ハヤテのごとく! SideStory(愛沢咲夜のお誕生日記念SS)  RSS2.0

相方との距離

初出 2007年04月03日
written by 双剣士 (WebSite)
お誕生日記念SSの広場に戻るハヤテのごとく!の広場へ

 ふぅ。ひとまずアニメが予定通りスタートして一安心や。初回にはウチの出番はあらへんかったけど、OPにもEDにも出番もらえることが分かったことやし、予告CMでは黒髪に変更かと騒がれたウチのボブカットも原作と同じグレーに戻っとるみたいやしな。まぁとりあえずなんとかなるんやないか。
 あ、ウチか? そやな、最初にアニメを見た人なんかから見たら謎の超絶美少女が気になるんも無理ないわな〜。ウチの名前は愛沢咲夜あいざわ さくや、どこぞのマンガオタク程やないお金持ちの家に生まれて、借金執事ほどやないけどそこそこ気の回る執事を従えて、腹黒メイドさん程やないけど料理とかもそこそこ出来て、光の巫女さん程やないけど妖怪やら超常現象にも免疫があって、生徒会長さん程やないけど学園ではまぁまぁ人気もあることになってて、どこぞの一般人の女子高生ほどやないけど弟や妹の面倒も一応ちゃんとみる、まぁどこにでもおりそうな普通の女の子や。

 ……あ、あれ? 誰も突っ込んでくれへんのかいな。寂しいもんやな、せっかく渾身のボケをかましたったのに。
 やっぱあかんな、隣にボケ役がいてくれんと調子が出えへん。自己紹介はこのくらいにして、さっそく相方の様子を見に行こか。

                 **

「ハヤテ!」
「ハヤテ君」
「ハヤテさま(ぽっ♥)」
 おーおー、相変わらず無自覚にフェロモン出しまくっとるの〜、自分。執事も歩けばお嬢様に当たるとばかり、ナギとマリアさんと伊澄さんからの親愛あふれる呼びかけに女の子みたいな笑顔で手を振りまくっとるわ。たぶん自分では気づいてへんのやろな〜、周囲から羨ましがられるような境遇におるなんてことは。
「ハヤテ君」
「ハヤテく〜ん」
「わ〜い、ハヤ太君おはよ〜♪」
 おぉ、今度は同級生軍団からのラブコールかいな。ウチとは面識のない3人やけど、あのピンクの髪の子が生徒会長さんで、違う制服着とるんが前の高校でのクラスメートで、そんで無邪気な笑顔を浮かべとるんが今の学校でのクラスメートの子やったっけ? お屋敷の中でも外でも人気者やのぉあいつ、さすがはラブコメの主人公といったとこか。
「あら、いらっしゃい、ハヤテさん」
「……なんだ、また来たのかよ」
 にこやかに迎えるのはサキさん、その横で無愛想しとるんはワタル。思えばサキさんは最初は男性恐怖症ゆう設定やったはずやねんけど、あれからだいぶ打ち解けてきたよな〜、作者の都合とかでないとしたらやっぱりあいつの力なんかも知らんな。それにワタルも口は悪いけど、なんだかんだ言うてあいつのこと憧れにしてるみたいやし。
 ……あれ、ちょっと待てよ、ここまで出てきたのって読者人気ベスト10に入っとるキャラばっかりと違うか? いかんいかん、こないなったらウチだけが隠れてストーカーしとるわけにも行かへんやん。お姉ちゃんの貫禄いうのを見せ付けてやらんと。
「よぉ、借金執……」
 あいつが1人になったのを見計らって、さも偶然に出会ったかのように声をかけようとしたウチは……その瞬間なんとも言えん微妙な違和感を感じて、あわてて言葉を飲み込むと物陰に身を隠したんやった。

                 **

 ちょお待ってや。なんでウチだけ、あいつの呼び方が『借金執事』なんや? 他はみんな下の名前で呼んどるやん、考えてみたら。
 ワタルはええんや。あいつは男やし、一応は口の悪いキャラで通っとるからな。でも他の子はみんな名前で呼んどるのに、ウチだけがよぉ呼ばんのはなんでやろ? どっか無意識にあいつと距離を置いとる部分でもあるんやろか。
 今まで気づかんかったけど、これは重大やで。こんなんやから出番も少ななって、髪の毛まで変えられかけてしまうんや。えぇっと、この漫画におけるウチのポジションを確認してみると……。

   ・お金持ちのお嬢さま
   ・ナギの親戚
   ・常に2人の執事を従える
   ・独自のトラウマや秘密はなし、登場はいつも単発
   ・スタイル抜群
   ・主人公を無意識に見下す呼称を常用する

 ……あかん、これって高慢ちきなサド系お嬢さまの立ち位置と違うか? これで金髪ウェーブとかが加わったら「それなんてエロゲ?」なパターンやないか。それでいて作者自身から『2周目の攻略キャラ』とか言われてしもうてるんやから、人気が出ぇへんのも当然や。あげくにファンからは『唯一のアイデンティティが乳』とか言われてるみたいやし。
 まずい、まずいでこれは。せっかくアニメ化までこぎつけたのに、今のままやったら単発の色物キャラ止まり、普段は空気みたくスルーされる扱いで終わってしまいかねへん。なんだかんだ言うてもこの漫画では、あの借金執事との縁の深さが出番の多さと直結するわけやから……どうにかしてあいつとの距離を縮めとかなあかん、今からでも。

 ……考えてみたら、顔を合わすたんびに『借金執事』って呼ばれてたらあいつかて良い気はせえへんよな。別にあいつの落ち度で作った借金ゆうわけでもあらへんのに、ようやく不幸続きやった人生が慌ただしいながらも落ち着きを取り戻してきたとこやってゆうのに、借金借金と呼ばれ続けるのはあんまりや。よっしゃ、まずは呼び方から変えていこ。でも呼び捨てにするんは気恥ずかしいし、さんとか君とか付けるんも人並みすぎて詰まらんし……やっぱここは関西弁キャラらしい、個性的な呼び方にしとくべきやろな。

                 **

「あっ、咲夜さん」
「よ、よぉ、元気そうやな……ハヤテはん」
「ハヤテはん?」
 おぉ、口をぽかぁんと空けとる空けとる。微妙に方言を混ぜとくんが今回のポイントやな。これで呼び方ひとつでウチの言葉やと分かるし、差別化はばっちりやろ……そう悦にひたっとったウチの目の前で、あいつはみるみるうちに表情を曇らせて言いよった。
「はん……はん、ですか……」
「あ、あれ? あかんかった?」
「いえ、いいんです。咲夜さんからはそう見えるんですよね、僕ぜんぜんお嬢さまの役になんか立ってないし……半人前って言われたって仕方ないんですよね……」
「ち、ちゃうねんて! はんって言うんは京阪神特有の呼び方でな……」
 しもた、こいつは人一倍ひがみっぽくて傷つきやすいタイプやった!
「分かった、ウチが考えなしやった! 堪忍したってや、ハヤテどん」
「……どん……」
「こ、これもあかんのんか。あぁ泣かんとってや、ハヤテさん」
「……さん……」
「あぁもう自分、その不幸スパイラルやめんかい! 謝るから! ウチが悪かったから!」
 顔を伏せる借金執事を下から覗き込みながら、ウチはあいつの胸倉をつかんで全力で揺さぶった。調子に乗って差別化とか考えた自分が恥ずかしい。自分のことばっかり考えて相手を傷つけて、どこまでアホなんやウチは。呼び方うんぬんの問題やない、あいつの性格知っとるくせに口を滑らせて落ち込ませて。出番だのポジションだのつまらんことばっかり気にして、相手の気持ちも考えずに自分の好みを押し付けて。クズやボケや最低や、自分が情けのうて涙が出てくるわ。人のやることにツッコミばっかり入れまくって小判ザメみたいにしゃしゃりでて、たまに自分から行動を起こしたらこのテイタラク。なにが一番上のお姉ちゃんや、こんなんやから2周目キャラとか言われるんや……。

「嘘ですよ、咲夜さん」
「へっ?」

 いつしか涙でびしょびしょになってたウチの顔に向かって、嘘泣きをやめた借金執事はにっこりと微笑みかけた。
「冗談です。いまさらそんなことなんかで泣きません。ぜんぜん気になんかしてませんよ」
「ほ、ほんまか?」
「えぇ。咲夜さんがあんまり可愛かったから、ちょっと意地悪したくなったんです。すみません」
「さ、さよか……」
 見つめられると顔がかぁあーっと熱くなってくる。ウチは涙をぬぐう振りをして、借金執事の胸に顔をこすりつけた。女の子みたいな顔をしたあいつの胸板は想像以上に広くて固くて、そして暖かかった……。

                 **

「しかしあれですね、しっかりしてると思ってた咲夜さんにも、こんな乙女チックな一面があったんですね〜」
「……なんやと?」
 でもここで終わらへんのがハヤテクオリティ。黙って胸だけ貸しとけばいいもんを、調子に乗った借金執事は上から目線でこんなことを言い出した。それを聞いたウチのハートに反骨の炎が燃え上がった。
「だって、うっかり失言を取り消すのに胸にしがみついて揺さぶって、涙顔になりながら謝ってくるなんて……いかにも年相応の女の子らしいじゃないですか」
「こ、子供扱いすなって言うてるやろ!」
 腹が立つやら恥ずかしいやら。全身がわなわなと震えるのを感じながら、一応負い目のあるウチは借金執事にしがみつく力を強くした。このまま頭を撫ででもされたら、不本意ながらもウチはこいつに甘えてしもたかも知らん。そやけどあいつの吐いた言葉は、そんな甘いムードとは真逆やった。
「すみません。でも本当に可愛かったんですよ、うちのお嬢さまみたいで」
「……じ、人生最大の侮辱やあっ!!!」
 ナギと同一視されたと聞いた途端、ウチのリミッターは弾け飛んだ。考えるより前に身体が伸び上がり、天頂に向かって右拳が突き上げられる。懐から垂直に発射されたショートアッパーは借金執事のアゴを直撃し、会心の手応えを右腕に残しながら高々とあいつを宙へと舞い上がらせた。自分でも惚れ惚れするほどのツッコミ技を決めたウチの身体からはさっきまでの熱情が嘘のように引いてしもて、すんごくすっきりした気分になれた。やっぱあれやな、なんだかんだ言うても自分らしくするんが一番気持ちえぇもんやな。
「……うん、我が生涯に一片の悔いなし、や」


Fin.

お誕生日記念SSの広場に戻るハヤテのごとく!の広場へ


 お時間がありましたら、感想などをお聞かせください。
 全ての項目を埋める必要はなく、お好きな枠のみ記入してくだされば結構です。
(お名前やメールアドレスを省略された場合は、返信不要と理解させていただきます)
お名前

メールアドレス

対象作品名
相方との距離
作者および当Webサイトに対するご意見・応援・要望・ご批判などをお書きください。

この物語の好きなところ・印象に残ったところは何ですか?

この物語の気になったところ・残念に思ったところは何ですか?