ハヤテのごとく! SideStory
曙光
(
しょこう
)
初出 2008年12月01日
written by
双剣士
(
WebSite
)
ハヤテのごとく!の広場へ
あれは確か8年くらい前、ウチらが5歳のガキやったころの話や。病気で入院しとったゆっきゅん……ナギの母親のことやけど……が退院できたっちゅうんで、帝じいさんのところで退院祝いのパーティーが開かれたことがあってん。ウチら愛沢家も一応は親戚筋ゆうことでパーティーに呼ばれたわけなんやけど。
「なんやねん、この落書きは」
「ら……落書きじゃないよ、サク姉ちゃん! ナギが一生懸命描いた漫画だよ!」
「漫画やて〜? これがか? まーなんにしてもこんなつまらんもん描いてないで、少しはウチらと外で遊び!!」
久しぶりに会うたナギが嬉しそうに差し出してきたノートを見て、ウチは思うたことをそのまま口にした。あのころはウチもガキやったしな、他の友だちとお喋りしてる最中やったもんで、ナギのことをそのまま放ったらかしてお喋りに戻ってしもうたんや。ナギは同い年の従姉妹やゆうても妹みたいなもんやったし、友だち作るんが下手なんも知っとったからな。少しくらい冷たくしても涙をこらえながらウチの背中を追いかけてくるやろ……多分そうタカをくくっとったんやろな。ところがその日に限っては、そうはならんかった。
「結婚してください!!」
甲高い子どもの声がホール一杯に響き渡って、会場のざわめきがピタッと止まる。ウチらが視線を向けた先には、嬉しそうに繋いだ手をぶんぶんと振り回すナギと、そのナギと手をつないだまま困ったような様子で手を振られるままになってる和服の女の子の姿があったんや。
「なんだなんだ、結婚って言ったか、いま?」
「あれ三千院家のご令嬢だろ、結婚相手を決めるとなったら一大事だぞ」
パーティー会場がざわざわと騒がしくなる。ウチはお喋りを中断して、ナギのほうに歩み寄った。
「なんやなんや、どないした?」
「サ、サク姉ちゃんなんかに用はないのだ! 私はやっと本当の親友を見つけたんだから!」
「本当の親友やて?」
得意そうに胸を張るナギの背中に隠れるようにしながら、その和服の子はチラチラとこっちに視線を送っとった。キラキラと輝くナギの瞳とは対照的に、その子の真っ黒な目は吸い込まれそうなくらい深く沈んだ色をしてたんを今でもよぉ覚えてる。まるで深海魚みたいな目、いうんがウチの第一印象やったしな。
そう、それが伊澄さんとの出会いやった。
「なんや、ナギが自分で友だち作るなんて珍しいやん。何があったんや? この子と」
結婚うんぬんはひとまず脇に置いて、ウチとしては友好的に話しかけるきっかけを探ってみた。自分ではそのつもりやったんやけど。
「サク姉ちゃんには関係ない!」
「な、なんやて?」
「あ、あのぉ……」
いきなり強気になったナギと、その陰に隠れてオロオロしとる伊澄さん。それ見たウチは思わずカチンときた。妹分やと思うてたナギが急に生意気になったんも面白なかったし、ウチを差し置いてえらんだ本当の親友っちゅう子が言いたいこともよぉ言わんグズやっちゅうのもムカツキの元やった。なんせウチの周囲におった友だちは芸人みたいに口がよぉ回る子ばっかりやったしな。
「はん? なんやの、挨拶もよぉ出来へんのか? なんとか言うてみたらどないやねん、えぇ?」
「あ……う……えっと……」
「こんなヤツのことなんか気にしなくていいのだ! さぁ行こう、さっそく“こんいんとどけ”を作らなくちゃ!」
「なっ……こんなヤツやと! ウチのことシカトする気ぃか! こら、待たんかーい!!」
そのまま手を繋いで奥の部屋へと去っていくナギと伊澄さんの背中に、ウチは思いつく限りの悪態をついた。もうナギになんか親切にしてやるもんかと思うた。ウチからナギを取っていった和服の子のことを心の底から嫌いになることに決めた。その子のことを生涯の仇敵としてメモっといたろうかとすら思うたわな。
逆恨みもええとこやと今やったら分かるんやけど、ウチもほんまにガキやったし……とにかくそんな感じで、ウチと伊澄さんの出会い方は最悪やったんや。
* *
それから2ヵ月後、退院したはずのゆっきゅんが亡くなった。ナギは可哀そうに、5歳にして独りぼっちになってしもたわけや。
本当やったらすぐにでもナギのとこに行って慰めてやらなあかんはずやった。そやけど当時のウチはパーティーで喧嘩したことをまだ根に持っとったし、それにお母ちゃんがちょうどお産の時期にさしかかってて……ちゃうちゃう、こないだ会ぅた日向のことやのぅて、その2つ下の夕華のことや……お母ちゃんの代わりに妹や弟の面倒みなあかんとか、いろいろ忙しい時期やったのを口実にして、ナギの方を放ったらかしにしてしもうたんや。
それでもまぁ、心のどこかに引っかかってたんやろな。ゴタゴタが一段落した頃になってから仲直りしようと思うて、アポなしでナギのお屋敷に行ってみたわけなんやけど……てっきり暗い顔で落ち込んでると思うてたのに、当のナギは全然そんなこと無かったんや。
「あははは、ほら見ろタマ、この不細工なやつがエヴァ量産機だぞ……あれ、サク? ずいぶん久しぶりだな。ちょっと忙しいから話は後でな」
「あ、あぁ……それはええんやけど……」
数ヶ月ぶりに会ったナギは気持ち悪いくらいに普段どおりやった。いつもみたいに1人でアニメ見て、大笑いしながら設定にケチをつけとった。
いつもと違うとこと言うたら白い子ネコみたいな動物を膝に抱いてることと、ゆっきゅんが好きやったチェックのストールを肩に巻いとること。
まぁ無理に母親のこと思い出させて悲しい思いさせるのもアレやし、元気にやってるんやったらいいか……とか思うたりもしたんやけどな。
「ちょー待てぇっ! のんきにアニメ見てる場合か、さっさとそいつから離れんかい!」
「わっ!! なんだサク、いきなり大声出して、うちのネコがどうかしたのか?」
「いやいやネコって! 丸々3行ツッコめへんかったけど、それってトラや、トラ! タイガー!!」
多分あんたやったら、あのときのウチの気持ち分かると思うけどな。ナギのほうは至って平然としたもんやった。
「トラ? ははは、バカだなぁサク、これがどうしたらトラに見えるんだ? これはネコだろ、正真正銘の」
「違う違う違う、ボケとるんはあんたのほうや! 目ぇ覚まさんかい!」
「子どものネコとトラを見間違えるなんてどうかしてるんじゃないか? これはアフリカで拾ってきた由緒正しいホワイトタイガー猫だ。最近流行の手乗りタイガーだぞ」
「いやいや、タイガーって自分で言っとるし!」
まぁ今にして思えば、タマは図体こそ大きいけど振舞いは完全に普通のネコやしな。結果的にはナギの言い分が正しかったっちゅうか……え、なんでそんな微妙な顔してるん?
「それに伊澄もネコだって言ってたしな。だからこの子はネコなのだ。私はこいつのお母さんになってあげるって決めたのだ」
また伊澄か。忘れかけてた忌々しい“親友”の名前を耳にして、ウチはいっぺんに気分が悪うなった。ナギの呼び方がいつの間にか『サク姉ちゃん』から呼び捨てになってるんも気づかんほどにな。
母親を亡くしたナギが伊澄さんと一緒にアフリカ旅行に行って、そこでその白いネコを拾ってきたんだという話を聞かされたウチは、なんか除け者にされた気がしてムカッ腹を立てた。せっかく来たったのに早々と立ち直ってしもてるナギのことも不愉快やったし、ウチ抜きでそれをやってのけた伊澄さんのことも妬ましかった。身勝手もここに極まれりって感じやけどな、今にして思うたら……え、羨ましいって? 自分が子どものころは世話を焼いたり焼かれたりする友だちなんておらんかったからって? あ、いや、あんたの古傷をえぐるつもりは無かったんやけど……。
こほん。
そ、そういうわけでナギがアニメに戻った後、一言いうたろと思うたウチは伊澄さんを探しに出たわけや。あいつの漫画部屋で伝説の長編を読みふけってる、そうナギが言うたもんやからな。ところがそこには誰もおらんかった。当時はまだ伊澄さんの迷子癖を知らんかったから、えらい驚いてあちこちを探し回ったんや。結構あちこち歩き回ったと思うで、子どもの感覚でも疲れるくらいやったし、ようやく伊澄さんを見つけた頃には日が暮れかけとったからな。
結局そのとき、伊澄さんがどこにおったんかと言うと……。
* *
「臨・兵・闘・者……はっ?!」
「やっと見つけたで、なんでまたこんなとこに……って、なんやこれは!」
「え、あ、あのぉ……」
伊澄さんが隠れとった場所は、あのカキの木の脇を流れとる河を上った先にある山奥の納屋やった。ウチが扉を開けた途端に白い煙がモクモクと飛び出してきて、その奥で赤々とした炎が燃えとったんや。山火事を起こす気ぃかと思うたウチは大声を出した。
「どういうつもりや! あんた伊澄いうたか、こんなとこで火遊びなんかして、火事になったらどないするんや!」
「あ、いえ、これは火遊びじゃなくて、タマに話をさせるためのお札を作ってただけで……はっ?」
「え、タマの?」
意外な名前が出てきて絶句するウチの前で、言葉を切った伊澄さんはいきなり土下座してきた。
「ごめんなさい! ごめんなさい、何でもしますからこのことはナギには言わないで!」
「へ?」
煙が晴れてきて、ようやくウチの目にも納屋の様子が分かるようになってきた。たしかに伊澄さんの言う通り、干し藁とかが燃え上がっとる状況やなかった。納屋の床には白木の枠に載せられた白いお皿と、そこに注がれた油とロウソクがあって、それにあぶられた護摩木が煙の発生源やったんや。でもそれやったらナギに怒られることもあれへんのに……とウチがぼんやり思うた途端、伊澄さんは堰を切ったように言い訳を始めたんや。
「お願いします、ナギにだけは内緒にしてください! ナギはたった一人の大切な友だちで、お母さまを亡くされた可哀そうな子で……だから私、ナギのためだったら何でもしてあげたいんです」
「えっと……なんでも、言うても、なぁ?」
拳の振りおろしどころが無くなって、ウチは視線を泳がせながらほっぺたを掻いた。トラに話をさせるって、そりゃ無茶やろ……あ、でもこの子、あのナギと意気投合するような子やったもんな。喋るトラとか空飛ぶブタとか、訳の分らんこと言い出すんも無理ないか……そうウチが考えとるうちにも、伊澄さんの言い訳は続いた。
「お願いです! このことを知られたら私は……あの子を2度も怖がらせるようなことだけは、どうか……」
「こ、怖がらせる? 伊澄……とか言うたよな、どういうことや?」
「私はあの子を傷つけてしまったから……だからお母さまの分まで、ナギのことを支えてあげなきゃいけないんです! あの子は初めての友だちだから、大事な大事な友だちだから……だから、どうか……」
三つ指ついて平伏したまま、伊澄さんはすすり泣きを始めた。それを立ったまま見下ろしとったウチは……ついさっきまでの怒りとかムカツキが、潮を引くみたいに消えていくのを感じたんや。
かなわへんなぁって。
この子、本当にナギのことが大事で……ナギがああやってアニメ見て笑ってられるんは、この子が頑張ってくれたおかげなんやなぁって。
ゆっきゅんが亡くなってぽっかり空いた心の穴を、この子とタマが一生懸命に埋めてくれたんやなぁって。
トラに喋らすとかアホなこと言うてるけど、それがこの子なりのナギへの接し方で……それでナギが笑えるようになったんやったら、文句つけることないわなぁって。
あいつのこと放っといたウチなんかが、いまさら口をはさめる訳あれへんよなって。
「伊澄……さん、ゆうたっけ。ごめんな、大声だして」
呼び捨てのままやったら怒鳴っとった頃の流れを断ち切られへん気がして。ウチは言葉づかいを丁寧にしながら、伊澄さんの前にしゃがみこんだんや。
「ウチが悪かった。あんたの気持ち、よぉ分かったから……ナギにはこのこと内緒にしといたる。それでえぇか?」
「本当?」
和服の袖で涙を拭いながら、伊澄さんは不安そうに顔をあげた。その顔を見てウチは決心した。もう意地悪は終わりや。今まで誤解して勝手に怒ってた分、この子には思いっきり優しくしたろうってな。
「ほんまほんま。そやから土下座なんかせんでええねん。ほら立ちや」
いままでの嫌味やった関係は今日限り、これから一緒にやり直したる。そう思うたウチはとびっきりの笑顔を作って、伊澄さんの前に手を差し出した。
「ウチは咲夜。ナギの従姉妹で、今日からあんたのマブダチや」
え、『いい話ですね』って? そんなことあるかい、相手はあの伊澄さんやで?
あそこでウチと握手してくれたら美しい友情話にでもなったんやろけど、違うんや。伊澄さんはウチの手をとるどころか、逆に汚いものに出会ったみたいにピョンと後ろに飛んで逃げて、そんでまた土下座して言い訳しだしたんや。
「ごめんなさい、それだけは……どうかそれだけは……」
「な、なんやの、ウチと友だちになるんは嫌なんか?」
「だってお友だちになったら、あなたと“けっこん”しなきゃいけないんでしょう? 私にはナギがいるから……」
「はぁ?……って、なんでやねん!」
伊澄さんのボケとウチのツッコミが初めて噛み合った瞬間やったな、あのときが。
Fin.
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