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乙女の逆鱗4

初出 2008年02月28日
written by 双剣士 (WebSite)
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「よし、決めた!! 落ち込んでても仕方ないから……今日から私は、心優しい女になる!!!」
 バイト先での会話で普段の自分の態度を反省した桂ヒナギクの一大決心。だが鉄は熱いうちに打ての格言どおり、怒りっぽい彼女が少女漫画のヒロインめいたオーラをまとうようになるには、ひとつの大きな試練を乗り越える必要があった。これは原作中で描かれなかった、決意の翌朝に起こった物語である。


「おはよう、日比野さん」
「あー、おはようございますぅ、パンツ丸見えの人」
「ちょっ……!!」
 待って、待ちなさい桂ヒナギク。あなたは心優しい女になるんでしょ、この程度のことで切れてちゃダメよ。
「も……もう、しょうがないわね。あなたも高校生なんだからちゃんとした呼び方を覚えないと。このあいだ自己紹介したでしょう?」
「あ、そうでしたっけ、えーと確かあの時は、デコっ広なちっちゃい人と男の子みたいな喋り方のノッポの人が一緒にいて……」
「ひ、日比野さん? もうちょっと何というか、言い方ってもんが……」
「……そうそう、アダルティで黒いパンツの話をしたんでした!」
「くっ……」
 覚えてるのはそこだけかっ! と反射的に振り上げそうになった拳をヒナギクはかろうじて抑えた。我慢よ我慢、下級生相手に鉄拳制裁なんてしたら怖がらせるだけじゃない。この子には悪気なんて無いんだから……たぶん。
「そうじゃなくて……覚えてない? 私、この学院の生徒会長なんだけど」
「あ、そうそう、そうでした! 木の上から回転しながら飛び降りる、オサルさんみたいな生徒会長さん!」
「あ、あのねぇ……」
「そんでもって顔に傷なんかつけちゃった人ですよね? やっと思い出しました!」
 満面の笑顔でうんうんと首を振る日比野文ひびの ふみを前にして、ヒナギクのほうはげんなりと脱力していた。どうやらこの子は、出会ったときの印象が全てで名前のことなんて欠片も覚えていないらしい。まぁいいわ、パンツ丸見えと呼ばれるよりはマシな方向に来てるし……ここは優しい上級生らしく、正しい言葉遣いというものを教えてあげようじゃない。
「そうじゃなくて。私の名前は桂ヒナギク。下の名前で呼んでくれていいから」
「かつら……ひまつぶしさん?」
「ヒナギク!! あなた人の名前も……」
 思わず上げてしまった怒鳴り声をあわてて押し殺す生徒会長。出口を失ったエネルギーは下級生の肩に置かれた手の平へと伝わり、天然少女の鎖骨をきしませた。なにしろ剣道部エースが無意識のうちに放った握力である。壷ひとつ持ち上げるだけでもふらつく非力少女に耐えられるはずもない。
「い、い、痛いですぅ」
「あ、ああ、ごめんなさい」
 あわてて手を放したヒナギクの前で、文は両肩を押さえてうずくまった。そして恨めしそうに涙を溜めた目で見あげながら、今度は天然とはちがう固い意思を込めた言葉を放った。
「かつら……暴力女さん」
「ち、違うわよ。今のはちょっとした弾みで……オホホホホホ」
 自分がどんどん汚れていくのを否応なく自覚させられていくヒナギクであった。


「おはよう、文ちゃん」
「あ、シャルナちゃん! 聞いて聞いて、この暴力女さんがね……」
 重苦しい空気の中に平然と割り込んできた浅黒い肌の少女。たしかインドからの留学生とか言ってたっけ……と記憶の回路をつなぎなおしているうちに、異国から来たツッコミ少女は丁寧な仕草で一礼した。
「おはようございます、生徒会長さん」
「あ……お、おはよう、シャルナさん」
「すみません、文ちゃんはいじってる分には面白い子なんですけど……心に余裕のない人にとっては、毒を吐いて歩いてるみたいなとこがありまして」
 言ってることは当たってるけど、あなたの毒吐きも大概よ……そう鼻白んだヒナギクは、やがてシャルナの言葉が文だけでなく自分のことまで揶揄してるように思えて微妙な気分になった。しかし2度と声を荒らげるわけにはいかない。せっかく心優しい女になると決意したのに、いきなり暴力女呼ばわりされるのは困るのだ。なんとか誤解を解いておかないと。
「あの……ごめんなさい、大丈夫だった?」
「うぅ……」
「ほら文ちゃん、オオカミに手を差し伸べられたウサギさんみたいな顔をしないで」
 シャルナの説得の仕方に微妙に傷つきながらも、ヒナギクは努めて優しげな笑顔を作った。もやもやした思いをお腹の奥底に封じ込め、胸の鉄板で蓋をする。日頃から自然な形で努力を積み重ねてきた彼女にとっても、これはなかなかの苦行であった。
「だって、パンツ女さんって呼んだら怒るし……」
「お……怒らないわよ、怒らないってば、オホホホ……」
「オサルさんみたいって言ったら怒ったし……」
「そ、そうだったかしら? オホホホ……」
「……そこは怒って当然だと思いますけど」
 シャルナの冷静な突っ込みに、付け焼刃なヒナギクの笑顔は一瞬にして凍りついた。
「いくらなんでも失礼でしょ。文ちゃんだってパンツ女なんて言われるのイヤじゃない?」
「でも私、パンツ丸見えにして歩いてないし」
「歩いてなんか……い、いいえ、オホホホ」
 自分の暴発をせき止めるのにも次第に慣れてきたヒナギク。
「そうじゃなくて、ちゃんと名前で呼べばいいじゃない。先輩なんだから」
「だってややこしい名前なんだもん、この人」
「えっと、生徒会長さん……失礼ですが、お名前は?」
「桂ヒナギク」
「かつら、ひみゃ……外人の私には発音しにくい名前ですね、確かに」
 嘘つけぇえぇぇー、とヒナギクはお腹の底で木刀正宗を振り回した。ここまでさんざん流暢りゅうちょうな日本語を喋りまくっておいて、いまさら外人も何もないでしょうに。
「だったら生徒会長さんって呼べばいいのよ。あるいは会長さんとか」
「……そっか、かいちょーさん! かいちょーさんで良かったんだ!」
「え、えぇ、そうね」
 ようやく立ち上がった日比野文は、嬉しそうに「かいちょーさん」「かいちょーさん」と連呼しながらヒナギクの手を握って振り回した。あまりのテンションの違いにヒナギクはオロオロとするばかり。
「わかりました! これからかいちょーさんって呼びます! かいちょーさん」
「え、えぇ、分かってくれて嬉しいわ、日比野さん」
「それじゃお先に失礼します、黒くてアダルティなかいちょーさん!」
「ぶっ……!!!」
 最後に爆弾を落としてから、文は楽しそうに学校へと駆け込んでいった。そして喉から湧き上がる何かを必死で押しとどめるヒナギクの脇を、色黒のツッコミ少女がさりげなく駆け抜けていった。
「それじゃ私もお先に……あの、あまり気になさらないでください。文ちゃんはつい本当のことを言ってしまうだけなんですから」


 2人の下級生が巻き起こしていった暴風雨を、どうにかお腹の中で封じきることに成功した桂ヒナギク。ふと顔をあげた彼女の目の前には晴れやかな朝の風景が広がっていた。鳥の鳴き声、舞い散る桜の花びら、時計台の鐘の音、通り過ぎる生徒たちの雑踏……その全てが愛おしく穏やかに感じられる。人類はみな兄弟、世はすべて平穏にして事もなし。かつてないほど清々しい気分に包まれたヒナギクは、朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら学院への道を歩き始めたのだった。
《そうよ私は心の優しい女なの。あの竜巻に耐え抜いたんですもの、何を言われたって怖くなんかないわ》

 そう、今のヒナギクにとっては姉の浪費癖もティーカップの破損も、もはやたいした出来事ではなくなっていたのである。
 もっとも彼女自身がそれでよくても、そんな彼女を見た周囲のほうは逆にやきもきすることになるのだが……それはまた、別の物語になる。


Fin.

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