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ホワイト・ラブソング

初出 2008年10月05日/一部修正 2008年10月06日
written by 双剣士 (WebSite)

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 タイトルは「白い愛歌さん」の英訳です。他意はありません。

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 白いドレスを身に着けた美しい少女がたたずんでいた。
 陶磁器を思わせるきめ細かい肌、長い睫毛、触れたら折れんばかりのたおやかな腰つき……可憐な童女でもなければ妖艶な美女でもない、17歳という絶妙な年齢の少女だけが醸しだす清冽で儚げな乙女特有の空気を彼女は持っていた。そればかりではない、生まれながらに周囲に守られ孤独に耐えながら厳しく躾けられてきた姫君だけがもつ高貴なる雰囲気、余人を持って近寄りがたさを感じさせつつも仰ぎ見ずにはいられないオーラともいえる何かを彼女は全身にまとっていた。あの名門・白皇学院の女学生の中でも気品において頭ひとつ抜けた存在である彼女の役どころは、まさしく適材適所の極致といえるものだった。
 ……しかし、そんな彼女の魅力に気づくものは周囲にはいなかった。お姫さま役の彼女が登ったのは商店街ヒーローショーのステージの上で、見上げる観衆たちの視線は囚われのお姫さまではなく華々しい戦闘を繰り広げるレッドやブルーの方に向いている。見る人が見れば中世ファンタジー映画のヒロイン抜擢間違いなしと思われる彼女のいでたちは、ここでは単なる舞台の飾りにしか過ぎなかった。望んで登ったステージでないとはいえ、それなりにプライドも責任感もある彼女にはそれが不満だった。
《はぁ……座ってるだけでいいって言われたけど、本当にこれでよかったのかしら?》
 お姫さまのコスプレをした霞愛歌は、敵方の戦闘員たちを派手に吹き飛ばす主人公レッドの勇姿を眺めながら、小さくため息をついたのだった。


 そもそもの発端は昨日の舞台にさかのぼる。地元交流の一環として引き受けることになった商店街のヒーローショーの共演者に欠員が生じ、ヒーロー戦隊のブルー役として飛び入り参加した少年によって抱きつかれたり胸をつかまれたりと散々な目に遭わされた主人公レッド。思わぬ仲間割れに観衆たちは大受けだったが、当のレッド……桂ヒナギクは完全におかんむりだった。
「なんなのよ、もう! なんで大勢の見てる前で、私がこんな目に遭わされなきゃいけないわけ?」
「まぁまぁ、お客さんも喜んでたことですし……」
 楽屋に帰るなりレッドの仮面を叩きつけて文句を言い始めたヒナギクに対し、なだめるように冷たい麦茶を差し出す愛歌。そんな態度が却ってヒナギクの癪に触ったらしい。
「だいたい愛歌さん、どうして我関せずみたいに涼しい顔していられるわけ? あなたが引き受けてきた仕事なんだから、欠員が出たらあなたが埋めてくれるのが筋じゃない!」
「でも私、運動はからっきしだし……」
「ずるいわよ、私にばっかり恥ずかしい思いをさせて! 学校でも面倒なことは全部私に押し付けてくるし!」
 そうやって文句を言いながらも全部きちんとやってくれるあなただからこそ、私は会長に推薦したのよ……間違ってもそんなことを当人に向かっては言えない。だがそんなことを考えて生じたわずかな逡巡が、翌日からの愛歌の運命を変えてしまった。
「とにかく、愛歌さんにも目に見える形で貢献してもらわないと気がすまない! 明日から私と一緒にステージに立って!」
「え、そんな、でも……私は走るのもキャッチボールも出来ない運動オンチよ?」
「そんなの問題じゃないわ、こうなったら意地でも連帯責任を負ってもらいますから!」


 ……という経緯で強引にねじ込まれることになった『囚われのお姫さま』というポジション。観客の何人かをステージに上げて振り回したり持ち上げたりして怖がらせるという、ヒーローたちが登場する前に悪の怪人たちが演じる恒例のイベントがカットされて、その代わりに愛歌の演じるお姫さま相手に暴虐の限りを尽くすというイベントが追加されることになった。もちろん子供向けのイベントであるから軽く突き飛ばしたりドレスの隅っこを剥ぎ取る程度のことだが、病弱で学芸会にすら参加したことのなかった愛歌にとっては小さな晴れ舞台である。
 後から出てくるヒーローたちを引き立てるには、ここで自分がたっぷり観衆の同情を引いておく必要がある……そう考えた愛歌は精一杯、非力で哀れで儚げなヒロインを演じたつもりだった。しかし観客から浴びせられたのは熱演への拍手ではなく露骨なブーイング。そりゃそうである。ヒーローショーを見に来る子供たちにとっては怪人たちにいじめられてヒーローに助けてもらうのも楽しみの一環なわけで、その美味しい部分を役者にとられて面白かろうはずがない。映画を見に来る客とは期待するものが全然違うのだから。だが当然ながら愛歌はそんな児童心理に気づく由もない。
《これは……やっぱり可憐さとか愛らしさが足りないってことかしら?》
 日頃から年上の同級生としてお姉さま扱いを受けることの多い愛歌である。初日の失敗に斜め上の解釈をした彼女は、可憐さをアピールするための作戦を練り始めた。


 そして翌日。ステージで愛歌を取り囲んだ怪人たちは、台本どおりに勝ち誇った様子で胸を張る。
「ふふふ、観念しろアイカ姫。もう誰も助けになんか来ないぞ」
 昨日までは脅えて黙りこくるだけだったお姫さまの瞳孔が、この瞬間キラッと光った。このときを待っていた愛歌は、口元を袖で押さえ瞳を潤ませながら、なよなよとした風情でつぶやいた。
「これ以上わっちを……見ないでくりゃれ?(うるるん)」
「……だぁぁああぁぁ!!!」
 その途端に観客席の一部から沸きあがる咆哮。観客も怪人たちも唖然として見つめる中、白皇学院の制服を着た女生徒が観客席からステージへとものすごい勢いで突進して来た。そして真っ赤な顔をしながら愛歌の首根っこにしがみつく。
「やめて、やめて、やめてください!」
「あら、あなた……」
 シナリオになかった乱入者の登場に顔を見合わせる怪人たち。そこへナレーションのアドリブ音声が響き渡る。
『おおっと、ここでお姫さまを慕う侍女……って言っても子供には分かんないか、メイドさんの乱入だぁ! さぁどうする怪人たち、この子も一緒にお仕置きかっ?』
「……そりゃやるよな、常識的に考えて」
「ここで同情して開放しちゃったらヒーローの出番なくなるしな……」
 予定外のハプニングながらも悪漢としての使命を全うしようと、女生徒に向かってワサワサと手を伸ばしてくる怪人たち。観客の1人がいじめられ役になったとあって、ようやく観客たちは緊迫感をもってステージを見つめ始めた。そこへ、
「待ちなさい! 悪党ども、その子をいじめるのはそこまでだ!」
「おっ、お前たちはヒーロー戦隊!」
「悪の栄えた試しなし、正義の刃を受けてみろ!」
 お約束どおりに救助に現れるヒーロー戦隊。そして怪人たちとの派手なバトルシーンが始まった。緊張感から解き放たれた観客たちは大いに盛り上がり、ショーは久々の大成功を収めた。


 こうしてヒーローと怪人たちが戦っていたころ。舞台袖に退いた2人は、真剣ながらも滑稽な会話を交わしていた。
「千桜さん、どうしてここへ?」
「そんなことはどうでもいいです! 勘弁してくださいよ愛歌さん、あんな恥ずかしいところを人前で披露するなんて」
「え、でも……」
 生徒会室でライトノベルを読み終えたばかりの春風千桜が、誰もいない部屋でふと演じて見せたヒロインの口真似。その日に偶然目にしたばかりの光景を愛歌はステージで演じて見せたのだった。愛歌にしてみれば年下らしさを演出するのに格好のネタだと思っていたのだが……。
「どんな罰ゲームなんですか、あんなのを皆の前で真似するなんて!」
「で、でも別に千桜さんのことだなんて、私たち以外には誰にも分からないじゃない」
「そーいう問題じゃなくて!」
 ラノベのヒロインの真似をしてるだけだから、自分が元ネタのファンだと思われることはあっても千桜に迷惑を掛けることはない……愛歌はそう考えていたのだが、当の千桜のほうは呑気に構えてなどいられなかった。ジャプニカ弱点帳の中身を愛歌が人前で暴露し始めた、その事実こそが問題なのだ。傷が浅いうちに制止しておかないと、この人は何を口走るか分かったもんじゃない!
「とにかく! お願いですから私の仕草をステージで演じるのはやめてください!」
「どうしてそんなに怒るの……?」
「理解できなくてもいいです、困るんです! 絶対に止めてくださいよ、いいですね?」
「……私を脅す気、千桜さん?」
 急に声色を低くした愛歌の態度に、千桜は瞬時に背筋を凍らせた。考えてみれば霞愛歌は高圧的に責められたからといって言うことを聞くような性格じゃない。そもそも弱点を握っているのは向こうのほうなのだ。失敗を悟った千桜は戦術を変更した。
「……い、1週間、いえ2週間、お弁当を作ってきます! 生徒会の仕事も全部私が引き受けます、ですから……」
「そう? 助かるわ♪ それじゃ少しは、千桜さんの希望も聞いてあげなきゃね」
 にっこり微笑む愛歌の表情に、千桜はようやく胸をなでおろしたのだった。


 ……そして翌日。生徒会室で書類整理をしているヒナギクに、千桜はおずおずと声をかけた。
「なぁ、ヒナギク……愛歌さんが商店街のヒーローショーに出てるって、知ってるか?」
「え? えぇ……そ、そうみたいね」
 自分も出演してるとは恥ずかしくて言えない。そんな逡巡を見せる彼女に、千桜は昨夜悩んだ末の提案を持ちかけた。
「あ、あのさ……愛歌さん身体弱いし、今日から私が代わろうかと思うんだ、お姫さまの役」
 愛歌の舌禍による被害を元から断とうという千桜の申し出。しかし千桜側の事情を知らない生徒会長は取り付く島もなかった。
「ごめん、ダメなのよ。あれは愛歌さんがやってくれないと意味がないの」


 放課後のヒーローショー。千桜ネタを封印されたが愛歌に焦りはなかった。弱点帳のストックは、まだある。
「ふっふっふっ、この日を待ちかねたぞアイカ姫。お前のせいで我々の組織が、どれほどの苦労をさせられたか……」
 恨み骨髄とばかりに愛歌を取り囲む怪人たち。愛歌は静かに立ち上がると、一番背の低い怪人の頭をそっと抱きしめた。
「ごめんね怪人さん……ヘンなこと思い出させちゃったみたいで……ごめん……」
「……へ?」
『おおっとぉ、ここでお姫さまが怪人を胸に抱きしめたぁ! これは愛か転向か、それとも許されぬロマンスの幕開けかぁ? どーするどーなるこの超展開!』
「え、えぇい悪人たち、尋常に勝負!」
 活劇シーンのはずがメロドラマになりかけて、あわててヒーロー戦隊が乱入する。すると愛歌は怪人から離れて、あわてるようにヒーロー戦隊に手を振った。
「ち、違う、これは違うの――! これはその、そういうことでは全然なくて……昔のただれた関係が……」
「にゃあああぁぁ!!」
 メロドラマが痴話喧嘩になりかけたその瞬間、観客席から甲高い悲鳴をあげて1人の女の子が飛び込んできた。聴衆からどっと笑いが沸き起こり、舞台はそのままドツキ漫才の場へと姿を変えた。そして紆余曲折の末に勝利を収めたヒーロー戦隊に盛大なる拍手が浴びせられた。


「もー、愛歌さんったら、どうして私のお屋敷での出来事まで知ってるんですかぁ!」
「えっと、花菱さんたちから、その、色々と、まぁ」
「ニャアア、恥ずかしいとこバラさないでください、お願いですからぁ!」
 そして舞台裏では、瀬川泉が新たな下僕に加わったのだった。


 それから1週間あまりが過ぎて。商店街のヒーローショーはすっかり街の名物になり、毎回異なるハプニングの起こるショーとして数千人単位の観衆を集めるようになっていた。観衆の中には子供たちとその保護者たちだけでなく、白皇学院の学生たちも含まれていた。というか生徒会メンバーは全員、愛歌の友人もその大半が連日のように足を運んでいた。もっとも子供たちがハプニングと漫才を楽しみに来ているのに対し、学生たちは『歩く地雷』の暴発をなんとしても食い止めようと監視しに来ているという違いはあったが。
「どうだアイカ姫、我らの恨み、思い知ったか!」
「…………」
 学生たちが固唾を呑んで見守る中盤の山場。しかし今日のアイカ姫は、口を閉ざしたまま誰の物真似もしなかった。やがて台本どおりにヒーロー戦隊が登場し、子供たちの落胆と学生たちの安堵の空気に包まれながら怪人たちとの戦闘が繰り広げられる。なんとも微妙な雰囲気の中で勝利を収めたヒーローレッドはお姫さまの前にひざまずいた。
「アイカ姫、お怪我はありませんか?」
「……(ここだわ)……」
 今日は期待外れだったか、やれやれ無事に終わったか……方向性こそ違うものの弛緩した雰囲気の流れる現在の状況こそ、とっておきのネタを披露するべく愛歌が待っていた瞬間だった。今回は台詞がちょっと長い。愛歌はこの日のために練習した、ヒナ祭り祭りの夜にゲットした台詞を、満を持して言葉に乗せた。
「遅いわよ……私との約束は……そりゃ女の子らしくなくて可愛くないかもしれないけど……1年で1番大事な日なんだから……それくらい覚えておきなさいよバカァ……」
「……どりゃあああぁっ!!!」
 その瞬間、ヒーローレッドの放つ掟破りのサッカーボールキックが愛歌の喉笛を直撃した。


Fin.

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