ハヤテのごとく! SideStory
Innocent Hearts
初出 2005年10月03日
written by
双剣士
(
WebSite
)
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こんなに天気の良い休日には、いくら出不精な人間でも外に這い出したくなるもの。某ロボット企業の開発主任を務めるマッドサイエンティストといえども例外ではない。そしてそれがうら若き女性となれば、向かう先は決まっている。
「エイトぉ〜、これもお願ぁ〜い♥」
「かしこまりました、牧村さん」
久しぶりに訪れたデパートの催し会場で、無邪気な顔であれもこれもと買い込む
牧村志織
(
まきむら しおり
)
。そのあとには彼女が開発した最新鋭介護ロボット『エイト』が荷物持ち役として付き従っていた。エイトの両手にはすでに身長と同じくらいまで箱の山が積み上げられている。
「本当、エイトがいてくれて助かるわぁ。でも大丈夫? 落としたらダメになっちゃう品物もあるんだけど」
「問題ありません。お任せください、牧村さん」
「そっか♥」
金属触手を巧みに操って、志織が差し出す品物を積み上げた荷物の頂上に乗せるエイト。傍目には荷物の重さと積み上げたバランスの悪さとで限界が近いようにも見えるが、そこは最新鋭の介護ロボット、綿密かつ高精度なアームアクションが頼もしげな言葉を裏付けていた。まして今回は大好きな主任の役に立てるということでエイトの電子頭脳にも気合がみなぎっている。今の彼なら、荷物の最下段にあるのが割り箸1本だったとしてもバランスを崩すことはないであろう。
「見て、あれ、変なロボット連れて……」
「こんなデパートにつれてくるなんて非常識よねぇ、脇を通るの邪魔だし危ないし」
デパートに押しかけたオバサン連中から、ひそひそと遠慮のない呟きが漏れる。お世辞にも美的センスに優れるとはいえない半球状の頭部と寸胴ボディを備えたロボットが子犬のように美女の後を追いかけていく様は、事情を知らない野次馬にとっては嘲笑の的であった。そんな周囲の空気を肌で感じた志織の脳裏では、介護ロボットの次期バージョンに関するひらめきが超高速で駆け巡る。
《う〜ん、やっぱりメカメカした外見のままで外に出すのはきつそうねぇ。介護ロボットって言うからにはお買い物だって任せられるようにしたいし。帰ったら課長に提言しよっと♥》
恥ずかしいとか格好悪いとか、お年頃の女性らしい感情は微塵もない、あくまで開発者としての思考に入ってしまうのが牧村志織の真骨頂であった。そして数秒後に1つの実験案を思いついた美貌の開発主任は、にっこりと微笑みながら介護ロボットのほうを振り返る。
「ねぇエイト、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ななな何でしょう、あああ改まって、牧村さん」
「その荷物、家まで送ってもらえるよう配送の手配をしてくれないかな?」
「えっ……なにかご不満でもありましたか? オレでは荷物もちの役に立たないとでも?」
「ううん、そうじゃないの。配送センターの人と交渉して、お金払って、宛先指定して……そういうのをエイトにやってもらったらどうなるか、データ取ってみたいんだ〜♥」
「お、オレが1人でやるんですか?」
「そう♥ 私ここで待ってるから、あなただけで行ってきて。世界一の介護ロボットになるためよ、エイト」
「は、はぁ……」
エイトとしては志織のそばを離れるのは辛かったが、実験だと言われては断るわけにもいかない。こうなったら頼まれたことを完璧にやり遂げて牧村さんに喜んでもらおう、そう心に決めた彼であった。
「フッフッフッ、1人になるのを待ってマーシタ、お嬢さん」
「ほえ?」
人ごみの中に消えていくエイトを見送った志織の背後から、怪しげな男の声が降りかかる。振り返った牧村志織はその声の主を認め……忘れようにも思い出せない顔だと早々に結論付けた。
「誰だっけ?」
「ノォー、忘れたとは言わせマセーン。あんたの作ったポンコツロボのお陰で、ミーはハヤテさんとナギのお嬢に酷い目に合わされマーシタ」
三千院家の遺産を狙う謎の外人、ギルバート。叩かれても叩かれても見苦しく這い上がってくる雑草のような男である。本来なら三千院家傘下の企業に務める志織がギルバートの陰謀に手を貸すなどありえないことなのだが、いかんせん半分寝ぼけていた頃のこと。ギルバートに頼まれたことも巨大ロボを作ったことも、すでに志織の脳内データベースから消えている。(詳しくは単行本3巻所載の30話『心を揺らして』をご覧あれ)
「そうだったっけ?」
「フッ、あくまでシラを切る気デースネ。それなら身体で思い出させてあげマース、お仕置きタイムデース」
変質者そのものの喋り方に客がドン引きし、ぽっかりと空間の空いたデパートの店内。そんな中で志織と対峙したギルバートは腰から武器を抜いてスイッチを入れた。その武器が鈍い音と閃光を放った瞬間……狙われてるはずの牧村志織は表情を輝かせて、その光る武器のほうへと瞬間移動した。
「すごいすごーい、これってライトセイバー? 本物見るの初めてなんだ〜♥ ねー触っていい? どーやって長さを保ってるの?」
「…………」
「ねぇ、もう1本持ってる? ライトセイバー同士が打ち合ってもすり抜けないのは何でなのか興味あったんだ〜。やってみよやってみよ♥」
「……えぇーい、うるさいデース! 馴れ馴れしくしないでクダサーイ!」
唖然とした空白の時間から立ち直ったギルバートは激しく腕を振った。跳ね飛ばされた志織は笑顔のままで尻餅をつき……切り落とされた眼鏡の弦がはらりと顔から落ちた瞬間、笑顔のまま表情を凍らせた。遅ればせながら訪れた恐怖心が、腰の抜けた彼女の全身を縛る。すべての音が消えた静謐な空間の中で、光の剣を振り上げて迫ってくる変態外人の姿だけがスローモーに志織の瞳に刻まれる。
《あっ……私、死ぬのかな……》
子供の頃から好きなことばかりやってきた人生だった。おしゃれにも彼氏にも縁のない22年の人生だったが後悔はしていない。それなりに楽しかったし嬉しいこともあった。心残りがあるといえば……。
「エイトぉ〜!!!」
「エイトぉ〜!!!」
その声が届いた瞬間、配送受付所にいたエイトの身体は瞬時に反転した。積み上げた荷物の山を跳ね飛ばしながら志織のほうに振り返ったエイトの胸部から、轟音と共に小型ミサイルが放出される。そしてマッハ2で飛来したミサイルは、志織の頭まであと20センチに迫っていたギルバートの頬と右手を直撃した。
「げふっ!!」
大きく体勢を崩したギルバートの全身に、怒りのミサイルが雨あられと降り注ぐ。介護用ゆえ爆発力は控えめだったが、ギルバートにとっては一瞬で全身散り散りにされたほうが幸せだったろう。数十発もの巨大な弾丸をくらったギルバートはフロアの壁へと吹き飛ばされ、なおも追い討ちをかけるミサイルによって壁の中に埋め込まれてしまった。デパートのフロアに充満した轟音と煙がようやく収まってきた頃、志織の視界に飛び込んできたのはドタドタと格好悪く駆け寄ってくる寸胴ロボットの姿であった。
「牧村さん! 牧村さん!」
「エイトぉ〜!」
命の危機を救ったロボットとお姫様の感動的な再会。エイトの胸に勢いよく飛び込んだ牧村志織は……露出したままだったミサイル発射口に思い切りおでこをぶつけ、あいたたと額を押さえながらその場にうずくまった。その光景を見守っていた群衆の額から、大粒の汗が滑り落ちる。
「あ、あの、大丈夫ですか、牧村さん?」
「いたたたた……う、うん大丈夫、ありがとうエイト♥」
エイトにもし表情があったとしたら、このときの彼は天にも昇るような惚け方をしていたことであろう。
「すみません、オレがついていながら……もう2度と、牧村さんを危ない目にあわせたりはしませんから」
「うん、助かった。帰ったら最高級のオイルを入れてあげるね……ねぇ、ところで買っといたオイル、送ってくれた?」
「えっ?」
感動的な再会から一転、現実に戻った志織とエイトが見たものは……粉々に破壊されたデパート会場と商品の残骸、そして我に返った群集たちと店員たちの憤怒の視線であった。大昔のロボットドラマなら
「0点」
という紙が出てきそうな周囲の状況に、世界一の介護ロボットとその開発者は抱き合ったままタラタラと脂汗を流すのであった。
その後の処理は大変だった。
ギルバートが病院に運ばれてしまった以上、惨事の責任を取れるのは牧村志織しかいなかった。店内の修理代として志織のボーナス3年分が吹っ飛んだ。怪我人こそ出なかったものの煙と粉塵をかぶったお客さんが多数いたので、そのクリーニング代も志織の負担となった。被害を受けた客のほとんどがオバサン連中で、命を狙われた志織に対しても遠慮のない損害補填を求めてきたことが彼女の負担を倍加させた。そしてなにより、志織の買い込んだ荷物はことごとくゴミ屑となっていた。
ぺこぺこと頭を下げて回る志織の様子を見て、エイトは軽く落ち込んでいた。志織の命こそ救えたものの、荷物持ちとしての役目はちっとも果たせなかった。周囲の人たちからはポンコツと陰口を叩かれ、ミサイル発射で迷惑もかけた。オレってやっぱりダメロボットなんだろうか、このことが会社に知れたら分解されちゃうんじゃないだろうか。後始末に奔走する志織の手伝いすら出来ない無力感もあいまって、電子頭脳を駆け巡る負のベクトルは加速度的にその数を増しつつあった。
しかし。後始末を終えた牧村志織の差し出した手を見た途端に、そんな鬱屈は煙のように消え去った。闇色に塗りこめられた電子頭脳は一瞬にして春の色に染まり、重かった手足は羽のように軽くなった。そんなエイトの電子カメラに、眼鏡を外した志織の笑顔はとてもまぶしく映った。
「帰ろ、エイト……手、繋ごっか♥」
Fin.
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