ハヤテのごとく! SideStory(エイトのお誕生日記念SS)  RSS2.0

ファンタジック・エイト

初出 2007年05月05日
written by 双剣士 (WebSite)
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 その日。オレは生まれ育ったミカド・ハイパー・エナジー社のラボの一室に、久しぶりに身を横たえていた。周囲には見覚えのある技術者とない奴とが忙しそうに動き回っている。部品はどこだ、計器はあそこだ、工具はどこだっけと耳にするだけで不安に駆られそうな会話がそこかしこで交わされている。そして彼らの中央には、陣頭指揮を取る牧村さんの凛々しい白衣姿がある。
「準備はいい? みんな」
「き、緊張します」
「そんなに固くなることないよぉ。私のいうとおりにすれば大丈夫だから。ね、エイト」
「はぁ……」
 ここで生を受けてから丸4年。オレは全身の機械・電子系統の点検を受けるために懐かしいラボに来ていた。とはいっても修理とか計測のためじゃない、同居してる牧村さんに毎日メンテしてもらっているオレには故障も磨耗もあるわけないのだから。だが牧村さんに真剣な顔で頼まれては、嫌とは言えなかった。
「ごめんねぇ、介護ロボットを量産化するとなったら、メカが得意なお客さんばかりとは限らないじゃない? だから自動車の車検みたいに、定期点検ができるようにしておく必要があるのよ」
「え、じゃ今回は、牧村さんがメンテしてくれるんじゃないんですか?」
「うん、点検できるスタッフを育てなきゃいけないからね、経験をつませる必要があるんだ。今のとこ稼動実績が一番長いのって、エイトだし」
 正直いって牧村さん以外のエンジニアにオレの身体を好き勝手されるのは勘弁して欲しいが、ここで駄々をこねたら牧村さんが恥をかく。気持ちよく引き受けたオレは今日こうしてここに来て、ボディと手足をベッドに縛り付けられているわけだ。別に縛られなくたって暴れたりするつもりはないけど、壊れかけてるかもしれないロボットを安全に点検するための手順のひとつとして欠かせないものらしい。
「それじゃエイト、ちょっと窮屈かもしれないけど……始めるからね」
「牧村さん、あなたと暮らした日々は忘れません」
「ばか、縁起でもないこと言うんじゃないの……すぐ済むから」
 牧村さんによる日常点検と違うところがもう2つ。それはメイン電源を切る工程と、それに先立って電子頭脳の中身を内蔵ハードディスクから携帯メモリに移し替える作業だった。これから製造される種々雑多なロボットたちを安全に点検するためには、作業の間はバッテリを取り外すという工程を略すわけには行かないらしい。オレのことを隅々まで知ってる牧村さんが手入れする分には当然そんな必要などなかったわけで、だから正式稼動後に電源を切られるのはオレにとっても初めての体験になる。この世の終わりのような気分になっても仕方なかろう。
「おやすみなさい、エイト」
 そんな優しい牧村さんの声がどんどん遠くなっていく。真っ白なラボの天井が渦巻きに吸い込まれるように小さくなり、漆黒の闇に吸い込まれていく。痛みを感じる暇もなく、オレの意識は深い深い暗黒に塗りつぶされていった。



「わーい、久しぶりのお客さんだ〜♪」
「今日は知らないお友達が来てくれたニュ」
「……えっ?」
 目を開けるとそこは青空だった。ウサギやサルやクマの姿を模した大きな着ぐるみが、楽しそうにしゃべりながら横たわるオレを見下ろしている。ここはどこだ、お前らは誰だ? こんな奇妙な格好をしたスタッフはラボには居なかったはずだぞ。
「あれ、オレは……ミカド・ハイパー・エナジーのラボにいたはずじゃ……」
「何を言ってるんだい? ここは楽しいナギナギランドだよ♪」
「そして僕はナギナギランドの森の妖精、ケレ・ナグーレちゃんだニュ♥」
「そんな……」
 オレは身を起こすために手をつこうとして驚いた。手のひらに伝わるのは冷たい鉄のベッドではなく、温かみのある木製ベンチの手触り。そしてその感触を伝えてくるのは鉄の爪とチタン製の蛇腹アームではなく、ふわふわと頼りない5本の指とタプタプとした肌色の腕。あわてて見上げた先にいたサルの瞳に映るのは、間の抜けた表情をした男の顔。
「なんだこれ……オレは死んだのか? それとも夢でも見てるのか?」
「そうだよ♪ ここは夢の国、みんなで仲良く遊ぶところだもんね♪」
「いや〜、それにしてもお客さんなんて久しぶりだニュ。ほんと……本当に来てくれてありがとう! いや、ありがとうだニュ♥」
 ウサギの妖精がオレの肩をつかんで揺さぶってくる。オレは揺さぶられたまま呆然と天を仰いだ。オレは死んだのか、夢でも見てるのか……いや、ひょっとしたらこっちが現実で介護ロボだった記憶のほうが夢なのか? どっちだ?
「あれ? なんかノリ悪いね、このお客さん」
「何でもいい! この日を今か今かと待ってたんだ、はしゃぐぞ遊ぶぞ踊りまくるぞぉっ!」
 なにやら騒ぎながら森の妖精たちがオレの身体を担ぎ上げる。ぼーっと青空を眺めていたオレの目に映る白い雲が、やがて小刻みに揺れ始めた。遠くか近くか分からないところから、えっさほいさと威勢のいい掛け声が響いてきていた。


 普通の人間の姿になって、遊園地の乗り物に乗せられる。そんな自分の境遇をようやく自覚できるようになったのは、メリーゴーランドの上で人形の馬の背に揺られているときだった。森の妖精たちは回転するメリーゴーランドの外で、万歳三唱をしながらオレの乗った馬を一生懸命に追いかけてくる。そのユーモラスな姿に思わず吹き出しそうになった瞬間、オレの脳裏に1人の女性の笑顔が浮かんだ。
《牧村さん!》
 ここがどこか、何でオレがこんな格好で居るのか、そんなのはどうでもいい。自分以外の存在を思いやる余裕が出来たとき、真っ先に浮かんだのは彼女のいじらしい笑顔だった。きょろきょろと首を振ったが周りに彼女は居ない。こうしちゃいられない! オレはあわててメリーゴーランドを飛び降りた。
「あれ、どうしたの?」
「牧村さんは? オレの連れの女性は、今どこにいる?」
「連れの人? そんな人いなかったよね?」
「うんうん」
「そんな訳ない! だいたい遊園地はカップルで来るもんだろ、オレ1人なわけが……」
「俗説だニュ!」
 大声でまくし立てるオレの背後から、白いウサギの手が伸びてオレの肩をつかんだ。その手に込められた凍てつくばかりの冷気にオレの背筋は凍りついた。
「カップルで遊園地だなんて、そんなの嘘だニュ! 都市伝説だニュ!」
「いや、しかし……」
「しかしもカカシも無いニュ! ここは童心に帰って遊ぶための場所だニュ、女の子といちゃいちゃするための場所じゃないニュ!」
「そうだそうだ! そんなことがあってたまるか!」
「ゴールデンウィークに彼女とデートだなんてTVの中だけの話だもん! そんなの人生に期待しちゃダメだよ、うん!」
「あ、いや、それは単にあんたたちが……いや妖精じゃなくて普段のあんたたちがモテないだけじゃ……」
「中の人などいない!」
 冷気が一瞬にして殺気に代わり、オレの全身を震えあがらせる。大きなクマのぬいぐるみは楽しそうな笑顔のままで生身のオレに強烈なベアハッグを仕掛け……やがて息絶え絶えになったオレに向かって、一転して静かな口調で問いかけた。

「……楽しくなかったかな、かな?」
「……えっ? いや、そのぉ……」
 ベアハッグを解いた森の妖精たちはオレを取り囲むように座り込んで胡坐をかくと、ぶちぶちと愚痴を言い始めた。
「ナギお嬢さまがいらっしゃるのを今か今かと待ち続け……いつ来てもいいように芸を磨き、技を磨き、装置を磨いて幾星霜……」
「あと5センチ、あと2センチと毎月のようにお嬢さまの身長をチェックして、書き溜めたノートは十数冊にもわたり……」
「やっとお客さんが来てくれたと思って精一杯がんばったのに……キミはボクたちなんか眼中にないんだね……」
「いや……その……」
 そう、そのときになってオレはようやく森の妖精さんたちを正面から見つめたのだった。肩を落としてふさぎこむ着ぐるみたちの姿。どこかで見たようなその姿。いつしかそこに、かつて借金執事がオレに向かって投げかけた温かい言葉が重なった。

『見捨てられる悲しさや寂しさは知っている……だけど拾ってくれたり救ってくれた人がいたから……だから僕らはここにいる……』
『オレの気持ちを、お前は分かってくれるのか……』
『僕も同じような経験をしたから……あのクリスマスの夜に……』
『そうか……』

《……同じなんだな、こいつらも》
 待ち続けて耐え続けて、辛抱し続けたナギナギランドの妖精たち。久々の客を迎えてはしゃぎ回りたくなるのも無理はない。そう考えた途端、心の中の焦燥が潮の引くように消え去ってくれた。
《牧村さんを探すといっても当てはないし……オレも今はこんな姿だしな》
 大きく深呼吸。メカの身体だったころには出来なかったその行為が、不思議なくらいオレの頭をすっきりさせてくれる。座り込んだウサギの着ぐるみの前にしゃがみこんだオレは、柄にもなく優しい声で妖精たちに語りかけた。
「……わかったよ。今日は一緒に遊ぼう、思う存分」
「……本当かニュ? 遊んでくれるのかニュ?」
「ああ。その代わり……今からお前らを蹴飛ばさせろ! お前らには以前お化け屋敷でボコボコにされた恨みがあるんだ!」
「ひゃーっ!!!」
 楽しそうな叫び声をあげながら走って逃げ出す妖精たち。ときどき振り返りながら遊園地中を逃げ回る彼らを追いかけているうちに、機械の身体では感じることのなかった息苦しさがオレの胸にこみ上げてきた。そして荒い息をつくことで走り続けられることに気づいた頃、オレの頬は自然にほころんでいた。


 そこから先は、まさに夢のように時間が過ぎていった。
 ジェットコースターでは森の妖精たちとラージヒルのK点越えを狙った。
 ミラーハウスでは忍者ごっことアッチ向いてホイをやった。
 お化け屋敷では闇夜のチャンバラを心行くまで楽しんだ。
 ウォータースライダーでは防水シートの奪い合いをやり、いつしか着ぐるみの奪い合いに発展した。


 そして。いまオレは3匹の妖精たちと一緒に、観覧車に乗って夕日を眺めている。
「面白かったね〜」
「ボクは今日のことを絶対忘れないよっ!」
「最高の1日だったニュ」
 妖精たちの笑顔がまぶしい。着ぐるみゆえ表情は変わってないはずなんだが、そんなことはもう気にならない。ロボットのオレだって笑えるんだ、妖精が笑えないはずないもんな。
「ああ……楽しかったよな」
 自然にそんな言葉が口をついて出てくる。なんでここに居るのかなんて、もうどうでもいい気がした。1日くらいこんな日があったっていい、牧村さんを探すのは明日からにしよう……そんなことをふと思いついたとき、オレの心を読んだかのように妖精たちが騒ぎ出した。
「これはお礼をしなきゃならないニュ」
「そうだ、明日はお兄さんの探してる女の人を、一緒に見つけ出してあげるよ」
「それがいい! 冒険だー冒険だ、未知なる不思議に挑戦だーっ!」
「き、気持ちはありがたいけど……ちょっ!!」
 狭い観覧車の室内で上へ下へと踊りまくる3匹の妖精たち。感謝より先に身の危険を感じて、オレは揺れまくる客室の床に這いつくばった。すると天井のほうで“ミシッ”と嫌な音が……さすがの妖精たちも馬鹿騒ぎを中断し、恐る恐る声を潜ませた。
「ね、ねぇ……この観覧車、点検したのいつだっけ……?」
「ボ、ボクは知らないよ、ねぇ?」
「いや、ボクは君たちがやってくれてるもんだと……ええっと、2人乗りに4人が乗っても壊れたりしない、よね……?」
 踊りをやめても揺れる客室はすぐには静まらない。天井からの異音はどんどん大きさを増していって……そしてまもなく、観覧車の客室内の重力が不意に消失した。
「ひゃーーーっ!!」
「あーれーーっ!!」
「うわおぉぉーっ!」
「やっぱこのオチなのかぁーーっ!!!」



「うわぁーーっ……あ、あれ?」
「おかえり、エイト♥」
 目を開けるとそこには牧村さんの笑顔があった。茜色の夕日は跡形もなく、研究ラボの白い壁が四方に立ちはだかっている。ゆっくりと身を起こしたオレに、牧村さんは優しく問いかけた。
「どう、エイト? どっかおかしくない?」
「あ、いえ……特には何も」
「聞いたっ、エイト再起動に無事成功、点検作業終了よっ!! みんなお疲れ様!」
 いっせいに沸き起こる拍手の嵐。ぽかーんとした電子頭脳に徐々に色彩が戻ってくる。そうか、定期点検の実験台やってたんだっけ、オレ……見慣れてるはずのラボが妙に居心地悪い。妙だよな、オレは自分の居るべき場所に帰ってきたはずなのに。
 がやがやとしたラボの喧騒が徐々に耳に入ってくる。みんな互いの健闘をたたえあいながら、楽しそうにラボを後にしていく。オレを縛り付けてるアームを外す牧村さんだけを除いて。気が付くとラボにはオレと牧村さん以外、誰1人として残っていなかった。そうだよな、用済みのロボットに対する扱いなんてこんなもんだよな……そんなふうに皮肉っぽく自分を納得させかけたとき、作業を終えた牧村さんがオレの腕を引っ張った。
「ほらエイト、一緒に行きましょ、パーティー会場」
「え? パーティーって……」
「決まってるじゃない、今日はあなたの4回目の誕生日でしょ? でっかいケーキ用意してあるんだからね」
「……気持ちはありがたいですが、オレ、ケーキなんか食べられませんけど」
「もう、固いこと言わない! ほらほら、甘いもの好きな子たちがヨダレ垂らして待ってるんだからさ、早く行きましょ、主賓しゅひんさん」
「要するにオレを口実にして、ケーキ食べ放題のパーティーを企画してあったわけですね……」
 いかにも牧村さんらしい発想だった。誕生日をただの口実にされたオレは、ちょっとだけ意地悪な言葉を吐いてみることにした。
「太りますよ?」
「大丈夫よぉ、頭使う人は甘いもの食べても太らないんだから。ほら、Lとかメ○とか、太ってないじゃない」
「なにも負けキャラの真似しなくたって……」


 その夜。デコレーションケーキ2個を結局1人で平らげた牧村さんを自室のベッドに寝かせたオレは、音を立てないようにリビングに座り込むと腹部の格納庫を開けた。
 みんなからのプレゼントは2つ。高純度オイルが3缶とロウソクを4本立てた小型ケーキ。そのケーキをオレはそっとテーブルに置く。
 そして……無理を言って譲ってもらった、あの携帯メモリ。ミサイル格納庫に仕舞っておいたそれを鉄製の爪で摘み上げたオレは、夜でも見える電子アイで小さな半導体の塊をしげしげと眺めやった。
「ナギナギランド、か……」
 ロボットのオレが夢なんか見るわけないとスタッフたちは口を揃えていた。点検の間にオレが見たものが何だったのかは分からない。もう一度あの携帯メモリを繋いだらあの遊園地にいけるのか、それも分からない。牧村さんを置いてまで夢の世界に飛び込む価値があるのかどうかもオレには分からない。
 だけど、そういうのも全部ひっくるめて……。
「……楽しかった、よな」
 オレはもらってきた携帯メモリを、クリームの乗った小型ケーキの上に突き立てた。あの妖精たちはきっと甘いものが大好きなんだろうって、なんとなく、そんな気がしたから。


Fin.

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