ハヤテのごとく! SideStory  RSS2.0

ヒナギク様は告らせたい

初出 2017年03月03日@止まり木ハヤヒナ合同本vol.2
サイト転載 2017年03月06日
written by 双剣士 (WebSite)
ハヤテのごとく!の広場へ

 上流階級子弟の通う超名門校として名高い白皇学院。
 次代の日本を背負う超エリートたちが集うその学び舎は、校舎や内装のみならず立地も広さも超一流。通う生徒たちは文武両道、質実剛健を旨として費用に糸目をつけぬ帝王教育を施され、そこの出身というだけで社交界から一目をおかれるほど。
 そんな白皇学院のもっとも高い場所は、通称ガーデンゲートと呼ばれる時計塔。その最上階にある生徒会室で、そこの主たる生徒会長……桂ヒナギクは早朝から黙々と執務をこなしていた。がらんと寒々しい生徒会室には彼女のほかに誰もいない。
 ……どことなく前作オープニングを想起させる冒頭シーンだが、事態はここから動きだす。軽快なチャイムの音にヒナギクが顔を上げると、到着したエレベータから生徒会役員……瀬川泉、花菱美希、朝風理沙の3人が笑顔とともに生徒会室に駆け込んできたのだ。そして連れてきた少年を前へと押し出した理沙は、朝の挨拶もなしに高々と宣言したのだった。

「さぁハヤ太君、今すぐヒナに愛の告白をするんだ!」

 ……行儀知らずの乱入者たちを一喝で黙らせてから、ヒナギクが理沙たちから聞き出した事情によると。
 そもそもの発端は理沙たちの所属する動画研究部が、動画甲子園(単行本四十四巻第七話)に出場したことが始まりらしい。主催が泉の父親と言うこともあってか、並み居るユーチューバーたちを差し置いて準優勝という好成績を収めた理沙たちであったが……賞状と盾を受け取って終了、という訳には残念ながら行かなかった。
 上位入賞者にはエキシビションとして取っておきの動画をUPする義務があり、理沙たちに寄せられた視聴者からの要望は「ニャンコはどうでもいいから二回戦に出てきた女の子をもう一度出せ」という声が圧倒的だったそうなのだ。
「二回戦に出てきた女の子って?」
「いや、そのぉ、つまり……」
 渋る理沙たちに肖像権とプライバシーの基本をみっちりと叩き込む約束をしてから続きを促す。とにかくそんなわけでヒナギクの動画が必要になった三人は一計を案じ、ハヤテをつれて生徒会室に突入する挙に出たと言うのだ。

「まったくもう……それならそうと、なんで相談に来ないわけ?」
「我々は映研じゃない、動画研究部だぞ? シナリオ通りにやっても面白くないだろう! その点ヒナならサプライズを仕掛けても、期待通りのリアクションをしてくれるんじゃないかと」
「いったい何を私に期待しているのよ!?」
 返事はなくとも理沙たちの期待してることは分かる。怒り狂ったヒナギクがハヤテを時計台の外へと弾き飛ばすような鮮烈動画を撮りたいのだろう。まったく失礼しちゃうわ、人を何だと思ってるのかしら……と憤ったヒナギクは次の瞬間、そう期待されるに十分すぎる過去の自分の振舞いに気づいて愕然とした。
《私ってば、いつも怒ってばかりで……優しい態度なんか全然とってなかったもんな……》
 冷静に考えてみれば、演技とはいえ好きな男の子が自分に告白してくれるのだ。ハヤテからの告白を絶対条件にしているヒナギクにしてみたら願ってもない状況ではないか。これを機会にカップル成立とまでは行かなくても、せめて自分が彼を嫌っていないという気持ちくらいは伝えられるのではないか。
 というか一つ屋根の下に暮らしていても二人の関係を一歩も先に進められないヒナギクにとって、こんな美味しいシチュエーションを見過ごす手があろうか、いや無い!
「ヒナにバレたんじゃ仕方ないな、別のネタを探そう」
「もう勝ち進む必要ないんだもんな。視聴者には悪いけど、またニャンコの動画で誤魔化そう」
「……ちょっと待ちなさい、あなたたち」
 背を向けてトボトボと帰ろうとする理沙たちを、ヒナギクは満面の笑みで呼び止めたのだった。
「と、友達が困ってるなら仕方ないわよね。どうしてもって言うんなら協力してあげても良いわよ」

  ◆  ◆

 かくして白皇学院生徒会長の全面協力のもと、エキシビション動画の撮影が始まる……はずだったのだが。
「えっとぉ、それじゃあヒナギクさん、どうか僕とお付き合いを……」
「カット! 全然感情が伝わってこないわ、やり直し!」
「す、すみません。それじゃ……ヒナギクさん、僕とお茶でも一杯どうですか?」
「カットカット! なによその下手くそなナンパは!? もっと誠意を込めなさいよ、誠意を!」
「せ、誠意って……僕いま五百円しか持ってないんですが……」
「お金じゃなぁあい!! お姉ちゃんならともかく、私にそんな手は通用しないわよ!」
 この主演女優、ノリノリである!
 始終こんな調子で、ヒナギクはハヤテの告白にダメ出しをしまくるのだった。彼女にしてみれば演技とはいえ好きな人からの告白、思いっきり素敵でロマンチックなものを望むのは無理からぬところ。まして映像に残るというなら尚更……と秘かに思っての行動な訳だが、もともとネタ動画を撮るだけのつもりだった理沙たちにとっては計算違いも甚だしい。
「な、なぁヒナ、そこまでしなくてもいいんじゃないか? 別に映画を撮りたいわけじゃなし……」
「甘いわよ理沙。仮にもコンテスト準優勝チームの作る動画でしょう、学芸会レベルじゃ名前を落とすわよ」
「そりゃ完全主義者のヒナにとってはそうかもだけど……私たちはそういうの、別に気にしないし」
「目標を下げたらいつの間にか堕ちていくばっかりなんだから! 飽くなき向上を目指し研鑽を積み重ねてこそ、本当の意味での明日が来るのよ!」
「お、おぅ……」
 修造化したヒナギクの繰り出す津波のごとき屁理屈の勢いには、さすがの理沙も白旗を揚げざるを得ない。だがそんな燃え盛る生徒会長のハートに、小さいころから一緒に居た同性の友人が待ったをかける。
「だけどヒナ、なんでそんなディテールに拘るんだ?」
「ディテールですって?」
「この動画はヒナのリアクションのほうがメインなんであって、ハヤ太君の告白は前フリに過ぎないんだぞ? 前フリにそんなに手間かける必要なんてないはずなのに……」
「そ、そりゃあ、真剣さの伝わる前フリでないとクライマックスが引き立たないじゃない? そうでしょ美希? 名作ってのはメインだけじゃなくて、そこに至る途中を丁寧に描写するからこそ見る人を引き込めるんであって……」
「どっかのSS書きに言わされてるような理屈はどうでもいいんだけどさ……まさかヒナ、ハヤ太君に告白されたいとか……」
「そそそそ、そんなこと、あ、あ、あるわけ、ななな、ないじゃないの!」
「じぃ〜〜」
 ヒナギクに告白しては玉砕してきた男の子たちを小さい頃から間近に見てきた花菱美希だけが持つ、彼女特有の恋愛センサーが作動する。本心を絶対に知られるわけに行かない桂ヒナギクは、必死に平静を装いながら『やるからには完璧を』という建前を繰り返した。もちろん美希はそんな言い訳は右から左へと流しつつ、ヒナギクとハヤテの瞳を交互に凝視していたのだが……。
《……いつもと何も変わらないな》
 花菱美希にとって、ヒナギクに好意を向ける男子のことは見慣れていても、ヒナギクが誰かを好きになる現場を見た経験は皆無。そしてハヤテからヒナギクに向けられている感情は恋慕というより困惑と畏怖に近い。
「ま、考えすぎか」
「り、理沙ちんに言われてやってるだけだもんね、ハヤ太君は」
「あ、当たり前でしょう。ヒナギクさんが僕なんかに告白されたいわけありませんよ」
 幼馴染センサーの意外な盲点のおかげで、ヒナギクは危うく精神崩壊を免れたのだった。その代償としてちょっぴり胸を痛めはしたけれども。

  ◆  ◆

 だがそんなヒナギクの孤軍奮闘も虚しく、やがて二度目の精神崩壊の危機が訪れた……彼女にではなく、その相方の側に。
「も……もう限界です、ヒナギクさん……すみません、僕にはこれ以上できる気がしません」
「な、なにを言っているの? もうあとほんの少しじゃない、ゴールは手の届くところにあるのよ? あなたならきっと出来るわ」
「もう無理です……」
 技術的と言うより精神的な限界を感じたハヤテがついにギブアップ。恥ずかしいことを無理矢理やらされた上にダメ出しばかり食らっていては無理もない。そしてそんな彼を、この場で唯一の癒やし系女子が優しく包み込む。
「おー、よちよちよち……頑張ったよね、えらいねハヤ太君。もう無理しなくて良いんだよ」
「瀬川さぁん……」
「ちょ、ちょっと!」
 怒ってばかりのイメージを払拭したくて始めたことなのに、気づけばそれを補強どころか倍増させてしまっている。失態に気づいたヒナギクはあわてて軌道修正を図るが、個人ランキング四位の豊かな胸にかき抱かれた少年の耳にはもう届かない。
「ああ癒されるぅ……僕、瀬川さんちの子になりたかったなぁ……」
「あはは、今からでも家族になってくれていいんだよ♪」
「いいのかハヤ太君、もれなく虎鉄が兄弟に付いてくるんだぞ?」
「そんなの些細なことじゃないですか、この安らぎに比べれば……」
 虎鉄以上のマイナス要因だと遠回しにディスられたヒナギクのハートに、このとき深く鋭い亀裂が入る……そしてその隙間から染み出してきたのは、普段は意識することも少ない闇色の顔をした黒ヒナギクだった。その矛先は棚ぼたでポイントを稼ぎつつある天然少女に向けられる。

《あーそうなの、
 貴女はいつでもそうやって、
 私の欲しいものを奪っていくのね……
 人の姿をした家畜……
 プライドがなく他人にすり寄ることにばかり長けた寄生虫……
 胸ばかりに栄養が行ってる脳カラ……
 なんておぞましい生き物……
 私は貴女を絶対に赦しはしない……》


 暗殺者のような視線に刺し貫かれた瀬川泉は首筋を振るわせ、ハヤテはますます怯えて縮こまる。ここに至ってさすがの理沙たちも、冗談で済ませられる状況ではないことに気づいたようだった。
「そ、そういえばもうすぐ授業が始まるよな!」
「撮影は中止だ中止、急いで教室に向かわなきゃ!」
「ハヤ太君、一緒に行こ? 大丈夫、私たちが付いててあげるから」
 三十六計、逃げるにしかず。子ウサギのように震えるハヤテを連れて、一同は魔女の住まうガーデンゲートから一目散に逃走したのだった。

  ◆  ◆

 その日の放課後。生徒会の執務を一人でこなしながら今朝の醜態を思い出して自己嫌悪に陥っていた桂ヒナギクの元に、思いがけない人物が現れた。
「ハヤテ……君? えっ、どうして……」
「今朝はお見苦しいところをお見せしました、ヒナギクさん」
「ううん、こっちこそごめんなさい! あんな風になるだなんて思わなくて……」
「ヒナギクさんの期待に応えられるよう練習してきたんです。聞いてもらえますか?」
「……え、練習って……」
 戸惑うヒナギクを前にして、一呼吸した綾崎ハヤテは蕩々と語り始めた。

 僕は今まで、仮面を被って生きてきました。
 ひどい親の元で育った自分。借金を抱えた自分。
 なんの取り柄もなく、友達にすら相手にされない自分。
 そんなものを表に出したら嫌われる。そう思い込んできました。
 人の役に立つ、頼りにされる存在になれば自分なんかでもきっと。
 そう子供の頃から信じ込んで、それ以外の自分を隠してきたんです。
 でも……誰かを好きになるって、そういうことじゃないんですよね。
 勘違いしていました。
 優しくされたから好きだとか、自分に釣り合わないから止めるとかじゃなくて。
 その人を丸ごと受け止めて、何があってもその人と乗り越えていくんだって。
 そういう決意そのものが、人を愛するってことなんですね。
 自分に出来る出来ないじゃなくて、やってみせるって決意が大事なんですね。

《やだ、格好いい……》
 ヒナギクはうっとりと彼の言葉を聞いていた。
 もちろん綾崎ハヤテという少年が、こんな歯の浮くような口説き文句を口に出来るタイプでないことは分かってる。おそらくこれは今朝の続き、エキシビション動画のための台本なのだろう。
 だが今朝の失敗を心から反省しているヒナギクとしては今更ダメ出しをするつもりはなかったし、そうする必要もなさそうだった。不幸な生い立ちをしてきたハヤテが全てを受け止めて前を向こうとしている、たとえ演技だとしても、そのことがヒナギクは嬉しかったから。

 それは僕以外の人に対しても同様です。
 人は誰でも、良い面と悪い面があります。
 当たり前のことなんです。
 可愛いところを見たから好きになるとか、意外なところを見たから幻滅するとかじゃなくて。
 その人の全てを、良くないところもひっくるめて好きになる。
 難しいことですけど、それが真実の愛というものでしょう。
 もちろん口で言うほど簡単なことだとは思っていません。
 そんな風に思える相手に出会えるのは、まさに奇跡のような確率。
 そして今、その奇跡の相手が……僕の目の前にいます。

 今朝の醜態など気にしない、怒りんぼな面も含めて貴女を愛する……彼がそう言っているようにヒナギクには聞こえた。
 今朝からヒナギクの胸に巣くっていた鬱屈がみるみるうちに清浄な清水に洗い流され、空いたところに優しいぬくもりが満たされてくる。
 桂ヒナギクは瞳を潤ませながら、目の前に差し出された彼の手を見つめた。

「いま、僕は宣誓します。
 僕という存在の全てをかけて、貴女という存在を愛しぬくことを。
 どうか僕の、偽らない気持ちを受け取ってください……

 …………泉さん!

「バカーーーッ!!!」

 瞬間冷凍されたヒナギクの乙女心は直後に大噴火を起こし、拳の向こうの少年を空高く舞い上がらせたのだった。


Fin.

ハヤテのごとく!の広場へ


 お時間がありましたら、感想などをお聞かせください。
 全ての項目を埋める必要はなく、お好きな枠のみ記入してくだされば結構です。
(お名前やメールアドレスを省略された場合は、返信不要と理解させていただきます)
お名前

メールアドレス

対象作品名
ヒナギク様は告らせたい
作者および当Webサイトに対するご意見・応援・要望・ご批判などをお書きください。

この物語の好きなところ・印象に残ったところは何ですか?

この物語の気になったところ・残念に思ったところは何ですか?