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デンタル・マジカ

初出 2008年05月19日
written by 双剣士 (WebSite)
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 俺は 涙を流さない ダダッダァッ〜♪
 幽霊だから ゴーストだから ダダッダァッ〜♪
 だ〜けど分かるぜ 虫歯の痛み〜
 君と一緒に 悪を討つっ♪


 それは深夜の丑三つ時。楽しそうに歌い踊りまくる幽霊神父ことリィン・レジオスターの暴走に安眠を妨げられた鷺ノ宮伊澄は、寝ぼけまなこをこすりながら満月に照らされた鷺ノ宮家の縁側へと起きだした。
「神父さん……こんな真夜中に何をしてるんですか」
「おぉっ伊澄君、よく聞いてくれた。さっきから虫歯が痛くて眠れないのだよ、だから昔のアニメのテーマソングでも歌って気を紛らわそうと……」
「……永遠に目が覚めないようにしてあげましょうか?」
「ノーノーごめんなさい、もうしません」
 伊澄がお札をかざしたのを目にした幽霊神父は瞬時に態度を改めると、今度は泣き落としに移った。
「しかし伊澄君、虫歯が痛くて眠れないのは本当だ。なんとかならないもんかね」
「私に言われても困ります。虫歯は生活習慣の乱れの証ですから」
「そんな殺生な。そもそもこれは君の親友が作った虫歯なんだぞ」
 幽霊神父が愛沢咲夜の虫歯の痛みを引き受けたのは原作166話。そんなこともあったっけ、と半分眠ってる頭で伊澄が頷くと、幽霊神父は苦しげに顔をゆがめながら訴えかけた。
「そうとも、私は君の親友の身代わりで苦しんでるんだ! ここは親友を助けると思って手を貸してくれ、お願いだ!」
「……そうはいっても、幽霊の虫歯治療なんて聞いたことないですし。いっそ痛みも何も感じない世界に旅立ってはいかがです?」
「それは困る。マリアさんのパンチラフィギュアをようやくゲットしたばかりなんだ、第2弾のヒナギク版が出る6月中旬までは、あの世には行けんのだよ伊澄君」
 不謹慎ではあるが切実な幽霊神父の頼みを前にして、ちょっと可哀そうに思った伊澄だったが……そんな微妙な感情も睡魔には勝てない。くるりと背を向けた伊澄は、最後通告のつもりで言葉をかけた。
「とにかく私は眠ります。こんな真夜中に大騒ぎするのはやめてください」
「おとなしく我慢していれば力を貸してくれるのか、そうなのか伊澄君?」
「……おやすみなさい」
 障子を閉めた伊澄は布団へと倒れこみ、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。小さな少女退魔師の休息を、月の光と夜の静寂が優しく包み込んだ。鷺ノ宮家の庭には川の流れるさらさらとした音だけが残されたのだった。


 そして翌朝。朝食を終えた伊澄は自室で番茶をすすりながら幽霊神父と対峙していた。あれから幽霊神父は腫れあがった頬をさすりながらも呻き声ひとつ発しない。静かに我慢するという約束を神父が守ってくれた以上、伊澄としても無下にすることは出来なくなった。
「神父さんの虫歯を治療することは出来ませんが……誰か虫歯を持ってる人に憑依して、その人と一緒に歯医者さんに行けば治せるかも知れません」
「うん、正統派の解決策だな」
「問題は、誰に憑依すればいいか、なんですが……」
 鷺ノ宮家の一族に虫歯持ちは居ない。純和風の食生活をして渋い番茶を毎日のようにすすっているから虫歯菌の寄り付く隙がないのだ。そして虫歯のない人に憑依したのでは、歯医者さんに行っても治療のしようがない。
「それじゃ別の人をあたろう。そうだな、あの不幸体質の執事君とか……」
「ハヤテさまやナギに痛い思いをさせたりしたら私が許しません」
「じょ、冗談だよ伊澄君……」
 ほっぺたを押さえながら顔から冷や汗を流す、実に器用な芸当をしながら幽霊神父は狼狽した。一瞬だけ本気の殺気を放った伊澄は相手がビビってるのを見ると、すぐに表情を和らげた。
「もっともあの2人にはマリアさんがついてますから、歯磨きを忘れるようなことはないでしょうけど」
「確かに。虫歯がないのでは当てに出来ないな」
「生徒会長さんもきちんとした生活してそうですしね。神父さんが知ってる人で、虫歯が出来てもおかしくない乱れた生活習慣の人といったら……」


「は〜っくしょい! あうぅ寒っ……痛っ?!」
 宿直室の布団から跳ね起きた白皇学院の女教師こと桂雪路は、鈍い痛みを感じてほっぺたを押さえた。周囲には飲み空けた酒瓶とビールのアルミ缶そして弁当の容器が散乱している。誰にも遠慮のいらない独身女性の1人暮らし。ゴミの山に囲まれながら自由な暮らしを満喫していた彼女であったが……とうとうその代償を払うときが来たようだ。
《あらやだ、ひょっとして虫歯? そういや昨日は朝も夜も歯磨きしなかったっけ。でもたった一晩で、こんなに痛むなんてこと……これって虫歯とは違うわよね、きっと何か堅いものが歯茎に刺さって腫れちゃったんだわ、放っときゃそのうち直るわよ》
 自分の身に起きた異変を素直に認めないのは自堕落な人間の悪癖である。そんな自分の名前が遠く離れたお金持ちの屋敷で挙がっていることなど、雪路には想像も出来ないことだった。


『やっぱり思ったとおり、桂先生は虫歯持ちだったみたいですね』
『うむ、気の毒だがこちらにとっては好都合。では行ってくる』


 翌朝。幽霊神父ことリィン・レジオスターは白皇学院の宿直室に居た。ほっぺたからは虫歯の鈍い痛みが相変わらずズキンズキンと響いてくる。ただし昨日までと違うのは、今の彼は幽体ではなく肉体を持っているということ。しかも絶妙のプロポーションを誇る成人女性の肉体を。
《うむ、咲夜君の身体もなかなかだったが、この身体もいろいろと遊び甲斐が……》
 途端にズキンとうずく虫歯の痛み。それは遠くから念波を送る伊澄からの警告か、それとも天に居る誰かからのエッチ路線禁止のお達しか。
《……し、仕方がない。本来の目的を果たすとしよう》
 立ち上がった桂雪路こと幽霊神父は、その足で最寄の歯医者へと向かった。1度の診察では完全に直らないだろうが、痛み止めをうってもらえば当座はしのげる。そうなったらこの身体は持ち主に返してやろう……だがそんな幽霊神父のもくろみは30分もしないうちに打ち砕かれ、彼(彼女)はとぼとぼと来た道を引き返すことになるのだった。


「……というわけで、歯医者に行きたいのでお金を貸してください」
「知らないわよバカーッ!!!」
 例によって例のごとく、時計塔の屋上に無敵の生徒会長の怒鳴り声が鳴り響く。所持金12円で歯医者から門前払いされて、軍資金補充のためにやってきた学院の生徒会室。身体の持ち主の記憶によれば、ここにくれば無尽蔵にお金を借りられるはずなのだが……幽霊神父は雪路の記憶をたどりながら、たどたどしく哀願の声をあげた。
「そんな、お願いよヒナ! 歯が痛いの、眠れないの、ジンジンするの!」
「ちゃんと歯磨きしないのが悪いんでしょ! 自業自得よ、お給料日まで我慢しなさい!」
「そんな、死んじゃう!」
 恥も外聞もなく土下座する雪路を前にして、ふんとそっぽを向くヒナギク。しかし取り付く島もなく拒絶してるようでいて、ちらちらと視線をこちらに振っていることに幽霊神父は気づいた。なんだかんだいっても目の前の少女は姉を見捨てることなんて出来ないらしい。よし、この女は堕とせるっ!!
「痛たたたたぁぁ〜〜」
 頬を押さえてごろごろと床の上を転がりまわる雪路。ボロボロと涙を流し、苦しそうに呻き声を上げてのたうち回りながら幽霊神父はピンクの髪の少女の反応を待った。しかし少女の反応は変わらない。
「お姉ちゃん、わざとらしい演技はやめてくれる?」
「演技なんかじゃないわよ、本当に痛いんだってば!!」
「先月は食あたり、先々月は盲腸、その前は恩師のお葬式だっけ? お姉ちゃんがお金を借りるために何でもするってことは分かってるの。どうせ今回だってお酒を買うお金にするんでしょ? 長年付き合ってきた妹をナメないでくれるかしら」
「そ、そんな……」
 こいつは今までどんな人生を送ってきたんだ? 幽霊神父は愕然としたが、いまさら演技をやめるわけにもいかない。歯医者に行かなきゃならないのは事実なのだから。こうなったら作戦変更といこうか。
「ヒナぁ、私たち世界で2人っきりの姉妹じゃない、困ったときは助け合おうよ」
「…………」
「信じてくれないならそれでもいい。歯医者まで一緒についてきてくれてもいいから、ね? お願いだからお金を貸してよ、こんなに痛くちゃ仕事だって出来ないんだから!」
「…………」
 ヒナギクの反論が止まってる。やはり哀れさを演出するより肉親の情を前面に出すのが得策か。どうせ仮の肉体だと割り切ってる幽霊神父は、存分に涙を流しながら次から次へと譲歩を重ねた。
「お願い、歯医者さんに行かせてくれたら来月のお給料で返すから! いや、今までの借金だって全部返すから!」
「…………」
「この痛みから助け出してもらえるなら、心を入れ替えて頑張るから! 本当よ、信じてヒナ!」
「……本当?」
「本当よ、この眼を見て! 嘘をついてるように見える?」
「……わかったわ」
 勝った、と幽霊神父は喝采をあげた。


 ところが、妹と手をつないで歯医者に向かう途中で、雪路こと幽霊神父は意外な人物に出会う。
「あれ、桂じゃないか。姉妹そろってとは珍しい」
「こんにちは、薫先生」
 幼馴染で同僚にして金づる。身体の持ち主の記憶では、目の前の青年の立場はそうなっている。とりあえず妹から治療費を借りられる現時点ではスルーしていい人物……のはずだった。だが彼が抱えていた紙袋の中身がちらりと見えた瞬間に、幽霊神父は自分の立場を忘れた。
「それっ! 超レアものの限定フィギュアじゃないかっ!」
「えっ? 雪路お前、こんなのには興味ないって……」
「どこで買った? まだ残ってるのか? つーか交換用の猫耳パーツは当然買ってあるんだろうなっ!! 売り切れないうちに行くぞ、案内しろ! なぁに金ならある、今ならな!!」
 ヲタクの情熱丸出しにして目を輝かせる雪路と、そんな彼女の態度に眼を丸くする薫京ノ介。そしてその背後では……黒いオーラを立ち上らせたヒナギクが、全身を震わせながら木刀・正宗を大上段に振りかぶっていた。
「お、お……お姉ちゃんの、バカーッ!!!」


 ……気がつくと幽霊神父は鷺ノ宮家にいた。呆れ顔で見つめる伊澄に向かって彼は状況を問いかけた。
「正宗に打ち込まれては、先生の身体に取りついたままでいることなんて出来ません……私がとっさに呼び戻さなかったら、本当に成仏するところだったんですよ、神父さん」
「そ、そうだったのか、思わず我を忘れてしまって……あれ、歯が痛くないぞ?」
「長いこと憑依してるうちに桂先生の虫歯と同化したみたいですね。まぁ先生はどっちにしても歯医者に行かなきゃならなかったんですし、あちらに移したままでも良かったんじゃないでしょうか」
「そうか……いろいろ世話をかけたな、伊澄君」
「まったくです」
 頭を下げる幽霊神父にぷんと頬を膨らませた伊澄は、やがてぷぷっと吹き出した。つられて幽霊神父も笑い出し、2人の(傍目には1人きりの)楽しげな笑い声が鷺ノ宮家の一室に広がった。これで万事解決、世は全て事もなし……と喜んだのもつかの間。
「伊澄お嬢さま、三千院家から電話が……」
「ハヤテさまから?」
 黒服の持ってきた電話機を受け取った伊澄。彼女の耳に飛び込んできたのは、困ったような照れたような少年の声だった。
「あ、伊澄さんですか? すみません、いま咲夜さんの妹さんがお屋敷に来てまして……歯医者に行けとお父様がうるさいから家出してきたそうなんです。なんでも同じ理由でここに来た咲夜さんが一晩で虫歯を治して帰ったのを聞いて、僕を頼れば同じことをしてもらえるって期待してるみたいなんですが……あの、神父さんはそこにいますか?」
 伊澄は幽霊神父と顔を見合わせた。


Fin.

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