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鏡の国のメイドさん

初出 2005年05月18日
written by 双剣士 (WebSite)
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 雪の降る夜の教会。その教会の門から、まだ年端の行かない女の子が転がり出るように飛び出してきた。雪で転んで座り込む女の子に向かって、門から顔だけを出した高齢の女性から吐き捨てるような叱責の言葉が投げかけられた。
「まったくもう、何をさせても役に立たない子だね。お前なんかもう知らないよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。今度はちゃんとやるから、お願いだから……」
「駄目だね、お前は口先ばっかりじゃないか。読み書きは出来ない、お料理は出来ない、掃除をさせれば水をこぼす、洗い物をさせれば泥の上に落とすし。お前がいないほうが、よっぽど早くはかどるってもんだよ」
 怒るというより呆れ顔で、少女の失敗を並べたてる高齢の女性。だが孤児である少女には他に行き場などなかった。涙と鼻水で顔をびしょびしょにしながら、うっかり者の少女は養い親のスカートにしがみついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたし頑張るから、お願いだから捨てないで」
「お前には、ほとほと愛想が尽きたよ。もう私は知らないからね。野良犬なり狼なりに育てておもらい」
「いやぁっ! ごめんなさい、許して、許してください。明日からちゃんとやります、お料理もお洗濯も練習します、一生懸命やりますからぁっ!」
「一生懸命やったって、結果が出せなきゃ意味ないんだよ。あぁもう、泣くのはおよし。周りの人が見てるじゃないか」
「だって、だってぇ……」
「しょうがない子だねぇ。ほらほら、中にお入り、風邪を引いたら明日から頑張れないだろ」
「……(ぐすっ、ぐすっ)……」
「ほら、しっかりおし。この毛布をかぶって部屋に戻るんだよ。ここには風邪引きの役立たずに食べさせる御飯なんか、これっぽっちも無いんだからね」

 ………………………………


「……子供のころの私がこんな子だったと言ったら、どうします?」
「嘘だ」
「信じられません」
 三千院家のリビングにて。孤児だった幼いころの思い出をちょっとだけ漏らしたメイドのマリア。しかしそれを聞いたナギとハヤテは、作り話だと決めつけて譲らなかった。
「マリアとは長い付き合いだが、おたついたり失敗したりするところなど見たことがないぞ。いくらか説教くさいところはあるが」
「そうですよ! こんな大きなお屋敷をたった4人で切り盛りしていけるのは、マリアさんがしっかり頑張ってくれてるからじゃないですか。執事長と僕だけじゃ、到底やっていけませんよ!」
「いや、ここはそんなに広いわけでもないんだが……まぁ確かに、マリアが一緒についてきてくれなかったら、いまでもクソじじいの居る本宅で数え切れないほどの使用人たちに囲まれて窮屈な思いをしてただろうな、私も」
「それに、お嬢さまと僕が屋根を壊したり部屋の壁を突き破っても、マリアさんすぐに来て後始末をしてくれるし! マリアさんは僕の百万倍は有能ですよ、自信持ってください!」
「おいハヤテ、まるで私が屋敷を壊したり散らかしたりしてるみたいな言い方だな? 違うだろ、風呂を壊したりカシミヤのコートをボロボロにしたりしてるのは、いつだってお前のほうで」
「でもお嬢さまに無茶なことを言いつけられたのが、いつだって物事のきっかけですし……」
「なんだと! ハヤテ、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ!」
「い、いえ、何でもありません、僕がみんな悪いんです、お嬢さま」
「嫌な言い方! なんか馬鹿にされてる感じがする!」

 元気に喧嘩する2人を温かく見守りながら、マリアは両手を前に揃えたままで柔らかく微笑んだ。少女たちに信頼され頼られている幸せな日々。現在の自分があるのは、間違いなく幼いころから厳しいしつけを受けてこられたお陰だった。
 今度のお休みには、お婆さまのお墓参りに行きましょうか。
 マリアはふと、今は亡き育ての親のことを想った。いつもガミガミと怒ってばかりだったお婆さま。だがマリアの胸の内にいる老婆の顔には、かすかに、だが紛れもない笑みが浮かんでいた。

                 **

 舞台は変わって中学校の教室。黒板に問題を書いて振り返った教師の目に飛び込んできたのは、たった1人だけ颯爽と手を上げる、黒ぶち眼鏡をかけた女生徒の姿であった。
「よし、それじゃ貴嶋、答えを書いてみろ」
「はいっ!」
 堂々と教室の前に歩み出る凛とした女生徒。すらすらと紡ぎだされた彼女の回答に満足げにうなづく教官と、感嘆の声を上げる他の生徒たち。
「いつもすごいよね〜、サキ完璧じゃない」
「ううん、そんなことないよ。あれはたまたま……」
「またまたぁ、謙遜しちゃって」
 休み時間になると女生徒の周りには人だかりが出来る。頭の良さもさることながら、困っている人を放っておけない優しい性格が周囲から慕われる原因であった。小学校でも中学校でも、クラス替えのたびに当然のように委員長に選出される。天から2物も3物も与えられた存在、それが貴嶋サキという少女。
「いいよね〜サキは。頭はいいし性格いいし、お料理は出来るし手芸も得意だし。なんかコンプレックス感じちゃうよ」
「そ、そんなことないよ。私おっちょこちょいで失敗とかよくするし、運動とか苦手だし、それに男の子と話したりするのも上手じゃないし」
「……なんかずるいよね、サキの弱点って逆に男の子に好かれそうなポイントばっかりじゃない。すました顔して実はいるんじゃないの、彼氏とか」
「い、いないよぉ〜。そんな、私なんて……」
 赤面しながら友人からの突込みをかわす彼女であった。全国どこの学校にもいそうな、真面目すぎるタイプの秀才少女。そんな自分自身を少し苦手に思いながらも、貴嶋サキは充実した中学校生活を送っていた。頑張れば明るい未来が来ることを、このころの彼女は微塵も疑ったことは無かった。

 ………………………………


「……まぁ、子供のころはこんな感じだったわけですよ」
「嘘だ」
「嘘やな」
「嘘でしょう?」
「そんなコトあるわけ、ナイじゃナーイ!」
 ビデオ・タチバナの店内にて。少女時代の思い出を得意げに話した橘家メイドの貴嶋サキは、橘ワタル・愛沢咲夜・鷺ノ宮伊澄のお子様トリオに一言のもとに全否定されてしまっていた。さりげなくギルバートまで突っ込み役に加わっている。
「ええっ、せっかく本当のことを話しましたのに、皆さんがあんまり聞きたがるから」
「嘘つくんだったらもっとマシなのを考えろよな、リアリティなさすぎるぜ」
「まぁ、今では天下無敵の天然ポンコツメイドやからなぁ。ネタとドタバタに彩られた人生を送って来たに違いないやろ、本人は忘れたいんやろうけどな」
「嘘じゃないんですってばぁ!」
 希望に胸を膨らませた学生時代は実家の崩壊で暗転。早すぎる就職活動をして財閥系の一流企業の席を射止めたものの、入社した途端にオーナーの一族が没落しはじめる。オーナーの御曹司の身辺に居場所を得たかと思ったら、生意気盛りの少年の世話および雑事一切を押し付けられるという典型的な貧乏くじ。そこで求められるのは知性でも教養でもなく、彼女がもっとも不得意とする『段取りと器用さ』。だがそんな転落人生を、当の御曹司の前で語るわけにはいかない。
 しかし聴衆の方は、そんなサキの複雑な思いなど知る由もなかった。それでなくても容赦とか遠慮とか気配りとか、そういうものを考えもしない年代のガキどもである。コンパスの針先にも似た手加減なしの言葉の槍に、サキのピュアハートはボロボロの穴だらけにされてしまった。がっくりと膝を突いた彼女に向かって、なおも攻撃は雨のように降り注ぐ。
「アリ得ないファンタジー語られても困りマース、子供の教育によくないデース」
「まったくだよな。ナギのとこのメイドさんだったら、有能だから納得もできるけど。サキが言ったんじゃサギそのものだぜ」
「よぉ言ぅた、座布団1枚!」
「みんな、ひどいです、あんまりですぅ〜!!!」
 サキは泣いた。身も世もなく、子供の目もはばからずに大声で泣いた。そんな彼女を哀れに思ったか、和風少女が助けの手を差し伸べる。
「ワタル君、そんなふうに言うものじゃないわ。可哀相じゃない」
「伊澄さん!」
「…………」
 密かに憧れている少女にたしなめられ、バツが悪そうにそっぽを向く橘ワタル。貴嶋サキは涙に濡れた瞳で、救いの声をかけてくれた少女を見上げた。だが次の瞬間、つかのま舞い上がったサキの魂は地獄のどん底に突き落とされる。
「夢を見る権利は、誰にだってあるもの」
「……うわああぁぁああぁ〜〜、嘘じゃないのにぃ〜〜!!」
 もはや恥も外聞もなく、サキは全身を震わせて泣き喚いた。運命にも人生にも友人にも見放された二十歳の女性は、世間の冷たさと自らの悲運とを天上の神々に訴えかけるかのように、力の限りに咽喉を震わせて慟哭した。しかし彼女の叫び声は天に届く前に、ビデオ・タチバナを囲む高層ビルの喧騒に吸い込まれてあっさりと消え去ってしまうのだった。

Fin.

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