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あほのこ

初出 2014年06月15日@止まり木合同小説本vol.5
サイト転載 2017年01月02日
written by 双剣士 (WebSite)
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 やっほー、こんにちはぁ!!
 ハヤ太くんたちのアパートに遊びに来るのも、ずいぶん久しぶりだよね!
 今ではヒナちゃんやちーちゃんも一緒に住んでるんだったよね、楽しそうでいいなぁ。
 あはは、なんか歩ちゃんのお婆ちゃんのおうちに行ったときの皆がまた揃ってるって良いねっ♪
 さぁて、あのときみたいに、今日も仲良く皆で遊ぼうねっ!!


 ……あ、あれ?
 なんで私一人だけ、ハヤ太くんに手を引っ張られてるの?
 美希ちゃんや理沙ちんは? ねぇ、ヒナちゃんたちと一緒の部屋に私たちは行かなくていいの?
 あれれ、ヒナちゃんとちーちゃんの顔がなんだか怖いんだけど? 理沙ちんたちが羽交い締めにされてるんだけど?
 ハヤ太くん、ねぇハヤ太くんってば! ぐいぐい手を引っ張ってないで、なんか言ってよぉ!


 えっと……ここってハヤ太くんの部屋? 違うって? 屋根裏部屋には連れ込めないから空いてるお部屋を借りたんだって?
 ……はっ、これってひょっとして、私とハヤ太くんを二人っきりにしてくれるための秘密作戦か何か?
 あ、うん、別に嫌ってわけじゃないんだけど……なんか、こういうのって気恥ずかしいって言うか……そりゃハヤ太くんがその気になってくれたのは嬉しいけど、まだ陽も高いし甘いムードもないし……それよりなにより、私にだって心の準備というものがっ!!

「(どさっ)なに現実逃避してるんですか。目をしっかり開いて、現実と戦ってください」

 へ?
 テーブルの上に置いてあるのって、ひょっとして聖書? ハヤ太くんはカトリック式の挙式がお望みなの?
 う……うん、分かったよ。私だって女の子、覚悟を決めるときは決めるんだから。宗教の違いくらい乗り越えてみせるよ。虎鉄君が乗り越えようとしてる壁に比べれば、こんなのどうってことないもんね。お父さんや美希ちゃんたちに見守ってもらえないのは残念だけど、ハヤ太くんが言うなら二人っきりで聖なる誓いを……。

「いい加減にしてください! 十一年間も毎年直面してきたんでしょ、夏休みの敵に!」

 スミマセンスミマセン本当スミマセン!!
 いや……でもねハヤ太くん、自分の意思ではどうにも出来ない拒否反応ってあるんだよ? Gとか毛虫とかストーカーとか、女の子には危険がいっぱいなんだから!
 それにさ、せっかく楽しく遊びに来たのに、こんな冷や麦をぶっかけるようなことしなくたっていいじゃない?

「冷や麦じゃなくて冷や水です! だいたい夏休みはもう今日一日しかないんですよ、今やらなくていつやるんですか!」

 そ、それは良くない考え方だと思うよ? あと一日しか無いんじゃなくて、まだ一日あるって考えるべきだと思うの。心を豊かに、今あるものを大切にしなさいってお父さん言ってたもん! 夏休みは学校がお休みになる期間なんだから、宿題なんかより思いっきり遊ぶことを優先する方が、将来の豊かな人間性に繋がると思うんだ!
 こういうのを『勝って兜の緒を締めよ』って言うんだったよね?

「…………(憤怒)…………」

 ……くすん。

     ◆◆

 ……ね、ねぇハヤ太くん、紅茶とか飲みたくならない? 美味しいケーキとかも添えて、絶えず糖分を補給しながら勉強した方が、効率も上がると思うんだけど?
 え? そうやって逃げを打つだろうと思って私たちをアパートに呼んだんだって? 余計なお菓子や遊び道具のない環境に閉じ込めないと、貴女たち三人は本気にならないからって?
 ……う〜ん、それはそうなんだけどさ、でもハヤ太くんは大きな勘違いをしているよ。どんなシビアな環境におかれても、私たち三人は本気になんかならないんだから。子供の頃から十年以上の付き合いだもん、それくらい私にだって分かるよ!
 だからさハヤ太くん、そんな怖い顔で睨み付けるのはやめて、いつもの私たちに戻らない? せっかく若い男女が二人っきりで部屋の中にいるんだし、こんな険悪な雰囲気は良くないと思うんだ。人生は一度っきり、精一杯エンジョイすべきだと私は思うんだよ!

「そうやって一生エンジョイし続けるわけにはいかないんですよ」

 そう? 私は今のまんま、美希ちゃんや理沙ちんといつまでも仲良く一緒に居たいって思ってるよ? ナギちゃんやヒナちゃんとも仲良しでいたいし……もちろんハヤ太くんだって、その輪の中に入って欲しいと思ってるんだけどなぁ?
 落第?
 大丈夫、大丈夫。いままで十一年間なんとかなってきたんだから、これからだってなんとかなるよ。春休みにちょっと補習を受けに来て、席に座ってれば良いだけなんだもん。へーきへーき、ノープロブレムだってば♪

「日本の成長を支えた●ニーが今の凋落を迎えてる理由が、分かったような気がしますよ……」

 チョーラク? えへへ、ハヤ太くんも分かってきたじゃない。そうそう、私たちは! 細かいことなんか気にしないで、ハヤ太くんも一緒に楽しもう!!
 ……はぇ? なんだかハヤ太くん、ダークオーラが濃くなってない? ほらほら、ハヤ太くんにそんな表情似合わないよ、スマイルスマイル!
 ほら、ことわざでも言うじゃない、『笑うカドには服着たサンタさんがやってくる』って!

     ◆◆

 あ、あれ?
 どうしたの、ハヤ太くん? 糸が切れたみたいに座り込んで、深々と溜め息なんかついちゃって?

「……わかってましたよ、あのサンタの言ったことは嘘っぱちなんだって……地道にコツコツやったって幸せになんかなれないんだって……しょせん人生なんて本人の努力や真面目さなんかより、お金持ちの家に生まれるかどうかで決まるんだって……」

 え……えっと、ハヤ太くん? よくわかんないけど私の言葉で傷ついちゃった?
 ごめんね、イヤなこと思い出させちゃって、ごめん……。
 ね、ねぇ元気出して? ハヤ太くんにそんな顔されると私も哀しいよ。

 えっと、私が言うのもなんだけど……人生ってそんな、お金のあるなしだけじゃ決まらないから。お金持ちにも本当ピンキリ、ヒナちゃんや愛歌さんみたいなのも居れば私たちみたいな底辺クラスもいるから! 別にテストの点数がどうとかじゃなくて、人望というか信頼というか、そういった所も大事だと思うから!
 そしてハヤ太くん、私はハヤ太くんのこと信じてるし、すっごく頼りにしてるよ? 自信もって!

「……慰めてくれなくていいですよ。お金持ちどころか借金まみれの僕なんか、頼られたって応えることなんて出来っこないんですから」

 そ、そんなことないから!
 ハヤ太くんは真面目だし優しいし、私たちの無茶なお願いにも気持ちよく応えてくれるんだから! お金なんかどうだって良いんだよ、普段からの振る舞いというか、頼まれたことを一つ一つこなしていく姿勢というか、そういうのってなかなか出来ないことだと思うから! あの気難し屋のナギちゃんの信頼を得てるのが何よりの証拠だって! もちろん私たちの信頼もね!

「そうですか、コツコツ真面目にやる事って大事なんですか」

 そうだよ、だからハヤ太くんは自信を持っていいの! だから……えっ?

「コツコツやることが大事だって言いましたよね?」

 ……あ、あれ? なんでまた『夏休みの敵』の話に戻っちゃうの? ひょっとして私、ボケツ掘った? 泣き真似してるハヤ太くんにハメられた!?
 ひどい、ずるいよハヤ太くん! これは陰謀だよ、誘導尋問だよ! ハヤ太くん、なんて怖ろしい子! これはコーエーの罠だ!

「それを言うなら孔明の罠です!」

     ◆◆

 カリカリカリ……

 ね、ねぇハヤ太くん? コツコツやるって確かに素敵なことだと思うけど、でも人間やっぱり向き不向きってあると思うんだよ。
 あ、いや、怒らないで。私たちだってやる気が無いわけじゃないんだよ? 夏休みが始まるときに理沙ちんたちと相談したんだ、今年の宿題は計画的にやろうって。
 それでね、計画では宿題を1/3ずつ、三人で分担してやろうってことになったの。一人で全部やるのが当たり前なのかもしれないけど、守れない計画を立ててもしょうがないじゃない? だからいきなりエベレスト登頂みたいなのは狙わないで、出来る範囲で少しずつ、力を合わせて取り組むことにしたんだ。それってとっても大事なことだよね?
 ……あ、うん、その1/3が終わってないことには一言では語れない複雑な事情があるんだけどね……とにかく要するに、私たちは1/3ずつ宿題をやるつもりで計画を立てたんだよ。だから最終日の今日になって宿題一冊ぜんぶやれって言われても無理だと思うの。計画外で想定外で天変地異なの。だからハヤ太くん、1/3までやったら終わりってことで、勘弁してもらえない?

「……その1/3は、どうやってやり遂げるつもりなんですか」

 もちろん、ハヤ太くんに教えてもらうんだよ! 他の二人はヒナちゃんとちーちゃんに教わるんだよ。三人寄ればモンハンの知恵って言うもんね!

「そうやって他人任せにしているから、いつまで経っても諺ひとつまともに覚えられないんですよ!!」

 スミマセンスミマセン本当スミマセン!!
 で、でもさ……実際これだけの厚さの宿題を今日一日でやるかと思うと、ゴールが遠すぎてがしてくるんだよ。やっぱり途中での目印というかご褒美というか、ちょっと頑張れば届くくらいの区切り目が必要だと思わない? ここまでやったら美味しい紅茶とケーキにありつける、とかさ?
 ……いいの? やったぁ!
 それじゃ1/3を適当に分けて……うん、このページまでやったら休憩ね! 表紙と前書きと目次、そして『国語』って書かれた最初のページまで目を通しました! うん頑張った私! はい休憩!

「それって問題が始まるページより前ばっかりじゃないですか! それからさりげなくゴールを1/3にしてるんじゃない!」

 ふひーん……。

     ◆◆

 うにゅー、ハヤ太くん、もう疲れちゃったよう。
 ハヤ太くんの言うとおり自分なりに考えて答えを書いてみたけど、一問ごとにダメ出しされて怒られちゃうんだもん。もう精神力の限界だよぉ。
 二学期からは心を入れ替えて勉強します。授業も宿題も真面目にやります。だから今日だけ、今夜だけ。お願い助けて、ハヤ太くぅ〜ん!

「……もう、仕方ないですね。こんなことバレたらヒナギクさんに怒られるんでしょうが」

 うわ……これ、ハヤ太くんの宿題帳?
 文字がびっしり、挿絵もいっぱい! 日記のページまで全部埋まってる!
 すごい、尊敬しちゃうよハヤ太くん! これがハヤ太くんの実力なんだね♪

「これ以上スパルタしても成果が出そうにないですし、時間ももう遅いですしね。新学期から真面目になるって誓ってくれるなら、これを使ってくれてもいいですよ」

 誓う誓う、誓います! 天地神明にかけて真面目な子になりますから!
 わーい、やっぱりハヤ太くんは優しいなぁ。ありがとうハヤ太くんありがとう。ハヤ太くんに勉強を教えてもらえて本当に良かったよ。これで夏休みの敵もばっちりだね、この恩は一生かけて返させてもらうよ。本当に感謝してる、大好きだよ、ハヤ太くん!

「……って、そこ、ナチュラルに僕の宿題と自分のを入れ替えない! 名前を書き換えない!」

 ……えっ、違うの?


Fin.

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