ハヤテのごとく! SideStory(貴嶋サキのお誕生日記念SS)  RSS2.0

ながされて宝物

初出 2007年06月17日
written by 双剣士 (WebSite)
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 若を学校に送り出して、朝食のお片づけをしてから店内のお掃除をして。私はいつものようにビデオ屋の扉を開けて店番を始めました。あわただしく返却しに来るお客さんの相手をし、早朝からどっさりとアニメDVDを借りて行ってくれる常連の人たちの応対を済ませて……お客さんの途切れた店内でうつらうつらと舟をこぎ始めた昼下がり。とある封書が届けられてきたところから、このお話は始まります。
「橘ワタル様……間違いなく若あての荷物ですよね。差出人は書いてないみたいですけど」
 届いたのはB4サイズの封筒。何か柔らかいものがクッションとして詰め込んであるようで、振ってみるとカタカタと乾いた音がします。商売柄その音を聞き慣れていたせいで中身はなんとなく見当がつきました。たぶんプラスティックケースに入ったCDかDVD、それも2枚以上。ビデオ屋を開いてる若なら正規のルートを通して好きなDVDをいくらでも手に入れられるはずなのに、差出人不明のこんな封筒で送られてくるというのが妙に気にかかります。まさか、ひょっとして……。
「……い、いけませんいけません。若あての荷物を勝手に開封するなんて。はしたないですよね」
 沸きあがる好奇心を、私は年長者としての良識をもって抑えつけたのでした。


 それから十数分後。私は……いえその、あの、要するに、ですね……若の封筒に入っていた1枚の便箋を、食い入るように読みふけっていたのでした。
「……白皇リトルエリート密着プレミア映像集? えぇと……出演者は鷺ノ宮伊澄、三千院ナギ、そして……」
「ワタル君の名前もありますね」
 私に寄り添う形で手紙を読んでるのは丸眼鏡のシスター。このごろビデオタチバナに通うようになってくれた常連さんです。メイドといえども実質的には保護者、思春期の少年の行動や交友関係を黙って見過ごして良いわけがありません、よこしまな気持ちで覗き見するわけでは決してないのです……ものすごい勢いでそう主張しながらシスターが私の手から封書を奪い取り、ビリビリと封を破ってしまったのが数分前のこと。あわてて封筒を取り返したのは良かったのですが、勢いで手を滑らせて中身のDVDと手紙を床に散らばらせてしまいまして……それを拾い集める過程で、はからずも手紙の文章が目に入ってしまったと、そういうわけなのです。決して覗き見してるわけではないのです!
「なになに……新年度の飛び級生のプロフィールDVDが1枚と、去年の飛び級生のお宝映像DVDが3枚……ようやく編集が終わりましたので、部長のチェックをお願いします、と……」
「from 朝風理沙@動画研究部、ですか。うふふ、なかなかセンスのいい生徒さんみたいですね」
「でも安心しました。えっちなDVDだったらどうしようかと思ってましたけど……女生徒さんから送ってきたDVDなら大丈夫ですよね」
「じゃこれ借りてきますね! 代金は出世払いで」
 ふと顔を上げると封筒を抱えたシスターが扉に向かってダッシュを始めています。あわてて足元のカーペットを引っ張り上げると、シスターはぎゃふんと顔から床にダイブしました。油断も隙もありゃしない!
「なに勝手に持ち出してるんですか! それは若に届いた荷物であって、レンタル品じゃありませんよ」
「い、いいじゃないですかケチケチしなくても! ワタル君が学校から帰るまでには返しに来ますって」
「ダメです、思いっきりコピーする気満々じゃないですか!」
「だってワタル君ですよ、ワタル君のお宝映像ですよ! これを見過ごすことこそ罪悪だと神様もおっしゃってます」
「そんなフェチな神様がいるもんですか!」
 口ごたえしながらもジリジリと出口に向かって這っていくシスター。逃がしちゃいけないと思った私は立ち上がって彼女のあとを追ったのですが……今度はカーペットで転んだのは私のほうでした。そして痛む顔を上げたときに目に飛び込んできたのは、修道服の裾を翻しながら脱兎のように店外へと駆け出してゆくシスターの後ろ姿だったのです。


 大変です。泥棒です。若の貞操(?)のピンチです。
 臨時休業の札を下げて店に鍵をかけると、私は大急ぎでシスターの後を追いかけました。とっくに後ろ姿は見失っていましたが会員登録したときの住所は分かっています。教会の近くまで来てからお巡りさんを呼んでDVDを取り戻せばいい、単純にそう考えていたのです。
 ……いざ足を運んでみて、シスターの記入した住所が真っ赤な偽物と知るまでは。
「どうしましょう……」
 廃墟と化したアレキサンマルコ教会を前にして、私は途方にくれてしまいました。若の大切な映像が悪人の手に渡ってしまった。すぐにもデータはコピーされてネットの海に流出してしまうことでしょう。若のいたいけな笑顔が好事家の間に出回って、よだれを流す変態さんの手で加工されてあ〜んなことやこ〜んなことをしてる画像と一緒にコラされてしまうのでしょう。そのうち被写体そのものをストーキングする危ない人たちが現れて、やがて誘拐ということも……。
 ……あれ、ちょっと待ってくださいよ。シスターは確か、こんなことを言い残していきましたよね。
《い、いいじゃないですかケチケチしなくても! ワタル君が学校から帰るまでには返しに来ますって》
 あれって……盗んだまま行方をくらます気はないってことでしょうか。そりゃそうですよね、DVDを盗んだことが若の耳に入れば、あの人はもう若の前に顔を出せなくなるわけですし。逆に言えばあの人、まだ若には良い顔をしておきたいってことで……だったら案外すぐにDVDを返しに来てくれるのかも知れません。流出したら犯人は誰だかバレちゃう以上、逆にそういう心配も要らないのかも。
「とりあえず、お店に戻って待ってましょう」
 他に探すあてもなかった私は頭を切り替えると、来た道を戻り始めました。もちろん返しに来てくれたとしても許してなんてあげません。事情を聞いた若に真っ赤な顔で叱られて、神妙にうつむくシスター……なんだか心の中があったかくなるみたいで、自然と帰る足取りも軽くなったのでした。


 ……で、そうして探す気もなく歩いてるときに限って、探す相手というのは簡単に見つかるものなのです。
「……なにしてるんですか、こんなところで」
「お願い探して! ワタル君が、ワタル君が流されちゃった!」
 私の探していた盗人さんは、道端を流れる用水路でドブさらいをしていました。丸い顔と修道服を泥んこにして、膝くらいの深さの用水路の底を何度も何度も網ですくっては中を覗き込んでいます。何を探しているのかは確認するまでもないでしょう。
「早く見つけないと、ワタル君のDVDがどこかに流されちゃう! ワタル君に嫌われちゃう! お願いだから手伝って!!」
「自業自得でしょう。だいたいDVDを排水溝に落としちゃうなんて、どこまで間抜けなんですか」
「なんでもいいから、早く見つけないと! 水の流れが止まってるうちに!」
 みると用水路の下流には、十字架状の電柱が何本もつきたてられて水の流れをさえぎっています。DVDが下流に流れていくのを止めるためにシスターがやったんでしょうか? 当然ながら周囲は大騒ぎで、近所の人たちや警察の人たちが徐々に集まってきています。なにもこんな目立つことをしなくてもいいのに。
「君、こんなところで何をやってるのかね?」
 そして当然ながら、集まってきたお巡りさんの1人がドブさらいをしてるシスターに職務質問をしてきました。それに対してシスターは、いきなり私を人身御供にしようとしたのです!
「その人です! そのメイド服の人が私の大切なものをドブ川に捨てて、電柱で埋めつぶそうとしたんです!」
「なに……?」
「な、なんで私が?!」


 それから紆余曲折ありまして。逃走と探索の末に若のDVDを見つけ出した私たちは、大急ぎでビデオタチバナに戻ったのでした。
「はぁ? サキにシスター、どうしたんだこんな時間まで、2人とも泥んこになって?」
 既に学校から帰ってきていた若に言われて自分を振り返ると、走って転んで逃げ回った私もシスターに負けないくらいの泥まみれ。走り回って汚れただなんて、年下の男の子に話すのが恥ずかしいです。すると躊躇する私の隙を突いて、先にシスターが口を開きました。
「あ、ワタル君! あの、いやその、実はですね……」
 嬉しそうに若に向かって説明を始めるシスター。届いた荷物を犬がくわえて持ち去って、取り戻すのに今までかかった……自分の悪行を巧妙にカットしたうえで辻褄を合わせた大嘘をペラペラと言葉にする彼女に、私は呆れるのを通り越して驚嘆しました。でもシスターがDVDを一生懸命探してくれたのは事実ですし、結局DVDのコピーどころか中身を見る暇すら彼女には無かったわけで……そう思うと本当のことをバラしてもあまり意味がないような気がします。実際、野良犬に噛まれたみたいな突然の出来事だったわけですし。
「そっか、俺の荷物を取り戻してくれたんだ……ありがとな、シスター」
「あ、いえ、そんな……こ、このメイドさんも一緒に探してくれたんですよ♪」
「サンキューな、サキ」
「わ、若……」
 若の極上スマイルをさりげなく私にトスしてくるシスター。さっきの罪滅ぼしを兼ねた口封じのつもりでしょうか? まぁいいです、乗ってあげましょう。やっぱり若は怒った顔より笑ってる顔の方が可愛いですしね……そんなことを思っていたところに、若の口から爆弾発言が飛び出しました。
「それにしてもさ、見つけてくれたのって俺のDVDだけ?」
「……へっ?……」
「ぶっちゃけさ、俺自身のお宝映像なんてどうだっていいんだよね。伊澄のは無かったのか? ナギのは? 今度からかってやろうと思ってんだけど」
「……あっ……」
「……あっ、ははは……」
 今日1日の疲れがいっぺんに出た私たちは、ヘタヘタとビデオ屋の床に崩れ落ちたのでした。


Fin.

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