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メタモルフォーゼ

初出 2008年06月28日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この物語は鬱っぽい表現を多く含みます。読んでて気分の悪くなった方は、即座にブラウザを閉じてください。

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 人類はみな平等だという。人間の命は地球より重いなんて言う人もいる。でもそんなの嘘っぱちだ。ことさらに連呼し強調しなきゃいけないってこと自体が、その言葉が絵空事である何よりの証拠じゃないか。
 人間は平等なんかじゃない。生まれながらにして才能や美貌や幸運に恵まれた人は確かにいる。知恵や努力によって高みへと登りつめた人もいる。だけどその反面、何の取り柄もないどころか存在自体が無意味な人間もいる。すごい人たちがステージで華やかに脚光を浴びているとき、それを見つめている聴衆の足元で無意識のうちに踏みつぶされている蟻や石ころのような、決定的に存在価値のない人間。そこに居ようが居まいが誰からも注意を払われず、その場の空気を1mgたりとも変えることのない透明な影を持つ人間。いっそ有害で反社会的なことでもしない限り、誰からも関心を持ってもらえないまま無益な一生を終えるしかない、水と酸素と食物を無駄に消費し続けるだけのハタ迷惑な有機体。
 この私が、そうだ。


 思えば小さい頃から、私は可愛げのない子供だった。
 仲のいい友達を作ったり他愛のないことで笑いあうのが子供の頃から苦手だった。クラス替えの直後には話しかけてくれるクラスメートもいたけれど、それも最初のうちだけ。話しかけられても気の利いた返事なんてできないし、こちらから話しかけようにも何を話したらいいか分からない。まごまごしてるうちにクラスメートは他の子とのおしゃべりに向かってしまって、頭の中をぐるぐる回っていた返事の言葉は行き場をなくして消えてしまう。
 そんなことを1週間も繰り返しているうち、クラスの仲良しグループが次第に固まってくる。グループからあふれた子たちはどうにか居場所を作ろうと焦りの色を浮かべ、ときにはあふれた者同士で新しいグループを作る。私の周囲で繰り広げられるいつもの光景だけど、いつだって私自身は傍観者に過ぎなかった。友達のいない寂しさよりも、友達を作ろうとして失敗して傷つくほうを恐れる、私はそんなタイプの子だった。
 やがて誰も味方のいない私には、学級委員長とかゴミ捨て役のように皆が嫌がり押し付けあうような役目ばかり回ってくるようになる。拗ねたところで誰も同情なんてしてくれないから真面目にこなしていると、先生からは大人しい優等生として誉められる。それによってますますクラスメートとの溝が広がる。お昼休みや放課後に誰ともおしゃべりしない孤高の優等生。前のクラスの子の顔と名前なんて進級したらすぐ忘れてしまう、その程度の繋がりしか築いてこなかった私の学生時代。
 幸か不幸か、一人娘の私には時間とお金だけはあった。寄り道せずに自宅に帰った私はアニメとぬいぐるみで心の隙間を埋めた。いつしか私の寝室は大小のぬいぐるみで埋め尽くされ、脳みそには流行歌や年頃らしい言い回しの代わりにアニメや本から得たヲタクっぽい台詞ばかりが詰め込まれていた。寂しいという感情なんて随分昔に擦り切れてしまった。これが私の暮らし方、手の届かないものに嫉妬するよりは手に入るものを思いっきり楽しもう……えぇ、そんな風に考えていた時期が、私にもありました。


 『人』という漢字は2人が支えあってる様子から作られた文字だと国語の授業で教わった。『人間』とは人と人の間で生きるという意味なんだと社会の授業でも言っていた。そしてそんな話をする先生たちは決まって『だから友達は大切にしなさい』と得意そうな表情で教え諭すのだった。
 でも私はそういう説教を聞くのが苦痛だった。友達の作れないお前は人間未満だ、皆が普通に出来ることすら出来ない落伍者なんだと言われてる気がしてならなかった。人並みのことができない自分が友達を作ろうとしたって相手の足を引っ張るだけ、迷惑がられるくらいなら無視され放っとかれてる現状のほうがマシ。どんどん自己卑下を強めていった私はますます自分1人で出来る趣味に没頭し、一層クラスメートとの距離を広げていった。
 いじめとか対話拒否とか、そういう分かりやすい周囲との軋轢があれば先生や親とかに相談もできたかもしれない。しかし当時の私に対する周囲の反応は『空気扱い』だった。存在を否定はしないが認識もしない。必要な時は利用もするけれど普段はそこに居ないかのように振舞う。要は道端に転がってる石ころと同じだった。嫌われる価値すら自分にはないのかと落ち込んだりしたこともあったけど、話しても楽しいどころか雰囲気を悪くするだけだというのは自分でも自覚してることだったから文句は言えなかった。優等生という肩書きから学級委員や生徒会役員をしたこともあるけれど、そんなものが個性にも自慢にもならないことは私自身が承知していた。
 悪いのは周囲でも社会でもなく自分自身。どんなクラスに入っても私を取り巻く環境に変化がないのは、私が無意識にそうなるよう仕向けているから。妙にさといところのあった私はそう心の中で結論付けて、悪い方向へと向かう思考を断ち切った。だけど自分から変わっていこうという心境にはなれなかった。どうすればいいか分からないというのもあるし、せっかく私抜きで安定し楽しくやってる人たちに横やりを入れるのも悪いと思ったし……なにより自分から動いても周囲に波風ひとつ立たないという現実に直面するのが怖かった。そんな残酷な事実に立ち向かうくらいなら二次元の世界に没頭していたほうが気楽だと本気で考えていた。あぁ全く、認めたくはないものだな、若さ故の過ちというものを。


 そんな生活に転機が訪れたのは、ほんの数日前のことだった。友達がいなくたってお金さえあれば成人するまで周囲に迷惑をかけずに生きていけると思っていたのに、その前提が足元から崩れてしまう出来事。当然ながら名門私立校になんて通っていられなくなる。それどころか放っておけば家族3人で餓え死にするのみ。
 こうなってくると、さすがに無能だの石ころだのと逃げ回ってるわけには行かなくなった。少しでも家計の足しにしようとバイト先を探すことにしたのだけど、パラパラとアルバイト情報誌をめくっていると数分もしないうちに気が滅入ってきた。バイトってそんな簡単に務まるものだろうか? 何の取り柄も経験もない私なんかに、果たしてお給料を払ってくれる雇い主がいるんだろうか。向こうだって教会や慈善炊き出しをやってるわけじゃなし、役に立たない女の子を相手にする時間なんてないんじゃないか……いつもの自虐思考が頭をもたげてくる。自分に何ができるかなんて観点でバイト探しをしてたら永遠にバイト先なんて見つからないような気がした。
《だったら……どうせなら、可愛いのがいいな》
 素のままの自分に価値なんてない以上、お金を稼ぐには仮面をかぶるしかない。どうせ偽るのなら本当の自分とは真逆の仮面をかぶりたかった。制服が可愛くてやり甲斐があって、人と会って話すのが楽しくなるような仕事がいい。とにかく今の自分と正反対の存在を装えば、雇い入れてくれる奇特な人も見つかるんじゃないかって思った。
 そんなことを考えながら商店街をふらついていて、偶然見つけた1軒のお店。そこでは私の憧れである可愛らしい制服を着た女の子たちが、私の理想とはほど遠いオドオドとした態度とギクシャクした仕草で接客をこなしていた。そんな様子を見た私の脳裏で何かがはじけた。
《なってない、全然なってないなっ、アレは!!》
 経験などないくせに妙に耳年増なところのある私は居てもたまらず、ほとんど衝動的にそのお店の扉をくぐったのだった。


 そして今。鏡の前には不機嫌な顔をした眼鏡の女の子が、可愛らしいけれど全く似合わない制服に身を包んで立ち尽くしている。他人の仕草にあれだけ文句をつけておきながら、いざ自分がその姿になってみると同レベルかそれ以下。情けない話としか言いようがないけど、でも今さら引き返すなんて出来なかった。私は鏡の向こうにいる臆病者に喝を入れた。
 まったく、なんて顔をしてるんだ? 戸惑いなんて捨てろ、冷静になんてなるな。そんな顔してたら誰も雇ってなんかくれないし、先輩たちに顔向けなんてできないぞ。顔を上げろ、眼鏡をはずせ、口を大きくあけて笑うんだ。この服を着ている間、お前は寡黙な優等生なんかじゃない、このメイドカフェの新人メイドなんだから。
 持ってても役に立たない羞恥心なんて捨ててしまえ。自分で勝手に限界を決めて小さな世界で満足してちゃダメだ。前を向け、胸を張れ! アニメや漫画に出てくるような、つらい時も悲しい時も笑顔で癒してくれる天真爛漫なメイドさん、お金を取るからにはそうでなきゃって自分でさっきそう言ったばかりじゃないか。余計なことを考えるな、出来る出来ないは問題じゃない。そんなのは自分で決めることじゃないだろう。
 過去の自分は捨てるんだ。とらわれるな、はじけてしまえ、新たな自分を解き放て!!


「お帰りなさいませ♥、ご主人さま――――♥♥
 今日はなんになさいます? コーヒー? 紅茶?
 それとも私の、え・が・お?♥」



Fin.

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