ハヤテのごとく! SideStory  RSS2.0

運命は、ドイツ語で言うとシクジール

初出 2007年04月09日
written by 双剣士 (WebSite)
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 今週の連載122話はツッコミ所が満載。妄想を押さえ込めなかったので、今回はオムニバス形式でお届けします。
 ちなみにエピソード1は第2話(単行本1巻所載)を、エピソード4は連載100話(単行本10巻所載)の知識を前提としています。ご存じない方にはオチが分からないかもしれません、ごめんなさい。
 あ、それから突っ込まれる前に書いておきますが、「運命」のドイツ語はシクジールではなく、シクザール(Schicksal)です。お間違えなきよう。



エピソード1.時速120キロってレベルじゃねーぞ


「ハヤテさまはナギのヒーローだから……だから私がどんな所にでも……ハヤテさまをナギの所に送ってさしあげますから。ナギを……助けてあげてくださいね」
「伊澄さん……」
 静かで切ない口付けの後、神々しい輝きを全身から放ちながら慈母のような面持ちで見上げてくる鷺ノ宮伊澄。親友を思いやる少女の決意を目の当たりにした綾崎ハヤテに、もはや迷う暇などなかった。小さな主人を乗せたまま地球を飛び立ってゆく宇宙船を追いかけなくてはならない、そのためにはどんな代償だって……少年は少女の霊力を借りて、生身のまま宇宙へと飛び上がったのだった。


「このままお別れなんてダメなのだ……喧嘩したままなのだ、喧嘩したまま……喧嘩したまま会えなくなるなんて、そんなの母だけで十分なのだ……」
 下田温泉、伊豆半島、日本列島、北東アジア、太平洋、地球……宇宙船の窓越しの光景がみるみる小さくなっていくのを見つめながら、三千院ナギは後悔の涙を流していた。ちょっと意地を張ったばかりに取り返しのつかない事態になってしまった。自分の好きだった人たちとはもう二度と会えない。楽しかった日々も腹立たしかった出来事も、もう二度と戻ってこない……こんなところまでは無理だと分かっていながらも、それでも少女は声を限りに叫んだ。呼べばいつでも来てくれる愛しい少年の名を。
「ハヤテ──────!!」


 気がつくとそこは、何もない空間だった。身を切るような寒さとジェットコースターから滑り落ちるような墜落感とをこらえながら綾崎ハヤテは周囲を見渡した。
「ここは……?」
 しゃべって空気を吐き出した途端に息苦しさが倍増する。ナギの乗った宇宙船へと送り込まれるはずだったハヤテの身体は、予想に反して何もない宇宙空間を漂っていた。マンガ的にはあっさり宇宙船に乗り込めるはずだったのに、と首をかしげた少年の脳裏に電光が走った。そういえば自分を送り出してくれた光の巫女は、一族そろって大変な方向音痴だったということを。
《え、僕、これで死ぬの? こんなエンディングってあり?》
 生身のまま宇宙空間に放り出されてしまった少年。体内の空気圧でカエルのように破裂するというのは俗説としても、呼吸もできず移動手段も持たない彼の余命などタカが知れている。絶望に沈みかけた少年の視界の片隅に、猛スピードで近づいてくる白い何かが映った。あの宇宙船の形は確か……。
《お嬢さまの乗った宇宙船だ! よぉし、なんとかあれに乗れれば……》


「ハヤテ!」
 虚空を漂う少年執事の姿がどんどん大きくなっていく。ナギは宇宙船の中から彼の名を呼んだ。
「ここだ! 私はここだ!」


「お嬢さま! 助けに来まし……」
 宇宙船から見えやすいよう精一杯身体をばたつかせるハヤテ。そんな彼の眼に映る宇宙船は、あっという間に大きくなって……。
「ふぎゃっ!!!」
 秒速8キロを超える地球重力圏脱出速度そのままの勢いで、少年執事の身体を跳ね飛ばしたのだった。


「うおぉ〜、飛んだぞ〜!!」
 宇宙船の操縦桿を握りながら達成感に打ち震えている桂雪路。ついさっき小さな衝撃を感じたような気がしたが気にしない気にしない。人類初の宇宙船操縦、ビックリだビックリだ!
「いや〜ビックリ……って、えぇええぇっ!!!」
 そのとき不意に、コクピットのスクリーンに謎の物体が張り付いた。姿かたちは人間そっくり、顔かたちは彼女の教え子にそっくり、しかし宇宙空間で出合うはずのない相手。そいつは血だらけでスクリーンに張り付いたまま、パクパクと何かをつぶやいている。今にも死にそうな顔色と瞳で、必死に何かをこちらに訴えかけてきている。
 この状況で相手が語りかけてくることといえば『止めろ』か『乗せろ』しかありえない。常識ある人間なら、いやたとえヤクザの人であってもビビって速度を落としたくなる、そんな状況であった。しかし悲しいかな、コクピットにいたのは酩酊状態の桂雪路である。
「ボルテス・キィーーック!!」
「ぐはあぁっ!!」
 スクリーン越しの衝撃を受けた借金執事は宇宙船から振り落とされ、二度と地球にも宇宙船にも戻ることは出来なかった。彼は残る力で少女の無事を祈り、自分の身の不幸を嘆き……そしてやがて、考えるのを止めた……。



エピソード2.どつかれてアイラブユー


 カキィィーーン!!
 鋭い金属音と共に夜空へと舞い上がる借金執事。そんな彼の行方を見守る少女の元に、どこからともなく旧知の少女が現れた。
「いやー、気持ちよくすっ飛んで行きよったの〜」
「……咲夜」
 どこか楽しげに夜空を見つめる少女の名を呼びながら、鷺ノ宮伊澄は2人目の転送者へと視線を移した。はぐれ宇宙人・マヤの表情には期待と恐怖とが克明に浮かび上がっている。宇宙船に戻りたいのは山々なれど、ワープバットにぶん殴られるのは恐ろしいといったところか。恐るべし鷺ノ宮伊澄、ナギの見ていないところでは容赦がない。
「なぁ伊澄さん、なんか別の方法は無かったんか」
「別の方法?」
「そりゃな、ビジュアル的には美味しい転送方法やけど……さすがに可哀相やん。送る相手がナギやったら、伊澄さん、こんな方法は使えへんかったと思うんやけど」
「それは……その……」


「ハヤテ──────!!」
「なんですか、お嬢さま」
 絶望の叫びと、それにあっさりと答える声。振り返った三千院ナギの視界に愛しい少年執事の姿が映った。なぜこんなところに、という疑問より先に安堵の涙が溢れ出してくる。だが嬉しさのあまり抱きついてきたのは、少女の方からではなかった。
「うえ? ちょ……!! え!? ハ!! ハヤテ!?」
「よかった……このまま……もう会えなくなるんじゃないかって……本当に心配して……」
 少年執事は胸の中の少女の存在を確かめるように抱きしめる腕の力を強め、夢でないことを確認するように少女の全身を手でまさぐった。その感触に少女は微妙に身体をくねらせた。
「お前……あん! バカ!!……そんなとこ触って……ん……!!」
「もう少し、このまま……」
「やぁあん!! ちょ!! 首に息が……んっ!! んああ〜!!」


「今頃ハヤテさまは、ナギとくんずほぐれつしてるのかと思うと……」
「い……伊澄さん?」
「そんな2人のお手伝いをしなきゃいけないなんて……少しぐらい意地悪してもバチは当たらないと思うの」
「うい……マヤ、巻き添え……?」
 光の巫女の漏らしたブラックな独白を聞いた咲夜は、恐怖に全身を震わせる宇宙人のことを同情の眼差しで見つめながら固く心に誓った。この人を怒らすのだけは止めとこ、と。



エピソード3.この白い空に約束を


「あれ? ここはどこだ?」
 振り返ったマヤの瞳を見た途端、突然現れた真っ白な空間。隣にいたはずのナギの姿は消え、雲の中をさまよっているような、それでいて暖かい感覚が少年執事の全身を包み込んでいた。さっきまで宇宙船にいたはずなのに、いや宇宙船に乗ってたこと自体が夢か何かだったのかも……そんな風に考え始めたハヤテの耳に、どこからか女性の声が響いてきた。
「呼べば本当にどんなところにでも、来てくれるのね」
「へ?」
 聞き覚えのない、でもどこかで聞いたような優しい声。ハヤテはきょろきょろと首を振って、白い光景の彼方にいるはずの声の主を探した。
「あの子はわがままで自分勝手で、そのくせ寂しがり屋で泣き虫だけど……」
 “あの子”が誰を指すのか、改めて問いかけるまでもない。次第に近づいてくる声の気配を感じ取ったハヤテは、ふと後ろを振り返った。白い雲の中から光を背負って現れた、その声の主とは……。
「私はもう、あの子を見守ることしかできないから……」
 そこにはチェックのストールを身にまとった、髪の長い美しい女性が微笑んでいた。ハヤテにとっては初めて会う女性。しかし彼女の風貌は、少年の主人・三千院ナギを大人にしたときの姿に良く似ていた。
「……ナギのこと、よろしくお願いね」
「あのっ……」
 まるで夢の中のような白い世界で、テレパシーのように響いてくるその言葉。ここで何か言わなければ終わってしまう、そう少年は思った。そのまま白い光の中に吸い込まれていく女性に向かって、綾崎ハヤテは思ったままの言葉を口にした。
「あの……お嬢さま? いくら大人になったからって、胸パッドをあんまり入れ過ぎるのはどうかと……お嬢さまはナチュラルな体形の方が似合ってると思いますよ?」

 ピカァッ!!!!

 ……気がつくとハヤテとナギは草の上に横たわっていた。起き上がったハヤテの頭頂部には、真新しい2つ目のタンコブができていた。



エピソード4.らっきー☆すたぁ


「行きますよ、伊澄さん」
「はい、ハヤテさま」
 激しく揺れるコクピットに身をゆだねながら、隣で励ましてくれるハヤテさま。いよいよナギを探すための、私とハヤテさまの旅が始まります。周囲の電子機器がさまざまな数字やメッセージを読み上げるなか、私はこんなことになったいきさつを思い起こしていたのでした……。


「あ、気が付かれましたか、ハヤテさま」
「……☆!! お嬢さまは? お嬢さまはどこです?」
「…………」
 病院のベッドで目を覚ますなり、真っ先にナギの安否を問いかけてくるハヤテさま。胸の奥がチクンと痛むのを抑えながら、私は静かに顔を伏せました。ハヤテさまをナギの乗った宇宙船へと送り出して差し上げたはずだったのですけど、結局ハヤテさまは伊豆の海岸に打ち上げられた惨めな姿で発見され……そばにナギの姿はなかったのです。
「そういえば、宇宙空間でお嬢さまの宇宙船と衝突して……しがみついたものの内側からキックを食らって……」
「それじゃ、ナギはまだ……」
「すみません僕のせいです! 僕がふがいないから、こんな羽目に……」
「ハヤテさまのせいじゃありませんわ。私がもっとちゃんとハヤテさまを送り出してあげられれば、こんなことには……」
 自分の頭をかきむしるハヤテさま。その手にみるみる血が混じっていくのに気づいて、私は必死でハヤテさまの腕にしがみつきました。ずるいですハヤテさま。私だってナギを失って悲しいのに、ハヤテさまがそんな辛そうな顔をなさってたんじゃ先に泣くことが出来ないじゃありませんの。
「……執事失格ですな」
「…………!!」
 そうして悲しみに暮れている私たちのところに、突然ヒゲの執事長さんが現れました。ハヤテさまは一生懸命ナギのために頑張ってくださったのに、なにもこんなときにそんなひどいことを言わなくても。そう思って私はちょっときつい視線を執事長さんに向けたのですが、肝心のハヤテさまは反論するどころではありませんでした。
「すみませんクラウスさん、僕は……僕は……」
「みだりにしゃべるな、口先だけの男が。お嬢さまのたっての希望ということで私もSPも連れず、貴様とマリアだけで下田に行かせてみればこの有様。どう責任を取るつもりだ?」
「…………」
「お嬢さまに救っていただいた命をお嬢さまのために使えずして、何が執事、何が男か。貴様など死罪すら生ぬるい、即刻この地上から消えうせるがよい」
「……はい」
「は、ハヤテさまっ!!」
 打ちひしがれたまま顔を伏せてしまうハヤテさま。いけない、このままじゃハヤテさま崖から身を投げてしまいかねません……そんな風に思った私の耳に、頑固な執事長さんの意地悪そうな声が飛び込んできたのでした。
「牧村女史の協力を得て、ただいま恒星間飛行可能なロケットを急ピッチで建造中だ……嫌とは言うまいな、綾崎ハヤテ? お嬢さまを見つけてつれて戻るまで、この地球の土を踏むことは許さんぞ!」


 そして今、私はハヤテさまの隣でロケットの発射を待っています。もちろん宇宙飛行なんて初めてです。もとよりナギの為だったら何でもするつもりではいましたけれど、まさか宇宙に行くことになるとは思いませんでした。お母さまやおばあさま、大おばあさまたちとも今生のお別れです。寂しいけど後悔はしていません。だって私、ハヤテさまにあんなに情熱的な誘われ方をしたんですもの。

   「伊澄さん! お願いです、僕と一緒に来てください!」
   「えっ……? ハヤテさま、そんな、私なんて……」
   「お嬢さまの宇宙船に追いついた後、飛び移るために伊澄さんの力を貸してほしいんです」
   「でも……」
   「お願いします伊澄さん! 僕は、君が欲しいんだ!」

 ……でもちょっぴり複雑な気分です。ハヤテさまは私を必要だと言ってくださったけど、結局それはナギを助けるため。こうして2人きりでコクピットに座っていても、ハヤテさまの心は遠い宇宙の果てにいるナギのもの。長い航海の果てにナギと再会することが出来たら、ハヤテさまとナギは手に手をとって地球に戻ってくる。そして全員がそのことを祝福するでしょう。私はそのための道具として、ハヤテさまをサポートするために行くようなもの。
 でも……でも?
 もし、ナギが見つからなかったら。あるいは見つけられるにしても長い時間がかかるとしたら。その間のハヤテさまは私だけのもの。たとえハヤテさまの心が私の方を向いていなくても、ともかくハヤテさまと2人きりで、毎日顔をあわせながら旅を続けていられる。ハヤテさまの一挙手一投足を、温もりを息遣いを、私は独り占めにしていられる。
 ああっいけない、こんなこと考えちゃ! ナギを助けたい気持ちは本当なのに、あの子のためならなんだってしてあげられるのに。それなのに胸の奥に、あの子が見つからないことを望んでる私がいる。こうしてハヤテさまと一緒に旅立てることをワクワクしている私がいる。

《ナギのことは助けてあげたい、それは本心。でもハヤテさまと少しでも長く旅をしていたい、それも紛れもない本心》
《そう……そうだわ。ほんのちょっと、ちょっとだけナギに追いつく速度を遅くしたって、許してくれますよね?》

「あれ……失敗かな?」
 ロケットの激しい揺れが急に収まって、ハヤテさまは不安そうに計器を見つめました。ロケットが地上を飛び立つ際のものすごい加速は急に影を潜めています。しかし高度計のほうはゆっくりゆっくりと上昇していきます……そう、まるで熱気球が浮き上がっていくかのように。
「伊澄さん、駆動系のチェックをお願いします」
「はい」
 私は手元の計器のいくつかを見比べて、ロケットの現在座標をレーダーおよび衛星回線で再計算して……その結果をハヤテさまに小声で報告しました。
「色々な角度から検証してみた結果……時速は23kmでした、ハヤテさま」

 ああっごめんなさいハヤテさま、知らなかったんです私。時速23kmじゃナギの宇宙船を追うどころか、地球から飛び立つことすら出来ないんだってことを。

Fin.

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