に真剣なヒナギクの食いつきぶりを前にして、透き通っていたはずのルカの気持ちにかすかな濁りが生じる。それはみるみるうちに黒い渦巻きとなって身体いっぱいに広がっていった。
《そういえば……ヒナって最初、ハヤテ君の付き添いとして私のマンションにきたんだっけ》
女装していたハヤテの隣に嫌な顔もせず寄り添い、マンガのことはよくわからないと言いながらも適切なアドバイスをしてくれて、コミサンの時には一緒にスペースに入ってくれたヒナギク。どうしてそこまでしてくれるんだろう、と以前から疑問に思わないでもなかったのだが……目の前の表情を見てようやく合点のいった気がした。
《そっか、ヒナって……きっとハヤテ君の役に立ちたかったんだよね。そしてそれって、きっとヒナもハヤテ君のことを……》
ヒナのこともハヤテ君のことも大好きだけど。ウソをつかれるのはすごく苦手だけれど。それに気付いてしまった以上、もう思いをそのまま口に出すことは出来ないと思った。ここで正直に答えたら取り返しのつかないことになりそうな気がした。
「ああ、ハンバーグは私も好きだよ? ハヤテ君が作ってくれるハンバーグすごく美味しくて、私も大好きなんだ。ヒナもそうでしょ?」
「そ、そうそう、そうよね、美味しいわよね、あははは……」
乾いた笑いを両者で交わしあいながら、ルカは笑顔の裏にこっそりと隠すことにした……チクチクと刺さる胸の奥の痛みを。
《ごめんねヒナ、私まだ、あなたとは友達で居たいから……》
ところがそんな偽りの平和は、新しい入居者の登場によって早々と終わりを告げることになる。
「私も今日からここに住む事になった西沢歩です。どうぞよろしく」
「あ……そ……そうなんだ。こ……こちらこそよろしく西沢さん……」
「私のことは『歩』って呼ぶといいんじゃないかな? 私も君のこと『ルカ』って呼ばせてもらうから。いいかな?」
「あ……はい。わかり……ました」
いきなりグイグイと踏み込んでくる歩の物言いに、ルカは思わずたじろいでしまう。ビビっている訳ではない、芸能界では非友好的な挨拶など珍しくもなかったから。しかし仕事をさぼって逃げ込んだ、大好きな人たちの居るオアシスのようなこのアパートで、まさかこういう態度をとる相手に出会うとは思っていなかったのだ。
「お互いフェアプレーの精神で……がんばろうねルカ」
「う……うん……が……がんばります……」
差し出された右手を握りながら、笑顔の裏でルカは記憶をたどっていた。
《あれ、西沢さんのことはハヤテ君から聞いてたけど……こんな子だっけ? 私この子に何かした?》
確か、最初に出会ったのはハヤテ君のバイト先。新曲を一番早く聞いて欲しくて、変装して会いに行った喫茶店が彼女との初対面の場だったと思う。その次は今日の昼過ぎ、ハヤテ君に新しいお布団を借りていたときに彼女を見かけて挨拶をしたんだっけ。どちらも嫌われるようなことを言った覚えはないけど……。
《あっ、あぁあっ!!》
歩と別れた後になってルカはようやく思い出す。2度目の出会いの直後、歩がヒナギクの手を引いて慌ただしく物陰へと駆け出していったことを。そしてあのとき、物陰から漏れてきた会話は確か……。
「あのアイドルの子が一緒に住むって……いいんですか? ヒナさん!!」
「え……? ど、どうして……?」
「だってあのアイドルの子は……ハヤテ君のことが好きなんですよ!!」
「……え……そ……そうなの?」
「どんだけ鈍いんですかヒナさん!!」
かすかに漏れ聞こえてきた2人の会話、さっきのヒナギクの態度、そして突然引っ越してきた歩の対抗心むき出しの挨拶……これらがルカの脳内で結びついて化学反応を起こすのに時間はかからなかった。
《そうか、歩はきっとヒナの気持ちを知ってて……ヒナとハヤテ君の仲を後押しするために、このアパートに越してきたんだ!》
事実とは微妙に異なる推測だったが今のルカの立場では仕方ない。親友であり恋のライバルでもある2人の関係に気づけという方が無理というもの。そしてそれは必然的に、先ほどのルカの甘い期待を打ち砕くことになる。
《だとすると……あの歩って子がいる限り、ヒナと友達で居られないじゃない!》
「どうだルカ、このアパートの住み心地は?」
「う、うん……部屋自体には何の問題もないんだけど、ね……」
「ん? なにかあったのか?」
せっかくたどり着いたオアシスが針のムシロになりつつあることに気付いた水蓮寺ルカ。しかし悩みが悩みなだけに、こんなことハヤテに相談するわけには行かない。もう1人の友人といえる三千院ナギは自分より年下で、マンガやゲームの話ならともかく、こういった話を持ちかける相手ではないように思えた。ルカの足はいつしか自然と、春風千桜の部屋へと向かったのである。
「なんだ、困ったことがあるなら綾崎君に相談した方がいいぞ? あいつはあれで、ちょっとしたニュータイプだからな」
「ううん、ハヤテ君じゃなくて……千桜に相談したいんだけど」
「私に? まぁ役に立てるかどうかは分からんが、話し相手くらいでいいなら」
「あ、あのね……」
春風千桜とは同人誌即売会で出会い、ハヤテやヒナギクとは関係なく友人になった間柄。それだけに中立的な立場でルカの話を聞いてくれるのを期待して相談を持ちかけたのだが……疑惑というのは次々と連鎖するもの。目の前に座った千桜の瞳をみた途端、不意にひとつの記憶がルカの脳裏に浮かんでくることになる。
《あ、そういえば……千桜ってヒナと同じ生徒会なんだったよね……》
ガンダムよりも強い生徒会長がいるとヒナギクの話をしてくれたのは千桜だった。ライブ会場にナギを連れてきたのも千桜だった。ナギの参謀役として、前回のコミサンでルカとは別のスペースに入っていたのも千桜だった……考えてみれば自分との関係よりもずっと、千桜はナギやヒナギクたちに近い立場だったんじゃなかろうか? だとするとヒナや歩との関係を相談しても自分の味方をしてくれるとは限らない、それどころか入居したばかりの歩の悪口を言う嫌な子と思われてしまうかも……。
「ねぇ、その……今日ここに入ってきた西沢さんって子のこと、なにか知ってる?」
思い悩んだ末にルカは質問を変更した。敵意を込めた挨拶をされたことは伏せたまま、さっきの悪い想像が自分の思い過ごしであって欲しいと願いながら……だが千桜の口からでた言葉は意外なものだった。
「西沢さん? あぁ、あいつは……ナギのブレーンだよ」
「ブレーン? それってあなたがナギにしてることじゃ……」
「いや、あいつは同人のことは何も知らないし、取り立てて特技があるわけでもないんだけど……あいつが何か言うと、大事なことが不思議とポンポン決まっていくんだよな。他人をやる気にさせるって言うか、中途半端に立ち止まってるやつの背中をどんと押すのが得意なやつだよ。あのナギも、あいつの言うことは素直に聞いてるみたいだし」
「そ……そう、なんだ……」
千桜はナギのマンガに対する歩の貢献について語っているのだが、今のルカにはそう聞こえない。『中途半端なやつの背中を押すのが得意』……まさしくヒナギクの応援をするために現れたような人材ではないか!
『お互いフェアプレーの精神で……がんばろうねルカ』
昼間の歩の言葉が脳内でリフレインされる。あれは何が何でもヒナをハヤテ君とくっつけてみせる、という歩からの宣戦布告だったんだ。文武両道・容姿端麗・人望絶大の完璧超人なヒナに、歩みたいな恋愛コーディネーターが後押しをするとなったら……しかもアパートの持ち主であるナギまで彼女に手玉に取られているとしたら……自分に勝ち目なんて、これっぽっちもない。しかもこの勝負においては、自分が現役アイドルであることなど武器になるとは思えなかった。それでなくてもハヤテ君には、情けないところや格好悪いところを何度も見られているわけだし。
「ねぇ千桜……私のこと助けてくれない? お願いだから」
気がつくとルカはそんな弱音を吐いていた。歩の入居によって隙間なく固められた、余人の介入を許さぬ完璧な包囲網。自分にとって突破口になりそうなのは千桜の存在だけ……そんな恐怖に震える弱い心が紡ぎ出した懇願。しかし春風千桜は期待する言葉を返してくれない。
「……悪いな、ルカ。この件では力になれない」
「えっ?」
「もちろんルカのことは親友だと思ってるけど、あいつとは今までの経緯もあるし……次にあいつが取り組む中身についても、もう聞いちゃってるからな」
千桜としてはそれまでの話(ナギのマンガにおける歩の貢献)の流れを受けて、『ナギの参謀役からルカに乗り換えることは出来ない、次回作の話も先に聞いてしまってるし』と答えているに過ぎない。しかし精神的に追い詰められているルカは正しく受け取る余裕などなかった。歩が次にどんな手を打ってくるかが既に決まってて、それが千桜の耳にも入ってるって事は……包囲網の扉が無情に閉ざされたことを悟ったルカは蒼白になりながら立ち上がった。
「なぁルカ、そういったことならヒナに相談したほうが……」
「それが出来ないから悩んでるんじゃないっ!!!」
驚く千桜に背を向けて、ルカは口元を押さえながら部屋を飛び出したのだった。
《事務所に帰ろう……ハヤテ君には悪いけど、私もう耐えられないよ》
すっかり憔悴したルカは、とぼとぼと自分の部屋に向かって廊下を歩いていた。するとそこへ、歯ブラシを手にした別の住人が声を掛けてくる。
「どうした、家出アイドル。自分の甘さを思い知ったか」
「そうね……私、自信なくなっちゃった」
剣野カユラ。アイドルをやめて漫画家として借金を返すと言っていたルカに『漫画家はそんなに甘くない』と辛辣な指摘を言い放った少女である。もちろんカユラは、アイドルと漫画家の両立についてルカが悩んでいると思い込んでいる……それゆえ続いてルカの口から出てきた意外な名前に、カユラは思わず驚きの声を上げた。
「私、バカみたい。自分ひとりで舞い上がっちゃって……ヒナにかなうわけなんてないのに」
「え、ヒナって……あの貧乳生徒会長のこと?」
白皇に編入して間もないカユラにとって、ヒナギクに対する思い入れはほとんど無い。唯一あるのは白皇学院への初登校のとき、ハヤテに案内されて時計台最上階で目にすることになったヒナギクの下着姿だけ。ギャグマンガみたいな生徒会長も居るもんだとは思ったものの、漫画家を目指すルカの競争相手に彼女がなるとは到底思えない……ここでようやくルカがマンガの話をしてるのではないらしいことに気づいたカユラは、打ちひしがれるルカの身体を上から下まで観察した後、ぐっと親指を突き出した。
「大丈夫。勝ってる、楽勝」
「えっ……な、なにが?」
「保証する。ちょっと際どい水着を着れば、夏の間は連戦連勝。余裕余裕」
「ちょっ……な、何の話をしてるのよ!」
かくして水蓮寺ルカは『ヒナとの勝負って何のこと』と問う剣野カユラに、目下の悩みを吐き出させられる羽目に陥った。ほとんど初対面同然のカユラにこうした複雑な事情を打ち明けるには若干抵抗もあったが、聞けばカユラはヒナギクや西沢歩がどんな人間かをほとんど知らないとのこと。だとすればカユラの部屋こそ、西沢歩によって敷かれた完全無欠の包囲網にポッカリ空いた中立地帯。それに気づいたルカの唇は知らず知らずのうちに軽くなっていった。
「ということで……気がついたら私、アパートの全員を敵に回しちゃったみたいで……」
「自意識過剰だな。これだから三流アイドルは」
ところが疲れ切った様子で弱音を吐くルカに対し、カユラの言葉には一片の容赦もなかった。
「ここに居る全員がお前を追い出そうと画策してると、本気でそう思ってるのか? 私みたいなのを前にしても? 昨日まで何でも打ち明けられていた執事君や千桜のことまで?」
「ぐっ……で、でも歩は……」
「私はヒナギクという人とも、西沢という人とも親しいわけじゃないが……今のお前が間違ってることだけは分かる。断言する」
半分寝ぼけているようなカユラの瞳に射すくめられて、いつしかルカは身動きすら出来なくなっていた。
「お前は自分の敵か味方かというメタ視点でしか、周囲の人間を見られないのか? ちょっと話しただけのやつを勝手に敵認定して、これまでの友人もあっち側だと自分で決め付けて、1人でメソメソ泣き言を言うやつだったのか? 鏡を見てみろ、へっぽこアイドル。今のお前、最低だぞ」
「…………」
「そんなに傷つくのが怖いなら、さっさと出て行け。お前のことを好きだ好きだと顔に書いてあるやつだけを相手にして安心したければ、アイドルに戻ってファン連中と上っ面の交流をしていろ。お前みたいな臆病者には、それが似合いだよ」
「そ、そんなっ……!」
思わず反駁しかけて、ルカは突然気づいた。カユラがこんな憎まれ口を叩いているのは、凹んでいた自分に顔を上げさせるためだということに。
「悔しいか? だったら立ち向かえ。現実から逃げるな。まずはその、西沢とか言うやつの真意を確かめることからだな」
「え、でも……」
「私の知り合いに1兆部売れるマンガを目指してる奴がいる。そいつも自分が間違ってるんじゃないか、才能なんて無いんじゃないかってもがき苦しんでる。だけど今のお前なんかよりは1億倍ましだぞ、理解のない周囲のことを敵呼ばわりして逃げ出したりはしてないからな」
いきなり関係ない話に飛んだようだが、カユラの言いたい事はルカにも分かる気がした。安易に敵を切り捨てて安息を得ようとするな、大望があるなら敵をも呑み込む覚悟を持て、と言いたいのだろう……彼氏争奪戦という究極ローカルな競争にも通用するかどうかは異論もありそうな気がするけど。
「まぁあれだ、立ち向かうにしても何から切り出せばいいかって不安がるのは分からんでもない。お前みたいなパターンだったら、参考になる名台詞が確かスクールラ○ブルの第△△巻に〜」
「ううん、いいわ。ありがとう」
この日初めて、ルカはカユラの言葉をさえぎった。振り返ったカユラの瞳に映った表情からは、さっきまでの蒼白さがすっかり消え去っていた。
「そうよね、まだヒナや歩の気持ちを直接聞いたわけじゃないし……第一うじうじ悩んでるだけの女の子を、ハヤテ君が選んでくれるわけないもんね」
カユラと別れたルカは、泣き崩れた顔を直すべく洗面所へと向かっていた。事態は何一つ解決していないものの、言いたい放題に言われたお陰でルカの気持ちは晴れ晴れとしていた。大丈夫、まだ時間はあるんだし……落ち込んでたら幸運なんて巡ってこないよねと小さなガッツポーズで自分を奮い立たせる。するとそれに呼応するかのように、洗面所のほうから言い争う2人の声が聞こえてきた。
「もーヒナさん、シャンプーの後はリンスとトリートメントをするんです! シャンプー1回だけで終わりにしないでください」
「えっ、でもそんなの面倒くさいじゃない、リンス入りシャンプーを使えば1回で……」
「嘘っ、信じらんない! ヒナさんハイスペックなボディ持ってるくせに、なんでお手入れがそんなに適当なんですかっ! 男の子じゃないんだから!」
姦しい叫び声をあげながら脱衣所から出てくる歩とヒナが、ルカの姿を認めて立ち止まる。現実から逃げないと決めたものの精神的覚悟がまだ出来てなかったルカは、どんな顔をしていいか分からずに立ち竦む……だがそんな一瞬の静寂は、歩の放った剛球ストレートによって呆気なく破られた。
「ねぇルカ、あなたはどうしてる?」
「え、ど、どうって……?」
「髪のお手入れの話! ヒナさんと意見が割れてるの、お嬢様育ちのナギちゃんは頼りにならないし……ここは現役アイドルの意見をぜひ!!」
ハムスターのように目をまん丸に空けながら駆け寄ってくる西沢歩。その瞳の奥には、恋敵をハブって追い出そうなどという意地の悪い企みは微塵も感じられなかった。少なくともこのときルカにはそう見えた。
《勝手に敵認定して現実から逃げていたら、見えるものも見えない、か……あの子の言うとおりだよね》
にっこりと微笑んだ水蓮寺ルカは、髪のツヤを保つお手入れ方法について同年代の少女たちを相手に堂々と講釈を始めたのだった。
そしてその頃、自室に残された剣野カユラはというと。
「ふぅ、まったく……これだからリアルの女子高生は面倒なんだ」
好きなマンガ雑誌を手に寝転びながら、全身全霊で2次元方向に現実逃避していましたとさ。
Fin.
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