ハヤテのごとく! SideStory(三千院ナギのお誕生日記念SS)
ささやいて
初出 2008年04月06日
written by
双剣士
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私とハヤテはラブラブだ。あいつは私にベタ惚れなのだ。
クリスマスの夜の衝撃の告白。あれからどこへ行くにも一緒にいて、何度も危ないところを助けてくれた。世界一大事な人だとも言ってもらえた。宇宙へだって迎えに来てくれたし、母の墓の前で約束もしてくれた。
形のうえでは主人と執事だけれど、そんなことは重要じゃない。ハヤテが告白してきたのはそうなる前の話だし、借金を抱えて行き場がないというから私が拾ってやっただけのことだ。主従関係の前に恋人同士なのだ。それはあいつだって分かってるはずだ。
……と毎晩自分に言い聞かせるのも、いいかげん疲れてきた。
近頃のあいつはたるんでる。クビにされる心配がないと高をくくってるみたいに、へらへらと他の女に色目を使っている。サクや伊澄のことは誤解と分かったからいいけど、他にもハムスターとかヒナギクとか3馬鹿とかに気を使ってあれこれと世話を焼いている。それで私が不機嫌になると分かっててもお構いなしだ。浮気は絶対ダメだと最初に念を押したというのに。
それだけじゃない。普段のあいつは恋人らしいことなんて何ひとつしてくれないばかりか、事あるごとに私のことを子ども扱いする。マリアやクラウスが居るときは仕方ないけど、2人っきりのときぐらい本心を見せてくれたっていいじゃないか。お前の好みの女の子になろうと頑張ってる私がバカみたいじゃないか。これじゃなんだか、私の方が勝手にものすごい勘違いをしてるみたいな気分になるじゃないか。
恋人を不安にさせるなんて彼氏失格なんだぞ。周囲に愛想を振りまく暇があったら、もっともっと私に構ってくれるべきなのだ。お金なんて要らない、優しくて甘い言葉を2人きりのときにちょっとささやくだけでいいのだ。これは決してゼイタクな望みではないはずなのだ。
こんな悩みを私が抱えていることをハヤテは知らない。あるいは知ってるのに知らない振りをして私に意地悪をしている。ムカついて何もかもぶちまけたくなることが時々あるけど、でも口が裂けたってこんなことは言えない。だって……私を好きだと言ってくれなんて、そんなこと私の口から言えるわけないじゃないか。それじゃ負けたみたいで悔しいじゃないか!!
****
そう考えた私は一計を案じて、ハヤテを呼び出した。
「『執事を制するもの世界を制する。いま地球を揺るがす〜ぅ、執事大戦の火蓋が切って落とされたぁ〜』」
「うむ、渋さが少し足りない気がするけど最初にしてはまずまずだ。どんどん行くぞハヤテ!」
「は、はぁ……」
マイクを持ったまま照れ笑いをするハヤテに、折り畳み椅子に座って足を組んだ私はメガホンを突きつけた。ここは屋敷内に急遽作らせた録音スタジオ、中にいるのは私とハヤテの2人きり。流行の初○ミクにあやかって男性ポイス版ボーカロイドを作る、そういう名目でハヤテの声をレコーディング中なのだ。
「お嬢さま、男性ボイス版なんて本当に売れるんですか……?」
「当然だろう、世界の半分は女性なんだからな。新ジャンル開拓のために美少女キャラを使うという心意気は認めるが、そこに安住していては一過性のブームだけで終わってしまう。そうは思わないか、ハヤテ?」
「でも初音○クの後継ソフトでは、ちゃんと男性と女性の声が選べるようになってますよ? なにも僕たちが改めて作らなくたって」
「何をいう、男性キャラの声を女性の声優で間に合わせようなんていうケチな紛い物で、世間のヲタクどもが納得すると思うか!」
「某アニメに思いっきり喧嘩売ってますね……」
ぶつくさと文句を言うハヤテをせきたてて、次々と台本のページをめくらせる。快調なペースでアニメの名台詞たちを朗読していくハヤテとダメだしをする私の声とが交互に響いて……そしてあるページで、ハヤテの声がぴたっと止まった。
「……あの、お嬢さま、これ……」
「ん? どうした、早く読め」
「いやでも……これ、さすがに恥ずかしいですよ」
「何を言う、濡れ場が嫌だと言って声優が勤まるか!」
「僕は声優じゃないんですけど……えぇと……『僕は君の太陽、どんなときも側にいて、君の頬を真っ赤に照らす』……」
「ただの棒読みじゃないか! やりなおし!」
「お、お嬢さま?!」
目を白黒させるハヤテ。何を驚いているんだ? ここからが肝心な所じゃないか。
「『迷わないで付いておいで。僕は君を一生守るから』……お、お嬢さまぁ」
「どうした、ぜんぜん感情がこもってないぞ!」
「感情をこめてと言われましても……なんでこんな、恥ずかしい台詞ばっかりが並んでるんですかぁ」
顔を赤らめて哀願してくるハヤテから私は思わず視線を切った。そ、そんな泣きそうな顔をしたってダメなんだぞ。ここを飛ばしたら何の意味もないんだから。お前にこれを言わせるために、わざわざスタジオまで作らせたんだからな。
「つべこべ言うな。ヲタクどもの使い道を考えてみろ、こういう台詞抜きで売れると思うか?」
「い、いや、でも、ボーカロイドでしょ? 音声合成するんでしょ、台詞をそのまま使うなんてこと無いんじゃ……」
「こういう歌詞を入れたときの呼吸とかイントネーションが重要なのだ! そら行くぞ、ページの一番上から!」
「は、はぁ……『愛しているよ、もう僕には君しか見えない』……」
****
「『ご満足していただけましたか? よかった……なんだか今日……初めてお嬢さまに会った気がします』」
「…………」
「ど、どうでしょうお嬢さま? 今のは我ながらいい感じに言えたかと」
「ん? あ、あぁ……」
それから2時間。次第に口が滑らかになってきたハヤテは、私が用意した恥ずかしい台詞をだんだん物怖じせずに言えるようになってきた。だけどハヤテの調子が上がるのと反比例して、私のテンションのほうは某住宅ローンの株価みたいに急降下していった。
《なにやってんだろ、私……》
鈍感なハヤテに甘い言葉を言わせるにはこれしかないと思った。たとえ台本どおりでも、こういう台詞を言うのに慣れてくれれば告白への抵抗を減らせると思った。頃合を見計らってハヤテの真正面に行き『さぁほら、私に語りかけるつもりで言ってみろ!』とやれば、実感のこもった甘い言葉が聴けるものだとばかり思ってた……だけど違う。なんか違う。
《愛のこもってない告白なんて、ただの台本じゃないか》
ハヤテはいっぱしの声優気取りで、次から次へとマイクに声を吹き込んでいる。でもあいつはマイクに向かって喋ってるんであって、誰かに向かって呼びかけてるんじゃない。目の前に誰かがいてもいなくても関係なしに紡ぎだされる愛の台詞……そんなものを真正面で聞かされたって虚しくなるだけじゃないか。しかもその中身が、私があらかじめ用意した台詞と一言一句違わないのなら尚更。
「『だって僕はいつもお嬢さまを怒らせたり困らせたりしていたから、誘ってもきっと断られると思って……だからさっき言い損ねましたけど……今日は僕も、お嬢さまと一緒で嬉し……』」
「もういい!」
流暢に繰り出されるハヤテの台詞を聞いてると余計にムカついてくる。急に大声を出して立ち上がった私のことを、台詞を中断したハヤテはきょとんとした表情で見つめた。その瞳は純朴そのもので、顔色には紅潮のかけらもない。悪い意味で告白慣れしてしまってる、そうしろと言ったのは私だけど。
「もういい、止めだ止めだ!」
「お、お嬢さま、すみません、僕がヘタクソなばかりに」
「…………!」
自分が悪いとしきりに謝るハヤテ。私は怒鳴り声を上げかけて……あやうく声に出すのをこらえて、足早にスタジオを飛び出したのだった。
****
「ナギ……なにがあったんですか、ハヤテ君ずいぶん落ち込んでましたよ」
「なんでもない、いつもの喧嘩だ。今夜は顔を出すなと伝えてくれ」
「ナギ……」
「あいつが悪くないのは分かってる。ちょっとした行き違いだから……ちょっと1人にしてくれ、マリア」
「…………」
マリアが部屋を出てドアを閉じる音が聞こえる。寝室のベッドの上でうつ伏せになっていた私は、寝返りを打って枕を抱きしめた。
「……あーあ」
重く冷たい後悔が胸を刺す。なんてバカなことをしたんだろう。こう言えと指示した言葉を聞いたって満足できないことくらい、少し考えれば分かるはずじゃないか。こうなることくらい予想できないわけないじゃないか。
「はぁ〜〜」
なんか、やる前より虚しい気分だ。ハヤテの甘い言葉が聞きたい気持ちは今でも変わらないけど、お仕着せの告白をああも連発されると食傷気味というかなんと言うか、メタミド○ス満載の中華料理を食べさせられたみたいな胸苦しさがある。
「ハヤテの、バカ……」
なんでこんな思いをしなきゃならないんだ。一言でいい、キザな台詞でなくたっていいんだ。初対面のときにあれだけのことを言ったんだから、いまさらハヤテが照れる必要なんてないはずなんだ。世界一大事な人だって言ってただろ。花が綺麗に咲き続けるには定期的に水と栄養をやらないとダメなんだぞ。
「……ハヤテ……」
あいつは悪くないとさっきマリアには言ったけど、よく考えてみると納得がいかない。ボーカロイドにかこつけて甘いささやきを引き出そうという私の作戦は確かに失敗だった。でも元はといえばハヤテがはっきり言ってくれないから、こんな小細工をする羽目になったのだ。普段からあいつが私を大事にしてくれてれば済んだ話なのだ。
……いや、ちょっと違うな。
あいつは私を大事にしてくれてる。今までだって何度もピンチを救ってくれたし、これからだって私のためなら全力を尽くしてくれるだろう。でもそれは私が雇い主だから……嫌な言い方をすれば1億5千万の貸し手で今のあいつの生活全てを支えてやってる立場だから、私の執事として全力でがんばってる、そんな風にも見えるんだ。私が建前で言ったことを真に受けて、仕事として私のそばに居るというか……そんなだから時々不安になるんだ。あいつの本心が見えなくて。
《ハヤテに会いたい》
明日になったらハヤテは平身低頭の態で謝ってくる。そうなってからでは手遅れな気がした。このまま主人と執事の関係に戻ってしまったら、2人の間の壁がますます高くなるような……そんな不安に駆られてベッドから跳ね起きた、そのとき。
「お嬢さま、申し訳ありません。僕が鈍感だったせいで、貴女を傷つけてしまいました」
「えっ、えっ?」
扉の外から聞こえてくるハヤテの声。これは夢? それとも聞き違い? ベッドの上で硬直してしまった私の耳に、信じられないような言葉が次々と飛び込んできた。
「これからは一生そばに居ます。僕の人生の全てをかけて、あなたを暖めて差し上げます」
「…………」
「不器用で甲斐性なしの僕だけど、精一杯お嬢さまのために尽くします……お嬢さまの気持ちに応えられるように」
「……うそ……」
こんな台詞を台本に書いた覚えはない。あわててドアに駆け寄って開け放った先には、予想通りだけど信じられないことに、ハヤテ本人が立っていた。ハヤテは私の目をしっかりと見下ろしながら言葉を続けた。
「やっと出てきてくれましたね、僕の前に」
「……ハヤテ……」
「お嬢さま、僕にはあなたが必要なんです……あなたが僕の全てなんです。それではいけませんか?」
「……うぅ……ハ、ハヤテぇ〜〜」
感極まって私はハヤテに抱きついた。夢にまで見たハヤテの告白、いままでの分を帳消しにするような熱い気持ちの吐露。やっと気持ちが通じた、これで私たちの絆は磐石だ。ハヤテがここまで言ってくれるのなら私だって……そう思って目に涙を溜めながら顔を上げた、その刹那。
「……あ、お嬢さま、今ので気に入っていただけました? いやぁ、マリアさんに手伝ってもらって練習した甲斐がありましたよ」
「……え?」
思考停止。目に映るものの全てがモノクロームで流れるなか、ハヤテは輝くような笑顔で私の頭をなでた。
「さすがはマリアさんですね、お嬢さまの好みをばっちり分かってたみたいで……僕も調子よく練習が出来ましたよ。さぁお嬢さま、勘が鈍らないうちにスタジオに戻りましょうか」
「…………は」
「は?」
「ハヤテのバカ――ッ!!!」
全力で振り下ろした10tハンマーの直撃音が、その日の騒動の締めくくりになった。
付け焼刃はしょせん付け焼刃。あいつの気持ちを確かめるには、もうしばらくかかりそうだ。
Fin.
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