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ときめき大作戦 Girl's Side

初出 2010年11月29日
written by 双剣士 (WebSite)
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【注意】---------------------------------------------------
 このSSは原作273話(単行本26巻第1話)のネタバレを含みます。
また273話の展開を別の角度から見た物語ですので、未読の方には
ラストシーンの意味が理解できない可能性があります。
 あらかじめご了承ください。
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「は―――っ……しかし長い休みが終わったせいか……やる気でないわね〜〜」
 ゴールデンウイークが明け、休みボケで倦怠感漂う白皇学院の昼のひととき。学院にそびえ立つガーデンゲート最上階の一室で、当学院の不真面目ランキング第1位を堅持する世界史教師、桂雪路はソファに寝そべりながらダラケきったうめき声を上げた。
「だったら出て行ってくれない? 仕事の邪魔なんだけど」
 対するは雪路の妹、桂ヒナギク。こちらは逆に生真面目ランキングの現役チャンピオンである。今日も朝から生徒会長として書類整理に勤しむ姿はまさしく模範的優等生の鑑。あまりの好対照ぶりに周囲からは血のつながりすら疑われることの多い姉妹である。
「ていうか少しは生活習慣を改めたらどうなの?」
「そんなのどうやって改めればいいのよ?」
 12歳も年下の妹に叱責されて、少し傷ついたように半目を開ける雪路。そこに口を挟んだのは生徒会役員でありながら雪路と一緒に仕事サボりまくりを決め込んでいた、ヒナギクの親友の花菱美希であった。
「恋人でも……作ったらいいんじゃないのか?」
「……恋人?」
「そう。恋人だよ恋人。たとえば薫先生とか雪路の彼氏にピッタリなんじゃないのか? 相手としてそんなに悪くないだろ?」
 ちょうどこのとき、生徒会室の扉の外で体育教師・薫京ノ介が聞き耳を立てていることを彼女らは知らない。
「まぁ確かに悪くはないわね。ルックスも悪くないし金も持ってる。清潔感もあるし何よりいい奴だ」
 京ノ介が聞いているとは露知らず、話を振られた雪路は腐れ縁の幼なじみのことを冷静に分析して見せた。本人に向かっては絶対に口にしない台詞をスラスラと言葉に出来るのは、女同士の恋愛話という気安さもあってのことだろう。だがその直後、扉の外で色めきだつ京ノ介に向かって雪路は冷や水を浴びせかけることになる。
「しかぁし!! 男として一番大事なものがあいつには欠けているのよ!!」
《な……なに?!》
「一番……」
「大事なものって……?」
「それはぁ―――!! 『と・き・め・き♥』だぁあ!!!!!!」
 ガビーンとショックを受ける扉の外の京ノ介と、しらけた表情を隠さない妹たちを尻目に雪路の咆哮は続く。
「女ってぇのはねぇ!! どんなときだってと・き・め・き♥たい生き物なのよ!! ときめかないと死んでしまうのよ!! だからどんなに顔がよかろうと金持ちだろうと性格がよかろうと……ときめきを感じない男なんて論外なのよ!! だから残念なことに私はあいつに全くときめいたことがないので、恋人なんて……ありえないわ」

      ****

 さて、原作ではここから先は、失意の体育教師が教え子の勧めを受けて『ときめきのプロ』の行動から何かを学び取ろうとする姿へとカメラが移るのだが……このSSでは引き続き生徒会室での会話の描写を続けさせていただく。

「雪路……お前、いくつだ?」
 高らかに乙女の理想を歌い上げる女教師にシニカルなツッコミを入れたのは、頭脳明晰にはほど遠いはずの元総理の孫娘だった。
「自分がアラサー目前の嫁き遅れだっていう自覚はあるのか? ときめきとやらを感じそうなイケメンが目の前に現れたとして、そいつがお前みたいな賞味期限切れの酒乱女を相手にすると思ってるのか? 世間知らずの女子高生じゃあるまいし、現実を見ろ、現実を」
「せ……世間知らずだなんて、あなたに言われたくないわよ!」
「み、美希、なにもそこまで……」
 誇らしげな宣言を容赦なく叩き潰された雪路は涙目を浮かべながら反論するが、その声はどこか弱々しい。美希の放った言葉の槍がことごとく急所に命中しているのは疑う余地もなかった。さすがのヒナギクも擁護の声を上げかけたのだが、美希の攻撃には更に続きがあった。
「それに私たちは薫先生と結婚しろって言ってるわけじゃない。生活習慣を変えるために、身近に異性の目を意識するような環境にしてみたらどうだって言ってるんだ。それをなんだ、さっきから聞いてりゃ相手の方が悪いと言わんばかりの逃げ口上ばっかり並べて」
「べ、別に逃げ口上じゃ……」
「まぁ確かに、白々しい言い訳だとは私も思ったけど」
「ヒナぁ! あなたお姉ちゃんを裏切る気なの?」
「だって生活習慣を改めたらって言い出したの、私だし」
 気がつくと孤立無援で集中砲火を浴びる図式に陥った雪路。だがタジタジになったのも一瞬のこと、修羅場をくぐった経験を持つ彼女は人の悪そうな笑顔を浮かべて反撃の口火を切った。
「そ、そこまで言うんだったら花菱さん、誰かいい男紹介してよ! あなただったらお金持ちの知り合いも多いんでしょ?!」
「バカ言え、3ヶ月前に酔っ払って社交会をぶち壊した(第9巻1話)のを忘れたのか? 私の紹介する相手に向かってあんなことをやられてたまるか、お断りだ」
「う、うぐぅ……」
 しかし早々とカウンターを食らって雪路は口ごもる。そして1歩下がると3歩踏み込んでくるのが、ツッコミの達人・花菱美希の恐ろしいところであった。バカなのに。
「それにだ。いい男に出会ったくらいで急に芋虫から蝶に変われるわけないだろ。ヒナみたいな完璧超人が側にいてもこの有様なんだから」
「…………」
「良い相手に出会えたところで、その相手に甘えちゃったら意味がないんだよ。むしろ少し抜けてる男、頼りない男くらいの方が、今の雪路には合ってるんじゃないか? 雪路の側から世話を焼きたくなる相手くらいのほうが、さ」
「……お姉ちゃんよりだらしない男の人が、身近にいればの話だけどね」
 複雑な表情でうなづくヒナギクの声を背に受けて、美希は最後の締めに入った。
「もう一度言うけど、薫先生なんかいいんじゃないのか? 付き合い長いんなら雪路がボロ出したって許してくれるだろうし、相手の悪い所だって知り尽くしてるんだろ? 一緒に成長していけばいいじゃないか。可愛い女としては落第でも、頼れる姉としてなら経験はそれなりにある訳だしさ」

      ****

 教え子に完膚なきまでに叩きのめされた雪路は、その夜ひとりで安酒を喉に流し込みながら宿直室でグチグチと文句を言っていた。
「何よ何よ、小娘のくせに勝手なことばっかり言って……なんで私があいつなんかと……」
 昼間は「ときめきを感じない」という主観的な口実をぶち上げたものの、実のところ京ノ介に対する感情はそう単純ではない。彼自身の「男性としての魅力」など実は問題ではないのだ。20年近くも幼なじみをやっていると、空気というか半ば家族というか……いろんな思い出やしがらみが多すぎて「異性」として意識するなんて今さら無理、というのが正直な気持ち。実の弟と夫婦になれと言われたら相性の善し悪しに関係なく反射的に鳥肌を立ててしまうような、そんな感覚に近いと言うのが本当のところなのである。
「そうよ、こないだイタリアに行った時だって……」
 期待が微塵もなかったといえば嘘になる。それなのに先に酔いつぶれた京ノ介は幼なじみの枠を結局超えようとはしなかった。あいつに誘ってもらった旅行だし、あいつがそれでいいならそれでいい。私は今の関係で十分満足してるし、変な横槍を入れてあいつとの仲がこじれるのも面倒だし。
「あ、そういやあの晩のあいつ、ポニーテールがどうとか言ってたっけ……?」
 あいつのことだ、どうせ2次元キャラのことだろう。それとも3次元で好きになった女がいて、その恋愛相談を私にしようとでも考えたんだろうか? 恋愛相談だったら牧村ちゃんにすればいいのに、わざわざイタリア旅行に誘ってまで私に相談しなくても……でもあいつにしたら他に相手が居なかったのかもなぁ、女の子の知り合いとか居なさそうだし。
「……ふふっ、本当に不器用なやつ……」
 1人でコップ酒を食らいながら、雪路は楽しそうに肩を震わせたのだった。


 そして翌朝。酔いの覚めた雪路の心は前夜よりずいぶん軽くなっていた。自堕落な生活を変えるために京ノ介と付き合うのも悪くないかなぁと思えるようになっていた。
『どうせ本命の相手でないのはお互い様なんだし……ヒナよりずっと手のかかる、出来の悪い弟が出来たと思えばいいのよね。せっかくイタリアで服を買ってきたんだから、少しは身奇麗にする手伝いでもしてやろうかしら。体育教師だからって年がら年中ジャージばっかりってのもアレだし』
 頭の中で流行のファッションと京ノ介の顔とを組み合わせ、これはないわーっと苦笑しながら次々とスライドを切り替える。そんな楽しい作業を職員室でこっそり繰り広げていた雪路の背中から、当の本人が声をかけた。
「よ!! 元気か? 雪路!!」
「あっ……」
 ところが。色々と想像していた雪路が振り返った先に居たのは、ジャージをまとった京ノ介ではなかった。彼が着ていたのは執事服、それも学院に通う男子生徒たちが普段着ている服と同じもの。
《空気読みなさいよ、このバカ―――っ!!》
 雪路は心の中で罵声を浴びせた。なんでよりによってこのタイミングで、生徒と同じ服なんか着て堂々と登校してくるのよ。あんたにとってジャージ以外の服はこれしか無いっての? 一緒にイタリアに行って買った服はどうしたのよ、こんな奴をコーディネートしてやろうなんて考えた自分がバカだった……さっきまでの自分の思考を全否定しながら、桂雪路は冷ややかな視線を同僚教師へと向けた。
「……誰かと結婚でもすんの?」
「いや、そうじゃなくて……」
 がっくりと肩を落として席に戻る京ノ介の背中から、雪路は「ふんっ」と勢いよく視線をそらしたのだった。


Fin.

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