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乙女の逆鱗3

初出 2007年02月08日
written by 双剣士 (WebSite)
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 連載114話を題材にした、ぶち切れシリーズ第3弾・ヒナマリ頂上対決です。もーどうなっても知りませんっ!

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「まぁそれとは別に、ちょっと深刻な悩みがあって……それでちょっと旅に出たくなったというか……」
「は?」
 久しぶりに2人きりで語り合うことになった桃色の髪の少女が、顔を赤らめながら漏らしたつぶやき。それを聞いたマリアの脳裏に、これから向かう温泉の効能を紹介する昨夜のテレビ画面が鮮明に浮かび上がった。思わずしげしげと対面相手を凝視したマリアは、数秒経ってから間の悪さをごまかすように慰めの言葉をかけた。
「だ、大丈夫ですよ。女性の魅力というのはそんな発育とかはあまり……」
「な!! 何の話ですか!! ち!! 違いますって、そんな……!!」
「い……いえ、私は別に何も……」
「いやいや! 今、明らかに目線が私の身体のある一点にロックオンしてましたよ!!」
 あたふたと否定するのは気に掛けてる証拠。年下の友人へ余裕の笑みを浮かべたマリアだったが、その視線がますます桂ヒナギクのしゃくに障った。
「ま、まぁ、女性なら綺麗になりたいのは当然ですものね。実はナギもですね、テレビをみて急に温泉に行きたいって言い出したんですよ。それもナイスバディになれるって紹介を聞いた途端に」
「……私がナギと同レベルだって言いたいんですか。3つも年下のあの子と……」
 笑いを取るつもりで繰り出した話も、今のヒナギクには言葉の槍にしか聞こえない。ここで折れたら無敵の生徒会長の名前にかかわる。精一杯女の子らしくしているつもりでも、元来ヒナギクは喧嘩が嫌いな訳ではないのだ。
「それでマリアさんは?」
「えっ? それはもちろん、ナギの付き添いで」
「それを言ったら私だってお義父さんに付き合わされて来ただけですよ。珍しくおしゃれして出てくるからには期するものがあるんでしょ? 久しぶりの旅行に」
「ま、まぁ、そりゃ私だって、ね。温泉は美容に良いって聞きますし」
「もう手遅れだと思いますけど」
「……何かおっしゃいました?」
 まずは左ジャブで一刺し。
「ま、でも、あれですよね。ナギがナイスバディになれるような温泉だったら、逆にマリアさんは入らない方が良いんじゃないですか?」
「あら、どうしてです?」
「だって加齢効果があるってことですよね?」
「そ、そうだとしても私と何の関係が? 私はピチピチの17歳ですよ?」
「自分で言ってて虚しくなりません?」
「!!!」
 くすくすと見よがしの忍び笑いを浮かべるヒナギクを前にして、マリアのリミッターが弾け飛ぶ。
「桂さん……あなた、人気投票で1位だったのを鼻に掛けてるんじゃありません?……」
「とんでもないです、あんなの偶然ですよ。少なくとも私は、ことあるごとに不幸アピールをして同情票を集めるようなことはしませんでしたし」
「ほほぉ……誰のことをおっしゃってるのかしら?」
「さぁ? きっと出番が少なくて暇な人じゃないかと思いますけどね。ひょっとして心当たりあります?」


 微笑みあう2人を中心に暗黒の小宇宙が展開され、デーモンローズの死香が立ち込める。特急列車の客たちは両目と両耳を必死でふさぎ、祈るような気持ちで嵐が通り過ぎるのを待った。だが渦中の2人は相手より強い毒を吐くことしか頭になかった。
「そういえば桂さん、ハヤテ君の焼いたクッキーは美味しかったですか?」
「な、ななな、なな何ですか、いきなり?!」
「ハヤテ君って本当にああいうの上手ですよね〜、生地作りとかも丁寧で一生懸命で。私も見習わなくちゃいけません」
「み、見てたんですか?」
「大丈夫ですよ、生地に唾を混ぜたりはしませんでしたから」
 安心など出来るわけもない。唾を入れるなんて発想自体がなかったヒナギクは、誕生日の夜のことを思い起こして背筋を凍らせた。すると彼女の回想に波長を合わせたかのように、あり得ないはずの言葉が美人メイドさんの口から飛び出した。
「人から見るとずいぶん不幸に見えるかもしれませんし、心に深い傷もあるのかもしれません。でも……今いる場所は、それほど悪くはないでしょ?」
「……えっ、えっ、あ、あのっ!!」
「怖いわ。でも……悪くない気分よ、でしたっけ? 素敵ですねぇバラ色の青春してますよね。あやかりたいくらいですわ」
「ままま、まま、マリアさん、どうしてそれを?!」
「禁則事項といいたいですけど、コミックス10巻に出ちゃってますから隠す必要もないですよね。ハヤテ君の身体には発信機を取り付けてあるんです。そして学園内であれば、動画研のカメラとマイクが私のところにもリンクしてまして」
「ううう嘘でしょ!!!」
「……あら、ナギから電話だわ」
 顔を真っ赤にして狼狽しまくる現役女子高生を尻目に、携帯の振動に気づいたマリアは余裕たっぷりの表情でポーチから携帯電話を取り出した。しかしそれを耳に当てる寸前、少女からの起死回生のカウンターパンチが暗黒メイドさんのテンプルにクリーンヒットする。
「……思い出があるだけ、マシだと思いますけど」
「……(ばきっ)……」
 電話が握り潰されるにぶい音が、特急列車の客車内に響き渡った。


「あれ? 変だな、出ないぞ」
「番号を間違えたんじゃないかな?」
「バカにするな! マリアの携帯ぐらい覚えてる!」
 伊豆に向かう自転車の上で、三千院ナギと西沢歩は小首をかしげあった。


「2度と戻らない学生時代に浮いた噂の1つもなかっただなんて、まさしく灰色の青春ですよね。ぜひご感想をお聞きしたいです」
「な! まだまだ私の青春は終わってなんかいませんって! 私の場合は飛び級を繰り返してたせいで、高校のころはまだ小さかったから……」
「でも、学院ではとっくに過去の人ですよね」
 にっこりと微笑み合う2頭の竜虎。いずれ劣らぬ完璧超人にして、超が5つ以上付くほどの負けず嫌い同士である。双方の闘気が球状に膨らみ、中央で激しい火花を散らす。もし横にナギがいたら瞬時に心臓発作を起こしていただろう。しかも双方にとって幸い……いや不幸なことに今回は、空気を読めない酒乱のドワーフが割り込んでくる心配はない。
「私は争いが苦手な平和主義者なんですけど……毅然とした対応が必要なときもあるようですね?」
「含蓄のあるお言葉。さすがは年の功ですね〜、白皇OGのおばさま」
 いつしかマリアの手には愛用の竹ボウキが握られていた。ヒナギクの膝にも木刀・正宗が鎮座していた。なんで家族旅行にそんな武器を持って来たんだと突っ込んではいけない、早死にしたくないのなら。
「……そうやって武器を手にするってことは、痛いところを突かれたって自覚はあるってことですか、マリアさん?」
「まさかそんな。泣き出す寸前の誰かさんが自暴自棄になって襲いかかってきたときのための、ささやかな自己防衛に過ぎませんわ。淑女のたしなみ程度です」
「さすがは伝説のタイトルホルダーですね。でも究極の護身って言ったら、そもそも危険と相対することが起こらないんじゃありませんでした?」
「桂さんは心配しなくて大丈夫ですよ。私の技が届くのは、身体に凹凸のある人だけですから」
「……いえいえ、耄碌もうろくして手元が狂うこともあるでしょうし」
「うふふふ」
「ふふふふふ」
 危険水位などとっくに越えている。それでも暴風に血の雨が混じらないのは、先に手を出した方が負けだと彼女らなりに最後の一線を引いているからだった。しかしそれも既に歯止めではなく、両者が自分の数秒後の姿を正当化するための免罪符に過ぎない。
 ……そして、爆発のきっかけは思いがけない方向から訪れる。
「え〜、乗車券を拝見……」
「天に滅せい、桂ヒナギク!!」
「夜魔・天狼剣!!」
 睨み合う視線の間に飛び込んで来た白い影を合図に、ほぼ同時に繰り出された一撃必殺の剣筋。その巻き添えを食ったのは検札にやってきた哀れな車掌さんだった。


「ど、どうします、この人」
「どうって……」
 高め尽くされた激情は冷めるのも早い。トランス状態から我に返り、車両の床に横たわる車掌さんの遺骸を目にした2人の胸に押し寄せてきたのは、抱え切れないほどの羞恥心だった。車掌さんと眼前の相手とを交互に見比べた2人のうち、先に頭を下げたのは年長者の方だった。
「ごめんなさい桂さん、大人げなく熱くなってしまって」
「いえ、こっちこそ生意気いって済みません」
 年甲斐もなくとか幼児体形とか、揚げ足をとってる余裕はどちらにも無い。天を割るかとすら思われた超人同士の激突が事なきを得て、列車の乗客たちはシートの陰で一斉に安堵の溜め息をついた。ヒナギクの携帯が軽やかな着信音を鳴らしたのは、ちょうどそんな瞬間だった。
「はい、もしもし……ハヤテ君?……え、えぇ……マリアさん、ハヤテ君が代わって欲しいって」
「私に、ですか?」
 ヒナギクから携帯を受け取ったマリアの耳に、あわてた様子の借金執事の声が飛び込んできた。
「マリアさん! 良かった! 電話が通じなくなったから心配してたんですよ」
「え、えぇ、それがその……ち、ちょうど電池が切れちゃったみたいでして」
「しょうがないなぁマリアさんは。旅慣れてないから仕方ないですけど……そうそう、お嬢さまが降りた駅まで来てるんですけど姿が見えないんですよ。なにか連絡はありませんでした?」
 背中で滝のような汗を流しながらマリアは努めて冷静に返事をした。
「さ、さぁ……私の方には何も」
「そうですか、それじゃ伊豆の方に向かってるのかな……もう少し探してみます。それとマリアさん」
「はい?」
「僕がお嬢さまをつれて戻るまで大人しくしててくださいね。分からないことがあったらヒナギクさんに聞いてください。あの人が傍にいれば安心ですから。それじゃまた連絡します(がちゃ)」
 電話を耳から離すと、マリアは困惑した様子でヒナギクに話しかけた。
「ハヤテ君、桂さんによろしくって言ってました……桂さんに任せておけば大丈夫だからって」
「……そうですか」
 短いやり取りの後、無言で携帯を返却したマリアとヒナギクは……しばしの静寂を破るように、無理やり笑顔を作って同時に言葉を発した。
「桂さん、ハヤテ君に頼りにされてるんですね♪」
「マリアさん、ハヤテ君に心配してもらえてよかったですね♪」
 そして相手の言葉に驚いた2人は、口ごもったようにしばし沈黙し……やがて、
「私、そんなに頼りなく見えるんでしょうか……」
「ハヤテ君、私のことは心配してくれないのかな……」
お互いに正反対の愚痴をこぼしながら力なく座席へと腰を降ろしたのだった。


Fin.

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