ハヤテのごとく! SideStory(鷺ノ宮伊澄のお誕生日記念SS)
Little Loneliness
前半公開 2007年09月24日/完全版初出 2009年10月11日
written by
双剣士
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「ねぇ、伊澄ちゃん」
「はい?」
「9月24日は
先負
(
せんぶ
)
よね、今日はあまり表に出ないほうがいいわよ」
(←作者注:この作品は2007年9月に公開する予定の作品でした)
秋分の日の振り替え休日。鷺ノ宮家の朝の食卓は、初穂お母さまの切り出したこんな会話から始まりました。
「なんだか胸騒ぎがするから占ってみたの。今日は何かしようとしてもことごとくうまくいかないって」
「……そうですか」
初穂お母さまの得意技は占い。退魔の術を旨とする鷺ノ宮家においては、どちらかというと地味で慎ましい能力といえます。無下に否定するのも気の毒なので、私は神妙にうなづいておくことにしました。っていうかお母さま、9月24日なのに、他におっしゃることはないのですか?
「初穂や、私の運勢はどうかいのう?」
「おばあさまは出力全開、天気晴朗にして波やや高し、ですわ。じっちゃまの名に懸けて保証します」
「おやおや、じいさまが化けて出てきてくれるのかね。嬉しいのう、初穂にもおこづかいをくれるかも知れんわね」
「まぁ、おこづかいですか。それじゃ貯金箱を用意しておかなくちゃ♪」
「なに言ってるの、小銭なんかで持ってきてもらったら、じいさまの腰が折れてしまうわね」
「それじゃもらったおこづかいで、おじいさま用のマッサージ器を買いましょう」
とめどなく脱線していくお母さまとおばあさまの会話。私は冷めかけたお魚を口に運びながら心の中でこっそり溜め息をつきました。お2人とも気づいてない、今日は私にとって特別な日……14回目のお誕生日だということを。
毎朝恒例の巫女の勤めを果たしてから、私はお母さまの言いつけを破って外へと繰り出しました。せっかくのお誕生日なのに何事もなく過ぎていく日常、普段と何の変わりもない家族や執事さんたち……おとなしくしていたら本当にこのまま1日が終わってしまいそうで、胸の中がもやもやしてきたのです。
私の家は伝統や戒律に縛られた家系だけれど、それが世界のすべてじゃない。一歩でも足を踏み出せば、そんなものに囚われない自由な世界が広がっている。そこには大好きな友達と執事さんがいるのです。そちらに行けばきっと何か楽しいことが起こる、そう思っていたのですけど……。
「……ここ、どこ?」
ナギのお屋敷を目指して数分後、私は見知らぬ街角に立っていました。きょろきょろと辺りを見渡してもナギのお屋敷は見えません。不思議です、なんだか日を追うごとに迷子になるまでの時間が短くなってるような気がします。ひょっとして私、ちょっとだけ方向音痴の気があるんでしょうか? いやいやそんなはずはありません、私はこんなにしっかりしているのだもの。
「どうしましょう……」
衝動的に飛び出してきたのでナギの家に連絡は入れていません。歩けど歩けど見覚えのある景色には出会わず、知り合いと顔を合わせることもありません。『今日は何をしてもうまくいかない』初穂お母さまの今朝の言葉が足を踏み出すたびに胸に染み込んできます。ひょっとして私は、とんでもなく考え無しなことをしてしまったんでしょうか? 拗ねてむくれる子供みたいに、出来もしないことに意地を張ってるだけなんでしょうか。
「……いいえ、私も今日から14歳! もう今までとは違うの」
なけなしの勇気を奮い立たせて、顔を上げた私はナギのお屋敷がある“はず”の方角へと突き進むのでした。
そして数時間後、私の努力が報われるときがやってきます。
「なんや、伊澄さん。なんでこんなとこに?」
「……咲夜……」
どこかのショッピング街でかけられた懐かしい声に思わず涙ぐみそうになった私は、慌てて涙を隠しながら呆れ顔の親友の方へと振り返りました。心細さでしがみつきたくなるのをこらえて、私は親友に微笑みかけました。
愛沢咲夜、ナギの親戚にして私の大切なお友達。言い方はきついし時々意地悪もするけれど、私がピンチな時は親身になって手を貸してくれる優しくて頼もしい子。
「き、奇遇やのぉ、こんなとこで会うやて、あは、あはは……で、どないしたん?」
「ナギのお屋敷に行こうとして……」
「それ、反対方向やで?」
これまで何度くりかえされたか分からない咲夜の突っ込み。ちょっとだけ不満そうな顔をしながら、内心では天の助けを得たような気持ちで私は彼女の方に向き直りました。ところが私の目に飛び込んできたのは、いままであまり見たことのない咲夜の表情でした。
「まぁ……しゃーないわな。巻田、国枝、伊澄さんをナギのとこまで送ったり」
「はっ」
「承知しました、咲夜お嬢さま」
「えっ……?!」
一緒に来てくれないの? そんな気持ちが表情に出たのでしょう。咲夜は私に向かって両手を合わせたのでした。
「ごめん、伊澄さん。今ちょっと取り込んでるんや、連れてったりたいんは山々なんやけどな」
「…………」
「ほんまにごめん。せやけど堪忍したってな、今日はちょっと連れがおるもんで」
「お連れさん?」
ショッピング街でこんなことを言うってことは、ご家族と一緒に来てるんでしょうか。咲夜のところの可愛らしい妹さんたちの顔が、不意に脳裏に浮かび上がりました。先約があるのでしたらそうそう無理も言えません。
「ううん、いいの。気にしないで」
「悪いな。あとは国枝たちに任しとけば大丈夫やから。ほんなら」
どこか恥ずかしそうに手を振ると、咲夜は執事さんたちを残してショッピングモールへと駆け出していきました。そしてある店の前で急停止すると、誰かの腕に抱きつきながら連れだって店の中へと消えていきました。その少年は咲夜のお父さんとも弟さんとも違う人で……遠目でよく分からなかったけど、私のよく知っている人にどこか似ていました。
《まさか……ワタル君?!》
咲夜の家の執事さんたちに連れられて、車でナギのお屋敷に向かう道すがら。私はぐちゃぐちゃになった頭の中を整理していました。
《ワタル君はあんなにナギのことが好きだったのに、いつのまに咲夜とあんなに……》
ワタル君も咲夜も、ナギの大切なお友達。しかもワタル君はナギの婚約者。そんな2人があんな関係だったなんて……これから私はどんな顔してナギに会えばいいのでしょう?
《なにも知らない振りをするのは簡単だけど……咲夜たちのことを知っていながら話さなかったことをナギが知ったら、私まで裏切り者呼ばわりされてしまう》
ナギは大事な大事なお友達です。あの寂しがり屋で傷つきやすいナギが親友に罵声を浴びせながら大泣きする所なんて、私は見たくありません。ましてその罵声が私に向いたらと思うと、考えただけで気が遠くなりそうです。
「あの……すみません。突然で申し訳ないんですけど、ナギのうちに行くのはやめて……」
「お待たせ致しました、三千院家に到着です。伊澄お嬢さま」
私の小さな抵抗は執事さんたちの太い声にかき消されました。ぐずぐずしているうちに退路を断たれた気分です。そう、今日をやり過ごしたって何の解決にもなりはしないのだわ……私は覚悟を決めて、目の前にそびえ立つ三千院家の門構えを見上げました。
《とりあえず……ワタル君に好きな人が出来たのかもって事だけ、さりげなく耳に入れておきましょう。それからハヤテさまには全て話して、ナギのフォローをお願いして……》
ナギの傍にはあの子のヒーロー、ハヤテさまがいる。あの方にお任せしておけばきっと大丈夫。執事さんたちに促されて車から降りるとき、私がすがっていたのはそんな思いこみだけでした。
「ナギですか? えぇっと……ごめんなさい、今は誰とも会いたくないって、部屋に閉じこもってるんですよ」
「えっ……?」
ところが。三千院家の玄関で迎えてくれたマリアさんの言葉に私は蒼白になりました。
「ナ、ナギは大丈夫なんですか?」
「あ、いえいえ、病気とかそう言うんじゃなくて……ほ、ほら、いつもの我が儘ですわ。あまり気になさらないで」
「ナギに会わせてください!」
息せき切った私のお願いにマリアさんは静かに首を横に振りました。いつものことだとマリアさんは言うのですけど胸騒ぎがしてなりません。頭の良いナギのことです。ワタル君と咲夜のこと、もうとっくに勘づいていたのかも。
「失礼します!」
マリアさんの制止を振り切ってお屋敷に上がり込んだ私は、通い慣れたナギの部屋へと直行しました。いつものように分厚いドアを開けようとしたら中から鍵が。最悪の事態を想像した私は大声で叫びました。
「ナギ、ナギ! どうしたの、返事をして!」
「……い、伊澄か? なんでお前がここに居るんだ?」
「ここを開けて、お願い!」
「だ、ダメだダメだ、もう少し、もう少しだけ待ってくれ」
「ナギ……」
ドア越しに聞こえる親友の拒絶。私はがっくりと肩を落としました。ナギ、そんなにワタル君のことがショックだったの? 私ですら入り込めないほどに傷ついてしまっていたの? どうしたらあなたを助けてあげられるの……ぐるぐるとそんなことを考えているうち、頭に閃光が走りました。
「そうだわ、ハヤテさまなら!」
それから私はハヤテさまを探してあちこちを渡り歩いて……気が付くといつの間にか、うっそうと茂る森の中に1人ぽつんと立っていました。
「ここはどこでしょう……」
強い風が木々の葉をざわざわと揺らし、私の髪を揺さぶって遠い森の奥へと消えていきます。夕暮れの赤い光とともにカラスの鳴き声が聞こえてきます。時間とともに冷え込みを増す秋の夕暮れに私は身震いしました。『何をやってもうまく行かない日』初穂お母さまの言葉が頭をよぎります。咲夜たちと別れナギとも仲違いしたまま、私はこの森の中で朽ち果ててしまうのでしょうか。
「……そうだわ、ハヤテさま!」
私のことなんか考えてる場合じゃありません。めげそうになる気持ちを私は奮い立たせました。ナギが1人で泣いている。早くハヤテさまに事情を話して慰めてあげないと、私のナギは一生誰も信じられなくなるかも知れない。
「ハヤテさまぁ! ハヤテさまぁ!」
私の叫び声は夜の闇に吸い込まれていきました。冷たい北風が私の勇気を奪っていきます。ひょっとしたら私、このまま誰にも気づかれずに……ううん、弱気になっちゃダメ、ナギを助けてあげないと!
「ハヤテさまぁ! ハヤテさまぁ! ハヤテさま〜〜ぁ!」
「なんですか、伊澄さん」
「あ……」
どれくらい時間が経ったでしょう。叫ぶ声が枯れかけてきた頃、不意に私の背後から懐かしい声がかかりました。振り返った目に映ったのは私の……いえ、ナギのヒーローである頼もしい男の人でした。
「ハヤテさまっ」
「わわっ!」
寒くて寂しくて心細くて。ようやく見つかった灯明に私は全身でしがみつきました。トレーナー姿のハヤテさまの身体は温かくて汗くさくて、それでいて力強い鼓動を私の胸に伝えてきてくれました。安心した途端に胸の中に込めていた思いが全部涙になって目からあふれ出してきて……でもハヤテさまは服が濡れるのも構わず、落ち着くまでずっと私の頭をなでていてくださいました。
「落ち着きましたか、伊澄さん」
「はい、おかげさまで……あの、ハヤテさま、大変なんです。ナギが、ナギが!」
「お嬢さまが?」
ハヤテさまは広い胸で私を受け止めたまま、じっと私の話を聞いていてくださいました。そしてあの優しい笑顔を浮かべると、私がずっとずっと欲しくてたまらなかった言葉を、優しく口の端に乗せてくれました。
「わかりました。後のことは僕に任せてください」
「ハヤテさま……」
「さ、帰りましょう。おんぶしてあげますから背中に回ってください、さぁ」
「は、はい」
私が背中に乗ったのを確認したハヤテさまは、風のように夜の森の中を駆けだしました。激しい揺れに驚いた私はハヤテさまの背中にしがみついて目を閉じて……そのままハヤテさまの体温を感じながら、うとうとと眠り込んでしまったのでした。
「伊澄さん、伊澄さん。ほら、目を開けてください」
「えっ……」
ハヤテさまに背負われたまま、ぼんやり顔を上げた私の目の前にあったのは……綺麗に飾り立てられたお部屋とキャンドル、そして壁に掲げられた横断幕でした。
『伊澄ちゃん、14歳のお誕生日おめでとう!!』
ナギとマリアさんがいます。咲夜とワタル君も笑っています。初穂お母さまも隣にいます……まだ夢の中にいるような心持ちの私に、輝くような笑顔を浮かべた金髪の親友が話しかけてくれました。
「伊澄、さっきは悪かったな。お前を驚かしてやろうと思ってさ、準備が終わるまでは部屋の中を見られたくなかったんだ」
「ナギ……」
「ごめんね伊澄ちゃん。今夜のパーティまでは内緒にしておきましょってナギちゃんたちと約束してたんだけど、かえって心配させちゃったみたいね」
「お母さま……」
頭と身体が状況に付いてこられません。ハヤテさまに降ろしてもらってナギに抱きしめてもらった時点で、ようやく地が足に着いたような気分でした。するとそこにワタル君が、恥ずかしそうに花柄の箱を差し出してきました。
「伊澄、これ……誕生日のプレゼント。安物で悪いんだけどさ」
「なんやの、その言い草! 女の子にプレゼント渡す時くらい、もっと胸張って顔上げんかい」
「う、うっせーな! こんなときまで仕切ってくるなよな、咲夜」
「伊澄さん堪忍したってや。こいつ、伊澄さんに何プレゼントしたら喜ぶかって、わざわざウチを呼び出してまで真剣に考えて選んだんや。んでこれ、はい、ウチからの分」
「あの、じゃあ……あのとき街で会ったのって……」
なんと言うことでしょう。私はずっと勘違いして早とちりして、ワタル君やナギのことを誤解していたのです。みんな私のために用意してくれていたというのに、そんな皆の気持ちも知らずに勝手にバタバタして。
《恥ずかしい》
驚きが通り過ぎた後、私の胸に浮かんだのは嬉しさではなくて恥ずかしさの方でした。もらったプレゼントを胸に抱いたまま膝をつくと、私は顔を上げられずに俯いてしまいました……するとそこへ、銀華おばあさまの嬉しそうな声が飛び込んできました。
「ほれ伊澄よ、今日のメインディッシュじゃ。この小僧にはパーティ直前まで、8時間耐久マラソンをやらせておいたからの。限界ギリギリの若者の生き血、思う存分に味わうが良い」
「い、生き血……?」
「ぬおっ! 小僧きさま、息を切らしておらんではないか! 貧乏なきさまに出来ることなど他にないと言うたのに手を抜くとは、可愛い伊澄の誕生日に泥を塗りおって!」
「そ、そんなこと言われましても……伊澄さんを拾ってからはお屋敷への最短ルートを通りましたし、背中で眠ってる伊澄さんのことを思ったら全力で走るなんて……」
「問答無用! 腐れ切った根性を叩き直してくれる、そこに直れ!」
お庭へと一目散に逃げ出すハヤテさまと、鎖の束を振りかざしながらハヤテさまを追う大おばあさま。華やかなパーティ会場のすぐ外で、あっという間に命がけのバトルが始まってしまいました。そんな、私のためにハヤテさまが怪我でもしたら……そう心配しながら見つめる私の肩を小さな親友がぽんと叩きました。
「大丈夫だ。ハヤテは私の執事だぞ、こんなところでやられるもんか」
「……そうね。ハヤテさまはナギのヒーローですものね」
さっきまで身体で感じていた温かい背中を思い浮かべた私は、胸の奥に小さなトゲが刺さるのを感じながら、隣に立ったナギの言葉に頷いたのでした。
Fin.
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