ハヤテのごとく! SideStory
僕のメイドさんとお姫様とクラスメイトが修羅場すぎる
初出 2012年10月09日
written by
双剣士
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「うわぁ―――!! 焼肉だ―――!!」
極上焼肉の匂いと照りかえる油の輝きに胸躍らせる少女たちの歓喜の叫びが、高級焼肉店「じゅじゅえん」の店内に
木魂
(
こだま
)
する。
それは白皇学院の期末試験最終日。ムラサキノヤカタに住む少女たちにねだられて、借金執事・綾崎ハヤテが試験の御褒美として高級焼肉店にみんなを連れて行くという大盤振る舞いをする日であった。焼肉を初めて食べるというナギ・マリア・アリスの3人はもちろん、千桜・カユラ・ヒナギクたちも目を輝かせている。
「ハヤテハヤテ、夢じゃないよな? 箸でつかんだ途端に破裂するとか言うオチじゃないよな?!」
「大丈夫ですよ、お嬢さま。遠慮しないでお腹いっぱい食べてください」
「でもでも、ハヤテにおごってもらえるなんて今でも信じられないぞ。何か危ない仕事でもしたんじゃないのか? お金持ちの令嬢を誘拐して身代金を取るとか、ファミレスに強盗に入るとか」
「お嬢さま。これは御褒美なんですから難しい詮索は無しですよ。みんなが思いっきり楽しんでくれることが僕への御褒美なんです、さぁ」
「うん!」
年相応の子供らしい笑顔でうなずきながら煙を上げる焼肉へと視線を移す三千院ナギ。その向かいに座る春風千桜がぽつりとつぶやく。
「綾崎君って……モテるタイプだよな〜」
「え? そんなことないですよ千桜さん。こんなこと滅多にあるわけじゃないですし」
「いや、機会の多い少ないじゃなくてさ……相手に気を使わせない心配りというか……アイツと話すときもそうだし」
「ああ、ルカさんにはこのこと内緒ですよ? さすがに2連続でおごるのは無理ですし」
「……そうやってちょっとだけスキを見せるとこなんかも……」
肩をすくませてゴニョゴニョと口ごもる千桜と、なぜか同じように頬を染めるヒナギク。だが年少組の元気な声が、そんな空気を一瞬にして吹き飛ばす。
「ん―――♥ おいし―――♥ ありがとうハヤテ!! 焼肉とっても美味しいぞ!!」
「はぐっ、はぐっ……これが、焼肉……の、味……ですのね……」
「神の恩寵、天上の美味……ありがとう執事君……」
「あ……ありがとうございます」
3人の喜ぶ声を皮切りに、生徒会の2人も箸を伸ばし始めた。しかしそんな様子に頬をほころばせるハヤテに、ちょっと引いた位置からこの光景を眺めていたメイド服の女性が声をかけてくる。
「でも……どうやって、こんな高級焼肉を……」
「え? そ、それは……企業秘密です」
「は?」
咲夜に渡した1枚の肩たたき券が巡り巡ってこうなったとは、さすがに言えないハヤテであった。
* *
その後、高級焼肉店の網の上では食べ盛りの少女たちによる仁義なき骨肉の争いが繰り広げられることになる(焼肉だけに)。
・食べる速度の遅いナギやアリスの前からカユラたちが生焼けの肉を奪い取る
『領海侵犯』
・怒ったナギたちがモヤシやタマネギを使って築き上げた
『ベルリンの壁』
・好きな肉を奪われないうちに自分の領土内に確保しようとする
『レアアース争奪戦』
・マリアの仲裁により国境が取り払われ、肉や野菜が順番に配給される
『大マリア共栄圏』
・そしてその共栄圏の枠外で生焼け肉を調味料の瓶と交換する
『闇の市場経済』
・焼けるのが遅いゆえ大マリア共栄圏から除外された網の隅部をめぐる
『湾岸戦争』
・それが高じて、共栄圏とは別の国境線を引いてゴリ押ししようとする
『コショウ盤ライン』
などなど、名門学院の学生らしい知的で複雑怪奇な抗争が、少女たちが満腹になるまで続いたのであった。
だが、本当の地獄はこれからだったのである……。
* *
それは、春風千桜の何気ない一言から始まった。
「そういえば綾崎君、ほとんど肉を食べてないんじゃないか?」
「え? そ、そんなことないですよ、マリアさんからの配給もありましたし」
この宴の間、ハヤテは年少組の世話ばかり焼いて自分ではほとんど何も食べていない。もちろんマリアは彼の分の肉をちゃんと確保していたのだが、焼きあがった肉は結局すべてが別の少女の胃袋へと納まっていた。ハヤテが箸をつけたのは年少組が食べないまま焦げかけていたキャベツやピーマンばかりだった。
「ハヤテ君、ひょっとしてお肉が嫌いだったんですか?」
「い、いえそういうわけじゃないですけど……今日は皆さんの労をねぎらう御褒美なわけですし」
マリアの問いかけをさらりとスルーする綾崎ハヤテ。仁義なき争奪戦の最中は「それじゃ遠慮なく」と肉の奪い合いに興じていた面々も、胃袋の膨らんだ終盤ともなると献身的な少年執事の腹具合を気にかけずには居られなかった。焼肉が食べたいと最初に言い出した春風千桜は特に。
「綾崎君も遠慮しないで食べてくれ。綾崎君にはいつも世話になってるし……一緒に期末試験を受けた仲間じゃないか」
がっちゃ――ん!!
その瞬間、高級焼肉店に甲高い音が響き渡った。皿と箸を落とした桂ヒナギクが、全身を震わせながらこう漏らしたのである。
「ちょ、ちょっと待ってよ……それじゃなに? 私たちは同じ試験を受けたクラスメイトから、タダで焼肉をおごってもらってたわけ? 試験を終えた御褒美を、同じ試験を受けたハヤテ君におねだりしてたわけ……?!」
「な、なにを言ってるんですかヒナギクさん。僕はそんなこと全然……」
「……すっかり忘れてた」
愕然とするヒナギクをなだめようとしたハヤテだったが、火の手は最近やってきた編入生からも上がった。
「アパートについてる親切な執事君だと、勝手に思い込んでた……執事君も学生だったんだ。一緒に学校行ってたのに完全に忘れてた……これは洒落にならない借りを作ったことになる」
「カユラさん、それは……」
「そうでしたわね……どちらかといえば、私が皆さんにおごってあげなきゃいけないんでしたわ……あまつさえ期末試験を受けてない私が、風邪を引きながらも頑張ってくれてたハヤテ君のおごりに甘えてしまうなんて……」
「マ、マリアさん、いいんですよそんなこと、僕は皆さんが……」
「それを言うなら私も同罪ですわ……3食昼寝つきで試験も受けず、ハヤテに甘えまくっていたのは私のほう……こちらから御褒美を渡さないといけない立場でしたのに」
「アーたんまで!!」
燎原の火のごとく、あっという間に燃え広がった反省と後悔の蒼い炎。それは楽しい御馳走の雰囲気を瞬く間に冷却して重苦しい空気へと変えてしまっていた。困ったように辺りを見渡すハヤテに、こんな空気を作りたいわけじゃなかった千桜が助け舟を出す。ところが……。
「な、なぁ、そういうことだからさ。公平に割り勘ってことにしないか? アパートに帰ったら、綾崎君にお金を返すってことで……」
「却下だ!」
「お、お嬢さま?!」
1人だけ黙っていた三千院ナギが、千桜の提案を即座に否定する。
「ハヤテは本来、こんなに金回りのいいやつじゃないんだ。どうやってお金を作ったか知らないけど、今日この日のために普通の人の10倍20倍の血と汗を流したに違いない。それも私たちと同じ試験勉強をしながらだぞ……割り勘で返すって? そんなことでハヤテの気持ちに報いられるものか!」
「あ……」
「焼肉の恩は焼肉で返すしかないんだ! マリア、オーダー追加! とびっきり最高級の焼肉を1人前、すぐに持ってこさせろ!」
* *
かくして最高級の焼肉を、誰かと奪い合うこともなく堪能できることになった綾崎ハヤテ。だが当の本人は喜ぶどころか逆に引き気味であった。1つには追加オーダーしたことによる予算増加の心配、もう1つは6人の美少女たちがじっと見つめる中で食べ続けるという居心地の悪さである。とはいえ6人はすでに満腹なのだから、嫌でもそういう形にならざるを得ないのだが。
そしてやがて、あることに気づいた剣野カユラが第2幕のゴングを鳴らす。
「執事君、あーん」
「え、えぇっ! カユラさん?!」
焼肉を箸につかんでハヤテの口元に差し出す、嬉し恥ずかしのポーズをとるカユラ。ななな何をするのだと金切り声を上げるナギに、彼女は普段どおりの眠そうな表情で言い放った。
「考えてみると、執事君が焼肉食べるのは当たり前。恩返しにも何にもなってない……今さら割り勘にされても困るから、せめてサービスしてあげる、あーん」
「さ、さ、サービスぅ?!」
「ちょ、カユラさん、それ、困ります、そのぉ……」
「あーん」
ぐいぐいと迫るカユラと、じりじり後じさるハヤテ。するとそこへ2枚目の焼肉が差し出された。
「ハヤテ、あーん」
「あ、アーたん?!」
「恩返しというなら私だって同じ。いつも感謝してますわ、あーん」
ハヤテにとって懐かしい笑顔を浮かべたまま迫ってくるアリス。だがハヤテの方はパクッと食いつくことは出来なかった。周囲の目もあるがそれより何より……こういう幸運に際してどう振舞うべきか彼には分からなかったのだ、これまでの人生になかったことだけに。
「そういうことでしたら、私もやってあげましょうか。日頃からハヤテ君には助けてもらっていますし……はい、あーん」
「……こ、この流れだと、言いだしっぺの私が尻込みするわけにも、な……綾崎君、あーん」
カユラ、アリスの2人にマリアと千桜まで加わった攻勢に、ハヤテは壁際へと押し込まれてしまった。いっそカユラが最初に差し出してくれた肉を素直に食べていればと後悔しても後の祭り。美女と美少女と美幼女に迫られるというエロゲ的展開に期せずして陥ったハヤテは、リア充すぎる展開を前にして逆に背筋を凍らせていたのだった……『いったい後でどんなオチが待っているんだろう』と。
こうしてハヤテが嬉し恥ずかし後怖しのジレンマに苦しんでいるとき、ナギとヒナギクの2人は視線と箸を激しく行き来させながら次の一歩を踏み出せずに固まっていた。目の前で繰り広げられているのは男子のみならず恋する乙女にとっても
垂涎
(
すいぜん
)
のシチュエーションである。だがそれだけにツン属性の2人にとっては、他の4人とは段違いの勇気が必要とされるのだった。ザコとは違うのだよザコとは!
《ほらハヤテ、あーん……って、こんな恥ずかしいことが出来るか! それに今の空気じゃ、ハヤテのやつ絶対に素直には口に入れてくれないぞ。かといって私の肉が食べられないのかって命令して食べさせるのもアレだし……》
《ハヤテ君、あーん……きゃー恥ずかしい、言えないわよそんなこと! でもこんなこと出来るチャンス滅多にないし……恥ずかしさを紛らわすにはやっぱり、お相子って形を取るべきかしら? でもこれ以上食べて、食いしん坊って思われるのも嫌だし……》
第三者的に言えばハヤテに恋愛感情のない4人が『あーん』してる状況なのだから、ナギとヒナギクだって真似をすればいいのである。だがそこはやはり、2人に共通するもうひとつの属性『負けず嫌い』が見え隠れする。
《やっぱりほら、
私がお肉を食べさせるからには……
ハヤテに1番に
喜んでもらいたい
(もんな)
(わよね)》
だがそうやって逡巡しているうちに、壁際に追い込まれたハヤテに4人の魔の手が迫る。そして選ぶに選べないハヤテが、4人分まとめて口に入れてやるとばかりに大きく口を開いたとき……2人はあわてて立ち上がった。
「こらハヤテ、鼻の下を伸ばしてだらしないぞ! マリアたちもだ、そんな押し売りみたいなことしてサービスになるもんか!」
「そ、そうよそうよ、それにこんな人目のあるところで破廉恥なこと、生徒会長として認められないわ!」
「お嬢さま! ヒナギクさん!」
地獄に仏とばかりに顔を輝かせるハヤテを見て2人は失策を悟った。当面の危機を脱した代わり、自分の手でますます『あーん』のハードルを上げてしまったのだから。
《
《
私
の
バ
カ――
―ッ!!》
》
そんな2人の気持ちを知ってか知らずか、借金執事へと迫っていた4人の魔女たちは首だけ方向を変えて口々に文句を言い始めた。
「でもたっぷりサービスしておかないと、おごってもらった分を返さなきゃならないし」
「たまにはハヤテにだって、食べ切れないほどの幸運があっていいと思いますわ」
「今日だけはハヤテ君にも、デレデレする資格があると思いますし」
「べ、別に綾崎君に含むところがあるわけじゃないけど……これくらいのお返しはしとかないとな」
下心のあるナギたちと、善意または打算が100%を占める4人とでは、説得力に差がありすぎる。不利を悟った2人は方向の転換を図った。
「で、でもハヤテは困ってるじゃないか! そんなやり方でハヤテが喜ぶわけないだろ!」
「そうよ! ここはちゃんと順番を決めて、1人ずつハヤテ君にサービスするべきだわ!」
「それじゃ最初は私だな! ハヤテへの感謝の気持ちは誰にも負けないし!」
「ちょっと待ってよ、これは試験終了の打ち上げなんだから、生徒代表の私が先頭に立つべきでしょ!」
「何を言うんだヒナギク、領海侵犯を黙認したへタレ同盟国は黙ってろ!」
「何ですって、そんなの自分で守らないのが悪いんじゃない! ハヤテ君の分の肉まで食べてたくせに!」
こうして仲間割れを始めた2人の低レベルな争いを、首だけを曲げていた4人はゲンナリと見やった。ハヤテはその瞬間を見逃さなかった。差し出された4枚の焼肉を宙へと跳ね上げると、瞬時にテーブルに駆け寄って焼く前の生肉を載せた皿でそれらを受け止め、そして網の上にあった生焼け肉ともども一気に口の中へと放り込んだのである。
「こ、これで……ぜんぶ僕が、い、いただきました。ぜんぶ食べちゃいましたから、も、もう、喧嘩は止めてください……」
そして焼肉と生肉をいっべんに喉に詰め込んだ綾崎ハヤテは、そのまま白目をむいて倒れ伏したのだった。
* *
その後。体調回復した後で会計に挑んだハヤテは、店員さんの示す金額を聴いた途端に安堵のあまり床に膝をついた。ヒナギクが店の外から駆け寄ってくる。
「よ、良かった……追加分が予算を超えなくて。てっきり1人で皿洗いのオチがつくかと……」
「ハヤテ君、大丈夫?」
「えぇ大丈夫です。いやぁ良かったです、これも先生の制服が高く買ってもらえたおかげですよ」
「先生の制服?……ちょっと、詳しく聞かせてもらえるかしら、ハヤテ君……?」
安心して口を滑らせてしまったハヤテは、ヒナギクの手に握られた木刀を目にして不意に悟った……本当のオチは、これからだということを。
Fin.
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