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天国に一番近いヒマ人

初出 2006年11月04日/サイト公開 2006年11月11日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この作品は、『秋桜の咲く頃に』の開設2周年を記念して寄贈しました。

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「あの、牧村志織さんですか?」
「あ、はい、そうですけど……あなたは?」
 親や上司にしつこく言われて、渋々お見合いの席に出て来た牧村志織。自分には恋人がいるから、と力説すればするほど必死になってお見合いを勧めてくる周囲の圧力に押されて『会うだけなら』と高級ホテルのロビーに赴いたのが数分前。だが彼女の前に現れたのは、60歳も間近と思えるほどの、見事な髭と威厳を保った白髪の老人だった。
「失礼しました、私の名は倉臼征史郎……今日あなたとお約束をした者です」
「えっ、えええっ!! 相手の方のお父さんとかではなくてっ?!」
「はい、驚かせたようなら謝りますが……お嫌ですかな、こんな年寄りと言葉を交わすのは?」
「え、あ、いえ、そんなことは……」
 反射的に取り繕った志織の返答を聞いたクラウスはニンマリと笑った。こうして最大の拒絶カード“歳の差”は、老練な会話術によって志織の手元からあっさりと取り上げられてしまったのだった。


 こうして高級ホテルのラウンジに着席したクラウスと志織。謹厳実直そうな老紳士と知性あふれる美女のカップルはホテルのハイソな雰囲気にぴったりと合致し、周囲からも好感の視線で迎えられていた。ただしそれはお見合いする2人という空気ではなく、功を成し遂げた老人とその若き愛人という雰囲気ではあったが。
「のどかな庭付きの牧場とかに住んで、子供は9人くらい作って将来は野球チームを……というのが私の夢なのですよ。まぁ齢を取ってからの子供ですから、近頃は野球はあきらめてバスケットのチームにしようかとも思っとるんですがね。わははは」
「は、はぁ……」
 理想の家庭像を声高く語り続けるクラウスと相対して、志織はいささか苦笑い。魂を科学に捧げたロボット開発主任の彼女にとって、田舎でのんびりなどという未来像は何の魅力もないものだった。誠意のない愛想笑いを浮かべながら、やっぱりお見合いなんてするもんじゃないよね……と早くも断りの理由を考え始めたとき。
「退屈ですかな、こんな年寄りの話は?」
「え、あ、いえいえ、とっても面白いお話ですわ」
 とっさに感想を求められて反射的に返事する志織。だがここから言わなくてもいいことを言ってしまうのが、人の心の分からないメカヲタクの面目躍如である。
「すごく参考になってます。私いま介護ロボットの研究をやってるんで、そういうユーザーのニーズを直接聞けるのってすごく貴重ですし」
「……か、介護、ですか……あなたから見れば、確かに、そういうのが必要な齢に見えるのかも知れませんな……」
 見るからにがっくりと肩を落とすクラウス。何かまずいことを言ったかしら……と眉をひそめた天然100%の女性研究者は、とりあえず相手の機嫌をとろうと会話のバトンを投げかけた。
「あ、あの、それから?」
「へ?」
「続き、聞かせてください。そういうド田舎に住もうと思ったら、どんなパートナーに傍にいて欲しいと思いますか?」
「パートナー……ま、まぁ、そうですな。私などの希望でよければ……」
 目をらんらんと輝かせる美女に急かされてクラウスは話を続けた。『希望するパートナー』この女性なりに自分の嗜好を知ろうとしてくれているのかと思い込むキーワードと言えなくもない。しかしその幸福な誤解に、このときは双方ともに気づくことはなかった。

        ******

 それから十数日後。おごそかな雰囲気の漂う三千院家の執務室で、世にも哀れな光景が繰り広げられていた。
「お給料の前借りですか……?」
「頼むマリア、黙って首を縦に振ってくれい!」
「いえ、クラウスさんは執事長なんですからお金の裁量は一任されてるはずですけど……どうして、ピチピチの17歳な小娘に過ぎない私に?」
「黙って使い込んだら横領と同じではないか! 帝様やお嬢さまに後でネチネチ言われないためには証人が必要なのだ、私が公明正大であることのな!」
「証人って……100回記念の人気投票でクラウスさんはエントリー3番ですからねぇ。12番しかもらえなかった分際の私が何を言ったって……」
 刺だらけのマリアのぼやきに対し、ひたすら神妙に頭を下げるクラウス。どんなに嫌みを言われようと耐えるしかなかった。とにかく今の彼にはお金が必要なのだ。
「クラウスさん」
「な、なんだ?」
「クラウスさんのプライベートに立ち入るつもりはありませんけど、何に使うんです、そのお金? まさか詐欺とか宗教とかにのめり込んだりはしてませんよね?」
「み、見損なうな! 私は三千院家の執事長だぞ、チャチな詐欺師どもに騙されたりはせぬ! この金はもっとまっとうな、そう、私の将来のための投資であってだな……」
「それなら、いいんです」
 貫禄たっぷりにマリアは返事をすると、前借り依頼書を受け取ってすらすらとサインをし始めた。ペン先を紙上に滑らせながら誰に聞かせるともなく独り言を漏らす。
「そうですね、クラウスさんは分別ある大人の方ですし……ギャンブルとか美人局とかにハマってるんだったら、私にわざわざ断ったりはしませんものね。心配することなんてありませんよね」
「ななな、何を言い出すんだマリア! あああ、当たり前だろう、そんなこと!」
 にわかに狼狽したクラウスに依頼書を返しながら、マリアは心の中で不謹慎なつぶやきを漏らした。
《あっはっはっ……可愛いなぁクラウスさん……》


 そして、その日の執務を終えたクラウスは札束を詰めたバッグを抱えると、とある女性研究者の個人ラボに向かった。
「あっ、クラウスさん」
「やあ、遅くなって済みません。足りない分、持ってきましたよ」
「わあぁ、ありがとうクラウスさん、助かりますっ」
 志織はクラウスの手を取って何度もお辞儀をすると、さっそくあちこちに電話をかけ始めた。そしてクラウスには分からない呼び名の部品を数多く注文すると、にっこりと微笑んで親切なスポンサーの方に向き直った。
「クラウスさん、2番目の試作機のプロトタイプがもうすぐ完成しそうなんですよ。見て行きます?」
「あ、ああ、見せてもらいましょうか」
「そんな緊張しなくて大丈夫ですよ、クラウスさんのために作ってる介護ロボなんですから」
 跳ねるような軽やかさでラボの奥へと駆けて行く志織。その背中を追って歩を進めながら、クラウスは心の中で彼女の言葉を反芻した。
《クラウスさんのため、か……》
 こんなことがしたくて老後の夢を話したのではなかった。クラウスが欲しかったのは優秀なロボットではなく、ずっと側にいてくれる女性だったはず。お見合いの相手と親交が続いてること自体は歓迎すべきことだが、どうも最近ベクトルの違いが顕著になりつつあるような……。
「クラウスさん! ほらほら、こっちです♥」
 しかし子供のような笑顔で出来かけのロボットを指さす志織を目にした途端、クラウスの不安は遠い彼方へと消え去ってしまうのだった。好きなことに打ち込んでいる彼女の表情は、暗雲を吹き飛ばす宝石のように輝いて見えたから。ちいさな不安など帳消しに出来る、青春の光にも似た元気一杯のオーラが一瞬にして老執事長のハートを塗り込めてしまったから。

        ******

 そして。1カ月の時間と4台もの試作機、老執事長の過去と未来の蓄えの大半を使い果たして、ついに最新型ロボット“13号”は完成した。
「やりました、私の夢の結晶です! ありがとうクラウスさん、あなたのお陰で出来ました!」
「ははは……おめでとう。あなたならきっと出来ると信じていましたよ」
 ここまでの出費を考えると、素直に喜べないクラウス。しかし彼にとっての正念場はこれからだった。どうやって求愛の言葉を切り出そうか……何度もシミュレーションをしたものの本番となるとなかなか意気地が出せない。しかし会話の発端を開いたのは女性の方からだった。
「それじゃ、13号のハイパーカスタムバージョンをクラウスさんにお礼としてお渡ししますね。これで田舎の隠居生活も安心ですよ!」
「あ、いや、その……私にはそんな最新鋭のロボットなど扱えませんし、壊れたときのことも心配ですからな。牧村さんも一緒に来てもらえませんか? しばらくの間だけでも」
 まるっきり色気のない志織の申し出に小さく嘆息したクラウス。こうなることは半ば予期していた、だがロボのメンテを口実にすれば……予想の最悪パターンではあるが、それでも志織との関係が続くよう苦心をこらした切返しの言葉。しかし目の前の女性の回答はクラウスの想像を越えていた。
「一緒にですか……ごめんなさい、それはお受けできないんです。彼氏がやきもちを焼くので」
「……へっ? か、彼氏……?」
「ええ、それで……(プルルル)あ、もしもし? うん、終わったよ〜……え、ラボの外に迎えに来てる? もう、せっかちなんだから♥♥」
 不意に鳴った携帯電話に楽しそうに応対した牧村志織は、楽しそうな表情のままで老執事長の方に向き直った。
「ごめんなさい、この1カ月ほかのロボットのことばかり見てたから、彼氏もう待ちきれなかったみたいで♥」
「ま、牧村さん、あの……」
「それじゃ私はこれで。本当にありがとうございましたっ!」
「牧村さん!」
 追いすがる老人を一顧だにせず、喜々として牧村志織はラボを飛び出して行ってしまった。がっくりと膝をついたクラウスは……いつの間にかそっと肩に乗せられた手のひらの持ち主を振り返って、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「貴様は、あ、綾崎ハヤテ?!」
「……はい、私のモデルになったのはそういう名前の方だと聞き及んでおります。なんでもミス牧村の学校での教え子だそうで」
 老執事長の部下と瓜二つの容姿を持った最新鋭ロボット……13号は悪びれる風もなくそう答えた。地獄の底で仇敵に会ったような様相でクラウスは罵声を浴びせ掛けた。
「お前が私専用のカスタム13号だというのか!」
「左様で」
「どういうことだ、話にならん! 何が悲しくてあのいまいましい少年と同じ顔のロボットを身近に置かねばならんのだ。あの牧村女史、人の好みがまるっきり分かっとらん!」
「それは残念です。しかし……」
 さほど残念でも無さそうにロボット13号は返事をすると、荒い息をつく執事長に向かって自信ありげに胸を張った。
「ご心配なく。マスターはきっと私を気に入りますから」


(連載102話の冒頭部へと続く)


Fin.

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