雪の降る夜の教会。その教会の門から、まだ年端の行かない女の子が転がり出るように飛び出してきた。雪で転んで座り込む女の子に向かって、門から顔だけを出した高齢の女性から吐き捨てるような叱責の言葉が投げかけられた。
「まったくもう、何をさせても役に立たない子だね。お前なんかもう知らないよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。今度はちゃんとやるから、お願いだから……」
「駄目だね、お前は口先ばっかりじゃないか。読み書きは出来ない、お料理は出来ない、掃除をさせれば水をこぼす、洗い物をさせれば泥の上に落とすし。お前がいないほうが、よっぽど早くはかどるってもんだよ」
怒るというより呆れ顔で、少女の失敗を並べたてる高齢の女性。だが孤児である少女には他に行き場などなかった。涙と鼻水で顔をびしょびしょにしながら、うっかり者の少女は養い親のスカートにしがみついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたし頑張るから、お願いだから捨てないで」
「お前には、ほとほと愛想が尽きたよ。もう私は知らないからね。野良犬なり狼なりに育てておもらい」
「いやぁっ! ごめんなさい、許して、許してください。明日からちゃんとやります、お料理もお洗濯も練習します、一生懸命やりますからぁっ!」
「一生懸命やったって、結果が出せなきゃ意味ないんだよ。あぁもう、泣くのはおよし。周りの人が見てるじゃないか」
「だって、だってぇ……」
「しょうがない子だねぇ。ほらほら、中にお入り、風邪を引いたら明日から頑張れないだろ」
「……(ぐすっ、ぐすっ)……」
「ほら、しっかりおし。この毛布をかぶって部屋に戻るんだよ。ここには風邪引きの役立たずに食べさせる御飯なんか、これっぽっちも無いんだからね」
舞台は変わって中学校の教室。黒板に問題を書いて振り返った教師の目に飛び込んできたのは、たった1人だけ颯爽と手を上げる、黒ぶち眼鏡をかけた女生徒の姿であった。
「よし、それじゃ貴嶋、答えを書いてみろ」
「はいっ!」
堂々と教室の前に歩み出る凛とした女生徒。すらすらと紡ぎだされた彼女の回答に満足げにうなづく教官と、感嘆の声を上げる他の生徒たち。
「いつもすごいよね〜、サキ完璧じゃない」
「ううん、そんなことないよ。あれはたまたま……」
「またまたぁ、謙遜しちゃって」
休み時間になると女生徒の周りには人だかりが出来る。頭の良さもさることながら、困っている人を放っておけない優しい性格が周囲から慕われる原因であった。小学校でも中学校でも、クラス替えのたびに当然のように委員長に選出される。天から2物も3物も与えられた存在、それが貴嶋サキという少女。
「いいよね〜サキは。頭はいいし性格いいし、お料理は出来るし手芸も得意だし。なんかコンプレックス感じちゃうよ」
「そ、そんなことないよ。私おっちょこちょいで失敗とかよくするし、運動とか苦手だし、それに男の子と話したりするのも上手じゃないし」
「……なんかずるいよね、サキの弱点って逆に男の子に好かれそうなポイントばっかりじゃない。すました顔して実はいるんじゃないの、彼氏とか」
「い、いないよぉ〜。そんな、私なんて……」
赤面しながら友人からの突込みをかわす彼女であった。全国どこの学校にもいそうな、真面目すぎるタイプの秀才少女。そんな自分自身を少し苦手に思いながらも、貴嶋サキは充実した中学校生活を送っていた。頑張れば明るい未来が来ることを、このころの彼女は微塵も疑ったことは無かった。