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メカの一分いちぶん

初出 2007年01月15日
written by 双剣士 (WebSite)

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 ロボットを彼氏に選んだ女、牧村志織。不世出の知能と5歳児のハートが同居していると称された彼女の感受性は恋人(恋ロボ?)との同棲を通じて飛躍的な成長を遂げ、ついに人間をも超えるスーパーメカ執事・13号を生み出した。ところが13号の初号機が半日もしないうちに三千院家から返却されたことにより量産化は頓挫し……いま、13号は彼女の自宅に居候している。

                 ***

「それじゃ、行ってくるね〜」
「行ってらっしゃい、牧村さん」
「行ってらっしゃいませ、マスター」
 いつものように白皇学院に出勤する志織を見送った後、エイトと13号は普段どおりに部屋の掃除に取り掛かった。エイトが洗濯物集めと部屋の中央のごみ拾いをやり、13号が部屋の隅々や手の届きにくい細部を磨きあげる。以前は埃叩きと雑巾がけしか出来なかったエイトの苦手箇所を、13号はシルバーダスターやワックスを併用して上手にそつなくこなしていった。13号のモデルになった少年執事の持つニュータイプクラスのお掃除能力は、寸毫の不足もなくメカ執事に受け継がれているのである。
「お前、すごいな」
「なにがでしょう、兄上」
 エイトの沈んだ声に、13号はてきぱきと掃除を進めながら返事を返した。もう13号の担当箇所は8割がた終わってる。最新鋭ロボットは機能もスピードも超一流なのだ。
「ひょっとしたら、お前1人に片づけを任せた方が効率が良かったりしないか?」
「そうですね。兄上の担当を僕が引き受ければ、1時間24分の短縮が見込まれるとの試算が出ています」
 優等生らしい残酷さをもって13号はシミュレーション結果を告げた。うつむく首を持たないエイトはがっくりと膝を落としてつぶやいた。
「なんか、お前といるとオレの無能さを見せ付けられるみたいでさ……このごろ辛いんだよ」
「それは仕方ありません。新世代のロボットが旧世代の能力の全てを上回っているのは当然ですから」
 冷徹な事実を告げた後、13号は得意の気配り能力を発揮した。
「でも兄上とマスターが真剣に研究に打ち込んでくれたお陰で、今の僕があるのですよ。マスターも感謝していると言っておられましたし」
「そ……そうかな?」
「そうです。これまで何かにつけてマスターの身を守り、マスターの心の支えになってくれた兄上がいたからこそ、僕はこの世に生を受けることが出来たんです。兄上あっての僕なんですよ」
「で、でもなぁ……」
 13号の見え透いたお世辞に多少は癒されたものの、エイトの心の暗雲は晴れなかった。『エイト、あなたは世界一の介護ロボットになるのよ』……自分を造ってくれた牧村主任の一言を支えに、懸命に頑張ってきた自分。だが気がつくと、自分なんかよりずっと世界一に近い存在が目の前にいる。そのことを愚痴交じりに言葉にすると、13号は明快な声で答えた。
「ああ、その言葉だったら僕も言ってもらいましたね、造られたばかりのときに」
「……うおおぉぉわあぁぁぁ〜〜!!!」
 目からオイルを撒き散らしながらエイトはドタドタと部屋を飛び出していった。せっかく掃除したのに、と少年執事ゆずりの鈍感さでつぶやいた13号は、てきぱきと汚れた床やテーブルを掃除し始めるのだった。

                 ***

「ねえ〜エイト、どうかしたのぉ?」
「オレのことは気にしないでください、牧村さん。牧村さんのことを思えばオレなんかより、彼のような優秀なロボのほうがいいのかも」
「そ、それは……」
 学院から帰ってきて、いつものように個人ラボで研究を開始した志織。ところが第1助手として彼女を手伝ってくれるはずのエイトは、ラボの片隅で彼女に背中を向けたままうずくまっていた。心配して駆け寄ろうとする志織を、13号は肩に手をかけて引き止めた。
「兄上もああ言ってますし、研究を始めましょう、マスター」
「で、でもぉ……」
「今日の助手は僕がやります。兄上に追いつき追い越せるよう、一生懸命頑張ります。いけませんか?」
「いやあの、13号君が役者不足だとか、そういうんじゃなくてさ……」
 心配する1人と1体を背にして、エイトはラボの片隅に積み上げられた部品の山をじっと眺めていた。かつて2号機に搭載していたミサイルランチャーの試作品、4号機に搭載していた火炎放射器のノズル、5号機に載せる予定だったミ○フスキー粒子拡散装置の試作品……いずれも志織が心血を注ぎ、しかし13号に搭載されなかった不必要技術の結晶である。そんなものに想いを寄せるエイトの背中が妙に小さく見えるのは何故だろう。
「過去を振り返ってばかりでは技術者の向上はありませんよ、マスター」
 だが13号から見れば不要なガラクタに過ぎない。ガラクタを眺めているだけでは研究が進まないことも、紛れもない事実ではあった。自分の役目は雑音を排除してマスターを研究に打ち込ませてあげること。そう認識した13号は志織の前に移動してエイトへの視線をさえぎった。
「行きましょう、スケジュールも押してますし」
「う、うん……」
 13号に促された志織は、何度も背後を振り返りながら自分のメインデスクへと歩き出した。ちょっと集中の切れたような様子で13号に薬品の指示を出し、どこか上の空な表情で試験管を受け取る。そして手順書を斜め読みしながら試薬を混ぜ合わせ、実験用の反応炉に注いで……。
 ぼんっ!
「危ないっ!」
 目の前が真っ白に染まる。そんな中で、13号の叫び声だけが小さなラボに響き渡った。

                 ***

「う、う〜ん……」
「大丈夫ですか、マスター」
 主人に怪我がないことを確認してから、志織に覆いかぶさった13号は周囲の状況を見渡した。自分たちを取り囲むように火柱が上がり、黒煙がもうもうと立ち込めている。気温と二酸化炭素濃度が急激に上昇、このままではマスターの身が危ない。
「牧村さん、牧村さん! 大丈夫ですか?!」
「エイトぉ!」
 炎の向こうから焦った声が聞こえてくる。絶体絶命の窮地にあって、これほど頼もしく聞こえる声はなかった。13号は起き上がろうとする志織を制止しながら正確に状況を説明した。なるべく地面すれすれに居た方が煙を吸わずにすむ。
「……と言う訳です。申し訳ありません兄上、僕がついていながら」
「謝るのは後だ! 13号、お前は責任もって牧村さんを脱出させろ、出来るか?」
「それが……周囲が炎に包まれてて脱出ルートがありません。赤外線センサも使えませんし」
 有能なメカ執事として設計された13号はあまりに人間に近づけすぎたがゆえに、逆にこういう極限状況で役立つ特殊能力は持ってなかったりするのだった。そのことを聞いたエイトは炎の向こうから檄を飛ばした。
「わかった、オレに任せろ! オレが良いと言うまで身を伏せてろ、いいか!」
「はっ」
 次の瞬間、炎の向こうから轟音を上げて飛来してくる6本のミサイル。とっさに身を伏せた13号の頭上をすり抜けたミサイルはエイトとは反対側の壁に激突し、壁を粉々に打ち砕き……そして壁の残骸で可燃物を押しつぶして一時的ながら脱出ルートを切り開く。介護ロボットには不釣合いな胸部ミサイルランチャーが初めて役に立った瞬間だった。
「どうだ、13号?」
「お見事です兄上! これで脱出できます、さぁ兄上も一緒に……」
「言っただろ13号、お前は牧村さんを助け出せ! オレのことなんか気にするな」
「エイト、エイトぉ!!」
 半狂乱になりながら火柱に向かって手を伸ばす志織とは対照的に、炎の向こうから聞こえる声は静かだった。
「心配しないでください牧村さん。13号に任せておけば貴女の身は安全です……オレは牧村さんの思い出を守ります」
「エイト、いやだぁっ!!」
「13号はオレたちの弟です。オレを始め、牧村さんが造ってくれたメカたち皆の心を受け継いでくれてます……寂しくなんかありませんよ」
「うそっ、なんでそんなこと言うのぉっ?!」
「……さっさと行け13号!」
「はっ」
 破砕した壁穴に火の手が近づきつつある。ぐずぐずしてると脱出できなくなってしまう。13号は嫌がる志織を横抱きにしたまま、大地を蹴って疾風のように壁の穴を抜けて外に飛び出した。集まってきた見物人にぶつかるような形で突進の止まった13号と志織。その背後で、炎に包まれたラボの天井がガラガラという音とともに一瞬にして崩れ落ちる。巻き起こる火の粉に見物人たちが後退する中で、13号はラボに向かって駆け出そうとする志織を鋼のような両腕で引き止めていた。
 ……そして翌日。廃墟の中から掘り出されたエイトの腹部格納庫には、開発者の思い出の詰まったガラクタがあふれんばかりに詰め込まれていた。そしてエイトの右手には、脱出の際に落としていった牧村志織のメガネのフレームが大切そうに握られていた。


 スクラップにして造り直したほうが早いとまで言われたエイトのボディが、牧村志織の献身的な修理によって再起動を果たしたのは、それから2週間後のことだった。
 そしてそれ以後、13号がエイトのことを軽んじたり旧世代呼ばわりすることは決して無かった。


Fin.

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