ハヤテのごとく! SideStory(西沢歩のお誕生日記念SS)  RSS2.0

練馬行進曲

初出 2007年06月10日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この物語は5月15日ごろを舞台としているため、西沢さん→ナギの呼称は『三千院ちゃん』ではなく『ナギちゃん』としています。これは公式設定ではありませんが以下の2つが出典です。
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 17回目のお誕生日を迎えた、よく晴れた春の日。私はナギちゃんに誘われて、あのでっかいお屋敷にお邪魔したの。ハヤテ君に会えるかなぁってちょっぴり期待してたんだけど、あいにくお使いの最中なんだって。で、それまでの時間つぶしにって、ナギちゃんは例の尊大な態度で私をこの部屋に案内してくれたんだ。あの下田に向かう自転車での一件以来、大きな壁が一枚取り払われたみたいなあの子との関係。あの子なりに私をもてなしてくれようとしての行動……だと最初のうちは思ったんだけど。
「ど、どうかな……やった、72点! えぇと……《いいんじゃね? 素人同士でじゃれあってる分には》……って何なのかな、このムカつくコメント!」
「なんだ、それっぽっちか。相変わらずヘタだなお前」
「ぐっ……け、結構、会心の出来だったんだけどな」
「こんな点数で満足できるなんて、さすがは庶民だな。どけ、私が本物の歌というものを聞かせてやる」
 お屋敷の地下に設置されたカラオケルーム。一緒にMAIHIMEに行ったときに興味を持ったナギちゃんが、あのあと部屋ごと5、6個大人買いしてみたんだって。もうこのへんで私には理解できない金銭感覚なんだけど……問題はその先。七色の声の声優さんのオーラを持つナギちゃんが、普通のカラオケに満足できるはずもなくて。
「ふむ、ちょっとビブラートが短かったか……《650点! 甘い、甘いぞ貴様、そんなことで新人賞が取れるか!》そんなもんだろうな」
「……(絶句中)……」
「ご、誤解するなよ? 今のはちょっと調子が悪かったんだからな。やり直しだ、いつもは720点くらいなんだから」
「……な、ななひゃく?……」
 そう、軽々と100点を取れちゃうナギちゃんは歯応えが無さすぎるからって、満点が800点になるようにマシンを改造したんだって。それも単に点数を水増ししたんじゃなくて、100点以下は従来の採点基準にしたまんまで上限だけを伸ばしたって……私から見ればナギちゃんの歌って十分にお金を取れるレベルだと思うんだけど、それでも上手い下手を区別する要素ってあるみたい。
 そんなこの子を見てると……2桁の点数で喜んだり落ち込んだりしてる自分が、すっごく惨めに見えてくるんだよね。それに800点満点って、なんだかセンター試験受けてるような気分なんだもん、隣に700点台の人がいると笑い事じゃ済まなかったりして。


「さぁどうだ? 《744点。紅白は当確、だがレコ大までは道険し》……う〜む、どっかを微妙にミスったか」
「……どこが悪かったか全然わかんないんだけど。本当に上手だね、ナギちゃん」
「まだまだだ。機械の分際でこの私にケチを付けるとは生意気にも程がある。ゲームだってラスボス目前で倒されたら腹立つだろ?」
「あ、あはは……」
「まぁまぁ、そんなに根を詰めないで。飲み物でもいかがです? 西沢さんも」
 そう、この子はとにかく負けるのが大嫌いなんだよね。正直100点満点だったとしても、私こんなに意地みたいに熱くなれないよ。なんか敗北感いっぱいだなぁ、せっかくのお誕生日なのに。
「そうだ、マリアも歌ってみろよ」
「えっ? い、いえその、お客様がいらしてるのに、私なんか……」
「遠慮するな。中ぐらいのレベルのやつも居ないとハムスターが可哀相だ……あれ、ハムスター?」
「……?」
「どうした、じっと1人で下向いて……面白く、なかったか?」
「う、ううん、そんなこと……」
「お前の好きそうなものって、これくらいしか知らないから……」
 うう、ずるいよナギちゃん! 普段は不機嫌そうな顔してるくせに、こんなときだけ不安そうな女の子の顔するなんて! こんな顔されたら年上の私が、いつまでも落ち込んでるわけにもいかないじゃない。
「ううん、楽しいよ? 点数で負けてるのは残念だけど、カラオケは楽しまなくちゃだもんね、うん」
「その意気だ。お前はあきらめの悪いのだけが取り柄なんだからな。音痴でも貧乏でも低脳でも、顔を上げててもらわなきゃ張り合いがない」
 ほんとに可愛くない言い方! でもあんまり腹は立たなかったんだ、この子との付き合い方に私もだいぶ慣れてきたみたい。


 マイクをメイドさんに預けたナギちゃんが隣に座ってきたので、私たちは話をすることになった。
「ねぇ、やっぱりお金持ちって、歌のレッスンとかもするものなのかな?」
「しないぞ。独学に決まってるだろ」
「本当? すごいね!」
「声楽の先生は、アニソンなんか歌わせてはくれないからな」
「…………」
 なんか、この子と話してると疲れちゃう。
「でもお前たちだってやってるだろ? 学校とかで」
「音楽の授業では……でもそれも、中学までだったし」
「そう卑下するもんでもなかろう。ハヤテはあれで、結構上手かったぞ?」
「そ、そうなの?」
 やった、ハヤテ君の秘密を1個ゲット!……とか反射的に喜んだ私は、すぐに気分を急降下させた。それってハヤテ君が、私よりナギちゃんの領域に近いってことじゃない。別にハヤテ君のせいじゃないんだけど。
「歌だけじゃないぞ。ハヤテは足も速いし身も軽いし、車に引かれても死なないし、戦闘もできれば料理も掃除も得意だし、マンガも描ければ宇宙だって飛べるしな! あんな人材を輩出するのだから庶民の学校も捨てたものじゃないと、近ごろは思うようになったのだ」
 それって学校の勉強と関係ない……と言いかけた私は、ナギちゃんの輝く瞳を見て口をつぐんだ。だってこの子、ハヤテ君の話をするときって本当に楽しそうな顔するんだもん……なんだか妬けちゃうよ。
「……ふぅ、お粗末でした〜」
「おお、お疲れ、マリア」
 そんな物思いにふけってるうちにメイドさんの歌が終わったみたい。よく聞いてなかった私はおざなりな拍手をしながら、ふと採点画面をみて……思いっきり腰を抜かした。
「きゅ、999点って、そんな点数ありですか! 《採点不能。The God》って……いくらサンデーネタでも古すぎるんじゃないかな?」
「ま、まぁ、こんなこともありますって。だからその、げ……元気を出して……ね?」
「うわーーーーーん!!!」
「ああ!! ナギ〜!!」

      ****

 ナギちゃんが泣きながら部屋を飛び出しちゃって、なし崩し気味にカラオケ大会はお開きになった。私はハヤテ君が戻ってくるのを待たずに、お屋敷から失礼することにした。話し相手が泣き出しちゃって何だか居心地が悪いってのもあったけど……お使いから帰ってきたハヤテ君が真っ先にナギちゃんを慰めに行くところ、見たくないって気持ちもあったから。
「なんでもできる、か……」
 とぼとぼと商店街に向かって自転車を押しながら、私は空を見上げてつぶやいた。ナギちゃんやメイドさんはいい、あの人たちは最初から雲の上の人たちだから。でもハヤテ君は、潮見高を転校するまでは普通の……バイトばっかりしてたから付き合いは深くなかったけど、それでもごく普通のクラスメートだと思ってたのに、近頃どんどん遠くに行っちゃってるような気がするよ。
《今の僕には、女の子と付き合う資格なんて無いんです……だって僕には、女の子を養う甲斐性がないから……》
 ハヤテ君、以前にそんなことを言ってたっけ。あのときは私のこと嫌いになって避けてるんじゃないんだって分かって安心したけど……ハヤテ君の言ってた甲斐性って、ひょっとしてものすごく高いレベルのことだったりするのかな? 好きになった女の子のために豪邸とかクルーザーをプレゼントするとか、指先ほどもあるダイヤの指輪をあげるとか! ナギちゃんのお屋敷に勤めてたら、そういうこと考えても不思議じゃないよね。
《言っとくがハヤテは服とかアクセにも詳しいぞ? そんな男が、そのジャージ姿を見てなんと思うか……》
 下田に行くとき、私に向かってナギちゃんはそう言ってたっけ。あのときは汗臭いジャージのままハヤテ君に会うのが恥ずかしかったから深く考えなかったけど……男の子がそういうのに興味を持つってことは周囲の環境のせいか、あるいは将来の彼女のためにそういうの勉強してるってことだよね。つまりハヤテ君の頭にあるのは、そういうのが似合う女の子……幼稚園のときの彼女とか、ヒナさんとかナギちゃんとか、そういう子のことなんだよね、やっぱり。私はハヤテ君がくれるものなら、石ころだって構わないのに。
「……あ、きれい……」
 ショーウインドウに飾ってあったウェディングドレスがふと目に入って、私は自転車を押す手を止めた。そりゃ私だって女の子だし、きれいなお洋服にはあこがれるけど……でも私なんて、実際にはこういうお仕着せのドレスをレンタルで済ませちゃうんだろうな。たぶんこのまま平凡に高校でて就職して、どこにでも居そうな平凡な男の人と結婚して、その式のときに1度だけドレスを着るのが、私の人生の頂点なんだろうな。そのとき隣に立ってくれてるのがハヤテ君だったらいいんだけど、そんなこと有り得ないよね。ハヤテ君は遠く高いところを見つめてる人だし、やり遂げるだけの能力だってある人だし。私みたいな道端の石ころにつまづいて立ち止まるなんて、あるはずないよね……。


「西沢さんも、こういうの興味あるんですか?」
「……わきゃ、きゃあぁっ、ハ、ハヤテ君!!」
 突然話しかけられて、びっくりして尻餅をついた私。い、いきなり話しかけて来ないで欲しいな!
「す、すみません、大丈夫ですか?」
「う、うん……」
 はにかむような笑顔を浮かべながら、手を差し伸べてくれるハヤテ君。恥ずかしいとこを見られちゃって、どんな顔していいか分からない。するとハヤテ君は私を引っ張り起こしてくれながら、どこか暗い表情でつぶやいた。
「ウェディングドレスか……僕にはきっと、縁がない代物なんだろうな」
「い、いや、ハヤテ君だったら結構似合ったりするかも」
「な! 何を言い出すんですか! まったくもう……」
 ハヤテ君に笑って欲しくてちょっとボケてみたら、予想以上にあわててくれたハヤテ君。だけど話はここで終わりにならなかった。
「結婚のことですよ、結婚! 僕はたぶん、一生無理だと思うし」
「そ、そんなことないんじゃないかな?」
「だって僕、借金抱えてるし……お嬢さまに恩とお金を返すので精一杯ですから、結婚なんてとても……」
「…………」
 なんだか私が思ってたのと違うみたい。でも結婚にあまりこだわるのも気恥ずかしかったから、私はわざと明るく問いかけてみた。
「で、でもさハヤテ君、将来の夢とかないの? スポーツとか何でも得意そうだし、あんな学園に行けるくらいだから勉強だって……」
「僕の夢は3LDKに住むことですね」
「さ、さんえるでぃーけー?」
 あんまりに場違いな言葉に目を丸くしてたら、ハヤテ君また自虐モードに入っちゃった。
「でも貯金とか全然溜まってないし……お嬢さまのおかげで衣食住は何とかなりますけど、忙しくてバイトとか全然できなくなりましたから」
「べ、別にお金なんか無くたって……」
「でも甲斐性なしのまま一生を終えるわけには……」
 あくまで甲斐性にこだわるハヤテ君。よっぽどの苦労が背後にありそうなハヤテ君の表情をみて、『たかが3LDKくらい』と言い掛けた私の言葉が喉で止まった。でも落ち込んでばかりのハヤテ君なんか見たくない。私は別に、お金持ちのハヤテ君が好きになったわけじゃないんだもの。


「大丈夫だよ、ハヤテ君!」
「え? 西沢さん?」
 急に大きな声を出した私に、ハヤテ君はきょとんとした表情を向けてきた。格好よくて優しくて、気配り上手で勇気があって……そんなハヤテ君が幸せになれないはずがない。私は精一杯の笑顔を作って、私のヒーローを励ました。
「私、団地育ちだから! 部屋が狭くたってやっていけるし、ハヤテ君と一緒ならワンルームだって文句言わないから!」
「えっ……?」
「それにドレスなんか要らない! ハヤテ君と一緒になれるんなら、制服だってジャージだって構わないから! お父さんたちだって最初は貯金ゼロからスタートしたって言ってたし! だから大丈夫、ハヤテ君は絶対に幸せになれるよ。元気出して、ハヤテ君!」
「は、はぁ……」
「ねっ?」
 笑顔の押し売りをされたハヤテ君は、困ったような恥ずかしそうな顔をして……でもすぐに、私に負けないくらいの笑顔でうなずいてくれた。それを見て私の胸もジーンと熱くなった。笑顔はみんなを幸せにするって本当だね、ハヤテ君!


 うきうき気分でハヤテ君と別れた私が、自分の言ったことの意味に気づいたのはその日の夜、お風呂に入ってるときだった。
 あ〜ん恥ずかしいっ!! 自分と結婚したら幸せになれるだなんて、何てこと言っちゃったんだろう! うわぁー明日からハヤテ君の顔みられないよ、どうしよう〜〜私のばかばかばかばかぁっ!!!


Fin.

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