ハヤテのごとく! SideStory
禁断のブーメラン
初出 2010年05月09日/公開停止 2010年05月13日
written by
双剣士
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原作270話の小ネタです。ハヤテとナギとマリアさんの3人しか出てこない、原作第1巻を思わせるオーソドックスな作品になりました。ハヤテSS執筆5周年にふさわしいのではないでしょうか。
※ この作品では「ハヤテが夜に1人でゆかりちゃんハウスに行く」という想定ですが、執筆後に発売された原作271話ではマリアさんが一緒についてくることが判明しました。そのため公開を停止いたします。
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「でも、もしクラウスさんが紫子さんと結婚してたら、どうなったんでしょうかね〜?」
三千院家のお屋敷を出て行くことになったナギたち主従の住まいとして、幼いころの紫子からもらったという古びたマンションを快く提供してくれた執事長のクラウス。ハヤテからその経緯を聞いたナギとマリアは『さすがは執事長』と出番の少ない老人のことを見直したのだが、その後にふと漏らしたハヤテのつぶやきを耳にした途端、全力で首を横に振った。
「いやいや、それは有り得ないだろ? 相手はあのクラウスだぞ、いくら母が物好きでもそれだけはないって」
「でも、クラウスさんの若いころってすごい2枚目でしたよ? さっき写真見せてもらいましたけど」
「そ、そりゃ外面は若かったかもしれないけど、でも中身はあのクラウスだろ? 堅物で変態でドジばっかの」
ハヤテは30年前のクラウスの写真を見せてもらっているし、当てのない家探しを助けてもらったと言う恩義もある。だがナギにとっては、クラウスとは白髪を生やしたヒゲ老人以外の何者でもなかった。生まれた頃からそういう彼の姿しか見ていないのだから無理もない。マリアにとってもそれは同様である。
「気色悪い想像をするな、ハヤテ! あんなのが私の父親になったらなんて、考えただけでゾッとする!」
「そ、そこまで嫌わなくてもいいじゃないですか……」
「そういえばクラウスさん、17歳当時の紫子さんの水着写真を始終ポケットに入れてるような方でしたね
(単行本21巻参照)
。紫子さんのことを大事に思うのは結構ですけど、さすがにあれはちょっと……」
「そ、そうだそうだ! それに今度は30年前に撮った母とのツーショット写真をひょいと見せてきたんだろ? ずっと持ち歩いてたってことじゃないか! 変態だ、ロリコンの動かぬ証拠だ!」
ナギもマリアも、当人が目の前にいないと思って好き勝手なことを言う。まぁ旧知の男性がもし自分の血縁だったらと言う話になると、女の子はだいたいこういう反応を示すものだが。
「いくら母のほうから言い出したとはいえ、年端も行かない女の子をたぶらかそうなんて変態にもほどがある!」
「クラウスさんは上手にはぐらかしてたみたいですけど……」
「でも結果として、当時の母が持っていた一番大事なものを掠め取ったわけだろ? 執事の風上にも置けないやつだ!」
「あ……あの、ナギ、もうそれくらいで……」
何かに気づいたマリアが制止するもナギの勢いは止まらない。変態だロリコンだ
不埒者
(
ふらちもの
)
だと言葉の限りを尽くしてナギはクラウスをののしった。そして途中から言葉少なになったハヤテに向かって、最後にこう大見得を切った。
「どうだハヤテ、クラウスが母と結婚するなんて有り得ないだろ? 執事の立場にある者が年下の女主人と一緒になるなんて、そんなこと許されるわけ……あ……」
「……そうですよね。お嬢さまの言うとおり、執事と主人の結婚なんて有り得ませんよね」
このときナギの瞳には、一瞬ハヤテが寂しげな笑いを浮かべたように見えた。言い過ぎたことに気づいたナギはあわてて取り繕おうとしたのだが……。
「……あ、いや、今のはあくまで一般論だからな? 場合によっては、勿論その、例外もあるっていうか……」
「お嬢さまのおっしゃるとおりです。守るべき主人になんと言われようと、たとえ嫌われようとも執事の職分を果たすべきなんですね、クラウスさんみたいに」
「あ、だから、いや、そのぉ……」
ナギは背中から大粒の汗を流していた。年齢の差、立場の差、そして執事のために一番大事なものを手放してしまった女主人……紫子とクラウスの間に立ちはだかる障壁は、そのまま自分とハヤテの関係にもブーメランのように跳ね返ってくることばかりなのだから。結婚は有り得ないなんて全力で否定してしまったら、自分に向かって熱烈な告白をしてくれたハヤテの立つ瀬がない。
「ナギ……」
心配そうなマリアの声が背後から聞こえてくる。失策を悟ったナギはフォローの言葉を探したが、カラカラに乾いた口からは何の言葉も出てこない。
「お前は私と結婚してもいいんだからな」
そう言えれば楽になれるのに、生来の負けん気が邪魔をする。僕はそんな障害には負けませんって何故言ってくれないんだ、そんな詰まらない意地がナギの喉元を凍りつかせていた。そして少女の葛藤を知る由もない借金執事は、明るい(ナギの目には泣くのをこらえているような)表情で敬礼をした。
「安心してください。お嬢さまに好きな人ができるまで、僕がしっかりお守りしますから。それじゃ今夜は1人でマンションに泊まってきますね」
「ま、待て、ハヤテぇ!!」
「どうしよう、ハヤテを傷つけてしまった……」
その日の夜。鏡台で髪をとかすマリアの傍らで、枕を抱いてベッドに転がったままのナギはぶつぶつと独り言を繰り返していた。
「ハヤテは私のことが好きなのに、まるでそれを拒絶するような態度を取ってしまった……さっさと私の前から立ち去ったのもそれが理由だろう。きっと今ごろ1人で落ち込んでるに違いない」
《……ハヤテ君はさっきの会話なんて、ケロッと忘れてるでしょうけどね……》
ナギとハヤテの関係が危うい勘違いの上に立脚していることをマリアだけは知っている。だが彼女は小さな主人の勘違いを訂正しようとはしなかった。その小さな勘違いに少女がどれだけ救われてきたかをマリアは見てきたし、自分のお屋敷から追い出されるという今回の事態に際しても動揺を見せないのは少年への全幅の信頼があるゆえだと知っていたからである。しかしそれだけに、その小さな爆弾が炸裂しないよう細心の注意を払う必要がある。マリアは落ち着いた口調でナギの思考を促した。
「で、どうするんですか? ハヤテ君、クラウスさんのことをお手本にしてるみたいですから……一生独身を貫く覚悟なのかもしれませんよ?」
「い、いくらなんでもそれはないだろ? なにもそこまでクラウスの真似しなくたって」
「でも1億5千万円の借金もあることですし、西沢さんからの告白も断ったって聞きましたからね」
「と、当然だろ! 私というものがありながら、ハムスターになびくなんてこと……」
マリアはあえて言葉を返さなかった。以前のナギなら
「ハヤテは私にゾッコンなんだから」
で済んだろう。しかし今日の会話を聞いたナギの脳裏には、それとは別の考えが駆け巡っているに違いない。かといって忠誠心と恋愛感情との境目を、あまりはっきりした言葉で本人に確認されても困ってしまうわけで……十分に時間を置いてからマリアはひとつの提案をした。
「だったら……紫子さんを見習って、結納品を贈ってみるというのはどうですか?」
****
翌朝。古びたマンションから三千院家に戻ってきたハヤテを、庭掃除をしていたマリアが呼び止めた。
「ハヤテ君、ちょっと……ナギに会う前に、お話ししておきたいことが」
「何ですか、マリアさん?」
「これからナギがハヤテ君にプレゼントをすると思うんですけど……絶対に受け取らないで欲しいんですよ」
「えっ?」
そして、ハヤテとマリアの会話から15分後。
「え、えぇーと、実はな、ハヤテ。ゆうべ考えたんだが」
昨夜のマンションでの出来事についてハヤテからの報告を聞き終えた三千院ナギは、椅子にふんぞり返りながら少し言いにくそうに切り出した。
「知っての通り、私はもうこの家の遺産を継げる人間じゃない。形の上ではハヤテの主人だけど、もうお給金どころか住むところすらあてがってやれない立場だ。だから……私の側にいるのが嫌なら、いつでも出ていってくれていいんだぞ」
「な、なに言ってるんですか、お嬢さま! 僕がお嬢さまを置いて行くわけ……」
「そうだな。ハヤテは私に借金があるんだもんな」
そう言って1億5千万円の借用証をテーブルに置くナギ。古参の読者ですら忘れかけていた原作設定の断片が、いま主人公の目の前に差し出されている。
「今となっては、あのジジイと関係なしに私が持ってる高額なものと言ったら、これだけなんだ」
「…………」
「フェアじゃないなって思ったんだ。マリアは自分の意志で私の元に残ってくれたけど、ハヤテは選ぶ権利すらないなんて、な」
そうつぶやいた元大富豪のお嬢さまは、腕組みしながらそっぽを向いた。それは内心の不安を隠すための彼女の仕草だった。
「やるよ、それ」
「……え?」
「お給金が出せない以上、40年の返済計画はパァだ。つまりこの借用証はハヤテの一生を縛ってるに等しい……私はそんな理由で、お前に側にいて欲しくない」
「……お嬢さま……」
ナギは横を向いたまま固く
目蓋
(
まぶた
)
を閉じていた。その目尻から一条の涙が滴り落ち、震える少女の口元に吸い込まれていった。
「どうした、もう好きなようにしていいんだぞ? ここを出て誰かの家に転がり込むのもよし、クラウスと一緒にジジイの屋敷に勤めるのもよし……それともここで、私と一緒に……」
「そんなの、考えるまでもありませんよ」
ハヤテは借用証をそっとナギの手に戻しながら、優しい笑顔で語りかけた。
「お嬢さまには本当に沢山のものをいただきました。借金取りから助けていただいただけじゃありません、人を信じられなくなってた僕のことを救ってくれましたし、たくさんの人との出会いや触れ合いをプレゼントしてくれました。昔の恩人を助けるためのチャンスも与えてくださいました……これじゃ一生かけても返しきれないかも知れませんね」
「ハヤテ……」
「約束したじゃないですか。お嬢さまの未来を、一生かけて守るって……この紙切れはその証です。持っておいてください」
「ハ、ハヤテぇ〜」
感極まったナギは泣きながらハヤテに抱きついた。少年が恩義と忠義の思いから発した誓いを、少女は愛情ゆえの照れ隠しの言葉として受け止める。2人の間に横たわる誤解に何の進展もないまま、こうして2人は表向き美しい大団円を迎えたのだった。
こうして満足したナギがゲーム部屋に閉じこもった後、自由人になり損ねた借金執事は美しきハウスメイドに感謝の言葉を述べた。
「いやぁ、マリアさんのおかげで助かりましたよ。ありがとうございます」
「さすがですねハヤテ君、すっかりナギの扱いがうまくなって……でも借金がチャラになるって聞いたとき、少しくらいは心が動いたんじゃありません?」
「とんでもないですよ、お嬢さまを守りたいって言うのは僕の本心ですから」
頭をかきながら照れたように笑う少年のことを、マリアは微笑みながら見つめた。これなら安心してナギのことを任せられますね……そう胸をなでおろすマリア。ところが気を緩めたその瞬間、アドバイザー役だったはずのマリアの耳に予想外の台詞が飛び込んできた。
「それに、マリアさんとも約束しましたからね」
「……えっ?」
「約束したじゃないですか、マリアさんの誕生日には素敵なプレゼントを贈るって……だから今ここを出て行くわけには行かないんです」
「ハ、ハヤテ君……」
こうして天然ジゴロの一言は、防御不能の殺し文句となってウブなメイドさんのハートを直撃したのだった。もちろん言葉を発した当人に「約束したことは守らなきゃ」以上の他意など無かったことは言うまでもない。
Fin.
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