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サークル真泉の崩壊

初出 2012年01月10日
written by 双剣士 (WebSite)
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 昨年9月にtwitterで予告しました新作SS「マリア・トラップ」、タイトルを改めて4ヶ月遅れで公開です。ステマ恐るべし。

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 事の起こりは5月21日、同人誌即売会『コミックサンデー』での出来事だった。
「ふ……ダメだな、これは……」
「なにぃ!!」
「幼女が同人誌を売っていると聞いて、喜び勇んでやってきたが……しょせんこの程度か……」
「な……なんなのだお前は!! チラ見で本を判断するな!」
 友人に売り子を頼まれた春風千桜の付き添いで訪れたコミックサンデーの会場で、三千院ナギは初対面の少年からいきなり辛辣な言葉を投げかけられる。そして売り言葉に買い言葉の勢いそのままに、同人誌の売り上げ勝負をふっかけられるのだった。
「よし、では次の6月12日のコミサンで対決だ。お互いオフセ本を100冊作ってきて、どっちが売れるかで勝負だ」
「負けたらどうなるのだ?」
「罰ゲーム……と言いたいところだが、そんなのは必要ない。売れなかった在庫の同人誌を抱えて帰るあの屈辱……とくと味わうがいい……!!」
 余裕しゃくしゃくで言い捨てて背を向ける少年。この言葉が負けず嫌いのナギの心に火をつけ、生まれて初めての同人誌制作とその挫折へとつながっていく……だがそのきっかけを作った少年のほうは、自分の吐いた言葉をそれほど重大視してはいなかった。なにしろ自分はメキメキと頭角を現しつつある同人サークルの代表で、相手はただの素人。作戦も対策もいらない、あんな子供に負ける訳ない……勝負を仕掛けた時点では、彼は本心からそう思っていたのである。


 それからしばらくして。東京下町のとある安アパートの階段を、弾むようなステップで楽しそうに登っていく少女の姿があった。彼女の名は若葉、同人サークル『真泉研究所』の新入りアシスタントである。
「おはようございますっス〜♪」
「おぅ、よく来たな若葉」
 扉を開けたアパートの室内には、漫画描き用のテーブルや資料机が所狭しと並んでいる。まだ5月だというのに部屋の中は男たちの熱気にあふれ、安物のクーラーが悲鳴を上げている。だがこのむさくるしいアパートの一室こそ、若葉にとっての聖地……真泉研究所の制作現場だった。彼女は躊躇無く部屋の中に飛び込むと、その部屋の主に向かって買ってきたアイスを差し出した。
「師匠、お疲れ様っス。冷たいものでもどうっスか?」
「いただこう。いつも済まんな、気を使ってもらって」
「そんな、水臭いっスよ。師匠たちには良い漫画を描くのに専念してもらいたいっスから」
 若葉に笑顔を向けられた少年はわずかに微笑み、周囲からヒューヒューと口笛を鳴らされる。この少年こそが三千院ナギに喧嘩を売った当人、サークル代表の真泉であった。何千冊も売り上げる大手サークルとは言えないまでも、個性的な題材と魂のこもった作風とが高く評価されて熱狂的ファンを抱えつつある『エッジ系』の超新星。新入りである若葉も、その魂のほとばしりに魅せられてサークルの門を叩いた1人である。
 だが若葉の予想とは裏腹に、真泉研究所は真泉1人の超絶的妄想を具現化するサークルではない。所長である真泉の構想を最初の核にはするものの、基本的にサークル員たちは真泉のアシスタントに徹することなく各人独自のアレンジやストーリー改変をしても良いことになっていた。むろん大幅な改編をする際には皆で相談することも多いが、所長の真泉が自説に固執することなく面白ければどんどん受け入れるタイプだったこともあり、結果として出来上がる同人誌は当初の構想とはかけ離れた支離滅裂で絵柄もバラバラ、でも漫画好きな人間が目一杯楽しんで描いたことが誰の目にも分かるという独特の画風へと昇華して行くのだった。
 商業誌では有り得ない、ハチャメチャでバイオレンスな作品と制作現場。おそらく真泉研究所が大手に名を連ねる日は来ないだろうし、当人たちもそれを望んではいないだろう。漫画好きが好きなことをやりきって作品を生み出す、アマチュアとしての原点であり理想形がそこにはあった。そんな素晴らしい人たちと同じ時を過ごせることを、若葉は心から誇りに思っていたのだった。


 だが6月に入ったある日。若葉の不用意な一言によって、彼女の理想郷に激震が走る。
「ところで師匠、次のコミサンで対決する子のサイト、知ってるっスか? 笑っちゃうっスよね、1000冊完売を目指すとか身の程知らずなこと言ってるっスよ」
 昼休みの雑談の中で、軽い気持ちで話題に載せた出来立てのサイト。女性である若葉にとっては狙いがあざとすぎて嘲笑ものの内容であったが……パソコンを覗き込んだサークル員たちの反応は彼女の想像を完全に裏切った。
マリアのメイドさん@パラダイス、だと……」
「か、可愛い……こんな綺麗な人、初めて見た……」
「これは絶対に買い逃せないな。つーか瞬殺で売り切れかねんぞ、一般入場前に絶対確保しておかねば」
「てゆーか1人3冊以上はデフォじゃね? 観賞用・布教用・保存用……いやいや布教用は5冊は要るな……」
「ちょ、みんな、どうしたっスか? ねぇ、師匠!」
 皆の思わぬ食いつきように慌てた若葉が助けを求めるように振り返った先には、眉間に皺を寄せて考え込む真泉の姿があった。
「1000冊か……1冊15秒以下で売るなど不可能だと普通なら考えるところだが、あえてそれを目指すなら大人買いさせるキラーコンテンツを選ぶしか道はない……あいつの執念を侮ったか」
「し、師匠?」
「こうしちゃおれん。100冊完売ごときを目指していては踏み潰されるのを待つだけだ……プロットを練り直すぞ、緊急会議だ、みんな」
 そう言って握り拳とともに椅子を立つ真泉。ところがサークル員たちは彼のげきに呼応せず、そわそわと互いの顔を見渡すばかりであった。
「あ、いや、そのぉ……喧嘩するには相手が悪いって言うか……」
「俺ら売り上げを伸ばそうなんて考えて漫画を描いたこと無いっスからね」
「それに1日で1000冊売れる本が仮に出来たとしても、そんなの売ってたらマリアさんの本を買いに行く暇なくなっちまうし」
「つーかさ、こんな本が出ると分かればバイト増やして軍資金貯めておいた方がいいんじゃね? 大手の本の買出し分担とかも組み直しが必要だろうし」
「師匠、悪い、言い忘れてたけど今日これからバイトがあって。それじゃ」
「あ、俺も」
「俺も俺も」
「お、おい待て、お前ら!」
 まるで蜘蛛の子を散らすように、次から次へと飛び出していくサークルの面々。部屋に残ったのは愕然と立ち尽くす真泉と、自分のしたことの衝撃から覚めやらぬ若葉の2人だけであった。
「し、師匠、なんか妙なことになっちゃったっスけど……大丈夫、みんなすぐ戻ってきてくれるっスよ。売り上げなんか気にしないで、師匠は師匠らしい作品を作れば……」
「そうはいくか。あんな幼女に負けたとあっては我がサークルの名誉に関わる。とにかくアイデアだ、見るもの全てを引きつける斬新な表紙で、1冊15秒を狙って……なぁに次のコミサンまでまだ1週間はある、きっと出来るさ……」
 うわ言をつぶやきながらデスクに座り、血走った目で頭をかきむしる真泉の背中を、若葉はわなわなと唇を震わせながら見守るのだった。


 その後の真泉研究所は、まるで廃墟のごとく寂れ果ててしまった。
 あれだけ熱心に通っていたサークル員たちはあの日を境に全く足を運ばなくなった。電話で呼び出すと誰もが照れたような様子で、バイトや急病・親戚の不幸などを理由に逃げ口上を並べるばかりだった。若葉にはその真意が見え透いていたが『去るものは追うな、魂の抜けた者に来られても無意味だ』という真泉の言葉を聞くと、アシスタントたちの不実をなじるのも躊躇われた。
 たった1人で本を作り直すことになった真泉の憔悴振りは目を覆うばかりだった。若葉は全力でフォローをしたが新入りに過ぎない彼女の助力には限界があったし、1000冊完売という高いハードルに苦しむ真泉の元では思うままに好きなことを描き散らすわけにも行かなくなった。なにより真泉自身が作品のコンセプトを日々二転三転させてしまう有様で、満足いく出来栄えに至らないまま締め切りまでの日数はじりじりと削られていった。
「師匠、売り上げなんてもういいっスから……いつものサークル真泉らしい本を作ってくださいっス」
 胸を痛めた若葉は何度となくそう進言したのだが、いつになく真泉は頑なだった。
「オレが売った喧嘩だ。フルハウス以上とわかってる相手に、ワンペアで挑むわけには行かないだろ」


 そして、コミックサンデーの4日前。入稿を控えた最後の追込み日に栄養ある食材を抱えてアパートを訪れた若葉は、血を吐いて倒れ伏す真泉の姿を見て悲鳴を上げた。
「し、師匠ぉ〜!!」
 すぐさま救急車を呼ぶ若葉。やがて救急隊員に担架で運ばれていく真泉は、かつての自信にあふれた面影は微塵もなく、老人のように痩せ果ててヒューヒューと濁った息を吐いていた。そんな彼を見送りながら、若葉は自分の聖地を台無しにしてしまった原因とその元凶に思いを馳せた。
「ひょっとしてこれ、あいつらの陰謀っスか……うちのサークルを空中分解させて師匠を過労死させようなんて、なんて卑怯な……」


 そして6月12日、コミックサンデー当日。真泉を見舞いに早朝から病院を訪れた若葉は、もぬけの殻になっていた白いベッドを目の当たりにして花束をぱたりと落とした。
《あんな身体で、病院を抜け出すなんて!》
 行き先はひとつしか有り得ない。若葉は身支度もせず一目散にサンシャイン60へと走った。搬入する本はないがサークル登録は済ませてある。サークルチケットを振りかざしながら会場に飛び込んだ彼女の目の前には……。
「スマン、新刊落としちゃった……ぐふっ」
 対戦相手である少女たちの前で、詫びの言葉を述べた後に盛大に吐血する真泉の姿が。若葉はあわてて彼の元に駆け寄った。
「師匠――――!! 大丈夫っスか、師匠!!」
「オレなら平気さ……普通の人間ならとっくに死んでいるだろうけど」
 全身を震わせながら痩せ我慢を言う真泉の姿に、若葉は涙が止まらなかった。急性胃炎を患った彼が平気で出歩けるわけがない。それにも拘らず格好つけなきゃならない原因は……若葉はきっと顔を上げて、初対面の少女たちをにらみ付けた。
「うう〜、お前たち許さないっス!! よくも師匠をこんな目に〜〜!!」
「よせ若葉……お互い正々堂々と戦った結果……悔いはない……」
「で……でも……!!」
 正々堂々じゃない、あんな卑怯な手を使うなんて……そう吐き出しかけた若葉の言葉は、震えながらも鋭い光を放つ真泉の視線に縫いとめられた。素人がベテランに向かって『ズルイ』ということはあっても、その逆は許されない……それは先輩サークルとしての最後の矜持。真泉は若葉を黙らせると、もう一度だけ顔を上げた。
「お前たち……」
「……はい……!!」
「いい……戦いだったぜ……この星の未来を……頼む……」
 最後まで一言も言い訳することなく、真泉は若葉とともに若きライバルの前を去ったのであった。


「な……な……なんだったのだあいつは――――!!」
「まぁそれよりも、お前の本当のライバルは……あっちだろ?」
 真泉と若葉は知らなかった。肝心のナギたちがQBの着ぐるみをかぶった現役アイドルとの勝負にばかり気を取られて、真泉たちとの売り上げ勝負のことなどケロッと忘れていたことを。


エピローグ--------------------------------------------------------------


 こうしてナギたちのサークルの前を離れた真泉と若葉であったが……病院に戻るため会場を出ようとした矢先、サークル真泉のアシスタント集団と顔を合わせた。
「お前たち……」
「師匠、やっぱり来てくれたんスね!」
「俺たちの本は出せなかったけど、お楽しみはこれからっスよ」
 アシスタントたちは大きなカバンと軍資金を抱えて、今か今かと一般入場を待っているところだった。その瞳は今まで見たこともないくらい、キラキラと輝いていた。
「自分の本を売ることだけが同人活動じゃありません。欲しい本を全力で買うのも同人の醍醐味!」
「俺たちの先頭に立ってください、リーダー!」
 唖然とする真泉と若葉。やがて真泉は口元の血をぬぐうと、腹の底からの大音量でかつての同志に向かって吠えた。
「お前らぁっ!!」
《そうっス、ガツーンと言ってやってくださいっス、師匠!!》
「俺について来い!!」
「おおぉーっ!!」
《え、えぇっ??》
 呆然とする若葉を残したまま、即売会場に突進していく男たち。マリア写真集1000冊完売という伝説の裏に彼ら『買い専サークル真泉』の働きがあったことは、知る人ぞ知る秘密である。


Fin.

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