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あの頃には戻れない

初出 2013年12月22日@止まり木合同小説本vol.3
サイト転載 2017年01月02日
written by 双剣士 (WebSite)
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四月一日(金)

 ある方からの紹介で、今日から住み込みの執事を一人雇うことになりましたわ。
 マキナという名の、まだ幼い男の子。口だけは達者なのだけれど、これまで執事としての教育など何も受けてこなかった感じの子ですわ。
 自由気ままな異国の一人暮らしをもう少し堪能していたい気もしますけれど、これも何かの縁、話し相手になってくれる子が一人くらい傍に居てもいいですわよね。

 マキナの成長を見守るために、今日から日記をつけてみることにしましょう。教えなきゃならないことが沢山ありすぎて大変ですけれど、楽しい時はあっという間に過ぎてしまうと言いますし。

四月二日(土)

 今日はマキナと一緒にお屋敷のお散歩。広い広いと言ってマキナは目を輝かせていたけど、これからあなたが一人で掃除をするのよと言ってあげたら、青ざめた顔で許しを求めるような瞳を私に向けてきましたわ。
 広いと言っても私とマキナの他には誰も住んでいないのだから、全部の部屋を毎朝毎晩隅々まで掃除をする必要は無いのだけれど……あえて何も言わずに微笑んでみせたら、あの子ったら不安そうにこう言うの。

「なぁ、掃除をさぼったりしたらアテネはオレのこと嫌いになるのか?」

 何も答えずに背中を向けたのは、ちょっと意地悪だったかしら? でもは最初が肝心ですものね、これであの子が真剣に働いてくれるといいのだけれど。

四月四日(月)

 マキナは本当によく食べる子。まだお箸が上手に使えないのでフォークを両手に持ってお皿にかぶりつくような食べ方だけど、私が紅茶を一口飲んでるうちに二皿や三皿が空になっていくみたいな大食漢ぶりですわ。
 危ないからまだお料理は教えていないのだけど、本人がこれだけ食べるのが好きなのなら、きっと上達も早いんでしょうね。

 そうそう、マキナに意外な特技が見つかりましたわ。あの子ってテレビ番組の録画とかエアコンの調整とか、機械いじりのことならスラスラと覚えられるらしいですの。あんなにややこしい操作を尻込みせずにやれるなんてちょっと見直しましたわ。さすが男の子って所かしら。

 ただ……ああやって水を得た魚のように元気に働いてる姿を見てると、小さかった頃のことを思い出して少し胸が痛みます。あのとき一緒に居た男の子も、ああやって一生懸命に働いてくれてましたわね……って。

四月九日(土)

 だいぶこのお屋敷での暮らしにも慣れ、いちいち言わなくても朝食のパンの用意や就寝前のベッドメークくらいは出来るようになったマキナ。それ自体はいいことなのだけど……暇を見つけては私の執務室に入って来て、私に構ってもらおうとあれこれ話しかけてくる悪い癖があるみたい。こっちには理事長代理のキリカさんから承認と捺印を求める書類が毎日のように送られてくるっていうのに、あんな風に覗き込まれたんじゃ仕事し辛くてかないませんわ。

 仕方がないので、お小遣いを渡して買い物(兼)息抜きに行かせてみました。一人で外に行かせるのは多少不安でしたけれど、ハンバーガーを大量に買い込んで嬉しそうに帰ってきたマキナの顔を見たら心配したのが馬鹿馬鹿しくなりましたわ。

 そう、心配のしすぎですわよね……あの頃とは違うんですもの。時間の流れの違う世界に行った男の子を独りぼっちで何日も待っていた、あの頃のような思いはもう沢山ですわ。

四月十一日(月)

 今日は夜空さんがお屋敷に来てくれましたわ。一人暮らしは何かと不便だろうとマキナを紹介してくれた人。マキナが元気にやっているか様子を見に来てくれたんですって。

「マキナ、元気でやってる? ちゃんとご飯食べてる?」
「おぅ夜空、オレは元気だぞ! アテネは気前がいいからな、ちゃんと言うことを聞いていれば腹一杯食わせてくれるぞ! オレは幸せだ!」
「そ、そう……天王州さん、頼りないかも知れないですけど、この子を存分にこき使ってくれていいですからね」
「えぇ、もちろんですわ」

 理事長の職を捨てて異国に逃げてきた私に、ほどなく接触してきた歳の近い日本人。帝おじいさまの差し金で送り込まれた女性かしらと最初は警戒の目を向けたこともあったけれど、マキナとのやりとりを見ている限り、私の思い過ごしだったみたい。

「そうそうマキナ、あなたの好きなコレ、持ってきたよ」

 夜空さんが取り出したのは黄緑色のハーブ。火を炊くと高原に来たような清々しい香りが部屋一杯に広がった。マキナはこの香りが大のお気に入りらしい。

「幾つか持ってきましたので、よろしかったらお使いくださいな」

 夜空さんから受け取ったハーブをさっそくお屋敷中に備えに行くマキナ。あの子が喜ぶのはいいのだけれど、香りと言ったらその家特有のものですわよね? ひょっとしたらマキナの里心を刺激しちゃうんじゃ……そんな心配を私はつい冗談交じりで会話に乗せてみた。すると夜空さんは大笑いしながら手を振ってみせましたわ。

「大丈夫ですよ。 優しい主人に巡り会えれば、あの子は昔の主人のことなんてケロッと忘れられる子ですから」

 なぜそんなことが言い切れるのか不思議ではあったけれど、私は問い返すことが出来ませんでした。『昔の主人をケロッと忘れる』……その一言で、胸の奥にチクリと刺さるものを感じてしまったから。

四月十二日(火)

 こうして自分の日記を読み返してみると、自分の未練がましさに赤面するばかりですわね。
 曖昧な書き方を続けてもストレスが溜まるばかりだし比べられてるマキナにも悪いから……もやもやを昇華する意味で、ハヤテとのことを書き出しておきましょう。

 ハヤテが白皇学院に編入してきたのは、今年の一月のことでしたわ。
 十年前に一時期一緒に暮らして、酷い別れ方をしてしまったハヤテ。出来ることならもう一度会って謝りたいけれど、彼が王城の力を持ち出した犯人なら、二度と私たちの前に現れることはないだろうと思っていました。そのハヤテが、帝おじいさまの孫娘の執事という立場で白皇学院に編入してきたのです。

 十年間ずっと会いたい会いたいと思っていた相手だけれど、いざ『手を伸ばせば届く』距離になってみると、話しかける勇気がどうしても出せませんでした。
 彼はきっと怒っているもの。私のことを恨んでいるはずだもの。もし昔のことを既に忘れているとしても、それなら私と会うことは嫌な記憶を思い出させるだけなんだもの。せっかく最悪の両親と離れて、お金持ちの家に雇われて平穏な生活を手に入れたのに、私が出て行って『王城の力を返せ』なんて言ったら、それが真実にせよ誤解にせよ今の幸せを失ってしまうのは明らかだもの。
 帝おじいさまはしきりにハヤテにちょっかいを入れていたようだけど、逆に私は彼と顔を合わせるのが怖くて仕方ありませんでした。だけど同じ敷地の学院に通っている限り、いつそれが起こってもおかしくない。生徒会長の桂さんとハヤテは親しいようだから、いずれ彼女の口から私の噂が伝わることもあり得るでしょう。そして何より、ハヤテの姿を学院で見かけるたびに胸を高鳴らせてる私自身が、いつ突拍子もない行動に出てしまうか分からない!

 だから私は逃げてきたのです。春休みに入った途端に理事長代理のキリカさんに全てを押しつけて、単身このミコノス島の別荘に。
 皮肉なものですわよね、ハヤテと顔を合わせないよう遠い異国に逃げてきたというのに、そこで雇ったマキナの背中にハヤテの面影を見てしまうなんて。
 でも、それももう今日でお終いにしますわ。

四月十六日(土)

 マキナはすっかりお屋敷に慣れ、お掃除やお洗濯も任せられるようになりましたわ。「機械を使えば簡単だぞ」とマキナは言うけれど、機械による効率アップだけとはとても思えません。あのハーブを炊くようになってから、マキナの行動範囲や効率は格段に上がったみたいです。
 家事にだいぶ余裕が出来たようですので、今日はマキナにお箸の握り方を教えてみました。短い指で窮屈そうにしている様子が可愛らしい。今夜からは食事の席でもお箸を使うように厳しく言っておいたので、あの子ならすぐに使い方を覚えることでしょう。

 マキナが頼りになってくれるに連れ、執務室での私の仕事にもだいぶ余裕が出てくるようになりました。午前中に仕事を終わらせて、午後はボーッとうたた寝をする暇も出てきました。
 まぁ、リゾート地として有名なミコノス島にいるわけですから、ぼんやり骨休めをしてもいいですわよね。
 それにしても夜空さんから頂いたハーブ、とても良い香り……くつろいでいるうちにそのまま眠ってしまうことが、最近は増えてきた気がしますわね。

四月十八日(月)

 夢を、見ました。
 小さい頃の夢を。自分が世界一不幸だと思ってた頃の夢を。二人でいるのが世界一幸せだと思ってた懐かしい日々の夢を。
 あれから十年……あの日もう涙も枯れ果てたというのに……まだ夢に出てくるのね、あなたは……。

 不思議なものね。彼から離れよう、忘れようって決意した矢先に、彼と暮らしていた日々の夢を見るなんて。
 詮索してくるマキナにどんな顔を見せたらいいか分からなくて、ついぶっきらぼうな言葉で撥ねつけてしまったけれど、謝らなきゃいけないのは私の方でしたわね。ごめんね、マキナ。

 でも、いつまでもグズグズしている訳には行きませんわ。どんなことをしてでももう一度、道を開かなくては……我が、王族の庭城へ。

四月二十四日(日)

 マキナはすっかり大きくなって、家事のほとんどを任せきりに出来るようになりましたわ。お陰で私は例のハーブのきいた部屋で、のんびりとしていられる。マキナが真の意味で我の助けになる日も、そう遠いことではないでしょう。

 その代わりと言っては何だけれど、ハヤテの夢を毎晩のように見るようになりましたわ。夜だけじゃなく昼間にも、気がついたら彼との思い出ばかり心に浮かべて、うつらうつらしていることがあるみたい。マキナに心配そうに声を掛けられるまで自分でもそれに気づかないようなことが、ここ数日に何度も起こっているようですわね。

 あの夢をきっかけに、閉じ込めていた記憶の箱に穴が空いてしまったのかしら? それとも……日本を出てから一ヶ月ほどの間に自分でも抑えきれなくなってきたのかしらね、彼に会いたいという想いが。

四月二十六日(火)

 マキナのことを書き記すつもりで始めた日記なのに、思い浮かぶのはハヤテのことばかり。彼に会いたくないという気持ちとは裏腹に、どうしても彼に会いたい、会わなくてはと言う気持ちがどんどん膨らんでいく。今更ハヤテに好きでいて欲しいなんて虫が良すぎる、三千院帝がやっているように利用する対象として接するだけでいいのだ、彼が王城の力を取り戻す鍵なのは確かなのだから……そんな功利的で卑怯な考えさえ、頭の片隅に浮かんでは消えている。

 あれから十年間、独りでいることには耐えられた。神の力を望んだ罰だと分かっていたから我慢できた。
 だけど、ハヤテからあえて距離を取るようになってからというもの、私は徐々に壊れつつあるのかも知れない。

 ああ、どうして十年も経った今頃になって、あなたは私の前に現れたんですの?
 どれほど成功を重ねても欲しいものは手に入らない、愚かな私にそれを見せつけるように。

五月一日(日)

 今日もあの夢を見た。私が戻るべき、あの城の夢を。
 早く道を……城への道を開かなくては。
 やはりそのためには……石を……。

 そう、もはや手段など選んでは居られませんわ。
 あの光の石が要る。我が力を取り戻すために、そして私を救い出してくれた方の手がかりを得るために、どうしても庭城への道を切り開かなくてはならないの。
 そのためにハヤテが必要なのなら、個人的な感情は捨てなさい、アテネ。今まで天王州家の遺産を狙って沢山の大人たちが接触してきたけど、あなたは冷酷かつ容赦なしに利用して陥れて払いのけてきたでしょう。それと同じ事をするだけのことよ。
 今回たまたまそれが、幼い頃に少しだけ縁のあった男の子だと言うだけ。そう、たったそれだけのことよ。


五月三日(火)

 今日は三千院帝から、奇妙な手紙が届いた。どういう風の吹き回しか、世界中にいる遺産相続の候補者に手紙を送りつけているのだそうだ。

 三千院家の遺産を相続する条件は、三千院ナギの執事である綾崎ハヤテを倒し、彼の持つ「王玉」という石を奪うか破壊すること。その石は三千院家の遺産を継ぐのに欠かせないものだから、と。

 遺産相続者でない私にまでわざわざ手紙を届けに来ると言うことは、欲しければ実力で奪って見せろ、と言う挑戦状のつもりだろう。しかもその綾崎ハヤテは、ナギの旅行にくっつく形で今まさにミコノス島に来ているのだそうだ。マキナは「そんなに金が要るのか?」などとズレた心配をしていたけれど、金などは問題ではない。あの石を持った男がこの地に来ている、それこそが重要なのだ。

 好都合ではないか、天王州アテネ。あやつに接触する口実が出来て。


五月四日(水)

 昨日の日記は一体なんですの?
 こんなことを昨晩の私が書いたと言いますの?
 マキナの悪戯にしては、手が込みすぎていますわよね。

 私は本当に狂ってしまったのかも知れません。
 どんな口実を使ってでもハヤテに会いたい、いを吹き飛ばすだけの理由さえあればいい……そんな気持ちがどんどん成長して、分裂してしまった人格の片方がときおり表に出るようになってきてしまった、ということかしら?
 近頃うたた寝が多くなって記憶の無い時間が増えてきたのも、それと関係あるのかも知れませんわね。

 そうと分かれば、裏の人格の暴走を止めなくてはなりません。
 ハヤテに会いたくないと言ったら嘘になるけれど、裏の人格がいつ表に出てくるか分からないうえ、そしてその人格がハヤテのことを道具としか見ていないなら……そんな醜い姿を彼に見せるわけには行きませんわ。
 そう決意したばかりなのに。裏の人格を出さないよう神経を張りながら今日一日を過ごしていたというのに。
 ハヤテ、どうしてあなたは、ふらりと私の庭に迷い込んだりするんですの?

 部屋の中でうたた寝したら危ないと思って、夜の庭に出てきた途端にあなたが姿を現すんですもの。心臓が止まるかと思いましたわ。「僕は綾崎ハヤテだよ!」十年ぶりにあなたの声を聞いたときには、これが夢なら醒めないでって思いましたわ。
 でも今、私があなたのことを認めてしまったら……あなたが目の前に居ることを裏の人格に気づかせてしまったら、私はあなたに何をするか分からない。きっとあなたの大切なものを壊してしまう。
 だから心を殺して、精一杯に知らんぷりをしましたわ。マキナがあなたに暴力を振るったときも、駆け寄りたいのを必死で我慢しましたわ。そして「次に来たらこの程度では済みませんよ」と冷たく突き放しましたわ。

 十年ぶりの再会がこんな形になってごめんなさい。
 でも、きっとこれで良かったのよね?
 もう私たちは、あの頃には戻れないのだから。

五月五日(木)

 今日はいろんな事がありましたわ。辛いことや悲しいこと、そして残酷な真実との対面も。
 私が天王州アテネで居られるのは、今この瞬間が最後になるかも知れません。私が私でいられるうちに、今日あったことを書き記しておきましょう。すべてが終わった後、ハヤテや帝おじいさまに伝わることを祈って。

 まず、裏の人格だと思っていたものは分裂した私ではありませんでした。私に取り憑いていたのは強欲の英霊、キング・ミダス。ハヤテの持つ王玉を使って王族の力を取り戻そうと、私の身体を利用していたのですわ。
 昨日の夜にハヤテを黙って追い返したことがよっぽど悔しかったのでしょう。あの後キング・ミダスの干渉は一線を越えてきました。私がうたた寝をしているときに表に出てくるだけではなく、強制的に私と入れ替わって天王州アテネとしての行動をするようになりました。そればかりか私が「私の考え」だと思っている部分にも、キング・ミダスの意思と記憶が露骨に混ざり込んでくるようになりました。

 ハヤテが再びお屋敷を訪れて、マキナの手荒い歓迎を受けて傷だらけの身体でお屋敷に運び込まれたとき。私の中では彼にこのまま帰って欲しい思いと、早く王玉を奪い取ってしまいたい思いとが相克していました。彼にとって王玉を失うことが何を意味するか十分に分かっているのに、それを奪おうとしている自分が居る。いたたまれなくて逃げ出した私を、目を覚ましたハヤテは追いかけてくれました。そして十年前の恨み言など一つも言わず、楽しそうに近況を語ってくれたのです。
 本来それは私が望んでいた状況のはず。十年間の時を超えて普通の旧友のように言葉を交わす、今の私にとっては十分すぎるほどの幸せのはず。それなのに……

私がこんなに、あなたのために苦しんでいるのに
あなたは楽しそうに語るのね、今のご主人のことを

 私の悪い癖、ほんの小さな嫉妬心。
 それが私の心のバランスを一気に崩してしまいました。気がつくと私は……いえ、私の身体を支配したキング・ミダスは、彼に向かってこんな酷い言葉を吐いていたのです。

「ああ、覚えているよ……あのとき殺しそびれた執事だ!」

 そこから先のことは、記憶がすっぽり抜けています。いつのまにかお屋敷は半壊し、ハヤテの姿も消えていました。隣ではマキナが幸せそうな顔でハンバーガーに囲まれて眠っていました。
 この破壊跡がキング・ミダスの暴れた跡であること、そして逃げ延びたハヤテが再びここに現れること。記憶は無くても胸の奥に確信がありました。これだけの目に合ったのだから日本に逃げ帰ればいいのに。私のことを嫌いになって近づかなければいいのに。優しいご主人様の元で幸せに暮らしてくれればいいのに……心からそう望みながらも、それでもハヤテが戻ってきてくれることが間違いないことのように思えるのです。

 もう私はあなたを傷つけることしかできないから。
 意識があるうちに、自分で結着をつけることにするわ。
 さようなら、ハ

 勝手なことは許さん
 我が大望の成就は目前なのだぞ


五月六日(金)

 おとぎ話のようなハッピーエンド、と言っていいのでしょうね。
 ハヤテのお陰で、私に取り憑いていたキング・ミダスは消えました。ハヤテは怪我を負いながらも生き残り、胸のしこりになっていたお兄様のその後も知れました。そして何より、素直な気持ちでハヤテと向き合い、言葉を交わすことが出来ました。
 王玉は砕かれて王城の道は閉ざされました。その代償としてハヤテのご主人は遺産を失うことになってしまったけれど、ハヤテはそのことで私を一言も責めませんでした。それどころか「君にこの王玉は必要ないんだ」と慰めてくれるほどでした。

 ただ……あまりに幸せすぎて、私は一瞬だけ夢を見てしまいました。このままハヤテと仲直りして、また昔のように一緒に暮らせたらって夢を。これほど彼に助けてもらっておきながら、このまま行けば自分の欲しいものがすべて手に入るかも知れないって言う、強欲で浅ましい夢を。
 そして不意に気づきました。今のご主人を捨てて私と一緒に暮らす、それをハヤテに望むことは、キング・ミダスが力尽くでハヤテに強いたことと何の違いもないと言うことを。私はまたハヤテを意のままに動かそうとしていることを。しかも今度は自分のワガママで!
 そんなことは出来ない、許されるわけがない。たとえハヤテが許してくれても私自身が許せない。だって……私はもう、ハヤテを傷つけないって決めたんですもの。

「私、日本には帰らないわ
 だから、ここでお別れね
 さようならハヤテ。会えて嬉しかったわ」

 やっと素直にハヤテと話せるようになったのに、また嘘をつかなくてはならないなんて。
 だけど、あなたは優しい人だから。放っておくと何もかもを背負ってしまって、何一つ捨てられない人だから。だから今度は私の方から、あなたという暖かい揺りかごの外へと降りてあげますわ。

「だったら私と一緒にこの国に残る?
 一億五千万の借金も、私が肩代わりしてあげるわよ?
 ……ね、できないでしょ?」

 こうして私は、ハヤテとの関係に終止符を打つことになりました。
 ハヤテ、迷惑を掛けてばかりでごめんね。辛い思いを何度もさせてきたのに、大切なものを沢山もらったのに、最後まで嘘つきな私でごめんなさいね。あなたが目を通すことがないであろう日記の中でしか本心を語れない、弱虫で意地っ張りな私で本当にごめんね。
 だけどこれだけは信じて。あなたとの別れ際に告げたこの言葉だけは、一点の曇りもない本心だから。

「私ね、あなたのことが好きだったのよ」


Fin.

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