ハヤテのごとく! SideStory
飛ぶ夢をこのごろ見ない
初出 2007年02月03日
written by
双剣士
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唐突にひらめいた113話の小ネタです。双剣士は薄味のショートギャグしか書けないという誤解が広まってるらしいので、今回は濃厚でこってりとした骨太の文章を目指してみました。
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人は死ぬ直前に、それまでの人生を早送りビデオのように思い出すことがあるという。
そんな話を綾崎ハヤテが思い出したのは、置いてきぼりの少女を探しに行くために伊豆行きの特急列車から空中へと身を投げ出した、まさにその瞬間だった。
「だが信じろ。最後に笑うのはきっと……ひたむきでマジメな奴だから」
子供のころに会った、ちょっぴり意地悪なサンタさんの言葉。クリスマスなのに両親は競馬場とパチンコに行ってしまって寒い部屋で独りぼっち。友達はみんなプレゼントをもらってるのに自分だけもらえない、そんなときにもらった励ましの言葉だった。サンタさんはプレゼントを結局くれなかったけれど、真面目にがんばってれば今の不幸から抜け出せる、努力すれば未来は変えられる……そんな一筋の光明を僕の前に示してくれたんだ。その日から僕は親を頼るのをやめ、自分で自分の未来を切り開くためにバイト三昧の暮らしを始めたんだっけ。おかげでどうにか高校にも入れたし、社会で生きる術も身に着けた……それなのに。
「そうだ♥息子を売ろう」
そんな僕のささやかな未来像を木っ端微塵に打ち砕いたのは、またしてもダメ親たちだった。バイト先から放り出され、給料も巻き上げられ、ヤクザに追いかけられる立場にされて……所持金12円でクリスマスイブの寒空に放り出された僕は思いつめた挙句に、一時は人の道を踏み外す決意までしたんだっけ。そこへ1人でフラリと現れたのがナギお嬢さま。いかにも育ちのよさそうな彼女を見た僕は、その子を誘拐して身代金を取ることを思いついて……。
「こんな寒い夜にそんな薄着でいると……風邪引いちゃいますよ♥」
……そう、この言葉のおかげで僕は真人間に戻ることができたんだ。あのとき通りすがりの僕にマフラーをかけてくれたマリアさんには、どんなに感謝してもしきれない。誘拐なんかやめてあの子を返してあげようとしたのだけど、ちょうどそのタイミングでお嬢さまが別の奴らにさらわれてしまって、必死で追いかけたら車にはねられて……。
「私の執事をやらないか?」
ふかふかのベッドで目を覚ました後で、お嬢さまが僕に言ってくれたこの言葉。行く当てのなかった僕は一も二もなく飛びついた。そしてその日から僕は、恩人のお嬢さまとマリアさんのために精一杯生きて行こうと心に決めたのだった。
***
ズザザザッ!!!
華麗に空中で回転しながら道路に降り立った綾崎ハヤテ。時速100キロ以上の特急列車から飛び降りたわけだから路面との相対速度も尋常ではない。体勢を低くし両足を広げ、執事靴の底を擦り切らせる覚悟で路面に押し付けながら少年は着地直後の身体の勢いを抑え込んだ。全身の骨がギシギシと鳴り、細身の身体に詰め込まれた筋肉がピチピチと悲鳴をあげる。常人なら派手に転倒して首の骨を折ってもおかしくない衝撃。だが鍛え込まれた少年の身体は最後まで持ち主を裏切らなかった。すさまじい熱と煙を上げながらも倒れることなく体勢を立て直した少年は、列車から心配そうに見守る2人に微笑みかけようとして……。
プチッ!
……背後から来たトラックに呆気なく踏み潰されたのだった。
あ……これは死んだな……でも何故だろう、なんだか懐かしい感じがする。お嬢さまと初めて会ったときにも似たようなことがあったせいかな。
「ハヤテならきっと……なんとかできるよ♥」
「あ……え? や!! あ、あの……その……よ……よろしくお願い……します……」
「はい♥、アドレス帳の1番に私を登録しておいたぞ♥」
「も〜なんだよ〜、私と一緒に学校行きたくないのかよ」
「ダメだからな、私を置いて……どこかに行っては……」
いいや、あのときとは違う! ダメな両親への恨みしかなかったあのころの僕じゃない。いまの僕には守らなきゃならない人がいるんだ。僕を信じて待ってくれてる人がいるんだ!! だから……だからこんなところで、やられるわけにはいかないんだあぁっ!!!
***
トラックに踏み潰された少年執事はむっくりと起きあがると、列車からみつめる2人に向かって顔から血を流しながら親指を立てた。そして痛む身体に鞭打って、さっき通り過ぎた駅……小さな主人が待っているはずの駅に向かって走り始めたのだった。
「ば、ばか者……急に方向を変えるな。置いて行かれると思うじゃないか」
「じゃあ早くそのブレーカーとやらをなんとかしてくれ。こんなに暗くては私が死んでしまう」
「ば……ばかを言うな! そんなミミズとかついた釣り方など……こ、怖いではないか!!」
「ど、どうかな? いつもわかりにくいと言われるので分かりやすくしてみたんだけど……」
「そのかわり!! テストが終わったらしっかり遊んでもらうから覚悟しておけ!! よいな!!」
「そんな無粋な真似はしないよ。普通の旅行がしたいのだ、普通の」
いつだって偉そうで生意気で、好奇心旺盛なくせに移り気で、それでも人一倍繊細で怖がりなお嬢さま。電車の乗り方も知らないのに独りぼっちで知らない駅に取り残されて、どんなに心細くしているだろう。警護の人たちを全員お屋敷に残して、あのお嬢さまが僕とマリアさんだけを信じて旅行に出る気になってくれたのに、温泉どころか駅にすら着かないうちに生き別れてしまうなんて。みんな僕のせいだ、一刻も早く迎えに行ってあげなくちゃ。
「女だから料理をするなんて考え方は間違ってるぞ伊澄!! そんな前時代的な考え方ではこれからの情報化社会では生きていけん!」
「よく聞け! 人間はチーターとは違うのだ!! 走るようになど出来てないのだ!!」
「バレンタインなんてお菓子メーカーの陰謀だろ? 言っておくが! 手作りチョコを作ろうとしていたが結局作れずひがんでいるのではないぞ?」
「もしかしたら……もしかしたら……万が一、億が一、ありえないことだが地球が爆発する可能性くらいない事として!! 賞が取れないのは……私に才能がないからなのかもって……」
「魚釣り……つまんない……だって、サオが飛んでいくのだ!!」
……なにしろお嬢さまは流行最先端の引きこもり、箱入り娘どころかダイヤモンドの棺で育った天下無敵の世間知らずだからなぁ。おとなしく駅でじっとしてくれてれば良いんだけど、いままでのパターンからして何事もなく済むとは思えない。いつもみたいに誘拐されてくれれば傍に誰かがいる分いっそ安心なんだけど、ふらふらと迷子になったりしたら……あのお嬢さまのことだから現金なんて持ってないんだろうし、誰かに借りたり噴水から拾ったりなんて器用なことも出来そうにないし。
「ハヤテなんて私がいなかったら、宇宙一運のない男なんだから!!」
いや、お嬢さまだって相当なものですよ……なんて不幸比べをしてる場合じゃない。僕はあの子を守るって決めたんだ。お嬢さまがダメ人間ロードをぶっちぎるイニシャルNだってことは最初から分かってたことじゃないか。そのためにマリアさんや僕がいるんだし。
「ハ……ハヤテ〜〜」
ああ、お嬢さまが僕を呼ぶ声が遠くから聞こえる気がする。いつのまにか身体の痛みがだんだん引いてきて、息苦しさも感じなくなった気もする。そう、誰かに頼られると執事の戦闘力は2倍になるんだって誰かが言ってたっけ。待っててくださいお嬢さま、いまお迎えに行きますからね!
***
「ひっく…(ポロポロ)…ぐすっ……」
「泣いて…くれるのかい? オレのラーメンで……」
「うぐ?」
「だったらお嬢ちゃんには……ただでいいぜ」
そのころ、迷子のお嬢さまは女の涙を武器にして塩ラーメンをゲットしていた。
Fin.
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このSSのテーマに良く似た感想をお書きになっている感想ブログを見つけましたので、敬意を込めてリンクを張らせていただきます。
音がすき 画がすき 譜面がすき 2007年2月5日エントリ
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