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チェリッシュ

初出 2008年12月08日
written by 双剣士 (WebSite)
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【NAGI Side】

 今日は新しい家庭教師のくる日らしい。クラウスが今朝の電話でそう言って来た。
 流行ゲームのひとつも知らない大人なんかに教わることなど何もないと言ってるのに、あいつも懲りないやつだ。
【AYUMU Side】

 今日は新しい家庭教師さんのくる日なんだって。お母さんが朝ご飯の時にそう言ってた。
 別にガリ勉さんになりたいなんて思わないけど、せっかく教わるんなら気の合う人がいいな。どんな先生が来るんだろう。

 その日に現れたのは私よりちょっと年上の、でもまだ中学生そこそこくらいの若い女の子だった。歳の近い子を家庭教師にすれば私が懐柔できるとでも思ったんだろうか。ふん、ナメられたもんだ。
「マリアと申します。こんにちは、ナギお嬢さま」
「このマリアさまはすごく優秀だという話ですぞ。なにしろこの年で生徒会長と学年主席を歴任して……」
 顔を赤くしながら褒め言葉を並べたてるSPから顔をそむけ、私はそっぽを向いていた。なるほど、クラウス好みの真面目で品行方正な優等生というわけか。そんなやつに何が分かるっていうんだ。意地でも言うことなんか聞くもんか。
 その日に現れたのは二十歳をちょっと超えたくらいの、だけど真面目な大学生ってイメージとはどこか違う女の人だった。正直あまり勉強勉強と急き立てられたくなかった私は少しホッとした。
「やっ、よろしくっ。今日から一緒に頑張ろうねっ」
「この先生はすごく優秀なんですって。なにしろこのお年で東大と京大とオックスフォードとケンブリッジを卒業して……」
 嬉しそうに褒め言葉を並べるお母さんの前で、私は身を堅くしていた。なんだか凄い先生が来てくれたみたい。私ついていけるのかな? きっと月謝も一杯払ってるんだろうな、お母さんたちの期待を無駄にしないよう頑張らなくっちゃ。

 新しい家庭教師とやらと2人きり。目を合わせずにひたすら無視していた私に向かって、そいつは意外な言葉を投げかけた。
「ナギお嬢さまは、おじいさまのことお好きですか?」
「嫌いだよ、あんなクソジジイ」
 まったく予想外の話題が飛び出してきて思わず返事をしてしまう。顔を合わせる度に意地悪してくるあいつなんか大嫌いだ。そう吐き捨てると。
「そんな……おじいさまはナギお嬢さまの、たった1人の肉親でしょう?」
「余計なちょっかいをしてくるのはクソジジイの方だ、私じゃない」
「あんなの冗談に決まってるじゃないですか」
「ふん」
 ぷいっと横を向いた私に対し、家庭教師はにっこりと笑いかけた。
「そうやって意地ばかり張って、大切なものをひとつずつ無くすつもりですか? いくらお金があったって、信じられる人が誰もいなくちゃ意味ないでしょう?」
「それはそうだが……あんなクソジジイいなくなったって困らないぞ」
「おじいさまだけじゃありません。クラウスさんが嘆いていましたよ、ナギお嬢さまは小さいのに強がってばかりで、お友達も使用人さんたちも家庭教師の先生も、みんな邪険にして追い払ってしまうんだって」
「ふん、私より頭の悪い連中に、教えてもらうことなど何もない!」
 無視してやると決めたはずなのに、ここまで挑発されては黙っていられなかった。こいつも口実つけてさっさと追い出してやる……そう決意して追い払うように手を振ると、家庭教師は悪戯っぽく片手を口に当てた。
「頭が悪い連中、ですか……じゃあ私とチェスで勝負して、私が勝ったら話くらい聞いてもらえます?」
「ふん、チェスか。面白い。ゲームで私に勝とうなど100年早いと教えてやる!!」
 ようやく追い払う口実ができたと私はほくそ笑んだ。自分がすっかり相手の手の平で踊らされていることなど、このときの私は想像すらしていなかった。
 新しい家庭教師の先生と2人きり。緊張して口を開けなくなった私に向かって、その先生は意外な言葉を投げかけた。
「さぁてと……ね、あなた勉強って好き?」
「き、嫌いでは、ないですけど……」
 好きって言うほど勉強したいわけじゃないし、でも嫌いって言ったら先生の立場がなくなる。なんて答えたらいいか分からず困っていると。
「私は嫌いだったな、勉強なんかより外で遊んでるほうが性に合ってる」
「そうなんですか? だって先生、すごい大学をいっぱい出てらして」
「あんなの嘘に決まってるじゃない」
「へ?」
 素っ頓狂な驚きの声をあげた私に、先生はにんまりと笑いかけた。
「学歴なんてのは入口に立つのに必要なだけよ。肝心なのは素の人間力、そう思わない? 肩書きがあったって、中身が空っぽのまんまじゃ意味ないでしょう?」
「そ、それはそうですけど……嘘の肩書きってありなんですか?」
「学歴だけじゃないわ。テストの点数とか容姿の善し悪しとかばかり気にしてても逆境になったら何の役にも立たないんだから。いざって時に心の支えになるような本質的なところを、若い子には磨いてもらいたいわけよ」
「あの、私はとりあえず、勉強のことを教えてほしいんですけど」
 すごいスパルタ教育が来るかと覚悟してたのに、ここまで型破りな話が飛び出してくるとは思わなかった。ここは軌道修正しなきゃ……そう決意して先生の言葉を遮ると、家庭教師の先生は悪戯っぽく片手を口に当てた。
「はは〜ん、真面目なんだ……じゃあ私とジャンケンで勝負して、私が勝ったら最後まで話を聞いてくれる?」
「勝負で決めるようなことじゃないと思いますけど……あのぉ、私の話きいてます?」
 すっかりやる気満々の先生を見て私は溜め息をついた。先生が最後まで勉強を何も教えてくれないなんて、このときの私は想像すらしていなかった。

 それから数十分後。私は日差しのさすテラスの椅子に座りながら、勝ち目のなくなったチェスの盤面と打ち取られて盤外に出された自軍の駒とをじっと睨みつけていた。
 こんなはずじゃない。こんなことあるわけないんだ。
 この私がチェックの声すら発せないまま、手も足も出ず潰されるなんて!
「どうしました? そろそろ降参しますか?」
「断る、私は……まだ負けてなんかいない」
「そうですね。あなたが指さない限り、いくらでも決着は先延ばしにできますし」
 新任の家庭教師は楽しそうに笑った。そして頬をふくらます私の前にトランプのカードを差し出した。
「じゃ今度はこれで勝負します? 一発逆転できるルールの方がいいでしょう」
「お、お前、私を馬鹿にするのも大概に……」
「言ったでしょう、私が勝ったら話を聞いてもらうって。ナギお嬢さまが負けを認めてくれないと私も困るんですよ。ほら頑張ってください、天下無敵のナギお嬢さま?」
 それから数十分後。私は近所の公園のベンチに1人で座りながら、野球で遊んでる子供たちにあれこれとアドバイスをして回ってる先生のことをぼんやりと眺めていた。
 私、なんでこんなとこに居るんだろ?
 一刻を争って勉強しなきゃいけないはずの私が、なんで夕方の公園に?
「どうしたの? そろそろ一緒に混じらない?」
「いいです、私……こういうの向いてないし」
「まぁ1塁と3塁を間違えた挙句、途中で転んで膝小僧をすりむくようじゃねぇ」
 駆け寄ってきた先生はあっけらかんと笑った。そして頬をふくらます私の前にサッカーボールを差し出した。
「じゃ今度はこれにする? リフティングだったら走らなくても練習できるわよ」
「あの、先生、勉強の方は……」
「言ったでしょ、今のあなたに必要なのは健全な肉体と豊かな感受性。それなしでメッキだけしたって本当の学力は付かないってさ。ほら頑張れ、目指せ練馬のベッカム!」

 それからカードゲーム、ボードゲーム、テレビゲームと、私は次々に“戦略的撤退”を重ねた。負けを認めたことは一度もなかったけど、このままのルールで進んで行けば愉快でない状況が待っていることだけは認めざるを得なかった。どうやらこいつは今までの家庭教師候補なんかとは格が違う。いくら私の土俵に引きずり込んでも臆することなく向かってきて土俵を綱ごと食い破ってくる。
 だが、いい気になるのもここまでだ。
「おいお前、ここに通う気だったら試練を受ける覚悟はあるんだろうな」
「試練ですか? ナギお嬢さまがお望みなら」
「私には忠実なしもべがいて、生意気な奴を追い払ってくれるってことさ。来い、タマ!」
 呼び声とともに部屋に飛び込んできたのは、小さい頃から飼っているペットのタマ。これまで幾多の家庭教師たちを牙に掛けてきた巨大ネコだ。いくら勉強やゲームが得意といっても、こいつに脅されたら泣きわめいて許しを請うだろう……そう思っていたのに。
「まぁ可愛い、ナギお嬢さまのペットですか? 私はマリアって言います、こっちにいらっしゃい、いい子ね」
「ガウ……ウ……ニャ、ニャアァ〜ン」
 なんと、あの気難しいタマを初対面で手懐けてしまうとは! なんなんだこいつは、アルルゥの生まれ変わりか?!
「ペットと友達になるくらい、普通の人にだって出来ますよ。意地ばっかり張ってないで、いろんな人と会いなさい。そりゃ思い通りにならないことも多いけど、その方が楽しいんですから」
「お前みたいな化け物に言われたって……」
「化け物とはひどいですね。怖がらずに現実と真摯に向き合っていれば、必ずどうにかなるものですよ。勉強もゲームもペット馴らしも、他の人との付き合い方も」
「なっ! どんな完璧超人なんだ、お前は!」
 それからサッカー、バッティングセンター、ボウリングと、私は次々に“戦略的撤退”を重ねた。立ち直れないほどの惨敗を期すことはなかったけど、このまま続けたところで凡人の域から出られそうにないことだけは認めざるを得なかった。それにしても変わった先生だ。ゲームの勝敗はともかく、近所に楽しめるスポットがこんなに沢山あるってことを教えてくれたのには素直に感謝かも。
 だけど、あまり流され続けてるわけにもいかない。
「ねぇ先生、こんなことしてて大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「勉強を教えるのが建前の先生が、こうして街を徘徊していいのかってことですよ」
 正直言えば、私はこういうのが嫌いじゃない。先生のおかげで好きになれたって言ってもいい。ちょっと不良のお姉さんみたいな先生といるのは新鮮で楽しい。でも家庭教師の立場上、肝心の成績が上がらないのはマズいんじゃないかな……そう思っていたのに。
「勉強ばっかりしてるのと、青春を満喫する合間に勉強するのとでは違うわよ。あなた、勉強ばっかりの方がお望み?」
「そんなことないです、ごめんなさい!」
 先生の機嫌を損ねたかと思って私はあわてて謝った。でも先生はたいして気にする風でもなかった。
「若いうちから専門バカになったって良いことないわよ。もっといろんな経験をして、いろんな人と会いなさい。たとえ勉強と両立できなくたって、そっちの人生のほうが絶対楽しいんだから」
「はい」
「私には妹がいるけどね、可愛くて学校の人気者な上に学年主席にして剣道部のエース、しかも弱い者いじめの男子を懲らしめる正義の味方までやってるそうよ」
「なっ! どんな完璧超人ですか、その妹さんは!」

 次から次へとゲームやクイズを繰り出して、その全てを撃破されて。勝負の手持ちが尽きて途方に暮れた頃、夕食を告げるお屋敷の鐘が鳴った。
「あら、もうこんな時間……ナギお嬢さま、それでは今日はこれで」
「ま、待て!」
 そそくさと背を向けようとするそいつに向かって、私は思わず叫んでいた。
「勝ち逃げする気か、卑怯だぞ! 私が勝つまでここにいろ!」
「あら、ナギお嬢さまは1度も負けてなんかいませんよね?」
「うぐっ……で、でも勝ってもいない! 中途半端で逃げられてたまるか!」
 遠まわしに負けを認めたに等しい私の言葉を聞いた周囲の執事たちは口をあんぐりと丸く開け、家庭教師はにっこりと微笑んだ。
「私がそばにいてもいいんですか?」
「当然だ。どうやら私はクソジジイをぶちのめす前に、お前を乗り越えないといけないようだからな! お前は……えっと……」
「マリアです、ナギお嬢さま」
「そうだ、マリア、お前は今日から私の傍にいろ。それから今後は“お嬢さま”は禁止だ、ナギと呼べ」
「え、でもそれは……」
「お前は私に勝った、だから当分は呼び捨てでいい……でも今に見てろ、すぐにお前なんか追い越して、お嬢さまと呼ばせてみせるからな!」
 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。思う存分に遊んで、先生といろんな話をして……家に帰りつく頃には予定の時間はとっくに過ぎていた。
「あら、もうこんな時間……歩ちゃん、それじゃ今日はこれで」
「ま、待ってください!」
 そそくさと背を向けようとする先生に向って、私は思わず叫んでいた。
「玄関先でさよならされても困ります、お母さんに説明してください」
「あ、いや、そこらへんは上手いこと言っといてよ、歩ちゃん」
「そんな……で、でも先生、ここで逃げたらクビになっちゃいますよ?」
 ほとんど脅迫に等しい私の言葉を聞いた家庭教師の先生は口をあんぐりと丸く開け、困ったように視線をうろつかせ始めた。
「そ、それはちょっと困るかな……」
「ですよね? だからきちんとお母さんに説明して安心させてください。私はまた先生とお話ししたいですから」
「えっ……歩ちゃん、こんな私でいいの?」
「そうです、先生。先生には勉強もそれ以外のことも、いっぱい教えてもらいたいんです。これから先も」
「そう言ってもらえると嬉しいけど」
「だから口裏を合わせましょう。今日は親睦のための日で、猛勉強は次回からだって。勉強と青春を両立させるって言ってましたよね、先生?」

 その後、私の知識や成績はぐんぐん伸びて、13歳にして飛び級で高校入学するまでになった。
 そして元家庭教師だったメイドのマリアは、今でも私の傍にいる。
 その後、私の成績はぐんぐん下降して、志望校とはほど遠い平凡な学校に進学することになった。
 そして家庭教師だったあの先生とは、あれから会う機会がない。


Fin.

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