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拳で語れ

初出 2013年03月11日
written by 双剣士 (WebSite)
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 不意にかっこいいクラウスさんを書いてみたくなって、一気に書き上げた短編です。
 本作は2012年秋のアニメ3期の設定に基づいていますが、まだ見ていない方でも楽しめるように書いたつもりです。

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   貴方は、私が思っていたような人とは違うけど
   この先も、運命の人は現れそうにないから
   運命の人は、貴方でいいや
   けど、私たちお互いのこと何も知らないじゃない?
   だから……貴方、私の執事になりなさい


「なぁんですとぉ?!」
 三千院家に勤める一流の執事、クラウスこと倉臼くらうす征史郎せいしろうは電話に向かって金切り声を上げた。それは愛する女主人・紫子ゆかりこを置いて1泊2日の出張に出た翌朝のこと。安否確認とご機嫌伺いを兼ねて邸宅に電話したところ、脳天気な女主人から返ってきた驚愕の事後報告がクラウスの脳細胞を瞬時に活性化させたのだ。
「昨日の晩、コソ泥に入られたですって? それでその泥棒をお嬢さまの執事にするですって? お気は確かですか、紫子お嬢さま?!」
「うん♪ だってあんなイケメン、もう出会えるかどうか分かんないし♪」
 病弱ゆえに邸宅に閉じこもりがちで世間知らずなところのある女主人だが、ここまで脳内お花畑だったとは。紫子を1人にしたことを激しく悔やみながら、クラウスは口から泡を吹きつつ言葉を継いだ。
「なにを考えておられるのですか?! そんな得体の知れない、どこの馬の骨とも分からん男を……」
「だからぁ、それを知り合うために執事になってもらうんじゃない。そんなわけでシンちゃんが傍にいてくれることになったから、安心して出張を済ませてきてね、クラウス」
「冗談ではありませんぞぉ〜〜〜!!!」
 クラウスは電話をガチャ切りすると、すべての予定を放り出して自分の車に飛び乗ったのだった。


 仕事も使命も放り出し、常識も交通法規もかなぐり捨てて、クラウスが三千院家に戻ってきたのは1時間半後のこと。その間に紫子は、親友たちに向けて新任執事のお披露目を済ませていた。
「パツ金のイケメン執事さん……ぽっ」
「こんなの変だよ、絶対おかしいって、お姉ちゃん!」
 息せき切ってクラウスが扉を開けた先には、紫子の親友、鷺ノ宮初穂と橘美琴の姿があった。紫子を崇拝して何をするにも異を唱えない初穂と、ずっと憧れの目で見てきた紫子の隣にオトコが割り込むことに嫌悪感を示す美琴。もちろんクラウスの立場と気持ちは後者寄りである。
「紫子お嬢さま!!」
「あら、お帰りクラウス、ずいぶん早かったのね」
「紫子お嬢さま! これこの通り、クラウスが戻ってまいりましたぞ! さぁ捨てましょう追い出しましょう、こんな訳の分からない男は!」
 3人の少女が視線を向ける先にはあえて目を向けず。クラウスは顔も見たくない男に指先だけを突きつけて、紫子に翻意を迫った。不審侵入の犯罪者、正体不明の色事師、こんな男を身辺に置いたら何をされるか分かったもんじゃない……「そうそう、言ってやって言ってやって」という美琴の声にも背中を押されて、悪態の限りを尽くしてクラウスは青年をののしり続ける。ところが責められ続けて涙目になった紫子の口からは、お返しにとんでもない言葉が飛び出した。
「だったら……クラウスもクビにする」
「……な、なぜ?!」
「だってそうじゃない、あなたの留守中にそんな怪しい男の侵入を許したんだから! 執事の役目を果たせないというなら、どっちも同じよ!」
 手塩にかけて育てた女主人からのあんまりな言葉に、絶句したまま口をぱくぱくと空けるクラウス。するとそこへ、今まで一言も発しなかった青年泥棒が口を挟んできた。
「いえ、この人の言うとおりです」
「シンちゃん! クラウスの言うことなんて気にしなくっても……」
「お嬢さまにお許しをもらったとはいえ、僕は泥棒で不審侵入者……出て行けと言われるのは当たり前です」
「わ、わかっておるではないか……」
「こんな僕ごときの侵入を許したことはその人の責任かもしれませんが!! その程度の人にボロクソに言われるのは悔しいですが!! でも、それとこれとは別です」
 金髪青年の殊勝な申し出は、クラウスのプライドにグサグサと突き刺さっていく。初穂の視線も青年への同情と言うよりクラウスを責める色合いへと変わっていく。クラウスは風向きの変化を感じざるを得なかった。
「だったらやはり……」
「ま、待ちたまえ! そこまで言うなら、一度だけチャンスをやろうではないか」
《ひよっちゃった……》
《日和りましたね、クラウスさん》
 美琴と初穂からの冷ややかな視線を浴びながら、クラウスは庭に出るよう青年を促したのだった。


「紫子お嬢さまの執事になるからには、お嬢さまの身を守れなくてはならん。第2第3の貴様が現れたとき、あっさりやられてしまうようでは話にならんのだ。腕のほどを見せてもらうぞ」
 上半身を脱いで鋼鉄の筋肉を誇示しながら、クラウスは金髪のコソ泥……シン・ハイエックと対峙した。決戦のゴングが鳴るのを待つ間、橘美琴はクラウス側、紫子と初穂はパツ金執事側についてあれこれと言葉を交わしている。
「大丈夫、シンちゃんならきっと勝てるよ。私、信じてるから♪」
「あ、いやでも……めちゃくちゃ強そうじゃないですか、あのおっさん?」
「大丈夫だよ。そりゃ若い頃は、私がふざけて撃った44マグナムの弾を前歯で受け止めたこともあった人だけど、なにしろもう40過ぎだし」
「いやいやそれ、十分人外でしょうが!」
 肝を冷やすシン・ハイエックとは対照的に、クラウス陣営の方は過激そのものである。
「一撃必殺、やっちゃっていいから」
「あ、いや殺すまではしなくても……あの若造に身の程を教えてやるだけですし」
「下手に粘られたりしたら、お姉ちゃんが同情しちゃうかもしれないじゃない! 死なない程度にボコボコに、なんて手加減は不要よ。いますぐこの世から退場させちゃって」
「……まぁ、このお屋敷から今すぐにでも退場させたいのは、私も同感ですけどね」
 不穏な空気のまま2人の男は5メートルの距離をとって向かい合う。紫子が天に向けて放つ44マグナムの銃声が、決戦開始の合図である。クラウスが武者震いに、シン・ハイエックが生命の恐怖に身を震わせるなか、そんな雰囲気を塵とも解さないお気楽姫君の声が鳴り響く。
「それじゃ、いっくよぉ〜(ぱあぁぁん)!」
 その音と同時に、一瞬で距離を詰めたクラウスの左拳が青年泥棒の顎をとらえる。シン・ハイエックは高らかに宙へと舞い上がり、その数秒後に地面と激突、そして糸の切れた人形のように地面へと這いつくばったのだった。


「あ、あれ? これで終わり?」
「わーい、クラウスさんすごーい!! どうだ参ったか!」
「まぁ、シンさんったら……年をとって衰えたクラウスさんのプライドを傷つけないために、わざと負けてあげるなんて……なんてお優しい……」
 ギャラリーの女子3人が好き勝手を言うなか、クラウスは崩れ落ちたシン・ハイエックの元にゆっくりと歩み寄った。しかし彼の表情には勝者の余裕も敗者への侮蔑もない。打撃の瞬間に拳に感じた、わずかだが確かな違和感。クラウスの頭を占めているのは、今はそれだけだった。
「どういうつもりだ……」
「……へ、へへへ……」
「初撃は外すつもりだった。貴様の鼻先をわざとかすめて、それで腰を抜かすようなら殴る価値もない、それを確かめるつもりだった……それなのに貴様、拳の軌道を変えてわざと身体で受けたな? それだけの技量があれば、避けることなど造作もなかったろうに」
「に、逃げちゃ話にならないでしょうが……僕は、お、お嬢さまを守る盾にならなきゃいけないんだから」
「ほぉ、いっぱしの口を利く……この半人前がぁっ!!!」
 ひとかけらの容赦もなく、クラウスは革靴のカカトを青年泥棒の鳩尾へと振り下ろした。青年の身体が海老のように跳ね上がり、吐いた胃液が中年執事の頬に飛び散る。だがそれを拭いもせず、クラウスは2撃目3撃目と脚を振り下ろした。
「ぐはぁっ!!!」
「なんて愚かな、なんて浅はかな、そしてなんて弱い……ここは貴様などが来るところではない。さっさと逃げ帰るがよい」
「……か、帰るところなんて……ない……」
 だが青年の心は折れない。8度目の鳩尾蹴りを受けてようやくクラウスの脚をつかんだシン・ハイエックは、ぜぇぜぇと荒い息をつきながら鋭い眼光でクラウスを見つめ返した。
「ぼ、僕には何もないから……盗んでも盗んでも何も手に残らなくて、気遣ってくれる人も誰1人いなくて……初めてだったんだ、こんな僕に『ここにいて欲しい』なんて言ってくれた人は」
「…………」
「シンちゃん……」
 口に手を当てた紫子が見つめるなか、2人の漢は激しい視線を交わしあった。シン・ハイエックは腹に突き刺さるクラウスの右足を、まるで命綱のように両腕でしっかりと抱え込んだ。
「だ、だから……せっかく作ってもらった僕の居場所を、あなたなんかに……追い出されるわけには、行かないんだぁっ!!」
「利いた風な口を!」
 片脚をロックされたクラウスが、もう一方の脚で青年の頭にキックを放つ。だが拳の軌道を変えられるシン・ハイエックにとって、抱え込んだ軸足のバランスを崩すなど造作もないこと。バランスを崩したクラウスの上に馬乗りになったシン・ハイエックが、渾身の拳を中年執事の頬に振り下ろす!……だがクラウスはそれを避けもせず、顔面で受け止めたままニヤリと笑みを浮かべるのだった。
「貧弱、貧弱、貧弱ゥ!! そんな拳でお嬢さまを守れるものか、想いだけでは守れぬものも世の中にはあるのだ!!!」
「く、くそぉっ」
 青年の腕をとり瞬時に体勢を入れ替える。再び上になったクラウスは、どこか楽しげな笑みを浮かべながらシン・ハイエックの顔に拳を交互に叩きつけ始めた。
「貴様にはまだまだ、教え込まねばならぬことがありそうだな!」
「ぶはぁっ!! く、くそぉ、負けて、たまる、かぁっ!!」
 男たちはそのまま日が暮れるまで殴り合い続けた。拳の勝敗は論じるまでもない。だがこの戦いの真の勝者がどちらであるか、漢の戦いを見守っていた3人の少女たちの目には火を見るより明らかなのであった。


 それから数ヶ月後。シン・ハイエックと結婚すると言い出した三千院紫子は父親の帝を始めとして、三千院家の縁者や使用人たちから脅迫も同然の猛反対を受ける。
 そんななか、一貫して紫子とシン・ハイエックのために奔走した1人の男は、その数年後に彼女らの遺児である三千院ナギの養育を任され……そしてさらに数年後、ナギの拾ってきた貧相な誘拐未遂犯の少年が住み込みの執事として働くのを、苦い顔で見守ることになるのである。


Fin.

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