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白皇の死角

初出 2006年11月27日
written by 双剣士 (WebSite)
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 それは、動画研究部を訪れた少年のなにげない一言から始まった。
「朝風さん、学園中にカメラを設置してるって言いましたよね?」
「当然だ。私たちの目から逃れられる場所などない」
「だったら、なんで試験の点数で悩む必要があるんです?」
「ん?」
「だって職員室にもカメラがあるんだったら、テストの問題用紙だって見放題じゃないですか、前もって」
「……その手があったかぁっ!」


 そして数日後。全回答“3”マーク作戦で予定通り25点をゲットした朝風理沙は、動画研究部の部室で目を血走らせながら遠隔カメラの角度を操作していた。彼女の傍らには太陽のような笑顔を浮かべた瀬川泉と、苦虫を噛み潰したような花菱美希の姿がある。
「リサちん、なにもそんな必死にならなくても……」
「うるさい黙れ! お前たちに私の気持ちがわかってたまるか!」
「……放っときなさい、泉。理沙はもう、私たちの手の届かない場所に行ってしまったんだから」
 つたないながらも自分の頭を使って試験に挑んだ泉と美希は、みえみえのボーナス問題を押さえることでぎりぎり35点ラインをクリアしている。テストの革命とか持ち上げておきながら友情を反故にして(?)さっさと進級を決めてしまった2人のたわごとに耳を貸す余裕など、今の理沙にはなかった。とにかく週末の追試で35点以上を取らなくては留年確定なのだ。
「ねぇねぇ、でも追試ってまだ3日もあるんでしょ? もう問題用紙って用意してあるものかな?」
「用意してある、してあるに決まってる。私はそれに賭ける!」
「用意してあるにしても、人数分コピーして職員室に置くのは直前の日だと思うけど……」
「直前じゃ駄目なんだ! 問題が分かってたって正解が分からなきゃ意味ないだろう? だからヒナに解いてもらうための時間が……」
「ちょっと待った、理沙」
 暴走気味の理沙の叫びにストップをかけたのはクールなオデコ娘であった。
「ヒナの性格、知ってるでしょ? あの子が不正に手を貸してくれるとは思えないけど」
「そ、それじゃ三千院だ! 新入部員として、あいつには先輩を助ける義務がある! そうだろ美希?」
「ま、まぁ……ダメもとで頼んでみる価値はあるかもな。でも情けなくないか? 3つも年下の子に頼るって」
「恥は捨てた、プライドも捨てた! 皇国の興亡、この一戦にあり!」
「あー、はいはい」
 もはや言葉は無力。親友として美希たちにできることは、ただ見守ることのみだった。


 そして30分後。
「……くそぉ」
 名門女子高生らしからぬつぶやきと共に、朝風理沙は天を仰いだ。いくらカメラを操作しても撮影できない一角が残ってしまう。よりによってそれは、彼女らの担任教師の机だったりするのだ。
「牧村先生の机かぁ〜」
「さすがは動画研の創始者。我々のやることなどお見通しということか」
 感嘆したり分析したりしている余裕など理沙にはない。彼女の灰色の脳細胞はガタピシきしみ音を立てながらもぐるぐると回転し、平凡だが確実な方法へと行き着いた。見えないのなら見に行くまで、と。
「行こう、職員室へ」
「えっ、えっ、リサちん?」
「……理沙の気の済むようにさせてあげましょ、これが同学年として過ごす最後の機会かもしれないし」
 なにげにひどいことを言いながら、花菱美希は重い腰を上げて瀬川泉の背中をそっと叩いた。

      ****

「失礼しま〜す」
 動画研の部室を出てから1時間後。理沙たち3人は白皇学院高等部の職員室の扉を叩いた。彼女たちを迎えたのは1ヶ月前まで担任だった女教師であった。
「やぁ、いらっしゃい。どうしたの?」
「あのぉ、リサちんが桂ちゃんに教えて欲しいことがあるって……」
「いいわよ、どーせ夜の宴会までは暇だし……でも世界史教師の私でいいの? あなたたち確か、世界史って選択してなかったわよね」
「か、桂ちゃん、それ禁句、卒業まで内緒……」
 あたふたと楽しげな会話を交わす雪路と泉。しかし理沙本人は元担任の言葉など聞いていなかった。鷹のような瞳で見つめる先は何も置かれてない牧村志織の机の上、そしてその隣にある薫京ノ介の雑然とした机。
「で、聞きたいことって何?」
「あ、いや、たいしたことじゃなくて……ここ、これがこう……」
「ああ、これは……」
 桂雪路に呼びつけられた理沙は雪路の側に移動すると、ろくすっぽ開いたことのない教科書を指差して質問を始めた。丁寧に教えてくれる女教師の言葉など耳から耳へと抜けていく。当然だ、理沙の目的は勉強を教わることではなく、自分の大きな身体を使って職員室の一角を覆い隠すことにあるのだから。
「……で、こうなるわけ。聞いてる、朝風さん?」
「……あ、あぁあぁ、分かったと思う。ありがと雪路。それじゃ」
「え、あの、ちょっと……」
 目的を達した理沙たち3人は、さっさと職員室を後にした。質問しにきた癖にまるで身の入ってなかった彼女たちの態度に、桂雪路は首をかしげたのだが……まもなく微妙な違和感を周囲に感じて、きょろきょろと辺りを見回した。
「あれ、ナ○ヤの机のガンプラに、あんな大きな奴あったっけ? ……ま、いっか」


 そして2日後。追試を翌日朝に控えた動画研のカメラに、待ちに待った映像が飛び込んできた。
「やった、成功だ、われ奇襲に成功せり!」
「やったね、リサちん!」
「こんな手が通用するとは……自分で言うのもなんだが、教育現場の未来は暗いな」
 モニターには机に置かれた、翌日の追試の問題用紙がばっちり映し出されている。それは牧村志織の隣にある、薫先生の机に置かれたガンプラ(ガンダムのプラモデル)に仕込んだ隠しカメラからの映像だった。先日の職員室訪問はこれを置きに行くのが目的だったのだ。
「ひとつくらいガンプラが増えても気づかれまいと思ったが、ここまで上手くいくとは」
「さぁ、勝負はここからだよ、リサちん」
「まかせろ、そのためにガンプラを選んだんだ」
 理沙の指令に応じて、誰もいない夜の職員室をライトで照らしながら自力移動するガンプラ。問題用紙の端をつかみ、はらりと1枚めくると2ページ目が現れる。全校生徒垂涎の映像を目の前にして、朝風理沙は達成感で胸いっぱいになっていた。素直に追試を受けて進級できたとしてもこれほどの満足感は得られなかっただろう。これぞ科学の勝利、人生って素晴らしい!


「……な〜んて喜んでるんでしょうねぇ〜、カメラの向こうじゃ」
 ところが。動画研の部室で理沙たちが歓声をあげているのと同時刻、眼鏡の縁を光らせながらガンプラの動きを見守っている人物がいた。彼女の名は牧村志織、理沙たちの現担任にして三千院家傘下のロボット開発主任である。しょせんメカを使って志織の裏を掻こうということ自体が無謀な作戦だったのだ。
「ここまで仕掛けたことに免じて進級させてあげてもいいんだけど……悲しいけど、これ戦争なのよね」
 遠隔操作のガンプラが問題用紙を元に戻し、隣の机に戻って静止するのを確かめた志織は、くすりと含み笑いを漏らした。そして傍らに立つエイトの腹部格納庫から、おもむろに“本物の”問題用紙を取り出したのだった。

      ****

 翌朝。追試を受けるため席に着いた朝風理沙は余裕シャクシャクだった。結局なんだかんだ言いながらも親友の生徒会長は正解を教えてくれた。もっとも理沙は、必要最小限な35点のための回答以外は覚えるつもりなどなかったが。
「始めッ!」
 試験官の声が響き渡り、裏返した問題用紙をめくる理沙。さっさと名前を書き、正解の番号を記憶している13問だけを記入して、あとは熟睡タイムに当てるつもりだった。そのつもりで朝食もおなか一杯食べ、日当たりのいい窓際の席を選んで座った……のだが。
「……なんじゃこりゃあぁぁ〜〜!」
「そこ、静かにしなさい!」
 違う。何もかも昨日の映像と違う。ページをめくっても裏返しても、昨日見た問題群は出てこない。理沙は立ち上がって問題用紙を振りかざした。
「先生、これ間違ってます!」
「えっ? どこがだね?」
「違うんです、何もかも! これ別の学年の問題でしょう、それでなきゃ何年か前の追試問題が紛れ込んだとか!」
「……なにをバカなこと言っとるんだね。さっさと解きなさい。それともギブアップするかい?」
 世界が暗転した。誰も助けてくれないと悟った理沙は、がっくりと力なく椅子へと腰を降ろした。完璧な作戦だと思ってただけに、失敗したときの保険などかけていない。そして言うまでもなく、いまさら実力でどうにかできるテストではない。
《……とにかく埋めよう。あきらめたら可能性はゼロだもんな》
 時計の針が残り5分を指す頃になって、ようやく理沙の腹は決まった。そうと決まれば迷いは不要。“死んだ技にまだすがるかよ、哀れだぜ”という心の声を必死に押し隠しながら、彼女は超高速で鉛筆を走らせたのだった。


 そして、その日の午後。
「せんぱ〜い、聞いてくださぁい。朝風さん追試で全問正解ですよぉ、私うれしくって」
 脳天気に喜ぶ牧村志織の声に、桂雪路は驚くより前に首をかしげた。自分の知っている朝風理沙という生徒は、いくら問題を易しくしたって満点を取れるような生徒じゃない。彼女は生来の悪知恵を、もっと別の方向に使うタイプの生徒だったはず。
「全問正解? 嘘でしょ、あの朝風さんがそんな……ひょっとして……」
「カンニングとかズルとかじゃないですよぉ、私しっかり問題用紙を管理してましたから。それより嬉しくないんですか? 自分の担任の生徒が無事に進級できたって、教師冥利に尽きますよねぇ〜」
「そ、そうよね、そうだけど……」
 半信半疑のまま朝風理沙の答案を手渡された雪路は、それを一目見て腰を抜かした。

    回答に記入されてるのは、すべて“3”。
    そして、そのすべてに正解の赤丸印つき。

「なんなのよ、これ!」
 答えるほうも答えるほうだが、問題を出すほうも出すほうである。だがそんな雪路の叫び声を、追試問題を作成した本人はきょとんとした表情で聞いていた。
「なにって……?」
「こんな回答ダメに決まってるじゃない! ぜ〜んぶ同じ番号なんて、そんな問題作る先生がどこにいるのよ!」
「え〜っ、だってぇ、正解が縦1列に並んでればパラパラめくるだけで大体の点数がわかりますしぃ〜、採点するのも楽じゃないですかぁ」
 さも当然のように答える志織の返事を聞いて、雪路の頭には志織が白皇学院に初赴任してきたときの抜き打ちテストの光景が走馬灯のように浮かび上がってきた。あのときパラパラとめくっただけで上位陣の点数と平均点をすらすらと言ってのけた志織は、類まれな才女として生徒たちの信頼を集める結果となったのだが……ひょっとして、あのときの種明かしは……。
「えぇっ、先輩ひょっとして、テストの正解ってあっちこっちに散らさなきゃいけなかったんですか?……面倒くさ〜い、先生やってくれます───?」
 涙目で小首をかしげる年下の現担任の姿に、桂雪路はがっくりと脱力して机に突っ伏したのであった。


Fin.

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