ハヤテのごとく! SideStory
風を追いかけて
初出 2008年03月28日
written by
双剣士
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この作品は、
そして僕たちは西へ向かった
に寄贈しました。
あの人は風のよう
こんなに近くに居るのに なかなかそれに気づかない
私の心の鈴を揺らす あの春一番が吹くまでは
がしゃん、カラカラカラ。
自転車の倒れる安っぽい音。もうダメだと目をつぶっていた私の身に、しかし痛みや衝撃は襲ってこなかった。恐る恐る目をあけた先には、横倒しになった自転車と、見慣れない同い年くらいの男の子がいた。その男の子は私の身体を両手で軽々と抱き上げてくれながら、女の子みたいなやわらかい笑顔で私のことをじっと見つめていた。
「自転車はちゃんと整備してないと……危ないですよ?」
「う……うん……」
胸のドキドキが止まらない。自転車で下り坂を滑り降りてるうちにブレーキが利かなくなった私。その私をガードレール激突寸前で助けてくれた男の子。もう死ぬかもしれないと思った矢先に訪れた、まるでドラマみたいな展開。普通の日常が終わりかける狭間に姿を見せた、はじめての奇跡。
「大丈夫ですか?」
「…………」
あなた誰とか怖かったよとか、いろんな感情がごちゃごちゃに絡み合って。胸が苦しくて頬が熱くて息苦しくて。でもとにかく、ありがとうって言わなきゃって思った私は思い切って顔を上げた。でも見上げた先にはもう男の子は居なくて、道路の脇にしゃがみこみながら倒れた私の自転車を慣れた手つきで触っていた。
「……え?」
「とりあえず応急修理をしておきました。ちょうど合う部品があってラッキーでしたよ」
「え、あの、いつの間に?」
「それじゃ僕、先を急ぎますんで。気をつけて帰ってくださいね」
その男の子は最後にやさしく微笑んでくれた。そして自分の自転車にまたがって、まるで『ブレーキが付いてないみたいな』猛スピードで坂を駆け下りていってしまった。取り残された私は駆け去る彼の背中を唖然として見つめて……そしてお礼を言うどころか、名前すら聞かずにお別れしてしまったことに今更のように気が付いた。
「また、会えるかな……」
彼が着ていた制服。確かそれは私がこの春に入学した潮見高校の男子用制服だったと思う。だったらこの道をこの時間に通っていればまた会えるかもしれない。そう思った途端に顔がかぁっと熱くなった。いったん収まったはずの胸の鼓動がまた速く強くなった。自分の身に起こった不思議な化学反応に戸惑った私は、でもこの甘酸っぱさを忘れたくなくて両腕で自分を抱きしめた。彼のことを思えば思うほど身体の熱が上がっていく。あの衝撃の出会いを頭の中でリフレインするたびに、胸の中で彼のことが大きくなっていくのが分かる。それはまるで、これから彼との思い出を詰め込むために今から場所取りをしているかのよう。
あれ、これってひょっとして……初恋、なのかな?
一陣の風が吹き抜けて ぽっかり空いた胸の穴
空いたままでは居られない 他のものでは埋まらない
でもあの人は風の人 ひとつの場所では止まれない
それから彼が同じクラスの男の子だと分かった私は、すぐにお礼と挨拶をしに彼の席に向かった。その日から彼の一挙手一投足を注視するのが、私の大切な日課になった。
彼の名前は綾崎ハヤテ君。11月11日生まれのサソリ座の15歳。授業態度は真面目で成績はクラスの上位1桁、とりわけ体育の時間には飛びぬけた身体能力を発揮する。誰に対しても柔らかい物腰で接してて細かいところにもよく気を配ってくれるし、それでいて自慢したり誰かをさげすんだりする態度は全然ない。彼のことを知れば知るほど、素敵で格好よくて魅力いっぱいの男の子だと分かった。学級委員長どころか生徒会長をしててもおかしくない、初恋の欲目を抜きにしても私の目からはそう見えた。
……それなのに、意外なくらい彼の名前は女の子同士の噂に上がってこない。何か困ったことがあるときには助けてもらうけど普段はまるで空気みたいにスルーされてる、そういう扱いを受けてる人だってことに私もだんだん気がついてきた。嬉しいような寂しいような複雑な気持ちを抱きながらみんなの話を聞いてみると……どうやらハヤテ君は、授業が終わるとすぐに教室を飛び出してしまって、みんなとおしゃべりとか全然しない人みたい。噂では脇目も振らずにバイトに励んでるって話だった。なにかの部活動で活躍するとか、放課後に友達同士で遊びに行くとかいう高校生らしい楽しみ方とは一切無縁な男の子。いまどき携帯電話も持ってなくて、遊びに行こうと誘われても断ってばかりなために、次第に誰からも相手にされなくなった孤高の存在。クラスメイトの友情の輪は、いつの間にかハヤテ君を仲間外れにした形で固まってしまっていたのだった。
《そんなの……悲しすぎるよ》
ただ待ってるだけじゃハヤテ君との思い出なんて作れない。そのことに気づいた私は、その日からありったけの勇気を振り絞ってハヤテ君への熱烈アプローチを開始した。
「ハ……ハヤテ君!! 一緒にプリクラ撮らない?!」
「え? でも僕、自転車便のバイトが……」
「す!! すぐ済むって!! ね、ほら記念にさ……」
「記念って……なんの?」
「えっと……バイト行ってしまう記念……と、とにかく1枚だけ!! 1枚だけでいいからさ!!」
「うわ!! に、西沢さん!!」
「あの……ハヤテ君、お昼は食べた?」
「あれ、西沢さんどうしてここに?」
「うん……ハヤテ君お昼時間になるとすぐ教室を飛び出して行っちゃうから、ちょっと気になって」
「ははは……いや、僕お昼は抜くことにしてるんですよ、お金ないし……みんなが楽しそうに食べてるのを見るのがつらくて、こうして屋上で時間つぶししてるわけでして」
「……あの、だったら、これ、食べてくれない?……あ、あの、弟の分のお弁当作ってたらさ、ちょっと作りすぎちゃって……」
「え、でも……いいんですか?」
「いいの!! それであの、私まだお料理苦手だから、またときどき分量を間違えて作りすぎちゃうかもしれないけど……」
バイト中のハヤテ君を呼びとめたり、お昼休みにハヤテ君のことを追いかけたり。かなり無理やり気味だったけど、私はハヤテ君とのつながりをひとつひとつ増やしていった。ハヤテ君の趣味とかが全然わからなかったから、明日はこうしよう、明後日はこんなことをしてあげようと思いつく限りのおせっかいを私はハヤテ君にぶつけていった。それがうまくいった日は顔が一日中ニヤケまくりになり、友達や家族に冷やかされたりもした。いつも気がつけばハヤテ君のことばかり考えてて、うっかり時間がたつのも忘れちゃう。恋人同士だなんてまだ早いとは思ったけど、せめて友達以上にはなりたくて私はせっせと彼の世話を焼き続けた。
そんなこんなで11月。もうハヤテ君と出会ってから半年以上が経っていた。だけど肝心のハヤテ君は、いつまで経っても4月に出会った時のままだった。もちろん表面上は私のすることを嫌な顔ひとつせずに受け止めてくれて、丁寧にお礼も言ってくれる。折に触れてお返しだってしてくれる。傍目からは仲のいい男女に見えるのかもしれないけど……でもハヤテ君のことばかり見つめてきた私には分かってしまう。彼が私との間に一線を引いて、社交的儀礼の範囲を決して出ないようにしていることが。私とお別れして背中を向けるときに、どこかほっとしたような、肩の荷を下ろしたような溜息をこっそりついていることが。そして私のほうから誘わない限り、一度たりとも一緒に何かしようと声をかけてきてくれたことなんて無いってことが。
《ハヤテ君、私のこと嫌いなのかな……》
見ないように考えないようにと心の奥底にしまったはずの感情が、このごろは毎晩のように頭に浮かんでくる。私はひょっとしてバカなことしてるんじゃないかな? 独りぼっちで空回りして、拒絶しないハヤテ君の優しさに甘えたまま恋愛ごっこみたいなのを延々と続けてただけなんじゃないかな? ハヤテ君と相思相愛になりたいなんて贅沢は言わない、彼のこと好きなままでいられればそれでいい……そう自分をごまかして今日までやってきたけど、そろそろ限界に来てるんじゃないかな?
追いかけたって届かない 抱きしめたくても掴めない
無理なことだとわかっていても 今日も私は風を追う
あの日あなたが揺らしてくれた 私の胸の小さな波紋
もうあの頃には戻れない ただ静かだったころの水面には
そして11月11日。ハヤテ君の16回目の誕生日。いつものようにバイトに行こうとするハヤテ君の手を無理やり引っ張って、私は某所の有名な遊園地へとやってきた。
「うわーい、ついに来たよ来ましたよ! さぁハヤテ君、今日は目いっぱい……あれ、どうしたのかな?」
「あ、いや、その……ここの入場料、すごく高かったから……あれだけあったら何日分のベビースターラーメンが買えたのかなって……」
「もう、せっかくタダ券を手に入れたんだからそんなのどうでもいいじゃない。思いっきり楽しまないと、その何日分かの御飯が無駄になっちゃうんだよ?」
「はぁ……でも僕なんかでいいんですか、もっと他の友達とか……」
相変わらず鈍感というか、謙虚というか。ペアチケットの相手を誘うとき、誰でもいいなんてことがあるわけない。でも私は反論の言葉をぐっと飲み込んだ。せっかく好きな人と遊園地に来たのに、入って早々に喧嘩なんかしたくなかったから。
「さっ、行こうハヤテ君!」
それからハヤテ君と一緒に、いろんな乗り物を回った。もっとも私が『あれ乗りたい!』と彼を引っ張りまわして、ハヤテ君が丁重にエスコートしてくれるパターンばかり。お姫様気分と言ったら聞こえはいいけど、お誕生日のハヤテ君に楽しんでほしいと思ってた私としてはちょっと拍子抜けな気分だった。ハヤテ君の希望を聞き出そうと何度か誘い水を向けてはみたんだけど、そのたびにあの柔らかい笑みで誤魔化しつづけるハヤテ君。喧嘩したくはなかったから深く追求しなかったけど……でも精神的な限界は、刻一刻と迫ってきていた。
「ねぇハヤテ君……楽しんでくれてる?」
「えっ?」
メリーゴーランドを乗り終えたばかりの午後6時。喫茶ベンチで休んでいた私にジュースを買ってきてくれたハヤテ君に、私はおずおずと問いかけてみた。ハヤテ君はちょっと驚いたような顔をしてから、いつも通りの笑顔で返事をしてくれた。
「えぇ、もちろん楽しんでますよ。こういうところって着ぐるみのバイトでしか来たことありませんでしたから」
「……そう」
言葉だけなら和やかな会話に聞こえる。だけどハヤテ君の瞳には、喜びよりも戸惑いの色のほうが濃かった。春からじっと彼だけを見つめてきた私だから分かる、それは今までに何度も見てきた表情。頑張ってる私をたまらなく不安にさせる、勇気を根こそぎ吸い取られてしまいそうな蒼く透き通った瞳。
《えーい、弱気になるな西沢歩! ほら、お誕生日のプレゼントを渡す絶好のチャンスじゃない》
この日のためにあれこれと悩んで選んだプレゼント。その箱を取り出そうと学生鞄を膝へと持ち上げようとして……ところがそれを見たハヤテ君は、ここでいきなりとんでもないことを言い出した。
「あ、そろそろ帰りますか? もう暗くなってきましたもんね、家まで送りますよ」
「……えっ?」
「今日は本当にありがとうございます、僕なんかをエスコート役に呼んでくれて……でも次回からは別の人を誘ってあげてくださいね、きっと西沢さんもそのほうが楽しい……」
「……なんでそんなこと言うの?」
うきうきした気分に冷水を浴びせられたみたいで、声が沈んでしまってるのが自分でも分かる。ハヤテ君だから誘ったの、あなたに楽しんでほしかったからここに来たの……ここに至ってもまだハヤテ君は、そんな私の気持ちに気付いていなかった。プレゼントのことで高揚した私の気持ちを、闘牛士ばりのボディワークで軽やかにあしらうハヤテ君の言葉。なまじ勢いがつきすぎてただけに、今回ばかりは笑って済ませることができなかった。
「ハヤテ君、私といるの迷惑かな……?」
「に……西沢さん?」
「どうしたらいいの? どうしたらハヤテ君、心の底から喜んでくれるの? どうすれば心の鎧を脱いでくれるの?」
一度口にしたら止まらなくなった。危ない所を助けてもらったうえ、勝手に好きになったのはこの私。ハヤテ君が私の思うように動いてくれる義務なんて全然ない……そう自分を納得させて今日まで言わずにいた彼への不満。彼にぶつけたところで困らせるだけと分かってた詰問の言葉。それが堰を切ったように次から次へとあふれ出てくる。
恥ずかしいことしてると思いながらも、このときまだ私はどこかで期待していた。これだけ赤裸々に思いをぶつけたら、ハヤテ君もきっと今までと違う側面を見せてくれるんじゃないかって……でもハヤテ君の柔和な笑顔はいつもと変わらなかった。そして私の詰問が一段落したのを見計らって、彼はこうつぶやいた。
「すみません、ありがとうございます。だけど……僕は、女の子と付き合う資格がないから……」
「…………☆※!!!」
そこから先は何をしゃべったか覚えてない。気がつくと私は遊園地の外にいて、ぽろぽろ涙を流しながら自分の自転車で家へと全力で駆け出していた。ハヤテ君に渡すはずだったお誕生日プレゼントがカバンに入ったまんまだったことに気づいたのは、泣き疲れて眠りこんだ翌朝のことだった。
終わった、と思った。
翌日から私はハヤテ君に構うのをやめた。遊園地での口論の続きをしたいとは思わなかったし、謝って元通りになれる気もしなかった。なにより、どんな顔してハヤテ君の前に立ったらいいのかが分からなくなった。それでも視線はひとりでに彼の背中を追ってしまう。高校入学以来ずっと続けてきた自分の癖が、こうなるとかえって辛さを増す方向に働いてくる。私は意識してハヤテ君から視線をそらそうと努めた。友達は夫婦喧嘩かと冷やかしてきたけど、愛想笑いする余裕もなしに無視していると次第に悪口も沈静化してきた。
大好きなハヤテ君、高校生活のすべてだったハヤテ君。その大切な人と触れ合うことのない日々。この半年間とはまるで違う高校生活が始まった。胸に空いたままの穴はまだ埋まらなかったけど、その冷たい空虚さにも徐々に慣れてきた。ここはハヤテ君の指定席じゃない、ハヤテ君は特別な人なんかじゃない……苦しい時はそう自分に嘘をついて、その嘘を信じ込むよう自分にムチを入れる。辛かったけどそうしないと前に進めないと思った。その甲斐あってか徐々に私は、ハヤテ君以外の友達や遊びなどにも興味を向ける余裕が持てるようになっていった。
そして巡ってくる期末テスト。面倒見のいいハヤテ君は例によってクラスメイトからの質問を受けていた。女の子の中には私のことをまだハヤテ君の彼女だと思っている子もいて、彼への質問や頼みごとを私あてに言ってくる子も少なくなかった。そういうときは仕方なくその子のお伴として、私も彼の席へと向かわざるを得なかった。
「ここは、こう……ですよ。わかりますか?」
「あぁ、なるほど、さすが綾崎君! 助かったよ、ありがとう」
「……ありがとう。ばいばい、綾崎君」
彼は特別な存在じゃない。そう毎日繰り返すことで、このころには私も仮面をかぶるのが上手になっていた。
あの人は風 吹き抜ける風 私の髪を気持ちよく揺さぶる風
でもその心地よさに気づくのは 風が止まった後のこと
かけがえのなさに気づくのは 世界が凍った後のこと
そして年が明けて3学期。朝礼で読み上げる出席簿の中に、綾崎君の名前はなかった。冬休みに入ってすぐに学校をやめたと担任の先生は言っていた。その言葉はまるで落雷のように私の心を揺さぶった。
《うそ……綾崎君に、もう会えないの? うそだよね?》
始業式が終わってすぐ、私は自転車で綾崎君のアパートに向かった。でもアパートの表札はすでになく部屋はもぬけの殻だった。玄関先でぺたんと座りこんだ私の脳裏に、綾崎君と作った去年の思い出の数々が次から次へと浮かび上がってきた。
《そんな……》
みるみる涙があふれてくる。このときになってようやく私は自分の気持ちに気づいた。初恋は実らないとか、綾崎君が受け入れてくれないから諦めようとか、そんなの嘘、みんな嘘。私は綾崎君が好き、今でも好き、ずっと大好き。純粋にそのことだけ思っていれば幸せだったのに、喜んでほしいとかどうとか、綾崎君からのリアクションを求めだしたからおかしなことになっちゃったんだ。こんな簡単なことに、彼に会えなくなってから気づくなんて!!
《神様、お願いです。もう一度、一度だけでいいんです。どうか綾崎君に会わせてください》
初詣に行った神社に1週間遅れで飛び込んだ私は、そう神様に願をかけながら何度も何度も石段を往復したのだった。
そして2日後の1月10日。私の一世一代のお願いは、神様のもとに届いてくれた。高校の校門に私服姿の綾崎君が現れたのだ。
「あの……」
「うひゃあ、ごめんなさいごめんなさい!! でも決して怪しい者では……」
「綾崎君よね……? どうしたの、私服でこんなところに……」
「に……西沢さん……」
息せき切って教室から校門に駆け寄った私に、綾崎君はバツの悪そうな笑みを見せた。そのあと新学期に来れなかった理由をあれこれと説明してたけど、そんな訳のわからない話はどうでもいい。二度と会えないかと思ってた綾崎君が、こうして目の前にいるんだから。もうそれで十分だもの。
「でも良かったよ……ようやく今年初めて綾崎君の顔が見れて、本当に……嬉しいよ……」
私がどんな思いでこの一言を口にしたか、綾崎君には想像もつかないに違いない。でもいいんだ、もう私は迷わないもの。これからはちゃんと向かい合って話をしよう。遊園地でわがまま言ったことを謝って、また最初から一歩ずつ、2人の思い出を作っていこう……そう思った矢先のこと。
「は? なに言っとんだ綾崎。お前、退学になってるぞ」
ゴッ!!!
「いいのかな? 教師がそんな軽薄なウソを言って……」
「や、やめろ西沢!! ワシは事実を言っただけなんだぁ!!」
目の前が一気に真っ暗になった。そんな、確かに一度だけ会わせてと頼んだけど、本当に一度きりになっちゃうなんて! こうなったらなりふり構ってなんかいられない、去年みたいに言いたいことも言えないままでお別れするなんてイヤだよっ!! 寂しそうに背を向ける綾崎君の背中に、私はあわてて手を伸ばした。
「待って綾崎君!!」
「……はい?」
「綾崎君が好きです!!」
これ以上ないほどストレートに、私は自分の想いを彼にぶつけた。
「このままお別れなんて嫌です……だから私と、付き合ってくれませんか?」
女の子のほうから告白なんて、顔から火が出るほど恥ずかしい。でもそんなこと言ってる場合じゃなかった。想いを伝えるチャンスは今しかないんだから。
「へ? え、あ、その……」
涙を浮かべた真剣な目で迫る私に、思わず口ごもる綾崎君。バイトが忙しいって言うんだろうか、それとも付き合う資格がどうのこうのって言い訳するんだろうか。でもそんなの、今の私だったらどうにでもしてみせる。勝手に殻を作って閉じこもってる綾崎君を、外の楽しい世界に連れ出してあげるのが私の務め、それがせめてもの恩返し。同じクラスにいられなくたって構わない、どこに行ったって私は追いかけてみせる。もう二度と後悔はしたくないから。
「ご……ごめん……」
綾崎君は困り果てた表情で、心優しい彼にしては珍しく、私のお願いを断った。でも半ば予期していた私は驚かなかった。大丈夫だよ、これからは私が一緒にいるから……そう励ましてあげようと思った、その刹那。
「実は僕、二次元にしか興味ないんだ」
えっ? 今なんて言ったの、綾崎君?
女の子と付き合う資格がないって言ってたのは謙遜でも自嘲でもなくて、単に二次元の女の子キャラにしか目が向いてないからってことだったの?
お金が無いからとバイトに励んでたのは家が貧乏だからじゃなくて、二次元グッズにお金をつぎ込んでるせいだったの?
それじゃ私が振られ続けてた理由って……綾崎君が遊園地でも全然楽しそうにしてなかった理由って……。
「あ……あ……綾崎君のバカ────!!」
沸騰し逆流した感情に身をゆだねながら私は怒りのままにパンチを繰り出した。よりによって初恋の相手に向かって、手加減なしの全力で。
あの人は風のよう
こんなに近くに居るのに なかなかそれに気づかない
その優しさに気づく時には 手が届かなくなってる
だけど大丈夫
あの人がどこに居ても 空のどこかで繋がってるから
この広い空の下にいれば いつかあなたに会えるから
その日の夜。夜空の星を見あげながら、私は彼への想いを新たにしていた。
せっかく神様が一度だけ綾崎君に会わせてくれたのに、カッとなって喧嘩別れしちゃったのは本当に反省してる。綾崎君がどんな態度を取ったって自分の気持ちは変わらない、そう心に決めたつもりだったのに……バカだよ、私ったら。
もし次があるなら……虫のいい話だけどもう一度奇跡が起きるものなら、今度こそ彼のことを全力で追いかけよう。短気を起こさないようにしながら、もう絶対に彼のことを見失わないよう気をつけよう。あきらめたら試合終了だって誰かが言ってたけど、それって逆に言えば、あきらめない限り可能性はあるってことだもんね。
「綾崎君……私はまだ……」
私の小さなつぶやきは冬の夜空へと消えていった。あの人も今、同じ夜空を見てるかもしれない。今は住むところも見つめるものも、私とあの人では違うけど……でも星と星の間ほどには掛け離れていないはず。だったら大丈夫、きっとまた出会えるに決まってる。
そのときは今度こそ頑張ろう。初恋は実らないなんてジンクスがあるらしいけど、そんなの関係ない。だって何回失敗しても、そのたびに彼のことが好きになっていくんだもの。
「きっとまた会えるから……だから待っててね、綾……ううん、ハヤテ君!!」
Fin.
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