ハヤテのごとく! SideStory(東宮康太郎のお誕生日記念SS)  RSS2.0

このボクに足りないモノ

初出 2008年09月07日/修正版公開 2009年10月05日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この物語は、東宮康太郎が白皇学院2年生に進級する直前の出来事です。
 したがって彼はまだ新しいクラスメートのことを知りません。そのつもりでお楽しみください。



「野々原! イギリスに執事留学に行くって、本当か?!」
 その日、父さんから衝撃の事実を聞かされた僕は、すぐさま執事の野々原の部屋に駆け込んだ。荷物の整理をしていた野々原はいつもどおりの自信たっぷりな笑顔で頷いた。
「ええ、旦那様からようやくお許しをもらえまして。私も高校を卒業したことですし」
「すぐに撤回しろ! お前は僕の執事だろ、僕を独りぼっちで置いていく気か?」
 僕の名は東宮康太郎。東宮財閥の後継者として、将来の世界に君臨し愚民どもを指先ひとつで動かすことになる選ばれし人間だ。
 しかし今は学生の身で、将来あるべき支配者としての力量にいまだ達していない。ライオンの子供といえども生まれたばかりのうちはオオカミの群れに狙われる定めだ。将来立場がひっくり返ることに対する愚民たちのやっかみに囲まれて、現在の僕は本来手にして当然のはずの栄光も部下も人生の伴侶もないまま学院内で孤立している。野々原は当然そのことを知っている。
 これは僕が悪いんじゃない、支配者になる人間が一度は通る通過儀礼みたいなものなんだ。だからこそ今の僕には護衛役が必要なんだ。野々原はそのために僕のそばに居るんじゃなかったのか?
「これもひとつの機会とお考えください。私が手を引っ張っていては、坊ちゃんはいつまでも一人前になれませんから」
「なっ、僕が一人になるのを百も承知で、イギリス留学を決めたって言うのか? そんなのは許さないぞ!」
 野々原は事あるごとに僕に怒鳴ったり叩いたりする嫌なヤツだけれど、それでも野々原が道を切り開いてくれるお陰で僕は学校での自分を見失わずに済んでいる。桂さんを追って剣道部に入る時だって、あいつが尊大な先輩たちを黙らせてくれたせいで僕は頭を下げずに堂々と入部することが出来たんだ。
 そう、あいつは僕の右腕そのものであり、僕に尽くすためにこの世に存在してる男なんだ。何かをするときに右腕を使ってるからって胴体や頭がサボってるわけじゃないし、軟弱で不器用な胴体だなんていわれる筋合いはない。そもそも右腕が胴体を離れてどっかに行くだなんてありえないじゃないか。右利きの人間に右腕なしで戦えなんて、そんなハンデをなぜ僕が背負わなきゃならないんだ。
「坊ちゃん……」
 野々原の目が潤み始めた。いいぞ、僕の言うことを分かってもらえそうだ。僕は野々原に頼りきってる訳じゃない、野々原を手足としてごく当たり前に使っているだけなんだ。そのことを真剣に言い聞かせてやれば、きっと執事留学だなんて馬鹿な思いつきを撤回して……。
「ゴラァーーッ!!」
 と思ったとたんに野々原の顔が般若に変わり、振り下ろす竹刀が僕の脳天を直撃した。な、なんだ、いきなり何をするんだ野々原!


「坊ちゃん、私が坊ちゃんのそばを離れる理由は、その自分勝手な考え方を改めてもらうためです」
「自分勝手とはなんだ! 僕は大器晩成型なんだ、じっくり長期的に育てていこうという心遣いがお前にはないのか!」
 僕の正論を上っ面の建前論で次々と切り捨てていく野々原。そうやって執事に頼ってばかりいるから桂さんや女顔執事に馬鹿にされるんだ、誰かに守られるのはそろそろ卒業してほしい、逆に誰かを守ってやれるような強くて勇気のある男になってほしい、などなど……どこかの教育論に出てきそうな建前ばかり。当然僕は納得なんてしない。
「無茶を言うな、赤ん坊に100メートル10秒台で走れだなんて、いくら言い聞かせたって出来るわけないだろ!」
「……ご自分が赤ん坊並みの無能力者だってことは、お認めになるわけですね」
「違う! どんな英雄や天才でも成長途中の段階では凡人に負けることもあるって言ってるんだ! そこで挫折して自殺したりしないようにフォローするのがお前の役目だろ!」
「高校2年にもなって、なに自分探しのニートみたいなこと言ってるんですか……」
 野々原は大げさに溜め息をついた。
「いいですか坊ちゃん。100メートル走や剣道の腕はともかく、同じ学校の誰一人として友達を作れないようでは世の中を渡っていくことなんて出来ませんよ? 私がそばにいると坊ちゃんがその痛みに気づかないようですから、こうしてそばを離れようとしているんです」
「友達なんか……いらない。だいたいあの学院には僕に釣りあうようなやつは誰もいないじゃないか、偏屈な成金の子弟ばっかりでさ」
「偏見も大概になさい。坊ちゃんと同様に財閥の御曹司として生まれながら、ボーイフレンドやガールフレンドに囲まれて元気にやってる少年がいますよ」
 そんなマンガみたいなやつがいるもんか、という僕の反論に野々原は答えた。
「しかも彼は没落した実家を自分の力で建て直すため、自分のお店で働きながらコツコツと小さな努力を積み重ねているそうです。飛び級で高等部に進級したという話ですから勉強もおろそかにはしてないでしょうね……どうです坊ちゃん、お金や権力がなくたって、逆境に耐えてたくましく生き抜こうとしてる同級生がいるんですよ。その子の爪の垢でも飲んでいらっしゃい!」

              **

「……あそこか」
 野々原に言われて嫌々向かった先には、高層ビルに挟まれる形でこっそりと営業している小さなビデオレンタル店があった。財閥御曹司の復興をかけた店というからもっと豪勢でエレガントなものだろうと想像していた僕は拍子抜けをした。
《なんだ、野々原のやつ大袈裟だな。この程度の店であくせく働いてるようなやつが、僕なんかと友達になれるわけないじゃないか》
 きっと野々原の思い過ごしだろう、わざわざ会いに行く価値なんてあるわけない……そう判断して背を向けようとしたその刹那、ビデオ屋の扉から出てきた男女を見かけて僕の眼は釘づけになった。
《あれは……桂さんにちょっかいを出してる忌々しい借金執事と、引きこもりクイーンじゃないか!》
 二人は店の脇で目を見張る僕のことに気づく様子もなく、楽しそうにおしゃべりをしながら店を後にしていく。すると彼らと入れ違うかのように、白皇学院の制服を着た3人の女子が駆け寄ってきてビデオ屋のドアをくぐった。
「やっほー、ワタルく〜ん♪」
「今日もいいブツがそろってますぜ、部長」
「なんかこの店、中毒性があるな。正規版も海賊版も、テレビ録画の分まで寄り取り見取りだし」
 いかにも楽しげにビデオ屋に入っていく3人。あれは確か、桂さんと一緒に生徒会をやってる3人じゃ……とおぼろげな記憶を辿っているうちに、僕の脳裏に雷光がひらめいた。
《そういえば桂さん、あの3人とカラオケとかよく行く仲だって言ってたよな? だったら桂さんも、この店の常連かも知れないじゃないか!》
 わが校の有名人たちが次から次へと、何の変哲もないビデオ屋の扉を明るい表情でくぐっていく。その誰一人として、店の傍に立っている僕の方に注意を向けたり挨拶をしてきたりはしない……彼我の戦力差をまざまざと見せつけられた僕は生徒会の女の子たちがビデオ屋から去った頃を見計らい、悔しさを押し殺して胸を張りながらビデオ屋の中へと乗り込んだのだった。


「頼もう! 貴様が橘ワタルか、僕の名は東宮康太郎だ! 聞いて喜べ、今日からお前を僕の友達にしてやる!」
「はぁ?」
 正々堂々たる僕の宣言に、素っ頓狂な返事を返す橘。ふっ、驚くのも無理はない。いかに財閥出身とはいえ、僕のような真のセレブに声をかけられることなんて想像したこともなかっただろうからな。
「聞こえなかったのか? この僕が、お前を、友達としてそばに置いてやると言ってるんだ。お前のような貧相なやつに野々原の代理が務まるとは思えないが……」
「あー、無理だろうな。つーことで俺の方からお断りだよ。こう見えても忙しいし」
「なになに、謙遜することはない。僕の左腕として身を粉にして働けばこのボロ店にも光明が……って、え、断るって?」
「仕事の邪魔だから帰ってくんね?」
 な、なんということだ。この僕がこれほどの譲歩をしているというのに、こいつときたら取りつく島もない態度でシッシッと片手を振っている。何を考えてるんだ、選ばれし僕の放つオーラが見えないというのか?
「ところで、あんた誰?」
「最初に名乗っただろうが、僕は東宮康太郎だ!」
「そーじゃなくてさ、なんで俺なんかに目を付けたわけ? よりによってさ」
 僕はこんこんと説明した。自分が白皇学院の同級生であること、将来は世界の支配者になる人間であること、その側近として働くのがどれほどの名誉かということ……ところが橘は後半の話に耳を貸す様子もなく、僕の話が一時途切れたタイミングで言葉の槍を投げ返してきた。
「あー、そういやナギから聞いたな。借金執事に勝負を挑んでおいて楽なナギの方に目標を変更し、生徒会長さんにボコボコにされたヘタレ素人がいるって」
「なっ……!!」
 ぼ、僕の評判はそんな形で流布されていたのか!
 唖然として言葉を失った僕に対し、もう興味を失った様子で書類の整理を続ける橘。なんて失敬で非礼なやつだ、こんなやつのどこに沢山の友達を引き付ける要素があるってんだ……そんな風に首をかしげた、ちょうどその時。
「きゃ〜〜(どたばた、がっしゃん)」
「あぁもう、サキのやつ……」
 店の奥の方から何かが倒れる音が響く。橘は軽く頭をかくと、席を立って店の奥へと向かった。
「ま、待て! まだ話は終わってない!」
「あ、まだいたの、あんた……これでも結構忙しいからさ、さっさと帰ってくれよ」
「なにぃ?!」
 なんたる暴言、なんたる傲慢。僕は憤懣やるかたない気持ちで橘の後を追った。


「いたたた……す、すみません、若ぁ〜」
「ほらほら泣くなって。怪我はないか、DVDは割ってねーか?」
 頭の足りなそうなメイドが床に座り込んで、崩れたディスクケースの山に埋もれている。橘はそんな彼女を叱るどころか、自分まで一緒にしゃがみ込んで散乱したディスクを拾い集めていた。
「みっともない、とてもじゃないが目も当てられんな」
「す、すみません……」
 橘に誘いを断られた腹立ちもあって、嘲りの言葉を僕はそのまま口にした。無様だ、まったく無様な振る舞いだ。同じ使用人でも野々原たちとは雲泥の差だ、こんなポンコツメイドでもクビに出来ないほどに落ちぶれてるようでは……口に出来たのはそこまでだった。
 がっしゃあぁあぁーん!!!
「わ、若!」
「帰ってくれとはもう頼まねーよ。出てけ、今すぐ出て行け!」
 突き飛ばされて身を起こしかけた僕の前に、憤怒の表情を浮かべた橘が仁王立ちしていた。小さな身体のどこにこんな気迫が隠れていたのか。野々原以外の人間から向けられる正真正銘の殺気を前にして、僕に出来るのは助けを呼ぶことだけだった。
「野々原、どこにいる野々原! さっさと来てくれ! 僕を助けろ!」
「てめぇ、いい加減に……」
「やめて、やめてください、若!」
 拳を振り上げる橘に対し、僕を守ってくれる者は誰もいない。次に来る衝撃を覚悟して僕は目をつぶった……だが痛みはいつまでも襲ってこなかった。恐る恐る開いた瞳に映ったのは、背後からしがみつくように橘を制止しているポンコツメイドの姿だった。
「ごめんなさい、私がドジなせいで……私がいけないんです。だから落ち着いてください」
「放せよサキ、こんな奴にお前のこと笑われて、黙っていられるか!」
「もう十分です、若の気持ち分かりましたから……若に恥をかかせないよう、私がんばりますから、だから」
「……ちっ」
 橘からの殺気が弱まり、すくんでいた足が動くようになる。長居は無用だった。僕はあわてて立ち上がると、逃げるようにビデオレンタル店を後にしたのだった。

              **

 ビデオ屋を出て、リムジンで家まで帰りながら。僕は今日の出来事を反芻してみた。
 橘がなんであんなポンコツメイドを雇ってるのか僕には分からない。だがあのメイドが、橘の傍を離れようとしない気持ちは分かるような気がした。僕に野々原が必要なように、あのメイドには橘が必要なんだ。橘があのメイドのために怒ってくれる奴だから、メイドも橘のために尽くそうって思えるんだ。
 あれ? そうするとこの僕は、さしずめポンコツメイドと同じ“守られ役”のポジションなのか?
 橘がいろんな人たちに人気があるのは、ちょうど野々原みたいな立場として扱われてるからなのか?
「…………」
 いつまでもポンコツメイドと同じ立場では居られない。野々原が言いたかったのはそう言うことだったんじゃないか。この立場から抜け出すには……車の中であれこれと考えをまとめた僕は、帰るとすぐに野々原の部屋へと向かった。
「野々原! 聞いてくれ、僕に足りないものが分かったよ」
「やっとお気づきになられましたか、坊ちゃん!」
「そうさ、野々原がそばにいちゃダメだって言った理由がよく分かった! なんで今まで気づかなかったんだろう!」
 嬉しそうに出迎えてくれる野々原に、僕は堂々と胸を張って宣言した。

「僕に足りなかったのは……可愛いメイドさんだったんだよ!」
「……ゴゥラァアアァアアアァアアアアアアッ!!!!」

 な、なぜだ野々原、なぜ怒るんだ? ひょっとして僕が間違ってるって言うのか、教えてくれ、野々原ァァ〜〜!!!


Fin.

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