ハヤテのごとく! SideStory(クラウスのお誕生日記念SS)  RSS2.0

執事たるもの

初出 2007年04月18日
written by 双剣士 (WebSite)
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 執事、それは仕える者。
 執事、それはかしずく者。
 執事、それはあるじの生活すべてをサポートする、フォーマルな守護者。
 そう、これは1人の少女のため、命をかけて戦う少年の、超、コンバット・バトルストーリーなのである。

 うむ。アニメなどという低俗な娯楽にロクなものは無いと今日まで思っていたが、なかなか的確にして簡潔な説明になっておるではないか。この文章を考えた者は只者ではない。
 私の名はクラウス。三千院帝さまの右腕にして、ナギお嬢さまの養育すべてを一任されている、誇り高き三千院家の執事長を務める者である。コミックやアニメ本編ではナギお嬢さまに近い視点で語られているゆえ私の陰は薄いように思われがちだが、なかなかどうして。お嬢さまやあの少年が毎日だらだらとラブコメっていられるのは、この私が彼らの影で生活を支え、諸事全般を取り仕切って滞りなく采配しているがゆえ、なのである。もし私が怠けたり、ナギお嬢さまの癇癪かんしゃくに付き合って怪我のひとつもしようものなら、たちまち三千院家は呼吸を止めた魚のように窒息死するに違いない。
「魚はエラ呼吸やし、身体の表面でも呼吸しとるんと違うかったっけ?」
 ……ふっ、どこかから聞こえる関西弁モノローグなどを相手にしては居られない。こうしている間にも私は三千院家の繁栄と安寧のため、日夜奮闘を重ねておるのだ。今回は誕生日企画ということで、普段コミック本編では見ることのできない、この執事長クラウスの日常についてほんの少しだけ語ってみようかと思う。
「つまんなそうな企画やの。ここらへんで[戻る]ボタン押す人がいっぱいおるんと違う? ぶっちゃけ、年寄りの自慢話なんかに興味ないし」
 嘆かわしい限りだが止むを得まい。真の男の生き様など、少年誌のラブコメ目当てに集まっておる若年層にはピンと来ぬ話であろう。しかし我慢して聞いて欲しい、あなたたちの親や保護者たちが笑顔の裏でどんな苦労をしているのか、理解できぬまでも知っておいてもらいたい。それはきっと、あなたたちが保護者たちの年代になったときに身をもって知る、貴重な貴重な経験になるであろうから。
「そのときはそのときでええやん。ウチらは若いときにしか出来へんことを精一杯やっとったらええんと違う? 年寄りの暮らしぶりなんて、歳とったら嫌でも経験するんやし」
 ……そんな意地悪いわないで聞いてください、お願い。


                 **


 執事。それは何より強くなくてはならぬ。毎日のようにその身を狙われる大富豪の令嬢を守護する者として、暴漢どもに遅れをとるわけには行かぬのだ。
ババババババババ!
ズキューン、ズキューン、キイィィーン!
 私の肩先を銃弾がかすめ、甲高い跳弾の音が耳を突き刺す。バリケードに身を隠した私は呼吸を計ると、素早く身を起こして悪漢どもに向けて銃口を引き絞る。
キューン、ドオォオォーン!
「ぐあぁっ!」
「バカヤロー、たった1人相手に、なに手こずってやがる!」
「で、でもよぉ、あいつ只者じゃ……」
「隙あり!」
ズキューン!
「わあぁっ、やられたっ!」
 無駄口をたたいているうちにどんどん数を減らしていく悪漢ども。数的優位は向こうにあるが、私の前に立つとは運が無かったとしか言いようがない。私は1弾1殺の鉄則を堅持しながら敵を打ち倒し、一気にバリケードを乗り越えて前方の乗用車の影へと身を移した。そして私の大胆さに驚愕する敵に向かって銃弾の雨をお見舞いする。
ズキューン、キイィィーン、ばすっ!
「……くっ!」
 敵の陣地に近づくにつれ、私を狙う銃火は激しさを増していく。前方からだけでなく斜め側面方向からの狙撃にも注意しなければならない。ついさっきも狙撃手からの銃弾が右太ももをかすめた。かすり傷だが油断はできぬ、ひとつ間違えればむくろとなるのは私のほうかも知れぬのだ。だが断じて引くわけには行かない、お嬢さまを助けるため、あの無邪気な笑顔を守るため。老骨といえどこの命、おめおめとくれてやるものか。
「ぬおおぉぉ〜〜!!」


「なぁ、じいさんまだかよぉ〜」
「うるさい黙っとれ!」
 背後から呑気に声をかけてくる2人組の子供に向かって、私は顔を向けないまま厳しい声で返事をした。銃声の飛び交う戦場で不意に声をかけるでない、百円玉を入れる手が震えてしまうではないか。
「だってさぁ、さっきから同じとこばっかでやられてんじゃん? コンティニューするなとは言わないけどさ、いい加減にどいてくれないと迷惑なんだよね」
「うるさい、あと少しでボーナスステージに行けるのだ! 自分の金をいくらつぎ込もうと勝手だろう!」
 外野の雑音を振り払いながら、私は32枚目の百円玉を投入した。そして手ごわい悪漢のボスたちに向かって、荒々しい声を上げながら突っ込んでいったのだった。


 ……そして2時間後。今日も自己記録更新はならぬまま、失意を抱えた私は駅前のゲームセンターを後にしたのだった。
 こんなところ、ナギお嬢さまには見せられぬ。あのゲーム好きなお嬢さまのこと、私がガンシューティングにハマっていると知れば無邪気に勝負を挑んでくるだろう。私はその……そう、仕える者として、お嬢さまを叩きのめして泣かせてしまうようなことは、避けねばならんからな。


                 **


 執事。それは誰よりも賢くなくてはならぬ。生き馬の目を抜く社会の荒波を潜り抜け、三千院家のお屋敷に平和と平穏をもたらさなくてはならぬのだ。そのためには常に身を戦場に投じ、主人に代わって悪名を背負う覚悟で外敵を倒し、奪い、侵略し続けていかねばならぬ。そこには青臭い平和主義など入り込む余地はない。帝さまを含め、我々三千院家を背負う者たちはみなそうして生き抜いてきたのだから。
 そして今、肉体の戦いを終えた私は息つく暇もなく頭脳の戦場へと足を運んでいる。隙あらば出し抜こうと狙っている者たちの前に身を投じ、返り討ちにしてやらねばならぬのだ。非情なようだが仕方のないこと、三千院家に敵すればどうなるかを思い知らせてやらねばならぬ。幼年の次期当主に代わって。


「ローン!」
「な! なんだと?!」
「メンホン一通と発アンコに、ドラが2つ付いて倍満ですね、おじいさん」
 にっこり笑って人を刺す。修道服に身を包んだ丸眼鏡の女性は、そういって私に微笑んでみせた。憤懣ふんまんやるかたなき私は、うら若きペテン師に向かって声を荒らげた。
「なぜだ? 九筒ならさっき上家が切って見逃しておるではないか! それだけの手なら出たところからアガるだろ普通!」
「だって私これでトップですからね。隣人の頬を張るより水に落ちた犬を叩け、と神様もおっしゃってます」
「わ、私を犬よばわりする気か!」
「まぁまぁ、そんなに怒ると血圧が上がるわよ」
 私の右に座った女教師が知った風な口でなだめにかかる。だが口調にも表情にも同情の色はない。当然だ、私から散々むしって懐がポカポカしておるのだから。
「貴様も貴様だ、なぜ怒らん! いまの倍満でトップが入れ替わって、貴様は2位に落ちたのだぞ、奴を卑怯者とののしる気はないのか!」
「まぁまぁ、落ち着いて。三千院家の執事長殿は軍資金が沢山あるじゃありませんか、15連続ラスを引いたからといって痛くも痒くもないのでしょう?」
「見逃してもらった立場の貴様に言われたくない!」
 対面に座った執事服の青年はいたって涼しい顔。しかしその目は猛禽類にも似た光を放って、両脇の女性たち共々薄笑いを浮かべながら私のほうを見つめている。ここまでナメられて引き下がれるか、次の半荘いくぞ、次だ次!


 こんな姿、あの借金執事にはとうてい見せられぬ。苦労ばかりしてきたという貧相なあの少年のこと、話を聞けば執事長のカタキをとるとばかりに乗り込んできかねないが……あの若造には荷が重過ぎる。なんせこの私が、ノーホーラのまま30連敗するほどの相手なのだからな。


                 **


 執事。それは何より甲斐性がなくてはならぬ。何億何兆という資産の運用を任され、何百という参加企業に勤める何十万という職員たちの生活に責任を持つ立場の者としては、ただ主人の言いつけを守っていればよいというわけには行かぬのだ。あるときは堅さ一点張りの銀行員のごとく資産を守り、またあるときは大胆な相場師のごとく資本を注入して事業を拡大する、そういう才覚を持たねばならぬ。あの少年には想像も付かぬ世界であろう、教えたところで身に付くとも思えぬ。こうしたことは投資先を駒とし資金を記号のようにして扱う、幼いときからの帝王学を身に着けたものにしか到達し得ない境地なのだ。


「うむ、総合的に判断するに……アレには資金投入しておいたほうが良かろうな。逆にアレは、早々と手を引いたほうが無難かも知れぬ。この先アレが復活を遂げるとも思えんし」
 その日も新聞を広げながら、私は銘柄の値動きをチェックし情報を分析していた。私の脳裏には目の前の情報だけではなく、過去の推移や環境その他の健全さ指標、好不調のサイクルなどが整然と浮かび上がってきている。だがそれをいちいち筆記したり口述して見比べるような手間をかけたりはしない、判断は迅速さを要するのだ。
「よし……これとこれで、今日はいけるはずだ」
 私は吸いかけのタバコを灰皿に押し付けると、電話を手にしていつもの番号をプッシュした。電話口越しに愛想を振りまいてくる相手に向かって手短に要件を告げる。
「私だ。△△に800万、××に300万、至急手配してくれ……ああ、いつものように頼む」
 電話を終えて私は大きく息をついた。一仕事終えた満足感がゆったりと全身を包み、執務室の時計の音が心地よく鼓膜を刺激する。だが用件を伝え終えたからといって完全に安心するわけには行かない。こうして電話だけで仕事をしていると現場の息吹というものを感じ取れず、思わぬ不覚を取ることも起こりうるのだから。お嬢さまからの大切な資金を預かっている身としては、たとえ仕損じることがあったとしても言い訳など許されないのだし。
「……行くか」
 私はコートを手に取ると、ベンツに乗って現場へと足を運んだのだった。

「行け、行けぇ〜っ! 3−6,3−6,ああっ割り込んでくるな8番、おいどうした3番、もっとムチを打たんかあっ!!!」

 ……そして夕方、私は自らの判断の甘さを悔いながら、とぼとぼと競馬場のスタンドを後にしたのだった。
 いかがだろう、私が普段なかなか屋敷で姿を見せられぬ理由がお分かりいただけただろうか。こんな姿、断じて他の者には見せられぬ。単に少年少女たちの教育がどうのという問題ではない、敗北の醜態をさらすのを恐れているわけでもない。とにかく今日のレースだけで3500万をスッた事実は、誰の耳にも入らぬように注意せんと……もしマリアの耳にでも入ったら、八つ裂きにされてしまうからな。


Fin.

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