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ダブル・トライアングル

初出 2008年05月11日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この作品は、「花菱美希を応援する会〜みっきみきにしてあげる♪〜」に寄贈しました。



 それは瀬川家での一騒動の翌朝。珍しく早朝から学校に向かった花菱美希は、まだ誰もいない校門からの道をとぼとぼと歩きながら低い唸り声を上げていた。すべからく怠惰でおバカだったはずの彼女が抱えているのは恋の悩み、とはいっても本人ではなく友人のもの。
《まさか泉のやつが……泉がハヤ太君のことを好きだなんて、あくまでヒゲ親父向けの冗談のつもりだったのに……本人があんな反応をするとはな……》
 大切な親友、気楽に遊び笑いあえたはずの友人がふと見せた乙女らしい真っ赤な顔が、昨晩から美希の脳裏でリプレイされ続けていた。まったく調子が狂うったらありゃしない。ヒゲ親父にはどうにか誤魔化しきれたみたいだけど、あの一件で泉が自分の気持ちに気づいたのは確実。それに微妙な点が多々あるとはいえ、ハヤ太君は泉のために戦って勝ち残ったわけで……その記憶が時間がたつにつれ美化されて膨らんでしまう可能性は小さくない。
《困ったな……こうなってくると、今までみたいに脳天気にハヤ太君をからかう訳にはいかなくなるじゃないか》
 こんなこと泉には当然話せない。理沙は『ハヤ太君は私にゾッコンだろ?』とかボケるような奴だから頼りになんかならない。千桜は相談に乗れるほど泉の性格を知らないし、愛歌さんに至ってはSモードを発動させて小姑のように横槍を入れたがるのは目に見えてる。泉のことを良く知っていて口が堅く信頼できる相談相手というと……美希には1人しか思い浮かばなかった。
《ヒナだったら、きっと男らしくさっぱりした解決策を見つけてくれるに違いない》
 微妙に失礼な期待を抱きながら、美希は頭上にそびえたつ白皇学院の時計塔を見上げたのだった。


「なぁ、ヒナ」
「なぁに?」
 生徒会の書類にサインをする手を止めて、桂ヒナギクは親友のほうに顔を向けた。生徒会役員といいつつも仕事サボり常習犯の美希が、こんな早朝から生徒会室に来るなんて本当に珍しい。それでいて仕事を手伝うでもなく、ソファに座ったまま何かを言いたげに視線を上下させて……気の長いほうでないヒナギクは少々いらだっていたのだった、ようやく美希が口を開いてくれて安堵したくらいに。
「ちょっと、相談があるんだけど」
「いいわよ。どうしたの?」
「これはその……友人の話なんだ、友人の。名前は出せないけど、ヒナも良く知ってる友人のことなんだけどな」
 えらく前置きを強調した美希の物言いにヒナギクは内心でほくそえんだ。そういえばマリアさんに歩とのことを相談したときも、私はこんな言い方をしたんだっけ……そして女の子がこういう言い方をするときは、だいたい話題は決まってるものよね。
「友人がどうかしたの?」
「その……男ができたらしい」
「ふぅん、良かったじゃない。年頃なんだもの、彼氏の1人くらいいても不思議じゃないわよね」
 待ってましたとばかりにヒナギクは余裕の笑みを浮かべた。わずか数秒後にこの余裕がはじけ飛ぶことなど、このときヒナギクは夢想だにしていなかった。


 ヒナギクに余裕の表情を向けられて、ちょっとカチンときた美希。なに他人事みたいに喜んでるんだ、泉と私たちとの友情の危機なんだぞ。他の人に聞かれないために、わざわざ早朝を選んで相談に来たってのに……美希の声のトーンが思わず上がった。
「めでたいもんか。相手の男は借金もちの甲斐性無しなんだぞ!」
「えっ……?!」
「いや、それは友人から見たらたいした問題じゃないんだろうが……その男はいわゆる不幸体質で、ありとあらゆるトラブルを引き寄せるタイプなんだ。そのくせ体力と生命力だけは無駄にあるものだから、私たちも面白がってからかったり引っ掛けたりしてた相手でな……どうしたヒナ、口元が引きつってるけど?」
「う、ううん、なんでもないわよ」
 気ぜわしく顔の汗を拭くヒナギクを眺めながら、ようやく危機感を伝えられたと満足した美希は本題に移った。
「それでだ。その友人は物好きなことに、そんな不幸体質の甲斐性無しに惚れこんでしまったというわけだ。いわば私たちとの友情と、その男の子に対する恋慕との板ばさみという、ややこしい立場に入り込んでしまったらしい。なぁ、どうしたらいいと思う?」


 美希、あなたどこまで知っているの?
 ヒナギクは全身から噴き出す冷や汗を必死で抑えた。美希が言ってる男の子とは、どう考えても綾崎ハヤテその人に違いない。そして彼に惚れ込んでしまった美希の友人とは……昨日の瀬川家の一件を知らないヒナギクにとっては……桂ヒナギク本人を指してるようにしか思えなかった。
『ヒナは、どんなときでも格好よくなくちゃいけないんだから』
『東宮の坊ちゃんみたいに一方的な好意なら、いつものことでよかったんだけど……万が一2人きりでパーティーとかになったら……』
 美希とは長い付き合いである。自分に悪い虫がつかないようにと常日頃から警戒アンテナを張っていた彼女が、ヒナギクとハヤテの仲を素直に祝福してくれるとはとても思えない。このあいだのハヤテとのデートのことが、もし美希たちに筒抜けだったとしたら……ヒナギクは注意深く問いかけた。
「ねぇ、美希……どうして、私にそんな話をするの?」
「だってこんなこと、ヒナにしか話せないじゃないか」
 ああ、もう直接問いただすだけのネタは上がってるってことね……ヒナギクの顔からサァッと血の気が引く。ところがヒナギクの畏怖とは裏腹に、美希から厳しい追及は飛んでこなかった。どうやら今回の話は、恋心を白状させるのが目的ではないらしい。
「相手の男が全然知らない相手だったら良かったんだ。だけどその男の子には、本当に今まで好き放題してきたんだぞ、私たちは。面倒な仕事を押し付けたり喫茶店で女装させたり校舎から飛び降りさせたり、傍からみたらイジメと見られても仕方ないことばっかり。親友の彼氏になったその男の子に、これからどんな顔して会えばいい? 彼氏の味方に回りかねない友人との友情にヒビを入れないためには、私はどうしたらいいと思う?」


 危機感を共有してもらえたと思った美希は、一気呵成に昨夜からのモヤモヤをヒナギクに向かって吐き出した。実際こればかり考えて昨晩は眠れなかったのだ。いつものようにハヤ太君をからかったら泉が悲しい思いをするだろうし、かといって手の平を返したように親切にしだしたら小姑みたいで気持ち悪い。かといって泉の親友である立場上、この件に触れないまま過ごすわけにもいかない……ところが頼りのヒナギクはというと、なぜかピンボケな答えしか返さなかった。
「う〜ん、それは……そっとしておくしかないんじゃない? その友達の子だって、なんていうか、変に気を回されたりするの嫌がるでしょうし」
「だから言ったろう、その友人にも男の子にも我々は関わりすぎてるんだ。いまさら空気みたいに振る舞うようなことしたら、それこそ友人に余計な想像をさせてしまう」
「でも、こういうのって当人たちなりのペースとか事情ってあるし、無理に周囲が世話を焼くようなものでも……」
 ヒナらしくもない弱気な発言。ヒナがこれまで無敵を誇ってきたゆえんは、常に状況を動かしてきたことにあるんだぞ。今回に限り、手をつかねて状況に動かされるのを待つつもりなのか? おかしい、そんなの私のヒナじゃない。
「だけどな、静かに見守っていられない危険な要素もあるんだ」
 こうなったら多少大げさでも構うもんか。そう覚悟を決めた美希はヒナギクの真剣さを引き出すべく、泉たちを取り巻く状況をいくぶんデフォルメして語りかけた。
「まずそいつには保護者というか、お目付け役がいる。そのお目付け役は、友人と男の子が恋仲になることを絶対に許さないだろう。それだけでも厄介だってのに、男の子には友人とは別の愛人までいるんだ。いや男の子が浮気性というよりは、愛人の方から一方的に好き好き光線を浴びせかけられてるって感じなんだけどな」


 もちろん美希にとっては、お目付け役とは瀬川父、愛人とは虎鉄のことを意味している。しかし話を聞かされたヒナギクの受け取り方は違っていた。ヒナギクから見ればお目付け役とは三千院ナギ、愛人とは西沢歩のことに他ならない。実際そうとしか解釈しようがないのだ。だから続く美希の言葉を聞いて、ヒナギクは背筋を凍らせた。
「ヒナの言うように友人へのアプローチを遠慮するとなると……親友のために私たちがしてあげられることと言ったら、その愛人との仲を徹底的に破壊することだな。2度と男の子に近づこうとしないように、もう完膚なきまでに」
「ダ、ダメよそんなの!!」
 あんなにハヤテのことを一途に想っていて、裏切りの告白をしたときも笑って許してくれた歩。正々堂々と競争するって約束したのに、友人を使って恋路の妨害工作までしたとあっては自分は2度と陽の当たる世界を歩けなくなる。ヒナギクは思わず身を乗り出して美希の腕をつかみ揺さぶった。
「ダメったらダメ、そんなの絶対ダメなんだから! その愛人さんだって真剣なのよ、余計なことしちゃダメぇっ!!!」
「……し、しかし、私たちはあくまで友人の側に立つ人間なわけだし」
「それでもダメ! いい、余計なことしたらあなたとは絶交よ、美希!」


 予想外の展開に美希は面食らっていた。なんでヒナが虎鉄の肩なんか持つんだ? あんな鉄ヲタで変態な奴のどこに、必死になって擁護するような価値があるんだ? 恋の競争はフェアにすべきとかいう道徳的な価値観とは全然異質な、まるで鬼気迫るほどの勢いをヒナの態度からは感じる。さっきまでの事なかれ主義が嘘のよう。
「ヒ、ヒナがそこまで言うなら、やめておくけど……」
「絶対にやめてよ、約束だからね!」
「でも、親友の応援もダメ、愛人への妨害もダメとなると我々には本当に打つ手がないぞ。お目付け役はワガママ放題の絶対君主で、私たちでどうにかなる相手じゃないからな」
「何度もいうけど、そっと静かに見守るって手はないの?」
「ない。大切な親友が苦しむかもしれないってのに黙ってみているなんて出来ない。友人の恋を応援するか、傷が浅いうちに別れさせるか。あるいは愛人を邪魔することで間接的に友人を助けてやるか。取りうる道はその3つだけだ」
 泉たちに対して自分がどう振る舞うかって話題だったのに、いつの間にか泉とハヤテの恋をどう扱うかって話になっている。そのことに美希自身も気づいていなかった。


 一方のヒナギクは……あくまで頑固な美希の態度に、心の中でげんなりとしていた。美希の示した3つの選択肢はどれも容認できるものではない。ハヤテの方から告白してくれることを絶対条件としてるヒナギクにとっては周囲からの応援など有害無益だし、かといって邪魔されるのも嬉しくない。歩への妨害を絶対受け入れられないのはさっき述べたとおり。
『これは私と歩とハヤテ君の問題じゃない、どうしてそっとしておいてくれないのよ』
 そう言えたらどんなに楽だろう。でも付き合いの長いヒナギクには、多少暴走気味であるとはいえ、真剣に悩んでいる美希のことを無碍むげにするなんて出来なかった。歩の邪魔をするなんて言い出したときには思わず本気で怒ってしまったけど、でも心配すること自体が余計なお世話だから何もするななんて、そんな冷たいこと口に出せるわけもない。
 ……と考えを巡らせているうち、ヒナギクの頭に妙案が浮かんだ。
「4つ目の選択肢はないのかしら?」
「4つ目?」
「そう。愛人さんの邪魔をするんじゃなくて、逆に愛人さんと男の子の仲を取り持ってあげるの」
「な、何を言い出すんだヒナ! それでも友達か!」
 美希が驚くのは無理もない。しかし美希たちが何かしたいと譲らないのなら、ヒナギクにとって最も気持ちが楽なのはこの方法だった。もともと西沢歩は学校が違うっていうハンデをしょってるんだし、春からバイトでハヤテと一緒になれたといってもヒナギクと同じ立場に立っただけ。それにヒナギクは新年度からハヤテと同じクラスという、意図しないこととはいえ自分だけ有利なポイントをまた1つ手に入れてしまった……少しくらいバランスをとってあげた方がいいと思う。それに美希たちは商店街で歩と会ったことがあるんだから、歩の応援をしたって不自然じゃない立場だし。それどころか美希が本当にヒナギクとハヤテの仲を怪しんでるなら、むしろ喜んで歩のサポート役に回ってくれるかも。
「ほら、雨降って地固まるって言葉もあるじゃない? その友達が男の子と恋愛抜きの知り合いだったって言うんなら、少しくらいドラマチックな展開がないと素直になれるきっかけが見つからないかもしれないわよ?」
「しかし……友人を差し置いて、彼と愛人をくっつけるというのは……」
「その男の子にとっても試練よね、きっぱり愛人さんを振りきって優柔不断にケリをつけられるかどうかの。やっぱり周囲からのムードでなんとなく恋仲になるよりは、障害を自分で乗り越えたほうが強い絆が出来るんじゃないかって思うのよ。それに愛人さんだって、どっちつかずが続くよりは決着が早いほうがいいだろうし」
「う〜ん……」
 美希はしばらく思い悩んでいたが、やがて決然と顔を上げた。
「そうか、勝利は戦い取ってこそ価値があるんだもんな! やっぱりヒナに相談してよかった!」


 そしてその日から。美希たちはナギと一緒に教室でPSPに興じる振りをしながら、公然とクラスの仕事を綾崎ハヤテに押し付け始めた。そしてハヤテがプリントを抱えて職員室に向かうこと、用具を抱えて体育倉庫に向かうことなどを、積極的に虎鉄にリークし始めたのだ。
「なんだ綾崎、奇遇だなぁこんなとこで会えるなんて。やっぱり俺とお前は赤い糸で結ばれ……」
「だぁ〜、馴れ馴れしく抱きついてこないでください変態!」
 ハヤテの向かう先々で熱いラブコールがささやかれ、そのたびに轟音と火柱があがる。その立ち上る煙を遠目で眺めながら、花菱美希は隣でPSPを楽しそうに操作している瀬川泉にちらりと視線を向けた。
《本当にこれで、泉とハヤ太君の仲にドラマチックな展開を起こすことになるのかな……まぁでも、あのヒナが言うんだから間違いないか》


Fin.

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